5話:吸い取る素材*4
「うわー……魔力を吸い取る場所、だな、ここ……」
フェイが『うわあ』を前面に出した表情で、地上を見下ろしている。
「真っ黒で何が何だかわからねえ」
うん。僕も正直、『うわあ』なかんじだ。何せこの真っ黒加減で、地面の凹凸すらよく分からないんだから。
しかも、魔力を吸い取られているからなのか、なんとなく元気が出ない。そんなかんじ。
「これ、降りても大丈夫なのか?」
「えーと、どうだろう……レネー、これ、降りても、大丈夫?」
僕はその場で滞空しながらスケッチブックを出して、文字を書いてレネに見せる。羽が4枚になったからこそできることだ。両手を自由に動かしていても安定して滞空していられるって、便利だなあ。
レネはばさばさと翼を動かしながら、僕からスケッチブックを受け取って、そして、文字を書いて見せてくれる。
『あんまり降りない方がいいです。ここの岩石は、塔や牢屋の石材に使われているようなものです。できるだけ地面に触らないように、目的のものだけ採って帰りましょう』
成程。ということは、僕やレネみたいに小回りの利く飛び方ができる人が採取に行った方がいいな。……つくづく、羽を増やしておいてよかった。なんだかんだこれ、便利だ。
ということで、僕とレネは銀の糸で編んである手袋をして、小さな籠を持って……いざ、採取へ!
「気を付けていけよー」
「分かってるよー」
フェイとライラは上空で待機。僕とレネは地上に向かって、慎重に降りていく。
「うわあ……遠近感が、よく、分からない……」
けれどこれが結構難しい、何せ、真っ黒すぎて、周りの様子がよく分からないんだ。どこが地上なのかもよく分からない。
「わにゃにゃにゃい?」
「うん。分からない」
「にゃ」
レネも難しい顔で、『わにゃにゃにゃい……』と言いつつ、地上を睨んでいる。
「ええと、明かり、点けてみるね」
このままだと埒が明かないので、僕は持ってきていた魔石ランプに明かりを灯す。……するとなんとなく、少しは周りの様子が分かるようになるので、それを頼りに少しずつ、僕らは高度を落としていく。
……ところが、ある程度まで高度を落としたところで、ふっ、と明かりが消えてしまった!
何だ、と思う間もなく、続いて、何かが僕らの足首に絡みつく。
「うわっ!」
「わにゃっ!?」
ぐい、と僕らは引っ張られて、そのままどんどん引きずりおろされていく。僕もレネも一生懸命羽をばたばた動かして、僕らを下へと引きずっていく何かに抵抗するのだけれど……無駄だった。
「お、おーい!トウゴー!レネー!どうしたー!?」
フェイの呼びかけに応える間もなく、僕らはずるずる引きずられて……そして、ああ、地面に墜落する、と思った、その時。
ぺた。
……途中で止まった。何かに引っかかって。というか、何かに貼り付いて。
ぺたっ、とした感触と、そのままぽよぽよ揺れる感触。なんだろう、粘着力のあるハンモックに乗っかった時、こうなる、だろうか……。
「な、なんだろう、これ……」
辺りの様子を探ろうと手を動かしかけて……そこで僕は、気づいた。
「あ、あれ?手、動かない……」
どうやら僕とレネは、粘着力のあるハンモックみたいなものにくっついて、動けなくなってしまったみたいだ。いや、何もかもが真っ黒けだから、何がどうなっているのかもよく分からないのだけれど。
「……にと、すふぃーだ?」
けれど、レネの緊張気味の声と……それから、カサカサ、と近づいてくる音とで、なんとなく、僕は事態を察する。
僕らに近づいてくるのは、僕らよりも遥かに大きい、蜘蛛。
月明かりに照らされて微かにその輪郭を浮かび上がらせている真っ黒な蜘蛛が、僕らを見下ろしていた。
成程。どうやらここは、真っ黒な土地に仕掛けられた真っ黒な蜘蛛の、真っ黒な蜘蛛の巣の上。
僕とレネは、蜘蛛の巣に引っかかった獲物。
……まずいまずい。僕らこのままだと、蜘蛛に食べられてしまう!
「フェイ!ごめん!蜘蛛の巣に引っかかった!」
「蜘蛛の巣ぅ!?そんなもんあるのか!見えねえけど!」
うん、近くに居る僕らにもよく見えない!真っ黒だから!
