12話:泥棒に花束を*4
ルスターさんについては『何だろうね』ということで、保留にした。その代わり、宿の部屋の中ではしっかり4人並んで寝ることにしたし、部屋を防犯対策でガチガチにした。……防犯対策が功を奏したのか、泥棒さんは来なかったらしい。ただし僕はクロアさんの抱き枕にされた。もしかしてクロアさんって、案外寝起きが悪いんだろうか!
そして翌朝。ルスターさんは気にせず、グリンガル領主邸へと向かう。他にやりようもないし。
フェイが門番の人と話すと、彼らはすぐにぴしりと敬礼して、僕らを案内してくれた。フェイの手紙はもう届いているっていうことだよね。つくづく、フェイは頼りになるなあ。
僕らはそのまま応接室らしい場所に通されて待つ。応接間は……ちょっとごちゃごちゃした印象の部屋だった。
艶のあるマホガニーのテーブルと椅子の一揃いは見事なものだし、壁に掛けられた絵画やタペストリーも興味深い、綺麗なものだ。部屋の隅、クルミ材らしい小テーブルに置かれた豪華な磁器の花瓶も、ふんわりとした色合いのカーペットも、窓辺に飾られた風情のある壺も、素朴ながら味のある鉄製の壁掛け燭台も、1つ1つは非常に魅力的な品なのに、どうしてか、部屋全体が散らかって見える。
面白いなあ。クロアさんの実家とか、『お父様』の宝物庫とかはバラバラな家具や調度品が置かれていながらも何故かしっくりとした印象だったのに、グリンガル領主邸の応接間は、単に散らかった印象。どうしてだろう……。
「ねえ、クロアさん。グリンガル領主の人って、どういう人だろう」
「そうねえ、簡単にまとめて言うと……」
ちょっと気になって小さな声で尋ねてみたら、クロアさんはちょっと考えて……にっこり笑って教えてくれた。
「センスが無いわ」
……バッサリいくなあ。
やがて、グリンガル領主の人がやってきた。
「いやはや、ようこそ!ようこそグリンガル領へ!歓迎するよ、フェイ・ブラード・レッドガルド君!」
グリンガル領主の人は、小太りの体をてぷてぷと揺らしながら部屋に入ってきた。……なんとなく、アイスピンクのシャツと苔色のズボンがちぐはぐに見える。シャツの上に羽織ったヒヤシンスブルーの上着は銀刺繍の豪華なものだったけれど、それにキャラメル色の革ベルトがあんまり合っていない。
うーん、成程、『センスが無い』……。
「以前よりレッドガルドとは親交を深めたいものだと思っていたのだよ。是非、これを機会に親しくしてほしいね」
グリンガル領主の人はそう言いつつ額の汗を人参色の不思議な柄のハンカチ(センスが無い……)で拭ってそれからいそいそとやってきて、フェイと握手をした。握手をする手には指輪(センスが無い……)がいくつか嵌っているのが見えた。成程、この人、こういう人……。
「それで、今日はどのようなご用件かな?いや、勿論、用件など無くとも遊びに来てくれて構わないが。そういえばうちの娘が、是非君に会いたいと」
「あー、ええとですね」
フェイはちょっとたじろぎつつも相手の話を遮って、ちゃんと用件を伝える。
「今回はグリンガル領主殿にお願いがあって参りました」
「ほほう!お願い、とは?」
「この家に代々仕えていたという魔導士の財宝があれば、是非、全て確認させて頂きたく」
そうフェイが言うと、グリンガル領主の人は、きょとん、というような顔をした。
