8話:吸い取る素材*7
「おおー、減ってる減ってる」
「これなら出てきても大事にはならなさそうだね」
ガラス細工の花が人海戦術……いや、花海戦術で頑張ってくれた結果、カチカチ放火王の魔力は元の半分以下にまで減ってしまった。すばらしい!
「そうかあ、やっぱり夜の国に倣うのが一番いいのか……」
フェイは封印の宝石を眺めながら、成程なあ、と嬉しそうに声を漏らしている。
「夜の国に倣う、というと?」
「ん?ほら、夜の国だと、生き物が魔力を吸って自分の生命活動に使ってるだろ?あれを人為的に生み出す、ってのが、吸った後の魔力の処理まで考えたら一番いいよなあ、って」
……成程。
「ところで、フェイ」
「ん?」
というところで、僕はガラスの花が封印の魔力を吸っているのを眺めつつ、フェイに聞いてみることにした。
「カチカチ放火王から魔力を吸っても、魔王はお腹を壊さないみたいだけれど……その、他のところも、大丈夫なんだろうか」
なんとなく、カチカチ放火王由来のものって、体に悪くないだろうか。そう、考えてしまったので。
「ま、大丈夫だろ」
結論から言うと、どうやら大丈夫らしい。カチカチ放火王は、食べても体に悪影響はない、みたいだ。
「本当に大丈夫?カチカチ放火王を食べてカチカチ放火王になってしまう、なんてことはない?」
「ねえって。それともお前、枝豆食って枝豆になるか?」
「ならない」
「だろ?それと一緒だ」
成程……。ちょっと分かったような、分からないような。
「要は、魔力自体には多少の性質の違いこそあれども、食って自分の一部にしちまえば元が何だったかなんて関係ねえ、ってことだよな」
確かに、食べ物にはそれぞれ違う栄養素が入っているわけだけれど、それが何由来だったかなんて関係が無いし、例えば食べ物のゲノム情報なんかは消化する頃にはただのたんぱく質だしなあ。そっか。そういうもんか。
「まあ勿論、生き物や物質によって、どのぐらいの魔力を蓄えておけるか、どのぐらいの魔力を処理できるかは違うけどな」
「それ、宝石は量が多くて、たんぽぽの綿毛は少ない?」
「そりゃ、勿論そうだろ。あ、勿論、ソレイラの森に生えてるたんぽぽとそこらへんに生えてるたんぽぽにも違いはあるし、ただの馬とペガサスじゃあとんでもねえ差があるけどな」
そっか。それ、僕は何となく感覚で『そんなもんかな』って思っていたぐらいなんだけれど、この世界では常識としてなんとなく全員知っている知識らしい。そっか、そういうもんか。
……うちの馬達は優秀な馬なんだな。うんうん。それは知ってるよ。
「で、俺は魔力を蓄えておく量も処理できる量も少ないもんだから、碌に魔法は使えねえし、すぐ魔力酔いする、ってこった」
「成程ね。それで、子供よりは大人の方が魔力の量が多い、っていうことなのかな」
「そうだな。成長期に魔力が増えるよな。そこで知恵熱になるわけだけどよー」
成程成程。そういうことか。大体わかった。
「ま、俺は子供並みの魔力量だけどな……」
「フェイはその分別のところが優秀だからいいんだよ」
フェイがなんとなくしょげていたのでそう言ってみたところ、フェイはじっと僕を見て、そして、わしゃわしゃと僕を撫で始めた。やめてやめて!フェイって、こうやってすぐ僕を撫でるところは優秀じゃない!