「な、なんとか助けてみるか!えーと、ちょっと待てよ、これどうやって……」
フェイが僕らの救助方法について考え始めた時、レネが小さな悲鳴を上げた。
「れ、レネ!」
レネの方を見ると、レネの上に大きな蜘蛛が覆い被さるようにやってきている!
「駄目!その子は食べちゃ駄目だってば!」
大きな蜘蛛が何をしているのかは、黒くて暗くてよく分からない。けれど、レネが押し殺したような悲鳴を上げているし、大きな蜘蛛は何か、ごそごそと動いているし……。
……そうこうしている内に、大きな蜘蛛が、ぼんやり光り始めた。これは……多分、この蜘蛛、レネから光の魔力を吸い取ってる!
「食べるなら僕からの方がいいって……ほら、僕の方が、光の魔力とやらは多いみたいだから……ねえってば」
僕はなんとか、蜘蛛の方に寝返りを打とうと頑張ってみて、それが駄目そうなので、今度は光の魔力を放出できないか頑張ってみる。けれどそもそもそんなものはどうやればいいのかまるで分からないので、こっちも上手くいかない。
粘着質な糸にくっついてしまっている手をなんとか無理矢理動かして、大蜘蛛の脚の一本を掴む。
「ほら……こっちだよ」
触れてみれば、なんとなく勝手が分かる。僕は大蜘蛛に魔力を流し込んでみると、大蜘蛛は……。
「うわっ」
糸を吐き出して、僕の手をより強く縛り上げた。
それからまた、ゆっくりとレネの方へ戻っていく。レネの方に戻った大蜘蛛は段々光るようになってくるし、レネから聞こえる悲鳴は弱弱しくなっていくし……。
「よし!まんまと光りやがって!そこだな!」
……けれど、僕らには頼れる仲間がいる。
急降下してきたレッドドラゴンは寸分狂わぬ正確さで大蜘蛛の背中をガシリ、と掴むと、そのまま……投げ上げた!
そこからは曲芸でも見ているみたいだった。
投げられた大蜘蛛は真っ黒な糸を吐き出して、レッドドラゴンを絡めとろうとする。けれどレッドドラゴンは自分にくっついた糸を、むしろそれを振り回すようにして大蜘蛛を振り回して、より高く、宙へ放り出して……。
「よし、そこだ!」
フェイの声が聞こえたと思ったら、レッドドラゴンが炎を吐き出していた。
ばっ、と夜空が明るくなる。その眩しさは、暗闇に目が慣れてしまった僕らにはちょっと強すぎるくらいだ。
ぎゅう、と大蜘蛛の悲鳴らしきものが聞こえる。更に、大蜘蛛ごと糸も焼き切れたみたいで、糸でレッドドラゴンに振り回されていた大蜘蛛は、そのまま放り出されて遠くの方へと消えていった。
「トウゴ!レネ!大丈夫か!?」
「僕は大丈夫。でも、レネが……」
それから僕とレネはレッドドラゴンと鳥に救出されて、無事、安全な場所まで退避する。
僕は大丈夫なのだけれど……レネが、ぐったりとして、弱弱しく呼吸をしているところだ。ランプにこびりついていた黒い糸を取り除いて明かりを確保すると、レネの顔色が悪いのが見えたし、レネに元気のない様子がよく分かる。
「レネ……うわ、冷たい」
レネはすっかり冷え切ってしまっていて、触れてみたら酷く冷たかった。
「とうごー……」
ついでに、レネはそっと、僕へと手を伸ばしてくる。きゅ、と僕の服の袖を握る手がまた弱弱しい。
「分かってる。光の魔力が足りないんだよね」
けれど、これの対処方法は分かってるんだ。これ、以前、レネが塔に閉じ込められていた時と同じだ。要は、レネの中に光の魔力が足りなくなってしまっているっていうことなんだろう。
光の魔力が足りなくて寒い時はええと……これだ。うん。分かってるよ。やるよ。ちょっと恥ずかしいけれど、そんなことを言っている場合ではない。
僕はレネの前髪をちょっと退かして、額に口付ける。するとレネがぽわ、と光って、「ふりゃあ」とレネの嬉しそうな声が聞こえる。
それからレネにふわふわのコートを描いて出して着せて、レネを抱えるようにしていると、段々レネが温まってきて、僕の耳元では「ふりゃふりゃ」と、幾分元気になったらしいレネの声が聞こえるようになってきた。
