20話:妖精の国*12
とりあえず、フェイ達に今までの経緯をざっと説明した。妖精の城を貫く大樹から魔力を奪ってカチカチ放火王に与えていた、っていうこと。水の女の子がそれをやっていたということ。水の女の子については水彩絵の具を混ぜてちょっと色を付けてしまいました、ということも。
……そして、カチカチ放火王が言っていた、『奴』についても一応、話してみたのだけれど……残念ながら、誰も心当たりのある人は居なかった。
まあ……そのうち分かるかな、と思いつつ、何故か、分かりたくないなあ、というか、そういう気持ちになりながら、僕らは目下の問題について、取り組むことになった。
1つ目。水の女の子について。
……尤も、これはもう解決されてたんだけれど。
「レディ、如何ですか?先程の色合いも可愛らしかったですが、やはりあなたにはこのような透明がよく似合う」
「先程の色ですとオレンジの薔薇とグリーンの蔦の組み合わせがよく映えましたが、透明となると、より華やかな組み合わせが似合いますね」
ローゼスさんとサフィールさんが、にこにこしながら水の女の子を飾りつけていた。ええと……水の女の子は、もじもじしながら飾られている。彼女、いつのまにか透明に戻っていた。
「あれ、いつの間に」
僕が描いて戻そうと思っていただけに、これにはちょっとびっくりだったのだけれど……。
「ああ、トウゴ君。彼女を透明に戻したが、問題は無いね?」
「はい。僕もそのつもりだったので。……でも、どうやって?」
にこにこといい笑顔のローゼスさんに聞いてみたところ、彼は……ぼっ、と、指先から炎を出して見せてくれた。
「蒸留した」
……えっ。
「いや、始めはね、濾過しようとしたんだ。サフィールのところの水の精が泥遊びをしては泥水になってしまうから、そういう時はいつも濾過してやっている、と聞いてね」
あ、そうなんだ。……成程、サフィールさん、水でできた生き物の扱いには慣れてる、っていうことなのか。というか、水の精は泥遊びをすると泥水になっちゃうのか。確かに、僕の風の精も時々ふわふわ町の方に出ていっては屋台のいい匂いを体に染み込ませて帰ってくることがあるけど、あれと一緒ってことなんだろうか。
「だが、紙で濾してみたんだが……どうやらこの絵の具は濾過した程度じゃあどうにもならないらしくてね。仕方がないから、今度は凍結融解で絵の具を分離することを試みたんだが……」
凍結融解。……ええと、それは分かる。つまり、水って不純物が少ないところから凍っていくから、ゆっくり凍らせていけば、水と不純物の混ざった水とを分離できる、っていうやつ。
「それも、どうにも効率が悪い!……ということで、私が沸かして、サフィールが冷やして、彼女を蒸留した次第だ」
「まあ、妻の召喚獣を年に1度程度は蒸留するから、勝手は分かっていたんだ。幸い、私は冷やすのが得意だし、ローゼスは沸かすのが得意だからね。それほど時間は掛からなかったよ」
……なんというか、ちょっと、理解が追いつかない。
水の精……水の妖精って、その、凍らせたり蒸留したりしても大丈夫なものなんだろうか。いや、現に目の前でもじもじしつつ嬉しそうにしている水の女の子が居るから、大丈夫、っていうことなんだろうけれど……。
「色付きも可愛らしかったが、まあ、ご本人は透明がいいらしいのでね。我々も可愛い女性の笑顔の為なら働くことはやぶさかではない」
「いやあ、楽しかったね。水の精の類にあのように絵の具が混ざる場面なんて中々見ないものだから大変勉強になった。あれで1つ論文を書きたいな。もう少し色々な条件を見てみたいが……」
ひとまず、ローゼスさんとサフィールさんはそれぞれににこにこしていた。とても、にこにこしていた。
ついでに、器用に小さな花冠を編んで水の女の子の頭に乗せたりしている。水の女の子はもじもじと恥じらいながら嬉しそうに花冠を頭に乗せて、ありがとう、と笑っている。
ええと……水の女の子については、もっと不機嫌かな、と思っていたんだよ。けれど今は、機嫌が直った、というにしても結構大人しいなあ、という印象だ。
「あの……大丈夫だった?」
蒸留されて元気がなくなってしまった結果がこれだとしたら大変だ、と思いつつ水の女の子に聞いてみたところ。
「ええ、大丈夫よ。私、こんなに綺麗にして頂けたの。……ちょっと恥ずかしいわ」
もじもじと、そんなお返事が戻ってきた。
さらに。
「その……私、あなたに失礼なこと、たくさん言ったわ。ごめんなさい」
しおれたように項垂れて、水の女の子はそう言った。
「え、あ、いや、大丈夫。大丈夫だよ。気にしてないから」
「そう?お優しいのね。私、すごく嫌な子だったわ……」
……僕は、水の女の子と喋りながら、その、ものすごく、戸惑っている。
これは、一体……。
何か大変なことが起きているんじゃないだろうか、と思いつつ、この中で一番水の精の類に詳しそうなサフィールさんに聞いてみた。すると。
「蒸留すると、不純物が無くなるだろう?人を襲う水の精は蒸留すると大人しくなる、というのはよく知られているんだよ。どうも、不純物が多いと気分が悪いらしくてね。彼女もそれだったんだと思うな」
そうなの……?水の精の不純物って、そんなに簡単に分離してしまっていいものなんだろうか?
