18話:生成り色の予感
そうして僕らは一旦、森へ帰る。
「ただいまー……結構やられたね、リアン」
「おかえり。んー……なんでだろうな。なんか、ペガサス達が最近、こういう風にしたがるんだよ」
リアンは羽まみれだった。髪や服にペガサスの羽毛がくっついている。ふわふわした見た目だなあ。描こう。描いた。
「……で、カーネリアは、その、楽しんできたか?」
そして、羽まみれでもなんでも、リアンはカーネリアちゃんが気になるらしい。インターリアさんと一緒に降りてきたカーネリアちゃんにそう声を掛けると、カーネリアちゃんはにこにこと満面の笑みで頷いた。
「ええ!楽しかったわ!一度、琥珀の池が焼けてしまったのだけれど……でも、トウゴが直してくれたの!それに、昔から私達を見守っていてくれた変な鶏さんともご挨拶できたわ!」
多分、内容が今一つ伝わらないであろう説明をしながら、カーネリアちゃんはにこにこ笑う。……まあ、この笑顔だけで、『楽しかったわ!』っていうことは存分に伝わるから、いいのかな。
「焼けた?ってことは、復活しちゃったのかよ」
「復活しちゃったんだよ」
ちょっと申し訳ない気持ちになりながらも、ひとまず、リアンとアンジェにも現状を説明。彼らも森の一員なので、知っておいた方がいいことは知らせておくべきだと思っている。
「ふーん……じゃあ、次からどうすんの?」
「それを調べに、フェイが今、フェイの家の書斎にこもってるところ」
「そっか。それでフェイ兄ちゃん、いねえのか」
一通り説明したところで、リアンは納得の声を漏らした。
そうなんだよ。フェイは今、次のカチカチ放火王対策のために、調べものをしているところだ。フェイ、既に各種封印については色々調べてきたのだけれど、今回新しく分かったことを踏まえて、更により深く調べてみたい、っていうことだったので……。
フェイからは『2日くれ』って言われてる。逆に、2日でいいの?って僕は思ってる。旅の疲れだってあるだろうし、そもそもフェイだって、大火傷してからフェニックスに治されてるんだし、あんまり無理しない方がいいと思うんだけれど……いや、でも、封印の具合のことを考えたら、急いだ方がいい、っていうのも、分かるから、何とも言えないけれどさ。
「大変だな、フェイ兄ちゃん」
「うん」
まあ、とりあえず……ここ最近はずっと、フェイの魔法の知識に頼りっぱなしの僕らであるので、そこは申し訳ないな、って思ってる。
その分、何か返せればいいんだけれど……。
ひとまず、その日は寝た。たっぷり寝た。夜に寝て起きたら昼過ぎだった。本当によく寝てしまった……。
寝過ごしたなあ、と思いながら家の外に出ると、丁度、僕の家を訪ねてきたらしいラオクレスと出くわした。
「おはよ」
「……てっきり、2日程度は寝込むものだと思っていたが」
……どうやら、ラオクレスは僕が魔力切れになっていると見越して来てくれたらしい。いや、流石に魔力切れには……いや、よく考えたら、池の水深を変えたり鎖を出したり錨を出したりしてるし、何なら琥珀の池の巨大な琥珀のゴロゴロも全部、描いて出してるな……。うん。まあ、僕も成長してるってことだね。
「体の具合はもういいのか」
「元々僕はそんなに怪我してたわけでもないから。ラオクレスこそ、大丈夫?」
「まあ、多少疼くが」
体の調子は、僕は平気。でも、ラオクレスは少し、後遺症があるみたいだ。今も少し落ち着かなげに、首筋のあたりを撫でている。
「……しかし、あれだけの火傷がこれで済んでいるのだから、やはりフェニックスの涙の力は凄まじいな」
「うん」
ラオクレスの火傷、酷かったから。だから、治ってよかった。……僕が描いて治すよりも、フェニックスや鳳凰や鸞の力を借りた方が早く治せるから、緊急時には鳥達に回復をお願いすることになる。けれど、僕が描いて治す分には後遺症の類は無さそうだし……使い分けも必要かもしれない。
昼食だか朝食だか分からないご飯……つまるところのあひるご飯を食べた後、僕はフェイの家へ向かう。フェイのことだから、頑張りすぎている気がして。
「おじゃまします」
フェイの家に到着すると、にこにこ顔の衛兵さんが何も聞かずに僕を通してくれて、彼らに挨拶しながら玄関に入る。
