16話:妖精の国*8
宙に浮いて重力に逆らって、自在に形を保っている水。なんだか、さっきもこういう光景、見たな。あれは花瓶だったけれど……。もしかしてこれ、水の女の子の能力なんだろうか。厄介だ。
「なあ、トウゴ。これ、まずいんじゃねえの?」
「うん……あんまりよくないね」
見る限りカチカチ放火王の封印へ魔力が注がれているのも問題なんだけれど、それと同じくらい、この城を貫いて生えている大樹から魔力を奪っているっていうことも問題だ。
一応、森としての視点から見ると……このままだとこの大樹、枯れてしまう。こんな大きな木が枯れてしまったら、このあたりの魔力のバランスが変わってしまうだろうし、倒木の危険もある。城を貫いて生えているような木だから、この木が枯れたらこの城自体が危うい。
「どうしようかな。ええと……これ、要は、龍の湖と同じことをやってるんだと思うんだけれど……」
仕組みはすごく簡単で、この大樹が妖精の国や妖精の城から魔力を吸い上げて、樹液と一緒に魔力を木の中に循環させて、それが本来ならば、葉っぱから蒸散していく水分に乗って妖精の国に魔力を満たす役割を果たしていたり、はたまた木の実を実らせてそこから魔力を外へ零したりして、妖精の国に魔力を循環させつつ魔力を増やす、っていう役割を果たしているんだと思う。
けれど、その大樹から横取りするみたいにして樹液ごと魔力を奪って、カチカチ放火王に注いでる。それが今の状況だから……植物を通して液体に溶け出した魔力はあらゆるものに使いやすい形になっていて、カチカチ放火王にも利用できてしまう、っていうことなんだろう。つくづく、森のシステムと水の女の子との相性が悪い、というか、なんというか……。
「うーん……とりあえず、退いてもらうしかないよね」
何はともあれ、このまま放っておくとまずい。水の女の子が大樹の樹液をどうやってか操ってカチカチ放火王に注いでいる訳で、このままだとカチカチ放火王、復活してしまいそうだし……しょうがない。
「よいしょ」
僕は手で水を掬って、よいしょ、と横へ避けてみた。
……のだけれど。
「駄目だなあ……うーん」
水は僕が掬った端からふよふよと宙で形を変えて、またカチカチ放火王の封印へと戻っていってしまう。うーん、この水、まるで意思があるかのようだ。大方、あの子が操っている水なんだろうけれどさ。
「おい、トウゴ。あんまり不用意に触るなって」
僕が水をつついて困っていたら、横からリアンが呆れたようにやってくる。
「でも、どうにかしてこの水は退かさなきゃいけない。逆に、この水さえ退けられれば、後は手立てがあるんだけれど……」
封印の宝石が外に出ていてくれれば、あとは僕でも何とかなる、と思う。でも、この水が魔力を伝達する役割と、封印の宝石を保護する役割を果たしてしまっているので、中々どうしてそれが難しい。
「じゃあ凍らせてみるか?」
……と思っていたら、リアンがあっさりそう言って……氷の魔法を使って、かちん、と、封印の宝石の周りの水を凍らせてくれた。
「……凍っちゃった」
「そりゃ、凍らせたんだから凍るって。ほら。今の内に砕いてみたら水、退かせるんじゃねえの?」
なんというか、自在に動く水のようだったから凍るかちょっと疑問だったのだけれど、そこの心配は無かったらしい。僕はありがたく、早速氷を砕き始める。
氷を砕く道具が特に無かったので、とりあえず鞄に入っていたパレットナイフでガリガリやってみることにした。
……先生の家に、小さい冷凍庫があったんだけれど。古い冷凍庫で、しょっちゅう中が霜だらけになって凍って、どんどん冷凍庫の内容量が小さくなっていってしまうものだから、先生は時々、冷凍庫の内側の氷をマイナスドライバーとかでガリガリやっていた。僕も時々手伝っていたけれど、今まさに、そんなかんじの感触だ。
