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今日も絵に描いた餅が美味い  作者: もちもち物質
第十五章:桜餅の葉っぱのように
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17話:妖精の国*9

 僕が身構えるのを見てサフィールさんは1つ頷くと、子供達に手招きする。子供達はサフィールさんに誘導されて、そのままタイミングを見て……。

「よし、今だ!」

 サフィールさんにそっと背中を押されて、3人の子供達は階段を駆け上がっていった。

「おい、待て!」

 それを演技しつつ追いかけるサフィールさんは、丁度うまい具合に水の女の子を抱き上げたままのローゼスさんと衝突したらしい。階段の上からそういう音と声が聞こえてくる。

 ……そしてぱたぱたと軽い足音が去っていってしまったので一安心。子供達は無事に逃げていったみたいだ。よし、これで水の花瓶の方にリアンが行ってくれるだろうし……もしカチカチ放火王が復活してしまったとしても、彼らを巻き込まずに済む。

 うん。それが一番、気がかりではあった。子供達と一緒に潜入する、ってなったら、子供達をカチカチ放火王の復活に巻き込んでしまうかもしれないから、それだけは避けたかった。

 ええと……ほら。リアンが僕のことを弟分だと思っていたとしてもさ。僕は彼らの住まう森であって、彼らを保護する者であって……僕は、リアンのこと、弟分だと、思ってるからさ。




 それから少しして、サフィールさんと、水の女の子を抱き上げたままのローゼスさんがやってきた。僕は気を引き締めて、水の瓶と絵の具のチューブを用意。

「あ、あなたは……!」

 僕を見て、水の女の子はローゼスさんの腕の中から身を乗り出した。

「あの時の無礼者じゃないの!どうしてここに居るの!?」

「ええと、妖精達にお招きされたので……」

 どうして、と言われるとなんとも困るのだけれど……とりあえず正直に答えておいた。これで妖精達の立場が悪くなる、っていうことは、ない、よね?……なったらごめん。

「な、何よ!また私の邪魔をしに来たの!?」

「いや、邪魔というかなんというか……」

 こういうの、難しいね。僕からしてみるとこの子が邪魔をしているのだけれど、この子からしてみれば僕が邪魔をしに来たことになるんだろう。先生が前、「正義の反対にあるのはもう一つの正義なのだ」と言っていたけれど、正にそういうかんじだ。邪魔の反対にあるのは、もう一つの邪魔……。

「ええと、とりあえず話がしたいんだ。僕から要求したいことが2点あって、それについて折衝したい」

「せ、せっしょう!?せっしょうって……」

「女王陛下。彼はどうやら、何かの交渉をしたいようです。その上で、お互いの折れ所を探りたい、ということのようですが、如何なさいますか?」

 ……『折衝』っていう言葉が難しかったらしい水の女の子に対してサフィールさんがすかさず解説を入れてくれた。おかげでスムーズに意味が伝わったみたいだ。どうもありがとうございます。

「そ、うね……うーん」

「女王陛下。ひとまず話を聞いてみるだけでも聞いてみるのは如何でしょうか。話を聞くだけなら結論を急ぐ必要はありませんし、話を聞いてやることで女王様の懐の深さと見識の広さを証明することもできましょう」

 更に、ローゼスさんがそんなフォローを入れてくれて、水の女の子は決断してくれた。

「わ、分かったわ。話だけなら聞いてやってもよくってよ!」

 よかった。とりあえず、交渉の1つもせずに武力衝突、っていうことにはならなくてよかった!