「さて、問題はこっちか。すっかり忘れてたけどよー」
それからフェイは、放っておかれている真っ黒な塊を眺めてそう言った。
「これ、このままここに置いといたら、復活したカチカチ放火王がこの魔力を使っちまうだろうな。一応吸ったとはいえ、この真っ黒の塊の中で魔力を変質させたでもねえし……」
「変質?」
未だに魔力と魔法の感覚がよく分かっていない僕がフェイに聞き返してみると、フェイは1つ頷いて説明してくれる。どうもありがとう。
「お前は枝豆を食って、枝豆の魔力をお前の魔力にしてるだろ?」
「多分」
自覚はあんまり無い。けれど、町の人達がお供えしてくれた枝豆を食べると元気になるのは分かるよ。自分の中に流れる血が増えるような感覚で、僕はあの感覚が結構好き。
「でも、枝豆の魔力って枝豆の中にある間は、まだ枝豆のもんだよな」
そうなんだろうか。まあ、そうなんだろう。『そういうもんだ』って思うしかないよね、こういうの……。
「ってことで、まあ、ありとあらゆる生物は、魔力を自分達の形に組み替えて使ってるって訳だ。鉱石とかに入ってる魔力を動物が使うのは効率が悪いから、俺達は魔石をバリバリ食ってもほとんど魔力の補給ができねえし、逆に、食べ物から摂取した魔力とか、水とか空気とかに溶け込んでる魔力とかは使いやすいからすぐ補給できるよな」
成程。空気中の魔力は非常に摂取しやすいので……だからフェイが酔う。オーケー。
「……で、俺の魔力とトウゴの魔力は違うよな?」
「それは分かるよ。フェイのはあったかい」
「おう!んで、トウゴのはなんか、ふわふわしてるよな」
それについては遺憾の意。
「……まあ、自分自身の魔力ってのが、自分自身にとって一番相性がいいってことになる。だから俺は自分の血でなら魔法画が描けるってわけで……」
そういえばフェイ、それやってたね。……それが原因でフェイがちょっと貧血になってたの、知ってる。まあ、止めはしないよ。
「つまり、カチカチ放火王の魔力ってのは、カチカチ放火王にとって滅茶苦茶使いやすい魔力、ってことだ。だから、別のモンに変えちまう、ってのは、カチカチ放火王から魔力を奪う為に有効なんだよな」
成程。逆に、魔力をそのままほっといたら意味が無い、ってことか。
今、この真っ黒の塊を放置してある訳だけれど、これ、このままだとカチカチ放火王が出てきてすぐ、これを使っちゃう、っていうことなんだもんな。うーん……。
フェイの講義は続く。何ならこの講義、もうちょっと前に聞いておきたかった気もするけれど……まあ、時間がゆったり取れるタイミングが今まであんまり無かったからしょうがない。
「で、何よりも……お前、俺の魔力、吸えるか?」
「やってみたことが無いので……あ、ちょっとやってみていい?ええと、どうやればいいんだろう」
「いや、吸えねえよ。おいおいおい、トウゴちょっと待て。吸おうとすんな。こらこらこら」
試してみようと思ったらフェイに止められてしまった。なんだよ。
「えーとな、要は、生き物が持ってる魔力ってのは、譲渡しようと思わなけりゃそいつのもんだ、ってことだな。よっぽどのことが無きゃ、生きてる意思のある生き物から魔力を奪うってことはそうそうできねえ。できるとしたら大規模な封印の術式を使うか、或いは、その生き物の命ごと奪うってことだけだ」
成程。要は、食事。
「だからこそ、夜の国式の魔力の処理ってのは有効なんだよなあ。カチカチ放火王から本当の意味で魔力を奪うには、魔力を誰かが使用しちまうのが一番いいんだけどよー……」
オーケー。細かいところまで分かったので僕も考える。
生き物が使ってしまうのが一番いい、ということならば、ここでガラス細工の花を量産して、花に吸ってもらうっていうのが一番手っ取り早くはある。けれど、生まれてしまった花がその後どうやって生きていくか、っていうのはまた別の話だし、生きていけなくなってしまう生き物を生み出すことには抵抗があるし……。
「うーん、いっそ夜の国に持って行っちまうか?あそこなら魔力の処理はお手のものだろうし、むしろ喜ばれるだろ」
「でも、夜の国に魔力を運搬するなら、とりあえず森に一回帰らなきゃいけなくなってしまうから……」
「ちょっと時間が掛かるよなあ……」
……と、僕らが悩んでいたところ。
「お?なんだなんだ」
ゴルダの精霊様のところの白い蛾達がやってきて、ちょっとそこら辺をうろうろ飛んだなあ、と思うと……魔力を吸わせてそれっきり、放っておいた真っ黒な塊に群がり始めた。
「……ん?なんだ?持ってこうとしてるのか?」
「彼ら、どうやら魔力を有効利用してくれるらしい……」
白い蛾達が黒い塊を持って運ぼうとしているので、代わりに僕が塊を持つ。すっかり魔力を吸い尽くした塊は、もう、僕が持っても魔力を吸われることは無いみたいだ。
僕が真っ黒な塊を運んでいくと、白い蛾達はゴルダの精霊様の横に円く並んでくれた。ここに置いてね、っていうことみたいなので、そこに塊を置く。するとゴルダの精霊様がおしべを伸ばしてきて、僕の頭を撫でてくれた。いえいえ、これくらいのお手伝いは当然のことですよ。
「ん?これ、なにしてんだ?」
やがて、白い蛾達は真っ黒な塊の上に、金色の丸いものを乗せた。
「……あ、これ、ゴルダの精霊様の種だ」
「まじかあ……」
要は、鳥が僕に抱卵させていた時みたいに、ゴルダの精霊様は自分の種に魔力を吸わせて、発芽を促しているらしい。
「便利だね、カチカチ放火王の魔力」
「……確かになあ。植物って、要は、大地から魔力を吸い上げては他の生き物に使いやすい形にする、ってなもんだしなあ。ほら、森にある龍の湖もそうだけどよ」
あ、うん。それはそうだ。あの湖って、魔力の多い水晶を出して、その水晶の魔力でレッドガルド領の霊脈を治すものだけれど……水晶から魔力を吸い上げてくれる木があるからこそ、成り立っている仕組みだった。
そっか。そう考えると、やっぱり僕ら、遠回りをしていた気がする。植物の力……つまり森の力を借りれば、魔力を吸い出して集める、っていうことは簡単なんだった。すっかり忘れてた。僕、森の精霊なのに……。
「考えると、ゴルダの精霊様はカチカチ放火王に対して滅茶苦茶つええ……」
成程。流石はゴルダの精霊様!