玄関ホールで掃除をしていたらしいメイドさん達とも挨拶して、何故かメイドさんに飴を貰って、それを持って、まずは図書室へ。
図書室に入ると、本がたくさんある部屋特有の、紙とインクの香りがふわり、と広がる。この世界はまだコピー機が碌に普及していないので、本は基本的には手書きだ。そのインクの香りが、僕にはなんだかちょっと懐かしいような、そんな風に感じられる。
なんとなく落ち着く匂いを嗅ぎながら本棚の間を覗いていくと……いくつか、本が抜き取られている個所を見つけることができたけれど、フェイは見つからなかった。
ということは……ここの本を持ちだして、自分の部屋、だろうか。
ということで、フェイの部屋へ。
「フェーイー、居るー?」
……ドアをノックして呼びかけてみるけれど、返事はない。けれど、ドアの向こうに生き物の気配はするので……ええと、ちょっと申し訳ないのだけれど、お邪魔することにした。
「おじゃましまーす……」
なんとなく声を潜めながらマホガニーのドアをそっと開けて、フェイの部屋に入る。
部屋の中は柔らかな緋色のカーペット敷きだ。おかげで僕がそう気を遣わなくても、足音は消えてしまう。僕はそのまま、そっと、フェイの部屋を進んでいって……。
「……すごい体勢で寝ている」
すごい体勢で寝ているフェイを見つけた。ええと、ソファの上、積み上げられた本の間になんとか収まるようにしての、窮屈そうな姿勢だ。どうしてこんな格好で寝てるんだ、フェイは。……まあ、これだけ疲れてた、ってことなんだろうなあ。
このまま寝かしておいた方が良いかな、とも思ったのだけれど、このまま寝かせておくと次に起きた時、間違いなく体が凝り固まって痛くなっているやつだな、とも思ったので、起こすことにした。
「フェイー」
……けれど、呼んでみてもフェイは起きない。どうやら相当深く眠ってしまっているみたいだ。
「フェーイー、こんな所で寝てたら体が痛くなるよー」
ちょっと揺すってみたけれど、フェイは「んー」と呻くだけで起きない。ゴロン、と寝返りを打とうとして、ソファの背もたれにぶつかっている。そこで姿勢をもぞもぞ変えようとしているのだけれど、本のタワーのせいでそれもできていない。
これはいよいよ駄目だなあ、と思ったので……あと、ちょっと、僕の中で悪戯心がむくむくし始めたので……。
僕は、管狐を出す。
そして、管狐に、言った。
『好きにフェイをくすぐっていいよ』と。
「あ……くそ、なんかまだムズムズするかんじあるぜ」
「とりあえず起きてよかったよ」
ということで、フェイは起きた。……なんと、最初は管狐が全力でくすぐっても、ぴくりと動いてちょっともぞもぞするくらいだったのだけれど、僕も参戦して1人と1匹で頑張り続けた結果、フェイは起きた。よかった。
「変な起こし方しやがってよー……ぜってー、いつか仕返ししてやるからな」
「楽しみにしてるね」
フェイは僕をずいずい小突いてくるので、僕は笑って返しておいた。変なとこで寝てる方が悪い。
さて。フェイはベッドでちゃんと寝直した方がいいだろうな、と思ったのだけれど、なんと、フェイ自身としてはまだ寝ないで頑張るつもりらしい。
いや、ソファの上で無理のある体勢のまま寝てしまうくらいに疲れているんだから、寝ちゃった方がよくないだろうか、と思うのだけれど……まあ、僕は親友の意思決定に口は挟まないことにする。
ということで、本のタワーを片付けて、ソファにフェイと並んで座る。お茶を描いて出して、とりあえずフェイにも休憩させる。
「いや、調べても調べても、頭ン中こんがらがる一方でさあ……」
フェイはそう言うとそのままお茶を一気に飲んで、ぐでっ、とソファの背もたれに体を預けて、空になったお茶のカップの持ち手に指を引っ掛けてぷらぷらさせて……疲れてるんだなあ、っていうかんじだ。
僕はフェイの疲れをどうこうすることはできないのだけれど……でもその代わり、フェイの話を聞く係にはなろうと思うよ。
「あの封印をどうにかする方法って、何だろうなあ……」
……早速雲行きが怪しいけれど、続けて。どうぞ。
「あの宝石って、カチカチ放火王の魔力が入ってるんだよな」
「うん」
