7話:吸い取る素材*6
ということで、僕らはゴルダへ向かった。念のため、魔王も連れていく。
魔王は僕が抱えて飛ぶことにした。……魔王は抱きかかえられて空を飛ぶのが気に入ったみたいで、まおーん、まおーん、と終始ご機嫌だ。
「……俺達は大分遠回りをした気がするぜ」
「まあ、遠回りも必要なことだったっていうことで」
……うん。そうなんだよ。
ほら、魔王が魔力を食べてしまえるっていうのなら、カチカチ放火王の封印の宝石、全部魔王に食べてもらえばそれで済むんじゃないかな、っていう話で……いや、魔王がお腹いっぱいになってしまう可能性もあるから、過度な期待はしていないんだけれどさ。
「ま、とりあえずやるだけやってみようよ」
「そーだなー……くそー、ラージュ姫が『フワフワたんぽぽ王』って言うの、聞いてみたかったんだけどよー」
それは個人的に後でお願いして言ってもらってください。
そうして僕らがゴルダの山に到着すると、すぐ、ゴルダの精霊様が僕らのために道を開けてくれた。
「お邪魔しまーす」
僕らは開いた洞穴の中に入って、中を歩く。数度目になる訪問だから慣れたものだ。
ある程度進んでいけば、その内、精霊様がいらっしゃる広場に辿り着いて、そこで僕は『うちの騎士と密偵さんがお世話になってます』とご挨拶して……それからゴルダの精霊様から、光の筆を返してもらった。一応、ラオクレスは既にゴルダの精霊様に光の筆を預けていたみたいだ。けれど僕らが間に合ったから返す、ってことなんだろう。
光の筆を受け取りついでにお土産の木の実と桜餅を渡して、僕らはラオクレスとクロアさん、そして封印の宝石が待つ穴の中へ、また進んでいく。
……そして。
「あら、トウゴ君!よかった、間に合ったのね」
「うん。2人ともどうもありがとう」
ラオクレスとクロアさんと、無事に合流。封印の宝石は相変わらずの様子みたいなので、一安心。
「変わったことは無い?」
それでも一応、そう聞いてみる。
「無い」
そして案の定の返事をもらった。それは何よりです。
「そっちはどうだったの?無事、絵の具は見つかった?」
「うん。すごくいい絵の具ができたよ」
「あー、クロアさん。実際、封印に対してどうこうするのはトウゴの絵の具じゃなくて、こっちになりそうだ」
クロアさんにしっかり返事をしたところ、フェイが横からやってきて……抱き上げていた魔王を見せた。まおん。
「……まおーんちゃん?」
「おう。ちょっとカチカチ放火王の魔力、食わねえかな、って思って」
フェイがそう言うと、クロアさんもラオクレスもぽかんとしたまま、ただ、魔王だけが得意げに、まおーん、と鳴くのだった。
「ええと……それでは、魔王。どうぞ」
僕は魔王を抱き上げて、よいしょ、と、封印の宝石の前に持ってきた。魔王は、まおーん、と鳴くと、しばらく封印の宝石を見つめて……。
まおん。
そう鳴くと、尻尾っぽい部分を伸ばして、封印の宝石に、ぺと、と触れる。
僕らが固唾を呑んで魔王のお食事を見守っていると……。
……魔王の尻尾がとろりととろけるように伸びて広がって、封印の宝石を包み込んだ!
