15話:依頼と雷*3
すっかり僕専用みたいになっているレッドガルド家の客間の一室で、僕はひたすら、盾を描いていた。
「これはどう?」
「悪くないが、もう少し縦に長くしてくれ」
「分かった」
ラオクレスの意見を聞きながら、ひたすら、盾を描く。
参考資料をたっぷり持ち込んで、部屋の中でずっと絵を描いていられるんだから贅沢なものだなと自分でも思う。
それから、ラオクレスがちゃんと意見をくれるのも、とっても贅沢な気分だ。こうやって絵の添削をしてもらうことって、今までなかったから。
……いや、これ、絵の添削じゃなくて、盾の添削なんだけれど。うん。
「おーい、トウゴ、ラオクレス。そろそろ休憩しろー」
そこにフェイが入ってきた。
「もう半日もこもりっきりだぞ」
「まだ半日だよ」
こもりっきりで心配するのは3日目くらいからにしてほしい。……いや、フェイにそれを言うのはあんまりにも申し訳ないからこれ以上は言わない。
「ま、いいだろ。半日でも3時間でも。休憩だ休憩!」
フェイは軽食とお茶を持ってきてくれたらしい。うん、見たらお腹が減ってきた。
しっとりした鶏肉とトマトとレタス、それからチーズが挟まったサンドイッチは、なんというか、貴族のご飯の味がした。森でパンにチーズとハム挟むのとは全然違う。僕はどっちも好きだけれど。
「で、盾はできたのか?」
「うん、もうちょっと」
取っ手の部分を改良したり、湾曲具合を改良したり。今のところ、試作品は5個できてる。けれどまだ、納得のいくものはできていない。
「デザインは気に入ったのができたから、あとはラオクレスの好みに合わせてるところ」
「そ、そうかぁ」
うん。デザインは決まった。ラオクレスの剣とおそろいのデザイン……というか、おそろいっぽいデザインにしようと思う。
ラオクレスの剣は、立派なものだ。十字のような形の、よくファンタジーな世界で見るような。色味は重めの銀色。……鈍色、っていうんだろうか。渋みがあって格好いい。
刃渡りは80㎝くらいかな。刃は質屋で見た時よりずっと手入れされているから、磨き抜かれてぎらりと光っている。柄は少し長めにできていて、多分、両手でも使えるようにしてあるんだと思う。刃よりも更に鈍い、アイアングレーが格好いい。
……刃と柄の間、鍔が交わる部分には、綺麗な金色の石が嵌め込んである。それが一際輝いて、とてもいい。
色味がなんとなく、ラオクレスっぽい。すごくぴったりだ。
これについて彼に聞いてみたら、『石の色は当時の同僚に選んでもらった』ということだった。その同僚さんと握手したい。
……ということで、盾も同じような色味にして、同じ色の宝石を嵌め込むことにした。
盾の縁は、剣の鍔と同じようなアイアングレーの金属の装飾で縁取る。そして、ラオクレスに聞いて邪魔にならない位置が分かったので、そこに彼の瞳と同じような、冬の朝陽の色の石を嵌め込む。
盾の表面は剣の刃みたいに磨いて……。
……うん。
「ちょっと寂しい」
それだけだと、少しシンプルに過ぎる、気もする。
一番デザインの参考にしたのはレッドガルド家の盾だ。
レッドガルド家の盾は中々派手で格好いい。縁は金色に仕上げてあって、盾の中央は深紅。そこに金色でレッドガルド家の紋章が入っている。とても格好いい。
……なので、形状はともかくレッドガルド家の盾をマイナーチェンジして仕上げている今回の盾は、紋章が無い分、ちょっと寂しい印象になっている。
まあ、レッドガルド家みたいに僕の紋章があるわけでもないし、これはしょうがないのでそのままいこう。
ラオクレスに言われた通り、盾の形を変えたりして……あとは一筆一筆、真剣に、全力で描き込んでいく。できるだけ頑丈になってくれますように。この盾がちゃんと、ラオクレスを守ってくれますように。
特に宝石の部分は、筆の先を使って、丁寧に。なんかいいかんじの宝石になればいいな、と思う。
そして、休憩してから1時間。
ついに、盾が実体化した。
「……どう?」
僕は、ラオクレスが左手に盾を装備するのを見て、聞いてみた。
ラオクレスは腕に取り付けた盾をかざしてみたり、取りまわしてみたりしながら、何か考えて……それから、少しだけ口角を上げた。
「これでいい」
……やった!
「よかった!」
やっと、ラオクレスに気に入ってもらえる盾ができた!これは嬉しい!
なんだろう、すごく嬉しいな、これ。自分が描いて出したものを喜んでもらえるって、もしかしたら、初めてのことだろうか。(泉を出したら鳥に喜ばれたし、馬は雨避けの屋根を気に入っているようだけれど、それは別として。)
「へー。綺麗だなあ。ちょっと見せてくれよ」
ラオクレスの盾を、フェイが覗きに行く。磨き上げられた盾は、フェイの顔を映すほどだ。フェイは遠慮して、盾に触れることはせず……けれど、好奇心と興味の塊みたいな目で、じっと盾を見つめて……。
……そして、言った。
「これ、鉄か?」
「え?分からない」
剣に合わせただけだから、色合いとかしか考えなかった。できるだけ丈夫であってほしいな、と思いはしたけれど、材質なんてまるで分からない。
フェイは僕の答えに、だろうなあ、と気の抜けた声を出しながら、ラオクレスに断りを入れて、そして、こんこん、と、盾の縁の部分を軽く叩いた。
「……うーん」
フェイは、唸る。唸って……首を傾げた。
「魔鉱?」
……まこうって、何?
