14話:依頼と雷*2
「これはどう?」
「少し重い」
「そっか。じゃあこっちは」
「もう少し大きい方がいい」
「うん。ならこれは」
「形が悪い」
……ということで、僕らはひたすら、盾の品評会をやっていた。
盾を売っているお店を片っ端から覗いては、『丁度いいけれど一歩足りない盾』を探して、買い集めていく。
お金には余裕があるんだ。ここは妥協せず、『最高の盾』がどんなのか、ちゃんと追求していきたい。
「……楽しそうだな」
「うん」
うん。楽しい。こういうのって、とても楽しい。
ラオクレスも最初は遠慮がちだったけれど、その内、僕が本気で楽しくやっていると分かったらしい。途中から彼も積極的に意見を言ってくれるようになった。
僕には盾の良し悪しは分からないから、ラオクレスの意見が頼りだ。彼の意見を集約して、彼にとって最高の盾を描くぞ。
それから一度フェイの所に寄って、フェイの家にある盾も見せてもらった。
フェイは貴族だから、護衛の人も何人かは要る。フェイ自身が召喚獣で戦えるけれど、やっぱり護衛は護衛で必要らしい。……なので、護衛の人が使っている盾を見せてもらった。レッドガルド家の紋章が入っていて、格好いい。そうか、実用性だけじゃなくて、こういう装飾も大切だよね。
どうしようかな。ラオクレスにぴったりくるデザインを考えなくては。
フェイの家を出て、また僕らは話し始める。天馬はフェイの家の横で、そこにある花壇を眺めながら時々ふんふん匂いを嗅いでいた。この馬達は花が好きらしい。
「ラオクレスはどんな盾がいい?どんなのでも描くよ」
「……使いやすければそれでいい」
「色は?」
「任せる」
そっか。ラオクレスはあまりそういう所に興味が無いらしい。
でも僕は存分に興味があるところなので、ここはこだわらせてもらいたい。うん。使いやすさ、実用性はラオクレスのために全力を尽くすよ。そして、装飾は僕のために頑張る。
僕が描いた盾とラオクレスの剣とを装備した石膏像顔負けのラオクレスが勇ましく戦う様子を、いつか絶対に描きたい。
「あのー」
……というところで、急に声を掛けられた。
僕は馬に乗ろうとしていたところだったので、ちょっと慌てた。……僕の乗馬が格好良くないことは僕も分かってるので。
「何か用か」
でも、僕が慌てるよりも先にラオクレスが前に出てくれた。僕の前に出て、剣に手を掛ける。頼もしい。
「い、いえ、その、私は決して、あなた方に敵意があるわけではなく……」
僕らに声をかけてきた人は、ラオクレスの様子にちょっと怯えた様子で半歩、下がった。
……その人は、僕らより年上に見える。初老、というのかな。うん。それで、その人の後ろにはもっと若い人が3人くらい、居る。それぞれに何か袋や箱を持っているけれど……。
「貴様らは誰だ。名乗れ」
ラオクレスが頼もしくもそう言ってくれると、初老の人は姿勢を正して、僕らに一礼した。
「私はある貴族の方の命を受け、秘密裏にあなたを勧誘するようにと仰せつかった者でございます」
「……『ある貴族』?」
僕が首を傾げていると、ラオクレスはまた一層、表情を険しくした。
「名乗れない、ということか?」
「い、いえ。そういう訳では。ただ、こちらでは少々、お話ししにくいことですので……」
初老の人は、ちら、と、横のお屋敷を見た。……レッドガルド家の隣では話しづらい、っていうことかな。うーん。
「……あの、僕、ここで話せないようなことなら、聞きたくないです」
とりあえず、怪しい人にそう言った。フェイに聞かせられないような話なら、僕だって聞く気はないよ。
「おや。しかしあなたはレッドガルド家と契約しているわけではありませんよね?」
……なんでそれ、知ってるんだろう。
「まあ、義理立てされるお気持ちは分かりますよ。どうやらあなたはお優しい方のようだ。……ならば我々も、この場でお話しすることにいたしましょう」
初老の人はそう言って微笑むと、後ろに控えていた人たちに合図する。
ラオクレスが警戒する中、その人達は袋や箱を開いて……中に入っているものを、見せてくれた。
それは、袋に入った大量の金貨。小箱の中で煌めく大粒の宝石。それから……杖?