「だ、だから……その、よく分からない水なんて、瓶から出してしまっていいんじゃないかしら?それから、その、色のつくものも、しまって頂戴な!」

 ……あ、うん。そっか。そういう要求の仕方をしてくるのか。

 まあ多分、この水……水の女の子の体の一部、なんだと思う。

 何故ならば、リアンが凍らせたことによって『寒かった』なんてことをさっき言っていたから。動く水なんて間違いなくこの子の関係なんだろうなあとは思ったけれど、実体か分身か、そういうものなのかもしれない。少なくとも温感はあるみたいだし。

 つまり、この水の中に絵の具のチューブを入れられてしまうと……彼女としては、非常に、よくない、と。成程。

「嫌です」

 なのでここはちゃんと断る。

「な、なんで!?」

「え?なんで、って……じゃあ、なんとなく……?」

「なら、その色が付くやつはしまいなさい!」

「嫌です」

「どうしてよ!この無礼者!やめて!はやくそれ、どけて!」

 ……ずるいよな、とは思うのだけれど、カチカチ放火王の復活阻止ならびにこの妖精の国の無事が掛かっている問題だから、僕としてもここを譲るわけにはいかない。

 なので、この折衝は僕に有利なように進めたい。そのためには人質っていうか、脅しの1つは持っていたい。

 ……自覚はあるんだよ。こういう時、僕は絶対に舐めてかかられるし、そもそも、交渉とかがあまり得意ではないし。

 だから、ずるいのは承知の上で……僕は、交渉相手の体の一部にいつでも絵の具を混ぜられるぞ、っていう脅しを見せながら交渉の席に着きたいと思う。




 水の女の子はすっかりむくれた状態で、でもびくびくと怯えながらテーブルに着いた。

 ちなみに、今居る場所は妖精の城の中庭。綺麗な花がたくさん咲いている場所の真ん中にティーテーブルが置いてあって、そこでお茶とお茶菓子が用意されたまま放ってある。あと、椅子は3つある。ということは多分、ここでさっきまで3人でお茶会してたんだろうなあ。

 サフィールさんが椅子の1つを引くと、そこにローゼスさんが水の女の子を抱きかかえたまま着席。サフィールさんがその隣に着席したので、僕は残った椅子を適当に動かしつつ、着席。

 妖精達が4つ目のティーカップを持ってきてくれて、そこにお茶を注いでくれた。ついでに僕に向かって『ファイト!』というようにジェスチャーして励ましてくれたので、僕はそれをありがたく思いつつ、お茶を飲む。緊張していたのか、喉が渇いていた。それをひんやり冷たくて花とフルーツの香りがする甘いアイスティーで潤したら……よし、勝負だ。

「早速なのだけれど」

 僕は、アージェントさんやフェイのお父さんを思い出しながら、話し始める。

「こちらの要求は2つ。1つは、地下の宝物庫に置いてある封印の宝石を譲ってもらうこと。もう1つは、妖精の国の治世を改善してもらうことだ」

 ……僕がそう言うと、水の女の子はちょっと息を呑みつつ、きっ、と僕を睨みつけてきた。

 とりあえず……舐められてる、っていうことはなさそうだ。よかったよかった。


「1つ目はお断りよ。地下の宝石は全部私のものなの!絶対にあげないわ!」

「なら、こちらの宝石と交換っていうことでどうだろうか」

 そういうことなら、と、僕は宝石を出す。封印の宝石より大きな、僕の両掌で抱えて持つような大きさの大きな紫水晶の球だ。占い師がこういうのを使うイメージがあるけれど、まあ、そういうかんじの。

「なんという美しい宝石だろう!女王陛下、これは悪い話ではないのでは?こちらの宝石の価値は、それこそ人間の国でなら城が1つ2つ買えるようなものです」

「女王陛下は大層小さく愛らしいお体にてあらせられますから、丁度この宝石で彫像が作れるのでは?」

「加工してほしければするよ。どう?君の彫像でも、玉座とかをこの宝石から削り出してもいいと思うけれど……どうだろうか」

 ……サフィールさんとローゼスさんの一押しもあってか、水の女の子はものすごく心がこちらに傾いている様子だった。『この宝石、すごく欲しい!』と顔に書いてあるかんじだ。ちょっと面白い。

 けれど……首を大きく横に振って、女の子は言うのだ。

「それでも駄目よ!あの宝石は絶対に渡しちゃいけないって言われてるの!だから交換なんてしないわ!」

 ……そして、ものすごく名残惜し気に、ちら、と、紫水晶を見て……更に、続けた。

「……交換なんて、しない、けれど……その宝石を献上するっていうなら受け取ってあげてもいいわ!」

「献上しません。あげません」

 なのでそれはお断りした。駄目です。


「あの宝石が何なのかは、分かってるかな」

「ええ。強ーい魔物が中に入ってるのよ!それで、魔力を分けてやったら出てきて私のために働くのですって!丁度、ケルピー代わりの魔物が欲しかったところだから引き受けてやることにしたわ!」