「……トウゴ、結構こういう作業、上手いよな」
「まあ、色々やってるからね」
先生。先生の家で冷凍庫の霜取り作業をした経験が、今、生きています。
ということで、封印の宝石に纏わりついていた水は全部取り外すことができた。凍ってしまうと水は動けなくなってしまうらしくて、おかげで綺麗に外すことができた。
のだけれど……。
「あ。この氷、溶けたら動いちゃうみたいだ」
ちょっと時間を置いて氷が融け始めると、ふるふる動いてまた封印の宝石の方へと戻っていこうとする。厄介だなあ。
「じゃあもうちょっと凍らせとくか……」
けれど、こっちにはリアンが居る。リアンは呆れたような顔で氷の魔法を使って、また水を凍らせてくれた。
「ついでに瓶詰にしとくか。トウゴ、この瓶、借りるけどいいよな」
「あ、うん。水入れとく奴の予備だから大丈夫」
更に、リアンは氷を瓶の中にどんどん詰めて、きゅ、と蓋をしてしまった。瓶詰にされてしまった水は、融けてももう瓶の外に出られない。よし、これで安心。
安心したところで僕は早速……絵を描き始める。
「……トウゴおにいちゃん、なに描いてるの?お花?」
「わあ、綺麗だわ!すごくかわいいわ!見ているだけで、ふわふわ、っていうかんじが伝わってくるの!」
ゴルダの精霊様に倣って、植物の力でカチカチ放火王から魔力を奪ってみようと思う。
前回学んだことは、やっぱり植物の力を使うと魔力の吸収が速い、っていうことだ。ゴルダの精霊様もそうだし、ガラス細工の花だって、『魔力を吸い上げる』っていうことについて相当に有効だったと思う。
……なので。
「わあ、たんぽぽだ!かわいい!」
僕は、封印の宝石からたんぽぽが生えている絵を描き上げた。
ふわふわの綿毛を丸く揺らして、たんぽぽが生える。たんぽぽは特大サイズ。綿毛の球は僕の掌より大きいぐらいだ。
ユニコーンの角の粉と月の光の蜜を混ぜて作った銀白色の絵の具で描いた綿毛は、触ってみるとふわふわで、中々いい手触り。柔らかそうな綿毛を描けるように練習していたから、その成果が出て僕としては嬉しい限り。
「わあ、ふわふわだわ!ふわふわだわ!」
「ねえ、トウゴおにいちゃん!アンジェもさわってみていい?」
「どうぞ。綿毛は無害だから触っても平気だよ」
生えてきたたんぽぽは、子供達には好評な様子だ。カーネリアちゃんとアンジェはそれぞれに綿毛を手のひらでぽわぽわ、と触って表情をとろけさせているし、リアンはリアンで、綿毛をつついてちょっと口元を綻ばせている。
たんぽぽの綿毛はつつかれると、ふるん、と揺れる。その様子がまた柔らかくて軽くて、中々いいかんじだ。
「この綿毛が付いた茎をいっぱい集めて花束にしたらきっとすごくかわいいわ!」
「どうぞどうぞ。できればそれ、摘んじゃってほしい。どんどん新しいの生やすから」
「いいの!?分かったわ!なら、どんどん摘んじゃうわ!」
……そして、僕は次々、新しいたんぽぽを描いて生やす。新しく生えてきたたんぽぽはぐんぐん封印の魔力を吸い取って綿毛を開かせて、ほわほわ、と僅かな風に揺れる。それを見て子供達は歓声を上げて綿毛の茎を摘んで、どんどん綿毛の花束を作っていく。
……うん。
今回もなんとかなりそうでよかったよ。
ということで、カチカチ放火王の封印は、どんどんたんぽぽを生やしていって、みるみる魔力を減らしていった。
危なかった。もうちょっと大樹の樹液が注がれていたら、復活しちゃっていたかもしれない。
でも大丈夫だ。カチカチ放火王の魔力、全部たんぽぽに吸いだされて、白銀の綿毛の花束になって、子供達に抱っこされているところだから……。
「ところで花束にしてみたら予想通りかわいかったのだけれど」
