13話:妖精の国*5
アンジェが、妖精の国の、女王様に?ええと……駄目だ、考えてもよく分からない!そもそもアンジェは妖精じゃないぞ、ということくらいしか頭に出てこない!
ということで、順を追って、この国の状況を教えてもらうことにした。
「あのね、この間、妖精の国に、へんな子が来たんだって」
「……変な子?」
「うん。水の妖精さんなんだけれど、様子がへんなんだって。その子が急に、妖精の国の女王さまになる、って言いだして……おおあばれ、したんだって」
水の妖精さんが、大暴れ。……ちょっと思い当たる節が無くもない。
「それから、妖精の国は、へんなんだって。妖精さんたちは、新しい女王さまに、みつぎもの?をしなきゃいけないんだって。それからね、人間の、大人は国に入っちゃいけないことにしたんだって。雷の魔法を使う人はとくにだめ、って」
……とりあえず、水の妖精さんのせいで、この国は今、とても変、と。成程。
「それ、元々の妖精の国の女王様はどうしたのかしら」
「いんたい、しちゃったみたい。もういないって、妖精さんたち、言ってる」
引退……。そ、そうか。うーん。引退。もしかしたらご逝去されたっていうことなのかもしれないね。
「それで、アンジェが妖精の国の新しい女王様になってくれ、ってことかあ。……いや、どういうことだ、それ」
「アンジェは大きいから水の妖精さんにも負けないだろう、って、妖精さん、言ってたよ」
そりゃあ、妖精達と比べればアンジェは大きいけれどさ。でも、まだまだ小さな子供だし、森の子だし……僕らとしては色々と複雑な気持ちだ。
「あとね……妖精さんたち、人間の国と、なかよくしたいみたい」
僕が複雑な気持ちになっていたら、アンジェがちょっと嬉しそうにそう言った。
「だから、人間にくわしいアンジェが女王様になったらいいのにな、って、言ってて……」
……うーん。
妖精の国の事情が少し分かった上で、改めて、思う。
これ、とても複雑な問題だ……。
「それで、ええと、この後、新しい女王さまに会ってほしい、って。それで、新しい女王さまを、追い出してほしいんだって。フェイお兄ちゃんたちをここまで連れてきたのも、もしかしたら、大きな人間たちがなんとかしてくれるかもしれない、って、思ったからなんだって……」
……どうやら、フェイ達が妖精の国に入ってきてしまった直後に追い返したりしなかったのは、そういうことだったらしい。そっか。僕ら、妖精の国での働きを期待されて、ここまで来ているのか……。
「おやおや。期待されているというのならば、応えたくなってしまうね。ということは、我々が次に向かう先は妖精の城かな?」
「うん。そうみたい」
お城なら、さっき見えたから場所は分かる。そうか、あそこに水の妖精さんが居て、妖精の国を困らせている、と。
……まずはそこから、かな。
「ねえ、フェイ。もしかして、カチカチ放火王の言ってた『眷属』って、その水の妖精さん、だろうか」
とりあえず僕はフェイに確認してみる。するとフェイは大きく頷いた。
「だろうな。水の妖精、ってことは、アレだろ?多分、琥珀の池に居たあの水でできた女の子みたいな奴だろ?『国に帰る』とか言ってたし、まあ、間違いなくアイツだろうなあ……」
僕らの頭の中には、同じことが浮かんでいる、と思う。
……琥珀の池に居た、あの、ちょっと失礼で横暴なかんじの、水でできた女の子。
彼女、妖精だったんじゃないかな。それで、この妖精の国へ帰ってきて、カチカチ放火王の封印を守るついでに、妖精の国を変な具合にしているんじゃないだろうか……。
「トウゴ達、もう『新しい女王様』について知ってるのかよ」
「リアン!その子、多分、私も知ってるわ!失礼な子なのよ!インターリアを侍女にしようとしたのよ!許せないわ!許さないわ!私、まだ怒ってるのよ!だってインターリアは私の騎士で、マーセンさんのお嫁さんだわ!あの子の侍女になんかさせないんだから!」
リアンの疑問に僕が答えるより先に、カーネリアちゃんが怒りだした。……彼女はよき主君だなあ。インターリアさんがカーネリアちゃんのことを大好きなのも分かる気がする。
「それに加えて、あの子、トウゴに『見た目が気に入ったから結婚してあげてもいいわ』なんて言うのよ!失礼だわ!」
それに、僕を女の子だと間違えた、っていうのも加えてほしい。僕としてはあっちの方がショックだった。
「……な、なんか、すごいことやってたんだな」
「そうね!すごいことやってたわ!あの子、最後にはカチカチ放火王の復活に手を貸したのよ!つまり、妖精の国の新しい女王様、っていうのは、私にとってインネンの相手、ってことよ!」
カーネリアちゃんのざっくりした説明が終わると、アンジェは何となく『不安……』みたいな表情になったし、リアンはなんとなく『カーネリアやアンジェを侍女にはさせないぞ』みたいな決意を帯びた表情になった。立派。
「……で、だ。もし、その、新しい女王様、っつうのが、俺達の知る水の妖精だったとしたら、多分、女王の居るところに次のカチカチ放火王の封印があるんだと思うんだよな。そうでなくても、女王なら場所を知ってるはずだ、ってことになる。カチカチ放火王の言葉を信じるなら、ってことになるけどよ」