「いいか?魔鉱ってのはな、めっちゃ魔力入ってる鉱物だ。元々魔力が入ってる鉱物を使うこともあるし、加工しながら魔力を付与していくこともある」
うん。よく分からない。
「……あ、さては分かってねえな?」
「うん」
流石フェイだ。僕のこと、よく分かってくれてる。……それとも僕は顔に出やすいんだろうか?
「……えーと、トウゴに分かりやすいように言うとだな……つまり、めっちゃ硬い」
めっちゃ硬いのか。そっか。それはよかった。つまり、ラオクレスをその分守ってくれるっていうことだろうから。
「めっちゃ硬いから、加工がすっげえ大変」
まあそうなんだろうな、とは思う。でも描くだけだと、加工の手間が無くていいよね。
「だから『魔鉱の盾』はめっちゃ優秀な性能だが……魔鉱自体が貴重だし、加工できる職人も少ねえから、まあ……貴重だな」
「え?加工しながら魔力を付与できるんだから、魔鉱っていう素材は作れるんだよね?」
技術的に、可能だと勝手に思ってしまった。
この世界、ガラス窓が少ないところから、ガラスの製造はちょっと難しいっていうことが分かる。ということは、そういうものを一度熔かして結晶化する、っていう技術はあんまり発達してないんだろうと思われるから……つまり、人工宝石の類は作れないのかな、という気がした。
うん。だから、『魔石』については、納得がいったんだ。
魔力とやらが沢山ある宝石は、『人造できない』。だから、天然ものでしか手に入らない魔石はとても値段が高い。そういうことかと思った。
逆に、合金の技術はありそうだし、何より普通に鍛冶はやっているようだったから、鉄鋼の技術はそれなりにあるんだろう、と思って……いたんだけれど。
「馬鹿。ただの鉄だのなんだのに魔力入れられる奴がどんだけ少ないと思ってんだ」
「……あの、フェイ。もしかして、宝石にも魔力を入れて魔石にできる人、居る?」
「ああ?そんなん聞いたことねーなあ……」
……そうか。
宝石については僕の予想、ちょっと当たってたけれど、魔鉱については……予想よりもシビアな世界だったらしい。
「ってことで、これ、盾を使う奴も蒐集家も、喉から手が出るほど欲しいっていうところじゃねえのかなあ……俺、よく分かんねえけど……」
……そっか。ええと……まあいいや。
「もしなくしたらまた出すし、壊したらまた出すからね」
とりあえず、この盾がどんなに貴重でも、僕は出せるので、ラオクレスが使いたいように使ってくれるといいと思う。
「壊れるものには思えない。第一、これを紛失する馬鹿が居るものか。俺の売値よりも高くつく盾だぞ」
「それは納得がいかない」
ラオクレスほどの石膏像ぶりを持つ人が、盾1つよりも安いって、それは納得がいかない。納得がいかない!
……まあ、いいんだ。
盾については中々にいいものができたらしい、ということが分かったし、それでラオクレスを守ってくれるなら十分だ。
それに……。
「……ふむ」
ラオクレスは、さっきからずっと、剣と盾を装備して、盾を取りまわしてみたり、剣を素振りしたりしている。そして、そうしている間、彼の口角は僅かに、でもちゃんと、上がっているのだ。
どうやら、ラオクレスは盾を気に入ってくれたらしい。
……僕としては、それが一番嬉しい。
その日は話通りレッドガルド家に泊めてもらう。
そして、部屋は……フェイやフェイのお兄さんお父さん、そしてラオクレスとの話し合いの結果、ラオクレスには僕と同じ部屋で眠ってもらうことになった。
とても心強い。
「……お前は、見知らぬ人間と同室で眠ることに抵抗は無いのか」
「ラオクレスは見知らぬ人じゃないから」
ラオクレスは今、ベッドの位置を動かして、彼のベッドを窓際に、そして僕のベッドを内側にしているところだ。『敵襲があるなら廊下からよりも窓からだろう』というラオクレスの言葉が、只々頼もしい。
「俺は人を殺したんだぞ」
「うん。聞いてる」
ラオクレスの言葉を聞きながら……僕は、ラオクレスが少し迷うような顔をしたのを見つけた。
「もし話したくないなら、話さなくてもいいんだけれど……」
「いや」
僕が最後まで言うより先に、ラオクレスはベッドを移動し終えて、窓際の方にどっかりと腰かけた。
「話そう。俺の経歴だな。……経歴が分からない奴と同室なのは落ち着かないだろうからな」
「特にそんなことはないけれど」
でも、彼の話を聞かせてもらえるなら、僕は嬉しい。
……僕も、ラオクレスと向かい合うように僕のベッドに腰かけて、彼の話を待つ。
すると、ラオクレスは言葉を探すように少し視線を彼の膝のあたりに彷徨わせて……それから、話し始めてくれた。
「俺は、かつて貴族に仕える騎士だった」