『大丈夫ですか?』
そろそろ大丈夫かな、と思ってスケッチブックを見せると、レネもまた、スケッチブックに文字を書く。
『はい。大分楽になりました。ありがとう。やっぱりトウゴはあったかいです』
レネは嬉しそうににこにこして、スケッチブックを見せてくれた。
『蜘蛛に光の魔力を吸われてしまったみたいです。多分、この辺りの生き物はああいう風に獲物を捕まえて光の魔力を吸って生きているんです』
更に、解説もしてくれたので僕らは納得。
そうか、ここら辺の生き物はここら辺の環境に適応した結果、ああいう風に進化してきた、っていうことなのかな。
真っ黒な大地に真っ黒な蜘蛛の巣を張っておけば、案外、引っかかる獲物が多いのかも。実際、ランプに糸を絡み付かせた時も、足首に糸を掛けられて引きずられた時も、その時はその正体が蜘蛛の糸だなんて全く思わなかったし。
「この辺りを探索する、ってのも、結構大変そうだな。一筋縄じゃあいかなさそうだぜ」
フェイはそう言ってため息を吐きつつ、「まあ、お前らが無事でよかったよ」と、僕らの頭をぐりぐり撫でた。やめてやめて。レネはいいけど僕は撫でないで。
さて、これからどうしようか、なんて話をしているところで、ふと横を見ると、レネが寒そうに体を縮めているのが見えた。
やっぱり、急激に光の魔力を抜かれてしまったんだから、その分、寒いんだと思う。
「レネ」
「わにゃ?」
レネは僕が声を掛けると笑顔になるのだけれど、でも、やっぱり無理をしているようだから……。
『僕にできることはありませんか?』
そう書いてスケッチブックを見せると、レネは……ちょっと考えて、それから、段々赤くなってきて、何か文字を書いて、書いたものの中々見せてくれなくて……そして。
『もう一回』
おずおずと、もじもじと。ものすごく躊躇いがちに、そう、見せてくれた。
……なのでもう一回やった。レネがものすごくもじもじしているので僕としてもちょっとやりづらかった。ライラがにやにやしてるし、フェイがにやにやしてるし……。
でも、これでレネが元気になるなら安いものだよ。うん……。
光り輝きながら「ふりゃー!」と元気になったレネを囲んで暖を取りつつ、僕らは早速、相談の続き。
「どうする?これじゃあ、採取するにしても相当な骨だぜ?」
「うん。しかも事故が起きる可能性が割と高い……」
「そうよね。本当にびっくりしたわ。急に2人ともずるずる落ちていったと思ったら、びたん、って空中に貼り付いたんだからさ。あれ、蜘蛛の巣だったのね」
うん。蜘蛛の巣だったよ。……そうか、上から見ていてもやっぱり状況は分からなかったか。それだけ、この地域のものは見づらい、ってことなんだろうな。何せ全部真っ黒で、光も少なくて、何が何だかよく分からない、っていう具合なんだから……。
「うーん、そうだなー、あ。じゃあいっそ、全部燃やすか?」
「それをやったら今日からフェイがカチカチ放火王だよ」
フェイから大分ざっくりした意見が出たけれど、それをやっちゃ駄目だと思う。流石に。
「いや、でもいいんじゃない?燃やす、とはいかないにしろさ。ちょっと火を点けるくらいは」
と思っていたら、ライラからこれまたざっくりした意見が出てきてしまった。森の過激派は言うことが過激。
「ほら。光があれば、ここら辺の生き物、大人しくならない?」
……いや、過激じゃなかった。ライラは至極まっとうなことを言っていた。ごめん!
「成程なあ。つまり、この地に光を供給してやればいいんじゃねえのか、ってことだな!……できるか?トウゴ」
「ちょっとでいいなら、やってみるよ」
ということで早速、僕はこの地にちょっと光をお裾分けすることにした。
描くものは……そうだなあ。
「じゃあ、太陽出すね」
「待て待て待て!もうちょっと小さめにいけ!」
「そうよ!あんたがここで倒れたら、ゴルダの封印はどうすんのよ!ちょっとは考えなさいよね!馬鹿!」
あ、駄目?ならもうちょっと控えめにしようかな……。