それからフェイがそう言って、頭を掻く。
「だから、まあ、手っ取り早いのは突撃だよな」
うん。とてもシンプルだね。でも、いいと思う。僕も、城に入るしか無いと思ってるよ。女王様に会うにしても、カチカチ放火王の封印を探すにしても、妖精の城という珍しくも美しいものを観察して描くにしても……。
「よーし!じゃあ、早速行くかあ!」
「ま、待って!」
ということで、早速出発しようとした僕らだったのだけれど、アンジェと大量の妖精達に止められてしまった。
「あのね、大人が入ろうとしたら、すぐに見つかって戦いになっちゃう、って、妖精さん、言ってる」
だろうなあ、と思う。この妖精の国に人間が居るだけでも目立つし、ましてや、こちらには世紀の芸術、名誉石膏像までもが居ることだし……。
「そうしたらきっと、悪くない妖精さんたちも、ケガしちゃう。皆、新しい女王さまの言うこと、聞かなきゃいけないんだって。だから、もし、大人がお城に入ろうとしたら、戦わなきゃいけない、って……。どうしよう」
成程。僕らが妖精の城に入り込むには、ちょっと色々と難しい、らしい。
「逆に、子供なら城に居てもいいのか?」
「うん。妖精さんが遊ぶ相手をつれてくることがあるんだって。このおようふく、そのためのものだって」
そうか。……その割には大人サイズもあるのだけれど、ということは、普段は遊び相手以外、つまり人間の大人も連れてきていて、けれど今は新しい女王様の命令で、大人は連れてきちゃ駄目、っていうことになっている、のかな。今までの情報を統合すると、多分、そんなかんじ。
「僕としても、罪のない妖精達を傷つけたくはないから……何か、いい方法、無いかな」
それでもきっと、何とかなると思う。これだけの人数が集まってるんだ。きっと何か、いいアイデアが出てくる。そんな気がする。
ということで早速、クロアさんが小さく挙手。どうぞ。
「そうねえ。私が潜入して、ちゃちゃっと女王様を暗殺してしまう?」
「暗殺はちょっと……」
「冗談よ。……カチカチ放火王が一枚噛んでいることは間違いないわけだし、下手に手出しはできないもの。水の妖精さんと封印との間に魔術的な繋がりができていたりしたら、下手に水の妖精さんを暗殺するわけにもいかないし……」
あ、そういうのもあるのか。成程……。
……逆に、カチカチ放火王の封印のことが無ければ、クロアさん、水の妖精さんを暗殺してたのか。プロは思い切りがいいなあ……。
「ならば真正面から行くか?妖精は小さい。上手く立ち回れば、圧倒的な戦力差で妖精を制圧できるようにも思うが」
ラオクレスはラオクレスで思い切りがいい。これも一つの正解なんだろうなあ、と思う。
「あら。それにしたって、目標が定まっていないんですもの。女王様を暗殺して、カチカチ放火王の封印を奪取する、っていうにしても、両者共に詳細な居場所なんて分からないわ。それこそ、私達が攻め入ったと報せが届き次第、女王様がカチカチ放火王の封印の解除を早めるように動き出すかもね」
けれどクロアさんの反論を聞いて、やっぱり慎重に行った方がいいかな、という気持ちになる。もうちょっと内部の情報が分かるなり、女王様の行動を制限するなりできればいいんだけれど。
「あー……その、じゃあ、俺とアンジェとカーネリアで、潜入、するか?俺達なら城の中に居てもいいんだろ?」
僕らが悩んでいたら、リアンがそう、言いだした。
「それは……」
それは、子供達にとってあまりにも危険じゃないだろうか。確かに、子供達なら、妖精達にも、女王様にもそんなに警戒されないんだろうけれど……。
「それで俺達が女王の場所とか、カチカチ放火王の封印の場所とか、調べてくればいいんだよな?それくらいならできるって!」
「そうよ!私達、ちょっと入って妖精さん達とお城で遊んでくるだけよ!それなら大丈夫でしょう?」
カーネリアちゃんも意気込んでいるのだけれど、でも、カーネリアちゃんは水の女の子と面識があるしなあ……。
「ならせめて、僕も付いていくよ。その、僕はなんだか、妖精の『子供判定』に微妙に引っかかっているような気もするし……」
精霊っていうことでオーケーを貰ったのかもしれないけれど、まあ、それにしても、一応は、この中で子供達の次に若いのが僕だから。付いていくなら僕かな、と思う。
「まあ……子供3人だけで行くよりも、トウゴがいた方がまだ安心か。トウゴが居りゃあ、大抵のことは描いてなんとかなるしな」
「最悪、城の外に俺達が控えていればいい。いざ、どうしようもない事態になったなら、即座に城の中へ乗り込める」
フェイとラオクレスもそう言って頷いたところで、とりあえず、子供達と僕が城へ潜り込むことは決定、なのだけれど……。
「……僕、うまくやれるだろうか。うっかり新しい女王様に見つかると、その、非常に厄介な気がする……」
とにかく心配なのは……その、例の水の女の子だ。
あの子に見つかると、僕、その……非常に気まずい!