「んで、よくよく考えると……森の精霊様ってのは、植物のまとめ役みてえなもんなんだから……そりゃ、カチカチ放火王に警戒されてもしょうがねえよな……」
成程。僕が狙われる理由も分かってしまった!
ゴルダの精霊様や僕がカチカチ放火王に対して相性抜群だっていうことが判明してから更に3日。
魔王が食事におやつにカチカチ放火王の魔力を食べて、ガラス細工の花も根っこをどんどん伸ばして魔力を吸って、ついでに、僕が描いて出した黒い塊でも魔力を吸って、『こっちは夜の国へのお土産にしようか』っていうことで、フェイの火の精に森へ運んでおいてもらって……そうして。
「……あ、封印の輪がガタガタしてる」
「お。ほんとだな」
ようやく、封印が解け始めた、らしい。……いや、まあ、封印が解けるまでの時間、結構短いとは思うけれどさ。
「……輪が抜ける気配がないな」
「そりゃあね。しっかり縛っちゃったもの」
けれど、封印の輪がガタガタしている中、僕らは安心してそれを眺めている。
何と言っても、クロアさんがプロの腕前でしっかり縛り上げた封印。輪が上手に固定されていて、中々どうして外れにくい形になっているからだ。
それに加えて……カチカチ放火王の魔力は、もう、ほとんど吸われちゃったんだよ。どれぐらい吸われちゃったかっていうと……ええと、僕が描いた黒い塊。あれだともう、魔力をほとんど吸えないぐらいには、魔力が少なくなってしまった……。
「ちょっと楽しみだな、これ」
「どんなカチカチ放火王が出てくるかしらね」
「奴も驚いているだろうな。まさか、ここまで積極的に魔力を吸われるとは思ってもみなかっただろう」
ということで僕らは緊張して身構えつつ、絵の準備をしつつも、わくわくしながら封印が解けるのを待っている。
……さて。魔力をほとんど吸い尽くされた封印から出てくるカチカチ放火王は、どんな姿をしているだろうか!
やがて、封印が熱を持ち始めた。多分、封印の輪が外れないから、縛っている縄を焼き切ってしまえ、っていう魂胆なんだろう。
でも安心してほしい。
「あのロープ、鋼鉄でできているものね……」
「うん」
封印を縛っているのは、ワイヤーロープだ。そうそう簡単に焼き切れるものじゃないよ。
「……赤熱してきたな」
「だな。お、あったかいあったかい」
やがて、ワイヤーロープは熱せられて赤く輝くようになってくる。けれど、フェイに暖を取られているから……なんだか情けないかんじだ。
「……次の封印の時には、小さいフライパンと卵でも持ってきてみるかあ」
こら。カチカチ放火王の熱で目玉焼き焼こうとしないで。魔王も嬉しそうにまおーんって鳴かないで。
そうして待つこと、更に30分。
「お!遂に来るか!」
「そうみたいだ」
なんと、ワイヤーロープが耐えきれなくなって伸びてきた。熱を持って柔らかくなった結果みたいだ。
「じゃあトウゴ、準備はいいか!?」
「いつでもオーケーだよ」
そうしていよいよ、封印が解ける……という、その時。
「やっちまえ!」
フェイの声に合わせて、僕は最後の一筆を描き加える。
途端、ぽん、と、封印が綿ぼうしになった。よしよし。