3話:吸い取る素材*2
それから、朝食。バターで焼いて花の蜜を掛けたフレンチトーストとベイクドバナナ。それに無糖のミルクティー。僕はこれが割と好き。
フレンチトーストは案の定、レネのお気に召したみたいで、レネは目を輝かせながらとろとろのフレンチトーストを食べている。砂糖をまぶして焼いたバナナのとろけ具合もレネのお気に入りになったらしい。ベイクドバナナを口に運んでは蕩けるような笑顔を浮かべてくれるから、作った甲斐があった。
『悪かったな、レネ。お前が来てるって知らなくてさ』
そしてフェイもフレンチトーストを食べつつ、そう書いてレネに見せた。心底申し訳なさそうに。
『びっくりしました。でも大丈夫です』
レネも、ちょっと遠慮がちな様子でフェイとやり取りをしている。……レネはくすぐったがりだから、思いっきりくすぐられたのがまだちょっと残ってるみたいで、もぞもぞ、と体を動かしている。分かる分かる。僕もそうなる。フェイもそうなってた。
『フェイは、よくトウゴをくすぐって起こすのですか?』
ただ、ちょっと複雑そうな顔でレネはそう、書いて見せてくる。……ええと。
『時々やられます』
ちょっとフェイを見ながらそう書くと、フェイは楽しそうに笑う。
『トウゴは、くすぐったいのは平気ですか?』
『僕はくすぐったがりですが、フェイに対しては、くすぐられたらその分くすぐってやるので大丈夫です』
レネの質問への返答になっているかちょっと心配だけれど、とりあえず、やられっぱなしじゃないぞ、というアピールをしてみる。フェイが笑っている。このやろ。
……すると、レネが、ふと、真剣な顔で、文字を書いて……そして、遠慮がちに、見せてくれた。
『トウゴをくすぐってみたいです。フェイみたいに』
……うん。
『いいですか?』
あ、ええと……うん。はい。どうぞ。
……そうして、朝食後。
フェイと僕のやりとりを羨ましがったらしいレネが、ひたすら僕をくすぐる会が開催された。遠慮がちな、ちょっとたどたどしい手つきでくすぐられると、その、なんか、思いっきりわしゃわしゃやられる時よりも却ってくすぐったい。
そして、レネに対してもやられっぱなしっていうのはちょっと癪だったので、僕もくすぐり返してみることにした。レネは僕と同じくらいくすぐったがりらしくて、ちょっとくすぐるとすぐ、きゅ、と体を丸めてくすぐったがる。ちょっと面白い。
結局、しばらくくすぐり合いをしていたのだけれど、それをフレンチトーストの残りを全部食べつつ眺めていたフェイが『なんつーか、平和だなあ』とのコメントを残してくれた。平和じゃないよ!戦いだよ!
とりあえず、レネは満足したらしい。『昼の国式の交流ができて嬉しいです』と喜んでいる。……いや、別に、これ、昼の国式の交流、ってわけでは……まあいいか。
『トウゴにくっつくと、元気になります』
更にレネは、そう書いて見せてくれた。……あ、よく見たら、目の下の隈が消えている。ほんとだ。すごい。元気になっている……。
『最近、何かありましたか?』
僕にくっついて元気になった、っていうことは、レネに光の魔力が足りなくなってしまったっていうことじゃないかな。つまりそれってレネに何かあった、っていうことなので、心配で、そう、聞いてみたところ……。
『最近、あの塔に閉じ込められてしまったので』
……レネは、ちょっとしょげた顔でそう、書いて見せてきた。
レネの言う『あの塔』というのはきっと、僕が2度目に夜の国へ行った時にレネが閉じ込められていた場所だろう。暗くて冷たくて底無しに寒い、あの塔だ。
『あの、光の魔力を吸い取ってしまう塔ですか?』
前、レネが閉じ込められていた時は、レネが僕を逃がしてしまったことの罰として、だったと思う。なら、今回は、レネは……。
『はい。でも、懲罰のためではありません』
……どうやら、レネは罰として塔に閉じ込められてしまったわけではないらしい。ちょっと慌てたように書いて見せてくれるレネを眺めつつ、ちょっと安心する。