……僕が悩んでいたところ、クロアさんがまた小さく挙手。今度は暗殺じゃない?
「なら、トウゴ君達に頑張ってもらっている間、私達で女王の目を引きつけておければいいと思うのよね。そうすれば、トウゴ君達に危害が及ぶことは無いと思うのよ。どうやら、人間達を警戒しているのは女王様だけみたいだし。それに、ここにいる妖精さん達は、その新しい女王様が嫌いみたいだし、ね。……あなた達みたいに、女王様を嫌う妖精はそれなりに多いんでしょう?」
クロアさんが妖精達に聞くと、妖精達は勢い良く頷いてくれた。団結力がすごい。
「なら、きっと妖精さん達も協力してくれると思うのよね。後は女王様だけどうにかできればいい、ってことだわ」
そこまで言って……クロアさんは、にこ、と笑った。
「……やっぱり、暗殺しちゃう?」
クロアさんのちょっぴり悪戯っ気の乗った笑顔はとても魅力的で、格好と相まって、妖精の国の女王様に相応しい様子なのだけれど……言っていることは密偵の国の女王様のそれだ!
さて。周囲の妖精達の大半はきっと、子供達に協力してくれる。だから、残るは新しい女王様とその周りの妖精だけ、なのだけれど……どうしようかな。やっぱり大暴れして注目を集める?でも、それをやってしまうとやっぱり巻き込まれて傷つく妖精が出てきそうだし、そもそも、その後この国で動きづらくなると、カチカチ放火王の封印をどうにもできなくなってしまう。困ったなあ。
……と、僕らが悩んでいたところ。
「……ふむ。その、新しい妖精の女王様とやらは、トウゴ君を婿にしようとしたのだったかな?」
サフィールさんがそう、聞いてきた。僕はもうサフィールさんのパンツについては気にしないことにしたので落ち着いて答える。
「はい。ええと、カーネリアちゃんの騎士を侍女にしようとして、それから僕を侍女にしようとして……僕が男だって分かったら、その、結婚してあげてもいいわ、と……」
思いだすとちょっと複雑な気持ちになってくる。やめよう。
「成程。ということは、フェイは振られたのか」
「おー。俺もラオクレスも、眼中になかったみたいだぜー」
フェイの言葉にローゼスさんは、『そうか。修行が足りないな!』とか言っていた。いや、修行とかそういう問題じゃないと思うし、あの子の眼中には入らない方がむしろ成功だと思う。
一頻り色々質問してきたサフィールさんとローゼスさんはちょっと話して……そして、にっこりと笑う。
「ではトウゴ君。僭越ながら、私から作戦の提案をさせてもらおう」
これには僕だけじゃなくて、クロアさんもラオクレスも子供達も、そして誰よりもフェイがわくわくした表情になる。フェイのお兄さんが考える作戦って、どんなのだろうか。
僕らが息を呑んで待っていると……。
「どうやら、新しい妖精の女王陛下は中々に恋多き御性分らしいな。ということは……十分に色仕掛けが通じるのではないだろうか」
……ローゼスさんは、そう言った。
「……いろじかけ」
「そう。色仕掛けだ。妖精の女王とやらを誘惑して夢中にさせておけば、自分の城の中で見知らぬ子供達が遊んでいても気にされないだろう」
ローゼスさんの提案は、その……結構、すごいなあ。この人、こういう作戦を提案してくるタイプだったのか!
「聞いた話によれば、どうやら新しい妖精の女王様とやらは年頃の少女のようなものらしいな。ならば、見目のいい男に侍られれば、まあ、悪い気はしないだろう?」
「女王の目と意識を引き付けておくならそれで十分だ。誰も傷つかない」
な、成程。確かに誰かが怪我をしないように、っていうことを考えるなら、いいのかもしれない。色仕掛け。
……ただ、なあ。
「あの……それって、僕も、やるんでしょうか」
僕、そういうの得意じゃないんだよ。でも、僕がそっちに回るのは有効なんじゃないかな、とも思う。だって一度は水の女の子に妙に気に入られたわけだし。けれど……得意じゃないんだよ!