フェイはとりあえず、僕を聞き役にして話し始めた。先生もよくやってたけれど、誰かが聞き役になるだけで何かが解決することって往々にしてあるらしいので、喜んで聞き役に徹する。
「ってことは、あの宝石をカチ割った時、2つの予想ができてたわけだ。1つは、宝石が損なわれたから魔力も消える、っていう予想。もう1つは、宝石が割れたから中の魔力が全部出てくる、っつう予想だ。……ま、後者の方だったけどな」
「うん」
「つまり、宝石は本当に、あくまでも入れ物なんだよな。器。容器。あそこに魔力を蓄えて封印しておくためだけのもんで……言っちまえば、カチカチ放火王の魔力に形を持たせたもの、って言ってもいいかもな」
……僕の頭の中には、水が浮かぶ。
水。そう。そこらへんを流れていたら掴むことはできないし形もない水だけれど、それが器に入った途端、持ち運ぶことだってできるようになる。なんとなく、僕の頭の中での、カチカチ放火王の魔力のイメージは、そんなかんじ。
「宝石に入れて形にしたカチカチ放火王の魔力に、封印の輪っかをくっつけて、それで封印にしてるんだよな。ってことは、封印の輪が外れなければ封印は解けねえから、封印の輪が外れないように工夫すりゃあ……いや、それも現実的じゃねえよなあー」
うん。フェイが全力で抑え込んでも限界が来て結局駄目だったんだから、輪を外れないように加工するのって、難しいと思うよ。金属線で結んだって、金属線が千切れて駄目になると思う。
「ってことはやっぱり、宝石の方をどうにかするのがいいんだけどよー、どうにかするっつっても、やっぱり何も思い浮かばねー!」
成程。
……いよいよフェイは、行き詰まっているらしい。
「ええと、宝石が器で、そこにカチカチ放火王の魔力が入っている、としたら……その器を小さくしちゃえば、魔力が減ったりしない?」
僕はまるで専門外なのだけれど、とりあえず、思いついたことを言ってみる。僕の素人の意見が何かの役に立つ可能性だって、無いわけではないし。
「いやー、それをやっちまうと、溢れた魔力はどこへ行くと思う?」
「……消えちゃう、ってわけにはいかないよね」
「そうだな。多分、カチカチ放火王のところに戻っちまうんだよ」
そっか。難しいな。ええと……。
「じゃあ、魔力を吸い取ってしまう、っていうのは?」
「それを、封印を解かずにやる方法が分からねえんだよなあ……」
「封印を一回解いて再封印……は難しいか」
「少なからず被害が出るのは間違いねえからな」
「それなら、宝石自体を、魔力の少ない物体に変えてしまうとか」
「いやいや、流石にそんな都合よくものが変わるわけでもねえだろ」
うーん……僕の素人アイデアも枯渇した。もう駄目だ!
「……いや、変わるかもしれねえのか」
けれど、フェイは、そう言って……僕の手を握った。
「お前が居る!」
「へ?」
「都合よく、なんでもかんでも描いて出しちまう奴が居る!国王が魔物になっても人間に戻しちまえるような、そんな力をもったお前が居るなら……いけるかもしれねえ!」
……え?あ、そ、そっか。そういう風に絵を描けば、できる……だろうか?い、いやいや、でも。
「そんな乱暴なこと、してしまってもいいんだろうか……?」
魔法って、下手に弄ってしまうと大変なことになるもののように思っていたんだけれど、そこのところはいいの?
「ま、最悪の場合は今回と同じようなかんじになるだろうな。でも、ただ宝石をカチ割るよりも、宝石が内側に封じたカチカチ放火王の魔力ごと別の物質になっちまう方がいいはずだ!」
あ、そういうものなのか。えーと……まあ、フェイの方が僕よりも魔法に詳しいだろうし、そこは信頼してるからいいけどさ。
「まあ……できなくは、ない、と思うよ。けれど。ええと……描き替える、って、何に?或いは、どんなものに?」
とりあえず、フェイが元気になったから僕としては嬉しいのだけれど、問題はその先だ。
もし、僕が封印の宝石を描き替えてしまうとして、一体、何に描き替えればいいんだろう。
「そうだなあ……」
フェイは難しい顔でまじまじと僕の顔を見て……そして、ぱっ、と表情を明るくして、言った。
「あ、思いついた!たんぽぽの綿毛!たんぽぽの綿毛にしようぜ!」
……人の顔を見て言うことか?それ!