13話:泥棒に花束を*5
「嫌よねえ。あいつの要求なんて一切無視してやりたいのだけれど、偶々、私の用事がある場所にあいつが居るなんて」
クロアさんはちょっとやさぐれている。まあ、気持ちはちょっと分かる気がする。
「私が私の用事のためにやることを、あいつは自分のために私が動いてるって思っているわけでしょう?こういうの、実害があるわけじゃないけれど腹立たしいのよねえ……」
『実害が無いけれど腹立たしい』っていうのは、僕にはあまり経験が無いのでよく分からないのだけれど……多分、クロアさん、そういう経験がたくさんあるんだろうな。多分。
「だが魔導士の家とやらには行かないわけにはいかんだろう」
「そりゃあ勿論。さもないとこの世界の危機だっていうんだからしょうがないわよねえ……」
クロアさんの元気が無い。……クロアさんはルスターさんと何かあったんだろうし、彼のことがちょっと嫌いみたいだし、もし会わなくていいなら彼と会わないように、うまくやりたいのだけれど……。
……僕が考えていたら、フェイが手を挙げた。天井を突くような真っ直ぐな挙手だ。それを見たクロアさんが、「はい、フェイ君、答えをどうぞ」と冗談めかして言うと、フェイはフェイで、「はい先生!」なんて言いながら起立した。楽しんでるなあ。
「で、クロアさん。俺も正直、そいつの言う通りにしてやらなくていいと思うぜ。でも、魔導士の家に行かなきゃいけねえのは変えられねえし、そこにクロアさんが居てくれた方が捗りそうだっつうのもその通りだ」
起立した後のフェイは、存外真面目にそう発言した。クロアさんはそれを聞いて、そうよね、と頷く。……すると、フェイは、にやり、と笑った。
「けど、腹が立つのは俺も一緒だ。……なら、せめてよお、相手の要求からはできるだけかけ離れたところを目指そうぜ」
「……というと?」
クロアさんがきょとんとしていると、フェイは、それはそれは楽しそうに、言った。
「『1人で来い』ってところは、思う存分に破ってやれるだろ。何せ、こっちは人質を取られてるわけでもねえ。ガラス玉を人質にしてえなら好きにやってろ、ってなもんだからな!」
まあ、そうか。相手の要求を呑む必要は全く無い。むしろ、積極的に相手の要求を蹴り飛ばしてしまってもいい。
何故なら、相手が握っている僕らの『弱味』は、ただのガラス玉なので!
「ってことで、トウゴ!ソレイラに連絡だ!『手が空いてる魔物は全員こっちに来てくれ』ってんでどうだ?」
「いいね!」
ということで、僕は早速、鳳凰に持たせる手紙を書くことにした。
そうして僕の鳳凰が、鸞と一緒に飛んで行った。人を乗せない召喚獣はずっとずっと速いから、今日中には森に手紙が届くんじゃないかな。
「フェイ君もトウゴ君も、張り切ってるわね」
クロアさんはくすくすと楽しそうに笑っている。やさぐれクロアさんではなくなったらしい。よかった。
「そりゃあな?クロアさんは森の一員でありトウゴのモデルさんであると同時に、レッドガルド家の秘書なんだからな!」
「あら、私、正式採用されたの?」
「クロアさんさえ頷いてくれれば、いつでも。親父も兄貴も俺も、クロアさんのことは気に入ってるんだぜ?」
フェイはそう言って、ぱちん、とウインクしてみせた。フェイもこういうことするんだなあ。
「……ま、そういうわけで。クロアさんの因縁の相手だっつうなら俺達だって何かしてやりてえんだよな。トウゴ。お前、何かやりてえことあるか?俺は大量の魔物引き連れての行進。いやー、待ち合わせ場所に大量の魔物が来たら、どんな奴でもビビるだろ!」
フェイがけらけら笑っているのを聞きつつ、ちょっと考えて……うん。
「うーん……挨拶したい。クロアさんは僕のです、と」
「あらあら。随分と魅力的な挨拶だわ!」
クロアさんには笑われてしまったけれど、僕は本気だ。もし、クロアさんを泥棒しようというのなら、その時には絶対に容赦しない。クロアさんは森の子だ。
「ラオクレスは?何かある?」
「……俺は、お前達が無事ならそれでいいが」
ラオクレスは『何をそんなに盛り上がっているのやら』みたいな顔をしつつ、ちょっとため息を吐いて、言った。
「だが、それはそれとして、あの階段でわざとぶつかってきたことについての礼がまだだからな」
……成程。
ラオクレスも案外、乗り気らしい。よしよし。
……翌日。僕らはグリンガル北東部の町に宿を取って、そこで待機していた。鳳凰に持たせた手紙には、この宿まで召喚獣の宝石を運んでもらうように書いておいたから。
けれど……その、うん。
宿で目が覚めたその時から……それは、聞こえていた。
「……何か聞こえるね」
「……そうねえ」
寝起きがちょっと悪いクロアさんも、眠気が吹き飛んだような顔で、天井のあたりを見つめている。
なんというか……ええと、僕らの想定では、リアンかライラが手紙を読んで、召喚獣の宝石を鳳凰に持たせてくれるんじゃないかな、という具合だったんだよ。ただ……その、今聞こえている声は、結構、想定していなかった声、なので……。
キョキョン、キョキョン。
……そんな声が、宿の上空をぐるぐる回っているような気がする。
僕らがなんとも言えない気持ちで顔を見合わせていると……突如、窓の外が暗くなって、そして。
「……こいつが来たのかあ」
鳥が。鳥が、ぬっ、と、窓の外に現れていた。
……まあ、うん。君、こういう時に、ここぞとばかりに来る奴だったね。
鳥がすごい勢いで窓をつつき始めたので、慌てて僕らは窓を開けた。すると、鳥は窓の中に何かを突っ込んでくる。それは、くるくると巻かれた布……絨毯?
