11話:妖精の国*3
僕達がぽかん、としている間に、妖精達はいそいそ、花の中へと戻っていこうとする。ので……。
「待って」
僕は、妖精の内の一匹を捕まえた。ちょっと手荒でごめんね。びっくりさせているのも分かるけれど、でも、こっちもびっくりしたんだよ。
「あの、僕達も案内してくれる?さっきの子達は3人とも森の子なんだよ。心配なんだ」
僕は、僕には分からない妖精語で喋る妖精達に、そうお願いしてみた。すると、僕の手の中の妖精はぽかん、として僕を見上げて……他の妖精達はしげしげと僕を見て……そして。
ぴゃっ、と、揃って声を上げてちょっと飛び上がった。
よく分からない間にも、妖精達は何か、大慌てでしゃらしゃらと話し合い始める。な、なんだなんだ。
……そのまま1分ぐらい話していた妖精達だったけれど、やがて、妖精の内の2匹が、おっかなびっくり、僕の指先に抱き着く。妖精式の握手だ。なので僕は軽く指を振って、握手握手。
そしてそのまま、妖精達は恐る恐る僕の指を持って花畑の中へと引っ張っていこうとするので、慌てて待ったをかける。
「あの、僕、じゃなくて、僕達。ここに居る全員。駄目?」
……聞いてみるも、妖精達は困った顔をして、全員揃って首を横に振る。
「ええと、僕は連れていってくれるの?」
聞いてみると、妖精達は揃って首を縦に振る。ぶんぶんと。すごい勢いで。そ、そんなに勢いよく振らなくても。
「で、この人達は、駄目なの?」
更に聞いてみると、妖精達はやっぱり困ったように、首を縦に振る。そっか。駄目か。うーん、どうしよう。困った。
……でも僕は諦めないぞ。
「……この人は?ほら、妖精っぽいよ」
「へ?私?……ま、まあ、ほら。羽はあるわよ。どう?」
ということで早速、クロアさんを推薦。クロアさんは僕の言葉を聞いてすぐ、アレキサンドライト蝶を出して、背中にくっつけてくれた。そうすれば、ほら。宝石細工の蝶の羽を持つ、妖精の女王様みたいだ。
妖精達はそんなクロアさんを見て、うっとりする。そうだよね。クロアさん、綺麗だよね。
……けれど、妖精達は、はっとして我に返ると、揃って首を横に振る。うーん、駄目か。
「じゃあこっちは?お招きしてもらえる基準が年齢だっていうなら、彼だって十分に若いよ」
「そ、そうだな!俺、まだまだガキってことでどうだ!?」
続いてフェイを推薦。けれど妖精達、やっぱり首を横に……。
「なら家主さんは?」
「どうも。いつもうちの子供達が君達に遊んでもらえて喜んでいるよ。……さて、私は君達の家主だ。君達の花畑はオースカイア家の屋敷の敷地内にあるわけで……いや、家主、か?家というよりは国なのだったか?なら私は国主か?」
ついでにサフィールさんも売り込んでみるのだけれど、妖精達は首を横に振った後……ぺこん、とお辞儀をしつつ、どこから持ってきたのか、小さな花束をサフィールさんに手渡した。サフィールさんは大喜び。早速、ローゼスさんに自慢している。仲いいなあ、この人達!
「ええと、なら、こっちの人……ほら、瞳が薔薇色で綺麗だよ。どう?」
「ふむ。実は、私は『レッドガルドの赤薔薇』と称えられたことがあるぞ。どうだろうか?」
「兄貴のそれ、王都の武術大会で血の花咲かせてたからだろーが」
駄目元でローゼスさんを売り込んでみたけれど、こちらもやっぱり駄目。まあ、無理があったか。
「……ええと、じゃあ、こちらの石膏像は」
そしてラオクレスについては、僕が示した瞬間に全力で首を横に振られてしまった。そ、そんなに駄目!?