「おや。トウゴ君。君はこういったことは苦手なのかな?」
「はい」
だって僕、その、そういう経験無いし。……ちょっと情けないような気もするけれど。
「そうなのか。君も中々の美貌の持ち主だからな、恋人の1人や2人や3、4人は居てもおかしくないと思ったのだが……何ならその魔力とも相まって、既に人間を数人、誘惑していてもおかしくないと思ったんだが……」
そ、そんな人聞きの悪い!僕、そういうことしないよ!しないし、できない!
……と、思っていたら。
「……まあ、ある意味、では、そう、ねえ……うふふ」
「そう、だな……」
クロアさんとラオクレスが何とも言えない笑顔で僕を見ている!ちょ、ちょっと待って!僕、そういうことしてきただろうか!?
「ま、まあちょっと待てって。な。兄貴。トウゴはそういうの苦手なんだよ。こいつ結構人たらしな割に、色恋沙汰には疎いんだ」
フェイが助け舟か悪口かよく分からないことを言いつつ割り込んでくる。
「俺もちょっと見ててびっくりするくらいには奥手だしよお……ってことで、トウゴは勘弁してやってくれよ。そもそも、下手にトウゴを出したら本当に妖精の女王と結婚させられかねねえって!ならトウゴはやっぱり子供達と一緒に城で遊んでる係にした方がいいって!」
ありがとう、親友!ちょっと悪口っぽいのはこの際、気にしないことにするよ!
「ってことで、その……そういうのやるんなら、代わりに俺がやるからよお……」
「いや、フェイ。お前はお留守番だ。偶にはお前がお留守番しなさい」
……けれど、フェイの好意と自己犠牲精神は、ローゼスさんにあっさり却下されてしまった!
「フェイやラオクレス殿ではなくトウゴ君に惚れた、ということなら、あまり男臭くない男が好みということなのだろう。ならお前は駄目だ」
「……俺、そんなに男臭いかなあ」
フェイがちょっぴり傷ついた顔をしているのだけれど……その、僕はフェイが羨ましいよ。フェイが女の子と間違われることは絶対に無いし。いいなあ。僕ももうちょっと男臭い生き物になりたかった……。というか、人間の匂いがする生き物で居たかった……。
「となると、俺はいよいよ役立たずか」
「そうだね。トウゴ君が好みのタイプだというレディは、きっとラオクレス殿の魅力にはときめかないだろうからね」
ラオクレスはちょっとほっとしたような顔をしている。よかったね……。
「ということは……えーと、兄貴?今の兄貴の話を聞いている限りよお、その……トウゴも俺もラオクレスも駄目、ってことになるんだけどよお……まさかクロアさん、って訳じゃねえよな?」
クロアさんが『私?』みたいな顔をしている。嫌がってる顔じゃなくて、驚いてる顔。もしかしてクロアさんって、同性も魅了できるんだろうか。できる気がする。できるんだろうな……。
「いやいや。流石にレディにこんな役目を負わせるわけにはいかないだろう」
けれど、ローゼスさんはそれをやんわりと否定して……そして。
「何、大丈夫さ!ここは私達が行こうじゃないか!」
「まあ、戦略の為、ということで、妻には許してもらおうかな!」
……ローゼスさんとサフィールさんは、それぞれにウインクなんてしつつ、そう言った。
「サフィール!どちらが先に妖精の女王を夢中にさせられるか競争しようじゃないか!」
「よし、乗った!妻子持ちになったとはいえ、私はまだまだ現役だぞ!やってやる!」
……そんな話をする2人は、すごく、頼もしい。
すごく頼もしいんだけれど……何か、何かが、ちょっとだけ、不安にも、なる!
「あー…トウゴー」
そんな僕の肩に、フェイが、ぽん、と手を置く。
「大丈夫大丈夫。兄貴達に任せとけって。まあ、女王の気を引くってことなら、兄貴達以上の適任は中々居ねえから……」
「あ、うん……」
フェイは『大丈夫』と言いつつ、ちょっと遠い目をしているのが気になる。
「……何と言ってもな。兄貴は『ワイバーンをウインクで落とした男』っつう異名があるし、サフィールさんも『美しすぎて退学になりかけた男』っつう異名がある」
……うん。
「……上手くいきすぎて逆に厄介ごとになる可能性はあるけどよ、まあ、時間稼ぎとしては、兄貴達以上の適任は、中々、居ねえはずだから……」
あの……ええと。
心配!