『あそこに、光の国から持ち帰ったものを入れておくんです。そうすれば、吸い取った光の魔力を国中に分配することができます』
そうしてレネの説明を見て、ちょっと納得。
あの塔、そういう仕組みの塔なのか。成程、ということは、レネがあそこに懲罰で閉じ込められていた、っていうのは、レネの持つ光の魔力を搾り取って国に分配していた、っていうことなのか。そっか……。
『ただ、ちょっと事故があって、扉が閉まってしまって……内側からは開けられない仕組みになっているので、しばらく、閉じ込められてしまいました。それで、ちょっとだけ、元気が無かったです』
……つまり、冷蔵庫の中に入ってしまった時みたいなものだろうか。冷蔵庫もたしか、内側からは開かないんだったよね。
『でも、トウゴに会えたら元気になりました!』
まあ……レネは災難だったけれど、その分、こっちで光の魔力をたっぷり摂取して、たっぷり元気になってほしい。その役に立てたなら、僕としても嬉しいよ。
「……なー、トウゴ」
僕とレネがお互いのスケッチブックを見せ合いながら筆談を楽しんでいたところ。フレンチトーストを全部食べ尽くしたフェイが、ひょい、と僕らを覗き込むようにして顔を出していた。
「レネが閉じ込められてた塔って、ありゃ、魔力を吸い取る素材だよな」
「え?あ、うん。多分。……そうだよね?」
『はい。夜闇の塔は、光の魔力を吸い取る素材でできています』
レネにも筆談でざっと聞いてみたら、そんな答えが返ってくる。そっか。光の魔力を、吸い取る素材。
……あ。
「魔力を吸い取る素材、だ……」
「な?だろ?」
もしかして……夜の国って、そういう素材、いっぱいある?
「絵と関係なかったとしても、夜の国の素材は対カチカチ放火王素材として有効である可能性が高い!ということで、俺達は夜の国で素材の収集を行う!」
「おー」
早速、僕とフェイは皆を呼び集めてきて、説明。すると、成程ね、という具合に皆が頷く。
「いいんじゃない?少なくとも、フェイ君がお餅で酔っぱらい続けるよりは。まあ、酔っぱらってぐでぐでのフェイ君も可愛らしかったけれど」
クロアさんがくすくす笑いながらそう言うと、フェイは、うぐ、と言葉に詰まった。まあ、フェイを『可愛らしい』なんて言う人、クロアさんぐらいだろうし、言われ慣れてない分、ショックなんだろう。僕はちょっといい気分。ざまーみろ、ってこういう気分?
「……まあ、そういうことなら夜の国に行く人数はある程度絞った方が良いだろうな。万一、夜の国に居る間にゴルダで封印が解けたらたまったものではない」
「あ、そうか。となると……どうしよう。鳥は月の代役にしたいから連れていきたかったんだけれど……そうすると、光の剣を使う人が居なくなってしまう」
「それ、ゴルダの精霊様じゃ駄目なの?あんたに使えるんだし、ゴルダの精霊様だって光の剣、使えるんじゃない?」
成程。じゃあ光の剣だけ預けていくか。……ん?今、ライラにほんのり悪口を言われた気がする。
「おし。じゃあ、トウゴはまあ、夜の国に行くとして……あとは俺と……他に誰か、行く奴居るか?」
「あ、じゃあ、私も付いていってもいい?多分私、ゴルダの方では役に立てないから」
了解。ということで、夜の国に行くのは、僕とフェイとライラ。あと、レネとタルクさんに案内を頼むことになるかな。
『案内はまかせてください!きっと、役に立つ素材を見つけてみせます!』
レネはやる気に満ちた文面を見せてくれた。よし。じゃあ、早速……。
「とりー!来てー!」
僕は鳥を呼ぶ。すると、鳥はここぞとばかりにやってくるので、そこで月の光の蜜をぺたぺたやって……。
「では早速、行ってきます!」
「気を付けていってらっしゃい」
「俺達はゴルダの方へ向かっている。終わったら来い」
できるだけ早く戻れるように、できるだけ早く、夜の国へ出発だ。
クロアさんやラオクレスだけにゴルダの封印を任せるつもりはないよ。いい素材を何か見つけて、すぐに帰ってくるつもりだ!