「……食べてるね」
「食べてるなあ……」
それから僕らは、魔王が封印の宝石から魔力を吸って食べているらしいところを眺めていた。
「……魔王って、魔王だったんだな。なんつーか、まおーんまおーん鳴いてる姿に慣れちまって忘れてたけどよ……世界1つを滅ぼしかけてた生き物だったんだもんな、こいつ」
「そうね……美味しそうに食べてるのを見ると、何を食べているのか忘れちゃいそうだけれど……」
「……まあ、縮んでも魔王、ということか」
魔王は順調に、カチカチ放火王を食べている。……そうだよなあ。魔王はかつて、レッドドラゴン達をぺろりと食べてしまうような、そういう存在だったんだもんな。カチカチ放火王の封印から魔力を吸いだして食べるぐらい、わけのないことだったか。
「夜の国の今の環境も、こいつが創り出したようなもんだしなあ……」
「……つくづく、魔王が縮んでてよかったね」
なんというか、有り得たかもしれない未来……魔王がこっちの世界にやってきて、こっちの世界の光という光を食べ尽くしてしまう未来を想像して、ぞっとする。
魔王は気のいいやつだけれど、一歩間違ったら僕ら、もう食べられてたんだろうなあ……。
まおーん。
やがて魔王はそう鳴くと、ころりん、と後ろにひっくり返る。ひっくり返った魔王は、小さな手っぽい突起でお腹にあたる部分をさするような仕草をして見せてくれた。そして、まおん、と満足げに鳴いた。
……えーと、つまり、おなかいっぱい、ってこと、かな?
「うーん……あ、まだこれ、魔力、大分残ってるぞ」
フェイが封印の宝石を確認して、『想定と違うなあ』みたいな顔をする。
「もうお腹いっぱい?」
魔王に聞いてみると、魔王は、まおん、と鳴きながら、首にあたる部分と尻尾っぽい部分とを縦に振る。YESとNOのコミュニケーションができるっていいことだ。
「とりあえずごちそうさま、ってこと?」
まおんまおん、とYESのジェスチャー。
「美味しかった?」
まおーん、と、首と尻尾を傾げるジェスチャー。……もしかすると、カチカチ放火王ってあんまり美味しくないのかもしれない。
「まあ、元々、少食になってもらうために縮んでもらったわけだし……大食いじゃなかったとして、責めることはできないよね」
「そうねえ。……うーん、もしかして、まおーんちゃんを縮める前にカチカチ放火王の封印を処理してもらうのが正解だったのかしら」
そうかもしれないね。……もしかすると、魔王って、カチカチ放火王をどうにかするために生み出された存在だったり……は流石に無いか。
まあ、考えてもしょうがないことだ。魔王はもう縮んじゃったし、この体になってそれなりに楽しくやっているみたいだし……。
「俺は魔王が腹を壊さないかが心配だが」
……ラオクレスは、その、ええと、優しいね。うん。心配なの、そこなのか。いや、確かにちょっと心配だけれどさ。
「まあ、それは大丈夫そうだけどな。なあ魔王。お前、調子悪いとか、あるか?」
フェイが聞くと、魔王はまおん、と鳴いて、首を横に振る。どうやら魔王の食中りは大丈夫そうだ。
「ねえ、ラオクレス。……あなたの心配、なんだか可愛いわね」
……ああ!ラオクレスが仏頂面に!
