6話:吸い取る素材*5
「もうちょっと小さめにしろって言われてたじゃないのよ」
「小さくしたんだけどな」
……ということで、僕は早速、描いて出した。ちび太陽を。
いや、本当にちび太陽だよ。ちびちび太陽、というか。レネにあげたランプのちび太陽よりも更に小さい。500円玉よりもう少し大きいかな、くらいの光る球だから、そんなに負担にはならなかった。
けれど、費用対効果という意味では抜群だったかもしれない。
「お!生き物が寄ってきてるみてえだな!」
「黒い塊がたくさんわらわらしている……」
ちびちび太陽の光に照らされて、その輪郭を露わにした沢山の生き物達……真っ黒なヘビであったり、真っ黒な蜘蛛であったり、そういう生き物達がちびちび太陽の下に集まり始めている。
「よし、今の内に採取しちまおうぜ!」
「了解!」
そして、生き物がちびちび太陽に群がっている今がチャンス。僕とレネはもう一度飛んで、今度こそ、真っ黒な塊を採りに行く。
「大成功!」
「らいしぇーこー!」
ということで無事、僕とレネは真っ黒な塊を持って戻ってくることができた。
「お疲れ!……うわ、結構ヤバいな、これ」
「うん。手袋越しでも魔力を吸われているかんじがする……」
そして、拾ってきた素材は、それはそれはもう……存分に、僕らの魔力を吸ってくれている。
一応、魔力吸われ防止のために手袋をしているのだけれど。それでも尚、真っ黒な塊を掴んでいる手から、魔力がじわじわ吸われていくようなかんじがする。
「さっさとこっち入れちまえー」
「うん」
けれど、こっちにはすごい袋があるので持ち帰りは心配ない。竜王様から借りてきた皮袋に真っ黒の塊を放り込んで、きゅ、と口を縛る。これで大丈夫、とのことだったけれど……。
「……あ、ほんとだ。吸われなくなった」
夜の国で開発された、防御の魔法を織り込んだ布を内布に使って、外側は……ええと、なんだっけ。まおーん、じゃなくて……ええと、めぉーん?うん、確か、めぉーん。それの革を使っているらしいよ。なんだろうね、めぉーんって……。
皮袋は僕とレネとで1つずつ背負って、帰り道もまた飛んで帰る。レネ達、夜の国のドラゴンが使うことを想定してあるみたいで、皮袋は背負っても羽を動かす邪魔にならない作りをしている。これいいなあ。
「とうごー」
隣を飛びながら、レネがちょっと遠慮がちに、手を伸ばしてくる。レネの手は伸びて、つん、と僕の手をちょっとつついた。
「はい、どうぞ」
「せーきゅ。……ふりゃー」
僕も手を伸ばしてレネの手を握ると、レネは『ふりゃー』だったみたいで、にこにこしながら僕の手を握り返してくる。
レネの手はちょっとひんやりしていて、さっきの影響がまだ残っているのかなあ、というかんじだ。……なら折角だし、このままもう少し、手を繋いで飛んでいようかな。
……そうして、途中で朝食休憩を摂った時。
「あ、そういえばあんたとレネ、描かせてもらったんだけど」
ライラからそんな申告があった。
「いつの間に」
「飛んでる間。ほら、私、鳥さんに乗ってるでしょ?だから両手が空いて、スケッチくらいならできるのよね」
成程。鳥は羽毛に下半身全部埋もれてしまえば手を離していても十分に安定するし、飛行中でもスケッチが可能……ん?
「……あの、描いたのって」
「あんたとレネが手を繋いでにこにこしながら飛んでるところよ」
……やっぱり!
あの、なんとなく、それは描き残されてしまうとちょっと恥ずかしいやつなんだけれど!ほら、ライラのスケッチブックを見て、レネも恥ずかしがっている!
「……あんたとレネがにこにこしながら仲良く手なんか繋いじゃって、一緒にぱたぱた飛んでるの見てるとね」
そんな僕らを見て、ライラは神妙な顔で……言った。
「……なんかいいのよ」
……ああ、そう!