「これらの報酬で、ジオレン家の御子息のため、召喚をしていただきたく」
……うん。
「ちょっとよく分からないです」
召喚?召喚って何?
……あっ、召喚獣、の『召喚』?つまり、何か火の精とかを出してほしいってことだろうか?
いや、でもどうして僕に頼むんだろう?僕は召喚なんて……。
……あ。
レッドドラゴン、か……。
思い当たる節がそこしかないので、多分、それだろう。この人達は、僕にレッドドラゴンを出せって言ってる。多分。
それを『召喚』って言ってるんだろうけれど……あれ、『召喚』なんだろうか?描いて出したら、召喚?ちょっとよく分かんない。
「あの、それ、なんで僕に?」
色々と分からないけれど、とりあえずこれだけは聞いておこう。だって、どうして僕がレッドドラゴンを召喚したって思われているのかが分からないと、色々と……まずい気がする。
「おや?しかし、あなたでしょう?レッドドラゴンを召喚したのは」
でも相手は動じない。そっか。情報源なんて、教えてくれないよね。
「レッドガルド家の……ほら、フェイ・ブラード・レッドガルドさんがレッドドラゴンを所持しているというのは、あなたが召喚したからですよね?」
うーん、フェイがこの間、町で黒いお化けを倒す時、レッドドラゴンを出したのが原因?いや、でも、それだけじゃ、僕がレッドドラゴンを出したってことにはならないだろうし……。
うーん……?
「如何でしょう。勿論、必要なものがあるならこちらでご用意いたします。報酬につきましても、これは前払いのもの。成功報酬はまた別途お支払いいたしますので」
「そう言われても……」
困った。すごく困った。この人達、なんなんだろう。
僕がレッドドラゴンを召喚したって知っているみたいだけれど、どうして知っているんだろう。
それに、召喚獣を召喚してほしい、っていうのは……うーん、なんで?
「詳しいお話は是非、町の喫茶店などで。よい店を存じ上げておりますので」
初老の人はそう言ってにっこりとまた微笑むのだけれど、笑われても僕としては困る以外のアクションがとれない。うーん、困った。
「おい。それ以上訳の分からないことを言うようなら、貴様ら全員ここで殺すぞ」
僕が困っていたら、ラオクレスがすごく暴力的な提案を持ちかけ始めていた。うん、ちょっと物騒だけれど、助かる。
「な……こ、殺すだと?貴様、見たところ奴隷だな?奴隷の分際で、何を」
「残念ながら俺は人を殺したことがある。犯罪奴隷だからな。……ああ、そうだ。俺は人殺しの犯罪奴隷だぞ。今更、お前らを殺すことに躊躇いなどない」
ラオクレスがそう言って凄むと、初老の人も、その後ろの人達も、竦みあがった。うん、気持ちは分かる。
「こ、殺すなど……そんなことをしてタダで済むとでも思っているのか!?」
「ああ。思っているさ。死人に口なし、とはよく言ったものだ。……1人も逃がさなければいい。それだけのことだろう?」
ラオクレスはまた随分と物騒なことを言って、それから、にやり、と、すごく怖い笑い方をした。
「……おい。これでも脅しは足りないか?実際に手足の一本でも切り落としてやるまで、分からないと?」
そして、怪しい人達は逃げていった。「また日を改めます」と言っていたけれど……うん。もう来ないでほしい。
「……すまない。穏便に事を済ませられなかった」
「ううん。十分だよ。助かった。ありがとう」
ラオクレスはちょっと、自分の解決方法に後悔があるらしいのだけれど、僕としては別に気になっていない。むしろ、かっこいい(それから、ちょっと怖い)ラオクレスを見ることができたので、これはこれでいい。
「……とりあえず一度、戻るぞ。報告しておいた方がいいだろう」