なんだろうなあ、と思う間もなく、今度は鳥が窓から部屋の中へ潜り込んで来ようとする。
「えっ、流石にここを通るのは無理じゃないだろうか」
いや、絶対に君、この大きさの窓は通れないよね、というようなサイズの窓に向かって、鳥はぐいぐいぐいぐい、体を押し込んできて……そして。
キョキョン。
部屋の中に潜り込んで、自慢げに鳴いている。
「……この鳥って、どこまで羽毛なんだろうなあ」
「分からないけれど、結構な量が羽毛だっていうことが分かった」
どうやらこの鳥、ちょっと圧縮したら相当に体が縮みそうだ。絶対に通れないと思ったのになあ。おかしいなあ……。
鳥がおかしいのはさておき、僕らは鳥が突っ込んできた布を広げてみる。
……やっぱり、絨毯だ。くるくると巻いた絨毯を、鳥は自慢げに見せてくる。いや、絨毯って、なんで。
「……絨毯?なんでまた」
「召喚獣はどこいったんだ?」
どうしてこうなったんだろうなあ、と思いながら、床に敷いた絨毯を観察。えーと、これ、どこかで見たことが……あ、これ、ライラの部屋の絨毯だ。自分で描いて出したから覚えてる。
一体どうして絨毯が?と僕らが不思議に思っていると、急に鳥がぴょこんと跳ねて、僕らが敷いたばかりの絨毯の上に乗った。
……そして。
鳥が、ぶるぶるぶる!と身震いする。
激しく、身震いする。
広がる羽毛と残像とで、鳥がただの丸に見える。
……そうしていると、ぽん、と。羽毛の隙間から水晶の数珠が出てきた。これ、中に骨の騎士団が入っているやつだ!
更に、鳥は身震いする。すると、ぽと、ぽと、と、宝石がいくつか、ふかふかの絨毯の上に音もなく落ちてきた。
落ちてきたのは、召喚獣達の宝石だ。ええと、森の一部が燃やされてしまう前、ルギュロスさんがソレイラを襲うように命令したあの魔物達。彼らがこの宝石の中に入っているはず。
「……手品みたいだわ」
クロアさんの感想もご尤もな鳥の収納ぶりだ。こいつの体、どうなってるんだろう……。
最後に鳥が自分の羽毛の間に首を突っ込んで何かを探すように頭を動かすと……次の瞬間には、鳥がくちばしにふわふわの霧の魔物を咥えて、ずるずる、と羽毛の間から引っ張り出していた。
……このふわふわ、僕と一緒に入浴してその度に石鹸で念入りに洗って、ゆっくりお湯に浸かって温まって、ついでに湯船にタオルを入れてクラゲにして遊んで……とやっていたら、元は黒かった体が今やすっかり、雲の色。
そいつが外に出てきて、これで鳥は全部の召喚獣を外に出し終えた、ということらしい。
キョキョン、と自慢げに鳴いて胸を張る鳥を前に、僕らはただ、拍手することしかできないのだった……。
……ひとまず、鳥がちょっと変わった運び方をしてきたものだから、一応、召喚獣の無事を確認。
数体ずつ宝石の外に出して怪我はないか見てみるけれど、全員、大丈夫そうだ。ああよかった。
……あの鳥が羽毛の中に宝石をしまい始めたのを見て、ライラが絨毯を持たせてくれたんだろうなあ。『宝石を出すなら落とした時に傷がつかないように、この上でやりなさいよね』とか言ってそう。ありがとう、ライラ。
「えーと……結構な数だな」
「うん」
召喚獣は結構な数が揃ってしまった。鳥も含めると、ええと、40体ぐらいになる。……骨の騎士団、非番の骨達が全員こっちに来ているみたいだ。すごいなあ。
「ルギュロスさんのおかげでもあるよね」
「そうねえ。この子なんかは彼が運んできてくれたわけだし」
クロアさんがくすくす笑ってハルピュイアを撫でると、ハルピュイアはふわふわの羽をぱたぱたさせて、嬉しそうににこにこする。
「こいつらを連れて森を探索するのか……」
「……結構な大所帯ねえ。まあ、楽しくていいんじゃないかしら」
ラオクレスは呆れ顔だけれど、クロアさんはくすくすと楽しそうに笑っている。クロアさんの元気が出たならそれだけでも召喚獣を集めてもらった価値があったと思うよ。
「……よーし。じゃあ、想定よりなんか面子が大分増えちまったけど……早速、探索するか!」
フェイが声を上げると、召喚獣達も僕達も賛成。
……ということで早速、僕らはグリンガル北東の森、魔導士の家へと向かうのだった。
ええと……きっとルスターさん、ものすごく驚くだろうなあ。ものすごく、想定と違って……。