 成程……そういうことになってるのか。厄介だなあ。

「……ええと、多分あの魔物は、出てくると、この国を琥珀の池と同じように、滅茶苦茶に破壊してしまうと思うよ」

 なので一応、説明してみる。騙されてますよ、と。

「あら。その時は私が言うことを聞かせればいいのよ!だってあの宝石の中の魔物は私のものになるんでしょう?」

 ……なるんだろうか?なる、なら、まあ、それはそれでいい、のかもしれないけれど……ならない気がする。やっぱりこの子、騙されてるんじゃないかな。

「だからお断りよ!あの宝石の中の魔物は私が孵してやるの!それで、私を守る強くて優秀な魔物を、忠実な召使いにするの!」

 うーん……駄目だ。平行線の予感がする。




「じゃあ、2点目についてだけれど……」

「そっちもお断りよ!どうして私が妖精の国のことなんて考えてやらなきゃいけないの?」

 ……2点目についても、早速平行線の予感がしている。

「それは……君がもしこの国の女王様をやるんだったら、女王様なんだからこの国のことを考えるのは当たり前じゃないだろうか」

「逆よ!この国が私のことを考えるの!だって私が女王様なのよ?」

 ああ、平行線……。

「……その結果国が荒れたら、困るのは君だと思うよ」

「そうしたらまた別の国へ旅に出るからいいの」

「残された妖精達はどうするの?」

「どうして他の妖精達のことなんて考えてやらなきゃいけないの?」

 平行線……。

 僕がどうしたものかと考え、サフィールさんとローゼスさんも『これは困った』みたいな顔で悩む。どうしよう。これ、話してはみたものの、分かり合える気がしない。

 どうしたものかなあ、と僕は悩む。サフィールさんもローゼスさんも、悩んでいる。僕らが揃って悩み始めると、水の女の子は流石に『何かまずい事を言ったかしら』という気持ちになってきたらしくてオロオロし始めた。

 けれど、水の女の子から何か提案がある訳でもないし、サフィールさんもローゼスさんも何か言える立場じゃないし……。

 うーん……よし。


「言い方を変える。さっきの2つ……封印の宝石を僕に譲る、っていうのと、妖精の国の治世を改善する、っていうこと。この2つを実行してほしい。そうすれば、この紫水晶はあげる。他に欲しい宝石があったら追加で出してもいい」

 僕は、鞄を探って、その中に適当に突っ込んであった宝石を2粒ぐらい出して見せる。水の女の子の目が輝いた。やっぱりこの子、宝石が好きなんだと思う。

「でも、もしそれでも嫌なんだったら……」

 宝石に目が釘付けになっている女の子を見ながら……僕は酷いことを言わなきゃいけない。

「君がどうしても嫌だっていうなら、交渉は決裂だ。僕は力づくにでも、君から封印の宝石と妖精の国を奪わなきゃいけない。……君を傷つけなきゃ、もっと多くの人や妖精達が傷つく。だから僕は、覚悟を決めることにするよ」

 誰にとって酷いって、水の女の子にとって酷い話だし……僕にとっても、酷いことだ。

「最悪の場合、僕は君を……殺すことになる」

 そう言う時、少し、声が震えたかもしれない。こういうの、苦手だ。本当に。

 ……でも、目は逸らさなかった。じっと見つめると、水の女の子は目を瞠って、それから、ふる、と震える。

 理性によるやりとりが上手くできなかったとしても、恐怖が働いてくれるなら、なんとか、ならないかな。

「僕は、できれば、それは避けたいと思ってる。君が宝石を受け取って、封印の宝石を渡してくれて、この妖精の国を真っ当に治めていってくれるのなら、僕はその方がいいんだけれど……どう?」