「魔導士の財宝?……確かに、当家にはそのようなものが多少、あるが……フェイ殿はそういったものにご興味がおありかな?ならきっと興味を持ってもらえるだろうものを幾つか所有しているのだが……」
「あ、いや、私自身の興味ではなくてですね……その」
何故かうきうきし始めたグリンガル領主の人を遮るようにフェイは言葉を発すると……言いにくそうに、言った。
「……カチカチ放火王の魔力を封じるものが、魔導士の財宝の中に紛れている可能性が極めて高いため、それらを検査させていただきたいのです」
「……カチカチ放火王」
「はい。カチカチ放火王です!」
目を瞬かせるグリンガル領主の人に対して、絶対にこれ、開き直ってるんだろうなあ、というような勢いでフェイが言う。……このネーミング、とてもいいと思うけれど、いざ、こういう畏まった場面で言うとなると、ちょっと嫌だな……。ラージュ姫なら躊躇いもなく言いそうだけれど。
「これは第三王女ラージュ様より直々に発せられた命に従うものです。えー、こちらが姫様の直筆の書状ですね。どうぞご確認ください」
更に、フェイは懐から立派な紙を取り出して、それを机の上に置く。どうやらそれは、ラージュ姫が『カチカチ放火王を倒すための協力を要請します』みたいな内容を書いてくれたものらしい。
えっ、そういうことになってるの?という思いでフェイを見てみると、フェイはこっそり、にやっと笑ってみせてくれた。抜かりなし、ってことだね。
「な、成程……。ええ、勿論。王家からの要請もあるということならば、勿論協力しましょう」
ひとまず、彼の協力はとりつけられたみたいなので、僕らはほっとする。ここで『嫌です!』と言われてしまっていたら、密偵クロアさんの出番になってしまうところだった。危ない危ない。
それからグリンガル領主の人は、ちょっとにまにましながら声を潜めて、聞いてきた。
「それで……ここだけの話、王家からこのような命を受けて動くということは、やはりフェイ殿は王家と何かの繋がりをお持ちなのかな?例えば、婚約の話が出ているだとか……」
……まあ、婚約の話、あったけれど。あったけれど、フェイはそれ、断ってしまっているからなあ。
「いえ、そういうことは特に」
結局、フェイが苦笑いしながら答えると、グリンガル領主の人はちょっと不思議そうに首を傾げた。
「しかし、だとすると何故レッドガルド家がこのような任務を?……ああ、いや、無論、君が優秀な人だということは知っているとも。レッドドラゴンを使役する程の人物であることだし……」
途中から慌ててフェイを褒めつつ、グリンガル領主の人は喋り出す。
「そう。レッドドラゴンの美しさと力強さはよく聞いているよ。是非見てみたいものだ。あ、ああ。そうだ。それから、君は確か王都の学園の武術大会では向かうところ敵なしだったのだったね?噂は聞いているよ。古代語のスピーチ大会でも優勝したと聞いているよ。うちの下の娘が、君の話ばかりしていたが……」
「あー……それは多分兄の話ですね」
……この人、さっきからレッドドラゴンとローゼスさんのことを褒めているのだけれど、フェイのことを褒める言葉が出てこないみたいだ。ちょっと腹が立つなあ。このやろ。
僕がちょっと腹立たしく思っていたら、フェイはなんとなく居心地の悪そうな顔で、ぽり、と首の後ろを掻いていて、それから、ぼそ、と、「すみませんね、来たのが弟の方で……」と、言った。グリンガル領主の人は、冷や汗をかいている。僕らはそれを、気まずい思いで見ている!
成程!この人、センスが無い!