「え、あ、うん」
……ということで僕らは、さっき出てきたばっかりのフェイの家に、また戻ることになった。
あんまり喜ばしくない報告を持って。
「あちゃー……そういうのが来ちまったかぁ」
「うん」
報告したら、フェイは椅子の背もたれに、ぐでっ、と体重を預けて唸った。
「ちくしょー、どっから漏れやがった」
「さあ……」
僕が『描いた絵を実体化させられる』っていうことは、フェイ達とラオクレスと馬と鳥以外に話したことはない。
どこから漏れたのか……うーん、フェイがレッドドラゴンを持っているということは、この間の黒いお化け退治の時にもう知れ渡っていてもしょうがないと思う。でもあれは仕方なかった。火を吹く生き物が1匹でも多い方がよかったんだから。
……じゃあもしかして、僕の能力も、そこでバレたんだろうか。
僕はあの時、ラオクレスの傷を治している。それを見て、『レッドドラゴンを召喚したのはあいつだ』と……。うーん、ならない気がする。
だって、もし、僕が絵を描いているのを見ていた人が居たとして……『絵を描いたら人の怪我が治った』と『レッドドラゴンを描いて出した』は結び付かないだろう。多分。
ということは、もっと僕の事情を知っている人?僕とフェイが親しげにしているのは、町に居た人は全員知っているだろうから、後は、消去法……?
「まあ、考えててもしょうがねえな。で、トウゴ。お前、その話、受けるのか?」
「ううん」
受けるか受けないかで言ったら、受けない。受けるつもりはない。
僕がレッドドラゴンを描いたのは、その時描きたかったからだし、緋色の竜はフェイにぴったりだったし、色々と逼迫した事情があったし……うん、描きたかったから。やっぱり、描きたかったからだ。
頼まれて描く気には、なんか、なれない。
……あと、やっぱり、レッドドラゴンが今、フェイに懐いているのは、フェイがいいやつだからだと思う。うん、悪い人かもしれない知らない誰かのために、描く気になれない。我儘かもしれないけれど。
「そっか……話じゃ、報酬ガッポリ貰えそうだけどな」
「うん。いらない」
「はは。そうだな。お前、そういう奴だもんな」
フェイは愉快そうにけらけら笑って、それから、真剣な顔をした。
「でも、そういうことなら気を付けろよ。何かあったらレッドガルド家と契約してますって嘘でもいいから言っちまえ。俺が許可する」
「う、うん」
そ、そっか。『契約していると嘘を吐いていいという契約』をするっていうことか。駄目だ、よく分からなくなってきたけれど、とりあえず次からは『レッドガルド家と契約してます』って言おう。
「それから、絶対にラオクレスと離れるんじゃねえぞ。……あ、お前ら今、別の家で寝泊まりしてるんだっけ?ならラオクレス、今日からしばらくはトウゴの家の客間な」
「えっ……ラオクレス、嫌じゃない?」
「非常事態だ。構わない」
ラオクレスは多分、僕と一緒に寝泊りするのは嫌なんだと思っていたんだけれど……申し訳ない。お世話になります。
「つーかよ、何なら今日からしばらくずっと、うちに泊まるか?」
「え?うーん……」
更に、フェイからはそんな提案まで貰ってしまった。
うーん……僕としては、森の方が居心地はいい。フェイの家が嫌いなわけじゃないのだけれど、でも、なんとなく森に居た方が落ち着く。
……けれど、そんなこと言ってる場合じゃないか。
「お世話になります」
「おう!お世話してやるよ!ってことで、ほとぼり冷めるまでゆっくりしていけよな!」
しょうがないから、僕はしばらく、レッドガルド家にお世話になることになった。
……度々すみません。