 僕は本心を伝えながら、どうか上手くいってほしい、と思う。

 こういうの、苦手だ。本当に。上手くやれる人達が羨ましいと同時に、僕はアージェントさんやフェイのお父さんみたいにこういう場面を抜き身の刃物みたいな鋭さで渡っていくことはできないなあ、と実感する。性に合わないんだよな、多分。器用じゃない、っていうか。

 ……でも、こういうやり方をすることが、僕にとって大事なことなんだと、思う。

 脅してでも、なんでも、最後まで和解は諦めたくない。だから僕は、選択肢を提示したい。

 甘いのかもしれないけれど、でも、これを諦めてしまったら、きっと僕は僕ではいられないと思うから。だから僕は、どうかこの話を受けて欲しい、と願いながら、水の女の子を見つめた。


「そ、そんなこと言って……な、なにをする気なの?あなた、私を見くびっているようだけれど、私はこの国の女王よ?妖精の中でもとりわけ力が強いから女王になれたの。それを分かっていて?」

 水の女の子は虚勢だと分かるようなセリフを、少し震える声で発した。

 ……そう、なんだよなあ。僕、描いたものを実体化することはできるけれど、でも、それまでなんだよ。多分、普通に……その、殴り合い、とか、殺し合い、とかになってしまったら……あんまり強くないよ。絵を描くのって、魔法画があったとしても、殴ったり斬りつけたりするよりはずっと時間がかかるものなんだから。

 そして、水の女の子はどうやら、何かちょっとは自信がありそうだ。まあ、カチカチ放火王から何か貰っている力とかがあるのかもしれない。それで女王様になったのかも。

 ……ということで、普通に暴力と暴力のぶつかり合いになってしまったら僕はとても不利、なんだろうけれど……。


「僕、この瓶の中に、絵の具を入れようと思う」

 僕がそう言うと、水の女の子は表情を凍り付かせて固まった。

 ……まあ、卑怯なようだけれど、これが僕のやり口です。

 やりたくはないけれど、覚悟はしてるよ。返答次第でちゃんと、絵の具を瓶の中に入れてシャカシャカ振る。それはもう、覚悟してる。




「……分かったわ」

 水の女の子は、ローゼスさんの腕の中でしんなりとして……そして。

「交渉は決裂、よ!」

 そう言って、水の刃を僕の手に向けて飛ばしてきた。




 慌てて避けると、水の刃は僕の服の脇の辺りをすぱりと切り裂いて、ついでに僕の脇腹を薄く切り裂いて、通り過ぎていった。

 脇腹に、じわ、と痛みが広がるけれど、今はそれは我慢だ。

「そういうことならこっちだって……」

 交渉決裂、っていうことなら、僕はいよいよ、やらなきゃいけない。躊躇なく、瓶の蓋を開ける。

 ……あれ?

「あ、開かない……」

「あけさせて……なるもの、ですか……!」

 開けようと思った瓶の蓋が、開かない。瓶を見てみると……なんと!瓶の中で氷が融けていて、水が動いて、瓶の蓋を内側から押しとどめていた!

「これが、開かなければ、いいのよ!ふふ……さあ、覚悟、することね!」

 水の女の子はそう言って、また、水の刃を作ろうとするので……。

 ……なら、しょうがない!

「鳳凰!リアンに連絡!よろしく!」

 なので僕は、鳳凰を出して、お願いした。……そして、鳳凰には、リアンへお願いしてもらう。

 よろしく、僕の弟分!不甲斐ない兄貴分を許してほしい!兄貴分だと思われてないみたいだけれど!


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― 新着の感想 ―
[一言] 「だ、だから……その、よく分からない水なんて、瓶から出してしまっていいんじゃないかしら?それから、その、色のつくものも、しまって頂戴な!」 わかり易すぎる! あー、なんだか形容し難い汚…
[一言] ああどんどんヘイトが溜まっていく…
[良い点] トーゴの成長は見ていて楽しいものがありますなぁ…水妖精もここまで我を通す様は最早天晴れ [一言] リアンさんよろしくお願いしやす!!
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