カーネリアちゃんはふわふわの花束を腕いっぱいに抱えて満足そうな顔をしつつ、ふと、首を傾げた。
「この花束、最終的にはどうすればいいのかしら?」
……うーん。
「最終的には、ここの大樹に返してあげないといけないんだけれど……」
まあ……綿毛を燃やして、灰を大樹の根元に撒く、とか、かなあ。腐葉土みたいにするっていうのも手だけれど。
「ねえトウゴ。折角だし、この綿毛、ふーっ、てしたら駄目かしら?」
「妖精の国がたんぽぽだらけになってしまうので、それはちょっと……」
「そう……たんぽぽだらけの妖精の国、きっとかわいいと思うのよ?」
いや、そうかもしれないけれど、妖精達は困ると思うので、綿毛を飛ばすのはやめてあげてほしい。
カーネリアちゃんがアンジェと『どうしたらこのかわいい綿毛をよりかわいくできるか』について話し合っている途中。
「……ちょっと外が騒がしい気がする」
「ってことは、玉座の間?のところに人が戻ってきた、ってことかよ」
うーん……まあ、概ね、僕らがここで色々やっているのに気づいた水の女の子が戻ってきちゃったんだろうけれど……しょうがないよね。どのみち、どこかでは衝突になっていたと思うし。なら、カチカチ放火王の封印の魔力を大分減らした今衝突できるのは、むしろ丁度いいタイミングかもしれない。
後ろにカーネリアちゃんとアンジェを庇いつつ、僕が先頭、その斜め後ろにリアンが立って、階段を降りてくる足音と騒がしい話し声を待ち受ける。
「……に誰かが居るわ!さっきから寒いのは、絶対に何かされてるからなのよ!」
「おやおや、寒いというのならば、どうか私にあなたを温める栄誉をお授け下さいませんか?」
「そ、それは特別に許してやってもよくってよ!そ、そう!そのまま、そのまま地下へ運んで頂戴!この下に階段があって……」
「この階段ですか?……おーい、誰か居るのかー!……返事はありませんが……」
サフィールさんがわざとらしく、僕らに声をかけてくれるのが分かる。彼らが近づいてきている、って分かれば対処できるものもあるから、サフィールさんの気遣いがありがたい。
「女王陛下。この先に賊が入り込んでいるというのならば、陛下が向かうのは危険です。ここはサフィールにお任せください。こいつはこれでも中々優秀な男ですから。我々はここで待機しましょう。あなたの身に何かあってからでは遅いのですから!」
更に、ローゼスさんが水の女の子を引き留めようとしてくれている。そうこうしている間にカツカツと足音が聞こえてきて、サフィールさんがひょこ、と顔を覗かせて……子供達が抱えている綿毛の花束と、ふわふわのたんぽぽが数本生えている封印の宝石とを見て、静かに吹き出した。
そしてサフィールさんは身振りで僕らに『逃げるか?』というような事を聞いてくれるのだけれど……うーん。
「あの子を放っておいたら、また封印に魔力を供給されかねないので、一度話そうと思います」
やっぱり、あの子を放っておく訳にはいかない。
ということで僕は、最後の作戦会議をする。
「ねえ、リアン」
「なんだよ。……いや、ほんとにコレ、なんだよ」
僕は、リアンの手に絵の具のチューブを握らせて、言った。
「あのさ。さっき廊下にあった、水でできた花瓶、あれ、覚えてる?」
「え?あ、うん。覚えてる、けど……」
「そこに向かっていてほしい。君達はただの子供っていうことで、玉座の間から逃げ出せると思うから。……それで、もし鳳凰の合図があったら、この絵の具をあの水でできた花瓶に全部入れちゃってほしい」
言いつつ、僕は僕で、別の絵の具のチューブと……さっきの『瓶に閉じ込めた水』とを手に、覚悟を決める。
……今度こそ、本当に脅しじゃなく、僕はやるからな。