とりあえず魔王はもうお腹いっぱいらしいので、次の作戦だ。
「よし……じゃあ、いくぜ」
フェイが身構えつつ……ぺた。
宝石に、真っ黒の塊をくっつける。すると。
「……吸ってるなあ」
「吸ってるねえ」
多分、真っ黒の塊はカチカチ放火王の魔力を吸っている、んだと思う。多分。それくらいはまあ、見ればわかる、というか。
「あー……でも、こっちもすぐに容量いっぱいになっちまいそうだなー」
「そうだね」
けれどやっぱり、カチカチ放火王の魔力は膨大らしく……持ち帰ってきた分の黒い塊だけだと、魔力を空っぽにしてやるところまでいかないみたいだ。
うーん……どうしようかな。
とりあえず、カチカチ放火王の封印は、今すぐどうにかなるようなものでもないみたいなので、一晩放っておくことにした。明日になれば魔王のお腹が減って、もうちょっと食べられるかもしれないし。……いや、あんまり美味しくないなら、食べさせるのは可哀相だろうか。
「とりあえずガッチリ縛ってやったぜ!クロアさんがな!」
「こういうのは得意なの」
そして封印の宝石は今、ガッチリと縛られている。台座から外れないようにされているし、封印の輪が外れないようにされているし。クロアさん、器用だなあ。
「……封印が少しばかり、哀れになった」
なんとなく、ラオクレスが複雑そうな顔で、縛り上げられた宝石を眺めている。まあ、食べられるし吸われるし縛られるし、災難だよね。
「後は、できるだけ魔王に食ってもらえるように粘ってみて……封印が解けそうになったら、後はもう、トウゴが描き替えてみるしかねえか」
「うん」
そして僕らは、これからの相談。まだ、封印の対処は手探りだ。けれど、前回よりはずっといい。
既に、前回よりはずっと多くの魔力を処理できている。前回よりもカチカチ放火王がパワーアップしているとしても、それでも、前回よりも被害を抑えられるんじゃないかな。
それに、まだ明日がある。明日が駄目でも、明後日ぐらいならまだ平気なんじゃないかと思う。
……ということで、焦らずのんびりやっていこうと思うよ。
そうして僕らは、一晩ぐっすり眠った。前回出したベッドでそれぞれ眠って……更に僕は、魔王を肌掛けにして寝た。
魔王を寝具にすると、案外いいんだよ。薄くてろんと伸びた魔王を被って眠ると、なんだかふにふにして気持ちいい。そのままなんだかいい夢を見たような気持で目覚めることができた。……もしかしたら、悪い夢は魔王が食べちゃったのかも。
「魔王はやる気だなあ」
そして起きてすぐ、魔王はまた封印を食べ始めた。またしても尻尾を変形させての捕食。封印の宝石からはどんどん魔力が減っていく。
「カチカチ放火王は『魔王』の名前を争った相手だし、そういう意味でもやる気なのかもしれない」
魔王はいつにもまして、元気いっぱいだ。やる気に満ち溢れて、まおーん!と元気に鳴きながら、どんどんカチカチ放火王の魔力を食べている。
……ただ、魔王はやっぱり途中でお腹いっぱいになってしまったらしくて、ころん、まおん。
その割に果物は別腹らしくて、僕らが食べていた朝食からリンゴを一切れ持っていっては食べていたり、桃を一切れ持っていっては食べていたり、クロアさんのカップに尻尾を突っ込んでお茶を飲んでいったり。まあ、頑張ってくれてるんだから、これらを我儘だなんて思わないよ。
「よーし、飯食い終わったら、トウゴに黒い絵の具で黒い餅でも描いて出してもらって、それで魔力を吸えねえかやってみるかあ」
「了解」
さて、魔王が朝食がてら頑張ってくれたんだから、僕らも頑張らなければ。
僕とフェイはさっさと朝食を終えて、いざ、封印のところへ。
……すると。
「……先客が」
「これ、精霊様かあ?」
なんと、封印の宝石に植物の根っこが絡みついている!そしてどうやら、魔力は植物の根っこに吸い上げられている、みたいなのだけれど……。
「……あ、これ、精霊様じゃない。ガラス細工の花の根っこだ」
よくよく見ると、根っこはガラス繊維のような素材でできている。ということはこれ、僕が毒の処理の時に描いて出したガラス細工の花だ。その後にこの花、ゴルダの精霊様のお力で大分強化されて、今や精霊様を守る騎士になっているらしいけれど。
「吸ってるなあ」
「吸ってるねえ」
そのガラスの花は、根っこを伸ばして封印のところまで根を届かせて……そして、魔力を吸っている。要は、魔王がやっていたのと同じことをやってくれている。多分、根っこは複数の花から伸びたものなんだろう。皆でちょっとずつ吸っている、っていうかんじかな。
……そういえば僕、このガラス細工みたいな花を、『毒を吸う専門』っていうことで描いたけれど。
もしかすると……この花、『魔力も吸う専門』にまで、進化を遂げている、のかもしれない。