「え、えー……それでは、我が家の宝物庫へ案内しよう。そうだ。そうしよう。君達はその用件で来てくれたことだし……」
「ありがとうございます。いや、助かりますよ」
ちょっと顔色を悪くしながらそう言って立ち上がった領主の人に対して、フェイはちょっと苦笑いを向けている。フェイは大人だなあ。
「いや、何、王家の要請もあることだし……何より、レッドガルド家からわざわざ来てもらったのだからね、うむ、当然、このくらいは協力させてもらうとも。うむ……さ、ささ。こちらだ」
領主の人がてぷてぷてぷ、と忙しなく体を揺らしながら応接間を出ていく後について、僕らは歩いていった。……この領主の人、動作の忙しなさの割に動くスピードはゆっくりなので、その、自然と僕らも歩幅が狭くなっていく。多分僕ら、全員でカルガモの行列みたいになってるんじゃないかな……。
「さあさあ。こちらが宝物庫だ。どうぞどうぞ、自由に見てくれたまえ。勿論、勝手に持ち出しされては困るがね。あ、いや、君達がそのようなことをすると疑っている訳ではなく……」
「じゃあありがたく拝見しますね」
また一言ぐらい余計な領主の人の案内で、僕らは宝物庫へ入る。
……分かってはいたことだけれど、散らかった印象の部屋だった。ぴかぴかしているんだけれど、散らかってる。
「……んー?」
その中でフェイが封印探知機を使って、早速封印の宝石を探し始めたのだけれど……どうやら反応が無いらしい。
「えー、それで、何かお探しなのかな?」
「えーとですね、これぐらいの宝石を探しています」
まあ、持ち主に直接聞いた方がいいだろうなあ、ということで、フェイが説明すると。
「宝石……あ、ああ、それなら……それなら、その、それらしいものが1つあったのだが、その、売ってしまってね。うん……」
多分それ、クロアさんの『お父様』に、だろうなあ。もう知ってます。だからそんなに怖がらなくてもいいんですけれど……。
「そ、それで、その宝石をどうしようと……?」
「いや、まあ、諸々の処理をします。さもないと爆発炎上するんで……ははは」
フェイが宝石についてすごくざっと説明した。まあ、つまり、無ければ無いであなたが被害を被るわけじゃないですよ、と。
……ああ、領主の人が『いい気味だ!』みたいな顔してるけど、もうその宝石、『お父様』のところには無いんですよ!何なら処理済みです!
「えーと、お売りになったもの以外に、同じような宝石はありませんでしたか?」
「勿論。あんな大きさの宝石は2つとないだろうからね」
まあ、7つぐらいあるんですけれど。
「そうですか……うーん、クロアさーん、どーしたもんかな、これ」
遂にフェイがクロアさんへ助けを求め始めた。するとクロアさんも一緒に悩む。
「そうねえ……となると、元々あった場所へ行ってみるのが一番いいかしら……」
そうだね。このままだと、手掛かりがいよいよ途切れてしまう。封印の宝石が誰にも持ち去られずにそのまま魔導士の人の家に残っている可能性もあるわけだし……そっちにあるといいなあ。
ということで、僕らはひとまず、グリンガル領主邸を後にすることにした。
グリンガル領主の人は僕らがもうちょっとゆっくりしていくものだと思っていたらしいし、何かとフェイを引き留めたがっていたし、何故かやたらと娘さんとフェイを引き合わせようとしていたのだけれど、フェイが『もし領内にまだあの宝石があるとすると、そこで爆発炎上して被害が出る可能性もありますので』と言った途端、手の平を返すように引き留めなくなった。どうも。
「では、どうもお騒がせしました。もし何か分かったら、レッドガルドの家の方に文書を頂けると助かります」
「ああ勿論。勿論、協力させてもらうとも」
領主の人はまたフェイと握手して……それから、ふと、思いだしたような顔をする。
「それから……フェイ君」
「あ、はい」
「昨夜から、我が家の中庭に、美しい青い鳥が来ていてだね……その、『フェイ・ブラード・レッドガルド様へ』と書かれた封筒を、咥えているのだが……」
……僕とフェイは顔を見合わせた。
青い鳥が運んできている手紙。つまり……リアンからの手紙だ!
