19話:妖精の国*11
とりあえず、収穫した。
たんぽぽを、収穫した。
千切っても千切っても、たんぽぽは中々減らない。
そうして頑張った結果、カチカチ放火王の封印の宝石はなんとか宝石の表面が見えるようになって、そして、僕はたんぽぽの綿毛まみれになった。ああ、なんか全身がふわふわまみれだ……。
改めてカチカチ放火王の宝石を見ると、魔力がほぼ空っぽになっているのが分かる。これならきっと、ゴルダの山の中でやった時と同じようにできるんじゃないかな。つまり、フェイが踏んで潰してしまったあのカチカチ放火王ぐらいの大きさで出てきてくれるんじゃないかな、という予感はする。
ただ、ここで出てきてしまうと腕ぐらいの太さの火柱だって大惨事の元なので、まずは封印の宝石を持って移動。カチカチ放火王の復活は屋外とか、燃えるものが周りに無い場所でやりたい。
「トウゴおにいちゃーん!」
僕が中庭の開けた場所に宝石を設置していたら、渡り廊下の方からアンジェがふわふわ飛んできた。ふわふわふわふわ、飛んできたアンジェをキャッチして、地面に下ろす。アンジェ、前よりも大分重くなったなあ。人の子の成長は早い。
「トウゴおにいちゃん。あの、たんぽぽの、うまくいった?」
「うん。上手くいったよ」
未だにたんぽぽを完全には毟りきれていない宝石を見せると、アンジェは『わあ……』と、何とも言えない声を上げた。まあ、うん。僕もそういうかんじだよ。
「あのね、あのね、トウゴおにいちゃん。さっき、おにいちゃんとカーネリアおねえちゃんが、花瓶に絵の具を混ぜてたの、あれもうまくいったの?」
「うん。まあ、上手くいってたよ。ありがとう」
向こうの方からリアンとカーネリアちゃんが駆けてくるのを見ながら、ひとまずアンジェの頭を撫でる。頭にたんぽぽの綿毛の花冠がふわふわしているから、それを退かしてから。
アンジェのふわふわとした亜麻色の巻き毛はたんぽぽの綿毛みたいにふんわりして、それでいて綿毛よりずっと艶やかで滑らかで綺麗だ。描きたくなってきた。
「トウゴー!オレンジが茶色になったの!あれ、なんだったのかしら!なんだったのかしら!」
続いて、カーネリアちゃんが僕に飛びついてきたのでちょっとひっくり返りそうになった。けれどすかさず飛び出した管狐が大きくなって僕を支えてくれたのでひっくり返らずになんとかカーネリアちゃんを受け止める。ありがとう、管狐。
「あれは僕がウルトラマリンブルーを入れた後の色だね」
「そうなのね!こっちで見てたら急に色が変わったから不思議だったの!」
「もしかして失敗したかと思ったんだからな」
そっか。こっちでも絵の具を入れるからね、っていう話はしていなかった。驚かせてごめん。
「……ところであの子、ずっとあの色のままなのかしら?」
「ううん。こっちが一段落したら元に戻そうと思うよ」
「あら、そうなの?あの色だったらオレンジ色のコスモスとかが似合いそうだと思ったの。あとは、鮮やかな水色も似合うと思うのよ」
なるほど。そういう考え方もアリか。
……そういう考え方の方だと、もしかすると、もうローゼスさんとサフィールさんがやってるかもしれないなあ。
それから僕らは子供達に避難しておいてもらった。妖精達にも、しばらく中庭に近づかないでね、ということでお願いする。
ほら、やっぱり何かあった時のことを考えると、子供や妖精には怪我をしてほしくないので。
……ということで、僕はそこで、封印の宝石を前に、ちょっと待機。その内フェイ達が来てくれると思うから、万全を期してそれから封印を解いた方がいい。
丁度、封印の輪っかがたんぽぽの根っこに絡めとられて上手く動かせないみたいで、封印はまだ解けなさそうだし。
……そう。思いの外、たんぽぽは頑張っていた。たんぽぽの根っこが絡んで、輪っかが外れないぐらいには頑張っていた。今回、たんぽぽ大活躍だ。たんぽぽって、ふわふわしていて見た目に面白いっていうだけじゃなくて、根っこの強靭さとかそういう点でも優秀な植物だったな。
そして魔力を吸い取ってやるにはやっぱり植物の力を借りるのが一番よかった、っていうことなので、森の精霊としてはちょっと嬉しい。
……植物ははじまりの生き物だって、先生が教えてくれた。
生物が海から地上進出した時も光合成する生き物が生まれて酸素が増えたことが大きな理由の1つになったわけだし、火山が噴火して、大地が溶岩や火山灰で覆われてしまって、あらゆる生き物が死に絶えてしまった後の大地で最初に生き始めるのはイネ科の植物らしい。
そうやって植物が生えて、岩石になってしまった大地を根っこで徐々に割り砕いて、そうして草が生い茂るようになったら、草を食べる動物が戻ってきて、そして、動物を食べる動物も戻ってきて……そうやって生き物が戻ってくる。
食物連鎖の最下層にある植物だけれど、それってつまり、動物にはどうしようもないことができる、っていうことなんだと思うよ。なので僕は森の精霊として、この植物の活躍がちょっと嬉しい。
フェイ達中々来ないなあ、と思いながらぼんやり待っていたら。
「あ」
ぼっ、と、たんぽぽの根っこが燃え上がり始める。
もうちょっと待って、という気持ちを込めて鎖を描いて封印の輪っかを縛っておく。今度は根っこじゃなくて金属製だから大丈夫だろう。
……と、思っていたら。
「えっ!?」
何故か、急に鎖がはじけ飛んでしまった。そして、そのまま炎がたんぽぽの根っこを焼き尽くして、封印の輪っかが外れて……。
「……あ、よかった。出てくるのは小さいカチカチ放火王なんだね」
ちょっとびっくりしたけれど、出てきたカチカチ放火王は妖精サイズだった。踏みつぶせちゃうサイズ。
よかった!魔力の吸収はちゃんと上手くいっていたみたいだ!