「あー、確かになー。琥珀の池でこいつ、大分蒸発しちまってただろ?ってことは、よくない成分が体に濃縮された状態だったんだよなあ、よく考えたら」
フェイが納得しているけれど、僕は置いてけぼりです。
「あの、フェイ。よくない成分って、何?」
「ん?塩分とか?特定の金属の溶け出したのが混ざってると気性が荒くなるって聞いたことあるぜ。火の精も時々薪とかくべてやるけど、金属をくべると色が変わったりするし。ま、適度なら元気になるぐらいなんだけどな」
それは多分、炎色反応だね。そっか。炎色反応で火の精は元気になるのか……。
「あとは……あー、あれか。カチカチ放火王由来の何かが溶けこんでたかもな。あの封印の宝石、池に沈んでただろ?」
「成程」
「ってことで、まあ、丁度良かったんじゃねえの?あの子、大人しくなったみてえだし。これでもう悪さしねえだろ。多分」
まあ……その、なんというか、これで良かったのかと言われると何とも言えないところではあるけれど、けれど、ひとまず今、水の女の子はローゼスさんとサフィールさんと何か話しながら嬉しそうににこにこしているので……よかったっていうことにしよう。
さて。水の女の子が透明に戻ったので、問題2つ目にいこう。
僕らは妖精の城の中、真っ直ぐ突き抜けている大樹の側へ来ている。
「この木、魔力を大分吸われてしまったんだけれど……大丈夫かな」
この木から樹液ごと魔力を吸い取られて、それがカチカチ放火王に注がれていた訳だから、その分、この木は魔力を失ってしまっていることになる。心配だ。この木も心配だし、この木に支えられているような妖精の城も心配だ。
「トウゴおにいちゃん、木が元気かどうか、わかるの?」
「ええと……なんとなくは」
この木は僕の一部じゃないので、あくまでも『なんとなく』程度にしか分からない。けれど、普通の人よりは分かると思うよ。人間が人間の体調を見て察することができるのと同じように、森は木の体調を大体察することができる。
「今、この木、あんまり元気じゃないんだよ。けれど、これがすぐ回復するものなのかはよく分からなくて」
何せ、今まで『魔力を抜かれてしまった木』なんて見たことが無い。燃えてしまった木とかは見たことがあるけれどさ。
「んー……俺は木には詳しくねえけどよお、生物としては、まずいよな。魔力を抜かれちまうのって」
こちらは木に詳しくない代わりに魔力に詳しいフェイが、そう言って難しい顔をする。
「できれば、たんぽぽの分を返してあげたいんだけれど……」
そして僕らの手元には、たんぽぽがある。綿毛の、ふわふわしたやつ。……花束になったり綿毛の花冠になったりしているけれど。
「これを木に返すにはどうすればいいんだろうか」
「……根っこの近くに埋めておいて、あとはたんぽぽが分解されて魔力が土に滲み出たのをこの木が吸い取る、とかかぁ?」
それ、結構時間が掛かりそうだよね。まあ最終的にはそうすることになるんだろうけれど……応急処置もしておきたいな。
「魔力を譲渡する、っていうことはできるんだよね」
「ん?まあ、そうだな。魔力の持ち主が譲渡する、って決めたならそれはできるはずだぜ。お前もやってるだろ、レネ相手に」
前、そんなようなことをフェイから聞いたなあ、と思って確認してみたら、そんな答えが返ってきた。そっか。レネに、その、あれするのは、光の魔力を譲渡してる、っていうことだもんな。そうだ。僕、もうやったことあったんだ。
「なら、この木に僕が魔力を分けてあげることって、できるだろうか」
「木にぃ?……ま、まあ、できなかないと思うけどよお……え?やるのか?」
うん。やってみようと思う。
……ええと。
「こう……かな」
なんだか変な気もするけれど、これでこの木が少しでも元気になればいいな、と思いつつ、大樹に近づいて、大樹の幹に口づける。
他所の木にこういうことをするのって、その、ちょっと落ち着かないな、やっぱり。
……うん。やっぱり僕、変なことをした気がする。ちょっと恥ずかしくなって体を離す。すると……。
「わっ」
「きゃあ!すごい!すごいわ!トウゴ、すごいわ!ねえ見て!お花が咲いてる!」