「……年齢と妖精らしさが判定基準、ってことか?うーん、駄目だ、分かんねー」
なんだよ、妖精らしさって!大体、僕だってフェイと大して変わらないと思うよ!……と思ったけれど、確かに僕は羽が生えているし森だし精霊なので、妖精達からしてみると僕はお招きする対象に入る、っていうことなのかもしれない……。
「まあそういうことなら俺が最も基準から遠いだろうな」
どことなくしょんぼりした様子に見えるラオクレスは、まあ、この中だと一番年上で、あと、妖精らしくはない。石膏像らしくはあるのだけれど。
「どうしようか。これ、このままだと3人が心配だよ」
「そうねえ……かといって、トウゴ君を1人で送り出すのも、私達が心配なのよね」
頼りなくてごめんなさい。
「妖精の国だけならいいけどよ、カチカチ放火王も居るんだよなあ、この先……」
あ、うん。そうだった。子供達3人が攫われてしまっただけならまだしも、カチカチ放火王の封印についても解決しなきゃいけない。
……あと、この先で妖精達が、アンジェに手紙を出した理由であった『このままでは妖精の国が乗っ取られてしまいます』っていうやつが起きているはずで……確かに僕1人だと不安か。うん。不安だった。
どうしよう。それでも僕1人で、なんとか、カチカチ放火王と妖精の国のいざこざと子供達の救出を頑張らなきゃいけないっていうことなのだろうけれど……。
……そう、僕が悩んでいたら。
「……そうだなー」
フェイが、にやり、と笑った。
「ま、仕方ねえな。トウゴ。行ってこい行ってこい」
えっ。
「い、いいの?僕1人で行っても、不安じゃない?」
「おう。大丈夫大丈夫」
……なんだか僕はものすごく不安なのだけれど、フェイはにやにや笑いつつ、行ってらっしゃい、というように手を振っている。
何か……何か、考えがあるんだろうなあ、とは、思うんだけれど。まあ、その『何か』は僕には説明されないらしいので……。
「……じゃあ、行ってきます」
僕は改めて、妖精に手を差し出す。連れていってね、ということで。すると妖精達は、おっかなびっくり、そっと優しく、まるで壊れ物でも触るかのように僕の指を握って、そっと、そっと、花畑へと引っ張っていくのだけれど……。
「いってらっしゃーい」
「気を付けて行ってくるんだぞー」
……何故か。何故か、皆が……手を繋いで僕を見送ってくれている。まさか、と思ったのだけれど、ラオクレスまでもが手を繋いでいる!というか、クロアさんとフェイによって両サイドを固められて無理矢理手を繋がれてしまっている!更に、クロアさんがローゼスさん、ローゼスさんがサフィールさんとも手を繋いで、皆一列になって、にこにこ。……なんだなんだ。
一体何事か、と思いつつも、満面の笑みで見送ってくれる皆(ただしラオクレスだけは憮然とした表情だ……。)に手を振り返して、僕は妖精に引っ張っていかれるまま、花畑へと入って、何か、魔法が動き始める。
夜の国への門が開く時もこういう感覚だよなあ、と思いながら、僕は段々浮いていく体を妖精の魔法に預けて……。
「よし、今だ!」
その瞬間、皆が動いた。
すごい勢いで動いて……フェイが、僕の手を、掴んだ。
「へっ?」
急に手を掴まれてびっくりしていた僕だけれど、それ以上に多分、妖精達がびっくりしていた。
けれど、魔法はもう止められない。なので……妖精が僕を引っ張っていって、そして、僕に摑まった5人が、そのまま一緒になって、フワフワと魔法に巻き込まれてしまった!
……気が付いたら、不思議な場所に居た。
そこは、フェアリーローズに囲まれた広場みたいな場所だった。地面には柔らかい色の煉瓦敷きの中、ぼんやり光る不思議な石を磨いて作ったタイルもいくつか嵌めこんであって、なんだか不思議な雰囲気。
広場の向こうの方には池があって、ぽしゃん、と時々水が跳ね上がっているのが見える。更にその向こうには、お城……みたいな建物も見えている。
どうやらここが妖精の国、らしい。
……で。
「よし!上手くいったな!カーネリアちゃんも連れていかれてたから、こりゃ、トウゴに掴まれば全員移動できるぞ、と思ったんだよ!」
「おおー、ここが妖精の国かあ。中々不思議な場所だな!」
「だが少々狭いな。我々は妖精と比べれば体躯が大きい、ということはあるのだろうが……それにしてもやはり、この人数で来ると狭い」
こちら、6人の人間です。
……そう。しっかりばっちり、全員、妖精の国に来てしまった。
僕らを見て、妖精達は『大変だ大変だ、間違えて連れてきてしまった!』みたいな慌てぶりを見せている。
ええと……その、なんか、ごめん。