15話:妖精の国*7
まずはちょっと試しに、ということで、慎重に、慎重に、玉座の間の前まで行ってみた。人間の城には大抵、玉座の間に重厚な扉が付いていたりするものだけれど、妖精の城は違うらしい。ふわふわした薄布のカーテンと花の付いた蔓草のカーテンが重なり合っていて、それが扉代わりらしい。
なので、入り口の横に立っているだけでも、中の話し声が聞こえてくる。
「改めまして、この度は麗しの女王陛下にお目通り叶いまして大変光栄に思います」
「しかし、よろしかったのですか?本来ならば我々のような人間はこの国に立ち入り禁止だったのでは?」
「べ、別に構わなくってよ!確かに、大きな人間の立ち入りは禁止しているけれど……そ、その、女王直々の特例で、あなた達の滞在を許可するわ!」
……話し声を聞く限りでは、多分、まだ会ってそんなに時間が経っていないんだろうな。恐らくは、門番をしていた妖精達とのいざこざがあったり、或いはいざこざを演出したりしてちょっと時間が掛かって、それから女王様に会いに行って、っていうことだったんだろう。その方がリアリティが出るのは確かだし。多分このあたりもローゼスさんとサフィールさんの発案なんだろうなあ。
「上手くいってるみたいだな」
「そうだね。……カーネリアちゃん。この声、あの子だよね」
「そうね。あの無礼な女の子の声だと思うわ。私、耳には自信があるの」
一応、カーネリアちゃんとも囁きあって確認してみたところ、カーネリアちゃんの自信たっぷりな言葉を聞くことができた。声だけで判断するのは若干自信が無いけれど、でもカーネリアちゃんは自信があるみたいだから、間違いないだろう。やっぱりこの城の『新しい女王様』は、琥珀の池で会った水の女の子みたいだ。
それからも玉座の間の中から話し声が聞こえてくる。
「……ということは、我々は女王陛下のお眼鏡に適った、ということでしょうか?」
「ええ、そうよ!気に入ったから特別に、大人の人間だけれど滞在を許可してあげるのよ!」
「それは幸福な事ですが……女王陛下?具体的には、我々のどのようなところをお気に召して頂けたのでしょう?」
「そ、それは……な、なんとなくよ!なんとなく!」
女王様はなんとなく、わたわたと応対しているかんじがある。一方、ローゼスさんとサフィールさんの声は楽し気で余裕たっぷりだ。すごいなあ……。
「なんとなく、でもお気に召したというのなら嬉しいな。私も女王陛下のことは一目見て大変好ましく思っておりまして……人間の美しい女性は数多見てきましたが、このように美しく透き通った可憐なお嬢さんは初めて見る!素晴らしい。妖精の国はとても美しい場所ですが、美しい国の女王陛下は、国以上に美しい!」
「まるで水晶細工の彫像のようですね。だが、どんなに優秀な彫刻家であっても、あなたのような美しさを彫像で表現することはできないでしょう。あなたは正しく、神の御腕によって削り上げられた美術品だ」
「女王陛下。どうかその瞳に私を映していては下さいませんか?そちらの邪魔な男は放っておいて」
「いえ、その涼やかながら熱い眼差しは、どうかこちらに賜わられますよう!」
……ローゼスさんとサフィールさんは、なんというか、ものすごく楽しんでいるなあ、と思わされる。
女王様の戸惑ったような声に被せるように、ローゼスさんがサフィールさんが、それぞれに口説き文句をどんどん並べていくのだけれど、それがなんというか……語彙が多い、というかんじがする。すごいなあ、あの人達……。
「……聞いていて照れちゃうわ」
「うん、アンジェも……」
「僕も……」
「いや、トウゴは照れるなよ……」
そう言われても照れちゃうものは照れちゃうよ。僕、こういうシーンを見ていると、その、そわそわするというか、落ち着かないというか……ええと、照れちゃう、というか。
「えーと、とりあえずあの2人と1匹はこの部屋の外に出さなきゃいけないんだよな」
「うん。ええと、アンジェ。妖精さんに伝言か何かを頼んで彼らに出ていてもらうことってできないだろうか?」
「伝言……あの、伝言しても、妖精さんの言葉、通じないと思うの……」
あ、そうか。えーと、ローゼスさんとサフィールさんへの伝言は難しいな。紙に書いて渡す、っていうのも、絶対に怪しまれるだろうし……。
となると。
「ええと、じゃあ、妖精さんにちょっと行ってもらって、女王様に動いてもらおうか。『庭を散歩されたらどうですか』とか、そういう具合に」
妖精の言葉が通じる相手……つまり、女王様に何かを伝えてもらうのが一番いいんじゃないかな。