木に、花が咲き始めていた。
枝がふるんと震えて、そこかしこからにょきにょきと若葉色の葉が芽吹いて、同時にゆるゆると蕾が生えてきては膨らんで、どんどん花が開いていく。木蓮みたいなクチナシみたいな、そういう少し厚みのある白い花びらの花だ。ふんわりいい香りがするところも木蓮やクチナシに似ている。
……そうして僕らがぽかんとしている間に、木はすっかり花でいっぱいになっていた。
「……元気になった、みてえだなあ、おい」
「うん」
結構急に元気になられてしまってびっくりしたのだけれど……まあ、元気なのはいいことだよね。
「すごく綺麗だわ……まるで天使の羽みたいなお花ね。リアンによく似合うわ」
「……カーネリアの方が似合うと思うけど」
そして何より、カーネリアちゃんの言う通り、綺麗だ。そしてリアンによく似合う。
「カーネリアちゃん。リアン。あとアンジェも。木の下、入って。そう、そこらへんで……」
「……トウゴぉ、描くの?」
「うん」
なので描く。折角の綺麗な景色があって、折角丁度落ち着いたところなんだから、そりゃ、描くよ。描かなきゃ駄目だよ、こんなの。
そうして僕は、大樹の花と花の下の子供達や、花に包まれた妖精の城の様子なんかを満足するまで描いた。その間、他の人達は妖精達が『いろいろ助けてくれたお礼』ということで用意してくれた軽食を食べて休憩していた。絵を描いている僕の口にも偶に食べ物が突っ込まれた。
……さて。
「それで、一番の問題なんだけれど……」
カチカチ放火王の問題がとりあえず片付いて、水の女の子による乱暴な治世も無くなって、いよいよ平和になった妖精の国だけれど……大切な問題がまだ、片付いていない。
「僕はここの王様にはなれない。僕はレッドガルドの森だから、オースカイア領にある妖精の国も治める、っていう訳にはいかない」
僕は妖精達にそう、説明する。
……そう。僕、よく分からないままに、妖精の国の王位を譲渡されてしまったらしいので、それをどうにかしなきゃいけないんだよ。
「ということで、妖精の国を治めてくれる誰かに王位を返還したいんだけれど」
僕はあくまでも、一時的に王位を預かっただけだ。この国を治めるなら、やっぱり妖精がいいと思うよ。僕は妖精じゃなくて精霊だし。他所の森の人だし。
……ただ、僕がそう言うと、妖精達は困ったようにしゃらしゃら話し始める。彼らの言葉は分からないけれど、身振りを見ていれば、なんとなく分かる。彼ら、誰を王様にすればいいかよく分かっていないみたいだ。
「前の女王様は……ええと、引退しちゃった、んだっけ?」
「うん。もう、いんきょ?しちゃったって」
アンジェに聞いてみたら、アンジェはそう答えてくれた。そうか、隠居しちゃったのか……。うーん、隠居を止めてもう一回王位について下さい、っていうのは駄目だろうか。
「アンジェ。その、元の女王様がどこにいるか、聞いてもらってもいい?その妖精自身がもう女王様をやるつもりがないっていうことでも、いい人材が居れば教えてもらえるだろうし、元の女王様が指名した人なら安心だろうし」
「うん。分かった。きいてみるね」
アンジェに頼むと、アンジェは相談している妖精達の中へ入っていって、何か、言葉を発さずに妖精達と話し始めた。アンジェが妖精と会話している時、ちょっと空気が変わる。少し神秘的なかんじというか、アンジェが人間らしくなくなる、というか……。
……そうして待つこと数分。
「え?」
アンジェがびっくりしたように声を上げた。
「え、あの、だめ。だめ、だと思う……」
「どうしたんだよ、アンジェ」
何か困っているらしいアンジェと、アンジェを囲んできらきらした目をしている妖精達のところへ、リアンが入っていく。妖精達はリアンを邪魔することなくアンジェのところまで通して、そして何か、しゃらしゃらとリアンに向かっても話しかけている。……何だろう。
「あの、あのね……」
「おう」
そして、困惑しているアンジェは、リアンに相談し始めた。
「妖精さんたちが、その……やっぱり私に、妖精の国の女王さまになってほしい、って……」