それから僕らは竜王様に皮袋を返して、僕らは僕らで、皮袋を描いて複製した奴で真っ黒な塊を持ち帰ることにした。
……さて。
「早速、ちょっと削って絵の具にさせてもらうね」
「まあいいけどよー……」
折角なので、ものすごく真っ黒な黒の絵の具を作らせてもらおう。夜の国の、何もかもが真っ黒で輪郭もよく分からなかったあのかんじ。あれを絵にしてみたいなあ、と思わされたので。
「……ちなみにその絵の具で絵を描いたら、魔力を吸い取れる絵になったりするか?」
「試してみる?」
まあ折角なので、真っ黒の絵の具で何か描いてみることにする。ええと、そうだな……折角だから、この真っ黒な塊、もう一個出してみようかな。
「同じようにはならないね、やっぱり」
「そうだなあ……」
僕は、真っ黒の絵の具で真っ黒な塊を描いてみたのだけれど、魔力を吸い取るはずの塊は、そんなに魔力を吸い取ってくれないものになってしまった。
「ま、ちょっとは魔力を吸うみてえだから、俺の魔力酔い防止に丁度いいかもな」
「そういうことなら1個加工しようか」
とりあえず、レプリカの塊の内の1つを腕輪みたいな形に描き替えてみた。これでフェイに使いやすいだろう。多分。
「おー、これいいなあ……今なら宝石由来の餅を食ってもそんなにひでえことにはならなさそうだ」
フェイは真っ黒な輪に腕を通すと、そう言って笑う。
「ってことは、封印の宝石も一緒だな。あとはもう、この黒い塊を封印の宝石にくっつけてやれば、それで済んじまうのか。見たかったぜ、フワフワたんぽぽ王……」
いや、そう言われても。一回たんぽぽから離れようよ。
「けれど問題はこの後か。竜王様も言ってたけどさ。吸い取った後の魔力をどうするか、ってのが、大事だよな。これもだけどよー」
それからフェイは、付けていた黒い腕輪を外して眺めつつ、そう言う。
竜王様もそんなようなこと言ってたね。夜の国の、魔力を吸い取ってしまう生き物っていうのは、生命活動に魔力を使っている、っていうことらしい。
で、多分、この真っ黒な塊って、極限まで魔力が少ない環境の中で変質してしまった物質、なんじゃないかな。周りが全部魔力不足だから、この物質自体も魔力を吸うようになった。さながら、ものすごく乾燥した物質は勝手にそこらへんの湿気を吸い取って均質な湿気になろうとする、みたいなかんじで。
「下手にそのままにしておいたら、保存しておく場所が変わっただけで、カチカチ放火王に使える魔力がそこらへんにあるってだけになっちまうし……」
「それを放っておくと、琥珀の池の水の女の子みたいに、勝手に魔力を使っちゃう人も出てくる……」
僕は、水でできた例の女の子を思い出しつつ、そう言ってみる。
ほら、あの子、僕らの仮説だと『カチカチ放火王の封印から池に溶けだした魔力を使って大きくなった』だから。ああいう風に、下手に封印から魔力を吸って放っておくと、それだけで変なことに魔力が使われてしまったりするし、カチカチ放火王自身が魔力を使ってしまうことにもなりかねないし……。
……と、思っていたら。
「……そうか。魔力を使うのって、必ずしもカチカチ放火王だけじゃ、ねえんだよな」
フェイは閃いたようにそう呟いて……それから、じわじわと笑顔になって、言った。
「そういう意味では、あの水の女の子」
「うん」
「あれ、カチカチ放火王の魔力が水に溶けだしたのを使ってでかくなったとして、それに使った魔力を封印に貸しちまったから封印が解けたわけだろ?」
うん。中々迷惑な話だった。彼女からしてみたら知りようもない、しょうがないことだったのかもしれないけれどさ。
「もしアレ、カチカチ放火王に魔力を貸さなかったとしたら、カチカチ放火王の魔力はあの水の女の子が持って行きっぱなしだった、ってことだよな?」
うん。多分。
……あっ。
「ってことは、だ!『吸い取った魔力をカチカチ放火王に使われる前に別の用途で使っちまう、ついでに魔力を消費し尽くしておく』ってのは、滅茶苦茶、有効かもしれねえ」
……成程!
なんとなく、解決の糸口が見えてきた。とりあえずは封印の宝石に真っ黒の塊をくっつけて魔力を減らしてやればいい、ってことで。
……多分、それだけでも相当、変わると思うんだよ。もしカチカチ放火王が復活してきたとしても大丈夫なくらい、魔力を吸い取ってやればそれでいいと思う。
問題はその後、吸い取った魔力をどうやって、何に使って処理するか、なんだけれど……。
「つまりたんぽぽ生やせば」
「一回たんぽぽから離れない?」
「でも有効だと思うんだよなあ、魔力を吸い取った後の黒い塊の処理としては」
いや。いやいや、そんなことを言ったらさ……。
「だったら魔王にあげればいいんじゃないかな」
「元はと言えば、魔王が夜の国の魔力を吸っちゃったからこそ、夜の国で魔力が不足して、その分、魔力を吸うように物質や生き物が変質していったっていうことみたいだしさ……」
僕がそう言うと、いつの間にかやってきていた魔王が、僕の脚元で、まおーん、と暢気に鳴いた。