「あら!そういうことなら、『中庭でお茶の準備ができていますよ』っていうことにしてもらえばいいんじゃないかしら!」
カーネリアちゃんが早速アイデアを出してくれて、妖精達はそれに顔を輝かせて頷いてくれる。
早速、妖精達が飛んでいって……それからちょっとして、また妖精達がやってきた。やってきた妖精達は玉座の間へ飛び込んでいって……そこで何か話してきたらしい。
「そ、そうね!なら、このあたりで一度切り上げて、お茶にしましょう!」
ローゼスさんとサフィールさんの猛攻にたじたじになっていた女王様は、これ幸い、とばかりにそう言って、早速玉座の間を出てきたので、僕らは慌てて隠れる。
……女王様はやっぱり水の女の子だった。ただし、僕らには全く気付かずに出ていった。それどころじゃないんだと思う。
そして、一方のローゼスさんとサフィールさんはそんな女王様に甘い言葉をかけながらも余裕たっぷりで……僕らが隠れているのを見つけて、2人揃ってこっそりウインクしてきた。
……あの人達、すごいなあ。
2人と1匹が行ってしまったところで、空っぽになった玉座の間へ入る。
「ええと、椅子の後ろ、だったよね」
ということはここかな、と見当をつけて、玉座の後ろを見てみる。すると、玉座がスライドするような仕組みになっていることが分かったので、それらしいロックレバーを引いて、よいしょ、と玉座を動かす。
……すると、玉座の下に、大人の人間がやっと1人通れるくらいの狭い階段が出てきた。
「ここ、かしら」
「そうだと思う。気配がするから」
狭い階段の先は暗くて、よく分からない。けれど、確実にこの先にカチカチ放火王の封印がある。確かな気配がするから、それは分かる。
……ということで、慎重に、足を踏み出す。僕が先頭になって、狭い階段をそっと降りていって……そして。
「……綺麗!」
そこにあったのは、地下庭園。ふわふわした苔が生えそろって絨毯みたいになった石畳の上を歩いていくと、少し開けた場所に出る。そこには宝石細工の花や金細工の蔓草、銀細工の樹木が生い茂っていて、如何にも妖精の国、といった風情だ。
「宝物庫、ってやつか?」
「多分、そうだと思う」
そして面白いのは、そういった植物が天然の棚を作り上げていて、そこに色々な宝物が並べてあることだ。
繊細な金細工の腕輪や髪飾り。薄絹にびっくりするくらい細かい刺繍が施されたドレス。風変わりな意匠の宝石細工。不思議な色の鳥の羽や、よく分からない形をした根っこっぽい何か、瓶に入ったきらきら光る粉。よく分からない草の干したもの。よく分からない綿毛みたいなもの。よく分からない石板みたいなもの……。うーん、妖精の国の宝物庫って、面白い。よく分からないものがものすごく多い。
「あっ、トウゴ!私、この石、見覚えがあるわ!」
そして、そんな中にカーネリアちゃんが見つけたものがあって……それは、宝石だった。青っぽい色合いで、カチカチ放火王の封印の宝石よりも大きくて、金細工が付いた立派な奴。これ、僕が描いて出して水の女の子にあげたやつだ。
「ということは、この近くにあるものはあの子が持って来たもの、ってことなんだろうか」
なら、ということで、早速そのあたりを探してみる。……すると、壁の一部、金細工の蔦が覆う一角が、なんだか怪しい気がしてきた。
そっと金細工の蔦の葉っぱを捲ってみると、気配が濃くなる。嫌な気配だ。カチカチ放火王、っていう名前どおりの、嫌な、熱さの気配。
……意を決して金細工の蔦を引っ張って、壁から引き剥がす。すると。
「あ!あったわ!これだわ!」
蔦が絡み合って生まれた空洞の中に、こっそりと。カチカチ放火王の封印が、隠されていたのだった。
……ただし、ちょっと、様子がおかしい。
「ええと……水が、くっついてるね」
さっき妖精の城の廊下で見た花瓶の花瓶抜きみたいなやつ。あんなかんじに、水がくっついている。容器無しで水がそこにあるのって、やっぱり変なかんじだ。
まあ、いいんだよ。水がくっついてるだけなら、いいんだけれど……問題は、その水の、はしっこだ。
封印の宝石に纏わりついた水はその一部分を伸ばして、宝物庫の壁へくっついていた。
宝物庫の奥の壁は、木でできている。……というか、これ、木だ。多分、城を貫いて伸びる、あの大きな大きな木。あれの樹皮がここの壁に一部露出してる、ってことなんだろう。
そして……水のはしっこが、その木に流れる樹液ごと魔力を奪っては、封印の宝石に供給しているようなところも、見えた。
……成程。
これはちょっと、厄介なことになってる。