早く言ってくださいよぉ!とフェイがちょっと怒る中、僕らは中庭へ案内される。……するとそこには案の定、鸞がやってきていた。
「どうしたの?リアンから?」
僕が近づくと、鸞はきゅるるる、と鳴いて首を伸ばしてくる。……撫でられたがってるんだなあ、と分かったので撫でてやると、鸞は満足げにきゅるきゅる言って、それから咥えていた封筒をフェイに差し出した。鸞の様子を見るに、緊急事態、というわけではなさそうなので、まずはちょっと安心。
フェイが封筒を開けると……中には封筒と手紙が入っていた。
ひとまず手紙の方を見ると、リアンの字で、こう書いてある。
『フェイ兄ちゃんへ。グリンガルの領主さんの家に行くって言ってたので、そっちに鸞を飛ばしています。フェイ兄ちゃん宛てにしておけば盗み見られる心配もねえかなって思ってるんだけれど、うまく行っていなかったらごめんなさい。』
……リアンの作戦は大成功だ。流石リアン。機転が利く。リアンが上手くやってくれたことを嬉しく思いつつ、続きを読む。
『同封している封筒は、フェイ兄ちゃん達が出発した日の昼ごろ、入れ違いに届いたやつです。クロアさん宛ての手紙なんて珍しいからすぐ届けた方がいい気がして、鸞に持たせました。余計なお世話だったらごめんな。じゃあ、気を付けて帰って来てください。あと、トウゴへ。土産、期待してるからな。』
僕らは手紙を読み終えて、同封されていた封筒を見る。
……封筒はシンプルなもので、ただ、中身が透けて見えないような加工をされたものらしい。そして、宛名には『ソレイラのクロアへ』と書いてあるのだけれど、差出人の名前は無い。
フェイが黙ってクロアさんに封筒を渡すと、クロアさんは封筒をつまんで……びっ、と、封筒を容赦なく千切って開封した。中に入っていたのは、カードが一枚だけ。クロアさんはそれをしげしげと眺めて……。
……カードを見たクロアさんは、ふる、と、肩を震わせる。
「……あいつだわ」
カードを眺めながら、クロアさんの肩はふるふるぷるぷる、どんどん震えていく。……そして。
「どうしましょう。あいつ、私達が追いかけに行かないものだから、しびれを切らして自分から出て来たわ!」
クロアさんは遂に我慢の限界が来たらしくて、ころころと遠慮なく笑い始めたのだった。
カードには、こう書いてある。
『お前の宝石は頂いた。返してほしければ、1人でグリンガル北東の森へ来い』。
……これ、行かなきゃ駄目なんだろうか。行かなくてもいい気がする。
「放っておいても面白そうなのは確かなのよね」
さて。グリンガル領主邸を出て宿を取った僕らは、クロアさんに届いたカードについての会議を開く。
が、会議が開かれるや否や、クロアさんがリアンの鸞を撫でつつそんなことを言い出したものだから、フェイがけらけら笑いだしてしまった。静粛に!静粛に!
「だって、痛手が無いんですもの。ガラス玉なら盗まれても別にいいわね、っていうのはトウゴ君とラオクレスと確認済みだし」
うん。僕もラオクレスも揃って頷く。
魔力が籠った宝石の大きい奴が盗まれてしまったなら話は別だけれど、まあ、今回盗まれたものはただのガラス玉間違いなしなので……。
「……だから、正直、行ってやる理由が無いのよね」
「まあそうだよなあ。宝石とガラス玉を間違えるような奴に、わざわざ会ってやる必要は……いや、ちょっと見てみてえ気もするんだけどよ……っくく、ふ、へへへ……」
フェイはこの話が本当に好きらしくて、途中でまた笑いだしてしまった。静粛に!
「ただ、グリンガルの森、でしょう?」
クロアさんはちょっと困ったような顔をすると、ひらひら、とカードを振ってちょっと嫌そうな顔をする。
「グリンガル領主に仕えていた魔導士の家、って、グリンガル北東の森にあるのよね」
……わあ。
「これをあいつが狙ってやったとは思い難いけれど。でも、狙ってやっていないからこそ、折角の手掛かりを、そうとは知らずに壊してしまう可能性はあるのよね」
僕らは顔を見合わせて……クロアさんが、深々と、ため息を吐いた。
「……厄介ねえ」
……うん。
すごく、厄介……。