『貴様……一体何をした!』
「たんぽぽを生やしました」
こういう植物だよ、という見本だけ見せる。ちなみに実物はもう無い。魔力を吸い取った後のたんぽぽがこの場に残っているとカチカチ放火王にまた魔力を回収されてしまうかもしれないから、子供達と妖精達に回収していってもらっている。
『くそ……貴様は、何故、このような……!』
いや、たんぽぽって平和的でいいと思うんだけれど、駄目だろうか。少なくとも、妖精の国を燃やそうとしている人に文句を言われる筋合いは無いと思う。
……うん。そう、なんだよなあ。
「ねえ。僕ら、上手くやっていくことってできないんだろうか」
僕は、聞いてみることにした。
だって、どうしてカチカチ放火王があちこちを燃やそうとしているのか、僕、まだ知らない。
「あなたの目的は何なんだろう。それによっては、僕ら、敵対しなくてもいいんじゃないかな」
僕が聞いてみたら、カチカチ放火王はびっくりしたような顔をした。いや、カチカチ放火王の顔って揺らめく炎の中にあるようなそういう顔だから、顔だかどうだか、よく分からないんだけれど……。
『……貴様、何を言っている?』
「僕、あなたのことを知らない。どうして森や琥珀の池を燃やそうとしたのか、分からない。最終的な目的も。……そういうことを知っていれば、もしかしたら僕ら両方が上手くやっていく方法が見つかるかもしれない」
僕の目の前で、カチカチ放火王の炎の揺らぎがさっきよりも穏やかになる。森の中で見る小さな焚火みたいな、蝋燭に灯った炎みたいな、そういう優しさがちらりと見えて、僕はなんとなく思う。
僕ら、上手くやっていけるんじゃないか、って。
『ならぬ』
けれど、次の瞬間にはまた、カチカチ放火王の炎は勢いを増していたし、答えは酷く冷たかった。
『我が目的はこの世界の破壊!それ以外の何物でもない!さあ、温い夢から醒めてもらおうか、精霊よ!』
そして……カチカチ放火王が、炎を巻き上げて僕目がけて飛びかかってきた。
カチカチ放火王が動き出すと同時、僕の懐から管狐と鳳凰が飛び出してきてカチカチ放火王へ襲い掛かっていった。
鳳凰が一鳴きすると、空気が震える。それにカチカチ放火王の炎が煽られて大きく揺れると、カチカチ放火王の動きが一瞬止まった。
そこへ鳳凰が突っ込んでいって、勢いよくカチカチ放火王を啄んで引き千切っていく。
散り散りになった炎の欠片が、管狐の尻尾に払われて消えていく。更に、風の精がするんと飛び出してきて、炎の欠片とじゃれ始めた。……風の精の風に煽られて、炎の欠片は消えていく。
『どのみち、奴はもう動き出した』
消えざまに、カチカチ放火王は僕の方を見て言葉を残していく。
『奴と向き合う時間だ、精霊よ』
「……奴?」
『奴の名は……』
けれど、最後の言葉が聞き取れなかった。聞き返すより前に、ふっ、と炎が消えてしまって、それきりだった。
「おーい、トウゴー!悪いな、遅くなっちまって!兄貴とサフィールさんが水の妖精となんか色々やってるの見てたら遅くなっちまって……」
僕がぼんやりしながら中庭の一部、ちょっとだけ焼け焦げた跡を見つめていたら、フェイの声が聞こえて、バタバタと皆が駆け寄ってきた。
「って、うおっ!?なんだこれ!?燃えたのか!?」
「ええと……これ、カチカチ放火王が消えた跡……」
「は!?もう封印解けてたのかよ!?」
うん。解けてた。で、もう消えちゃいました。
それで、消えざまに何か、言っていたのだけれど……カチカチ放火王は、何て言おうとしていたんだろう。
『奴』って、誰だろう。
「お、おい。トウゴ。大丈夫か?怪我してねえか?」
「うん。平気だよ」
心配してくれるフェイに笑って返しながらも、どうにも引っかかるものがある。
……なんだか、少し嫌な予感がする。寒気がするような感覚だった。