12話:剣と宝石*7
これはどうしようか。
僕としては、気持ちは半々だ。
まず、正直に言った時のメリットだけれど……自分の詳しい状態が分かる、かもしれない。
僕はこの世界にとっての異世界人だから、正しい診断は出ないかもしれないけれど、まずそもそも僕は『魔力切れ』とか『魔力』とかについて、ほとんど分かっていない。その辺りが分かったり、自分の状態が詳しく分かったりすると、より効率的に絵が描けるようになるかもしれない。
それから、何よりも不安だ。自分の事が自分でよく分かっていない、というのは、やっぱり不安。
……その一方でデメリットとして、危険、かもしれない。
誰でも疑ってかかるのはどうかと思うけれど……まずそもそも、この世界はそこまで治安が良くない、らしい。
これって僕としては納得がいかないところではある。魔法があるんだからその分、人が人を害するのは元の世界より簡単なはずで、高い倫理性が求められるだろうと思わないでもないのだけれど……まあ、指くらいなら薬で治るっていう話だから、そういうところで倫理観がプラマイゼロになってるんだろうか……?
……まあいいや。とにかく、この世界はそこまで治安が良くない。密猟者も居るし、人間も誘拐される。
森の中じゃなくて普通の町でも、入った店で『とりあえず殺しとくか』なんて物騒な話になる。……やっぱりおかしくないか?これ、おかしくないのかな。
まあ、だから……色んな人を警戒したり、疑ったりすべきなんだろう。悲しいことだけれど。あんまり得意じゃないけれど。
そういう意味で、お医者さんに僕の情報を教えていいのか、ということになる。
僕は宝石を描いたら宝石を出せる。なんならそれは、宝石じゃなくて魔石っていう物体らしい。
けれど、多分、これって……宝石の値段や、宝石を売りに行った時に見たもの、言われたことなどから推測するに……他に例が無いこと、もしくは極端に珍しいことだと、結論が出る。
少なくとも、僕みたいに『ローコストで魔石を生み出す』事ができる人が僕の他に居ないかほとんど居ないかの裏付けにはなってるよね。
……だって、僕が描いて出した宝石と同じようなものを幾らでも作れる人達が大勢いるのなら、『召喚獣は貴族の武器』なんてことになってない。値崩れするだろう。常識的に考えて。
だから……『描いたものが実体化する』って、僕の他に例が無いんじゃないかな、と。そう思えるわけだ。
となると、お医者さんに下手にその辺りを言ってしまうと、『とても珍しい、他に例のない』人間としてお医者さんに知られてしまうことになる。それって……まあ、ちょっと、大変なことになりそうな気がする。
普通に考えれば医者っていうものには守秘義務があって、患者の個人情報をぺらぺら喋ったりしちゃいけないものだと思うんだけれど、この世界では僕の推測も常識も信条もいまいち通用しないと分かっているので……困っている。
僕は、『描いたものが実体化する』と言うべきだろうか?
「彼が使った魔法は光の魔法だと聞いている」
そこで、フェイのお父さんが喋り出した。
あれ、と思ったけれど、フェイのお父さんは顔色1つ変えずに嘘を吐いていく。
「制御が上手くいっていないらしく、そうそう使えるものでもないそうだが……そうだったな?フェイ。お前の方が彼には詳しいだろう」
「あー……ほら、お医者センセー。こないだ町で、呪いの召喚獣が出たの、知ってるか?」
僕がどうしていいか迷っていたら、フェイのお父さんに続いてフェイが喋りはじめたので、僕は沈黙を続行。
「え、ええ。……驚きましたよ。レッドドラゴンに乗ったあなたが現れて町を救った、なんていう噂が流れていましたからね。まるで伝説の一幕のようだったと……」
「まあ俺の方は気にすんなよ。で、トウゴの方がな?こう……あの召喚獣を倒すの、手伝ってくれてたんだ。光の魔法で」
「なんと……」
どうやらそこで説明をつけることにしたらしいので、僕も『そうです』という意思を込めて頷いておいた。
「レッドドラゴンという伝説上の存在が現れたことにも驚かされましたが、まさか、救国の戦士が2人もここに居るとは」
「おう。もっと褒めてくれていいぜ。ただ、トウゴのことについてはナイショな。こいつ、後ろ盾もねえし、あんまり表に出したくねえ」
フェイはそこをちゃんと言ってくれるので、助かる。彼が『内緒』と言ったことについて、詳細を聞かれることは無いだろう。
「それは……おや、彼はレッドガルド家の使用人、というわけでは……?」
「俺の親友ってだけだ。な、トウゴ」
「うん」
後は適当に笑って誤魔化す。うん。深くは気にしないでほしい。
それからお医者さんは、封印具用の新しい魔石を出してくれた後、帰っていった。
僕は早速、新しい方の石を封印具につける。つまり、前の黒い石よりも少し弱めの封印の魔石、ということらしいんだけれど。
……封印具の魔石を付け替えてみたら、一気に力が湧いてきたような気がする。うん。やっぱり封印が弱め、ということなんだろう。
しばらくはまた、これを使って魔力の制御の練習だ。『必要以上に魔力を注ぎ込む』必要があるものについては封印具を外して全力で実体化させるけれど、それ以外についてはできるだけちゃんと制御して、実体化に必要な分だけの魔力の消費に留めたい。
「すまなかったな、トウゴ君」
そこに、フェイのお父さんが声を掛けてきた。
「さっきは咄嗟にああ言ってしまった」
「いえ、助かりました」
フェイのお父さんはちょっと申し訳なさそうだったけれど、僕としては助かった、に尽きる。
……うん。自分の事は自分で実験するなりなんなり、試して知っていく方法はある。けれど、人に知られてしまった事は取り返しがつかない。だから、今回はやっぱり、お医者さんに言わなくてよかったんだと思う。
「そうか。ならよかった。……君の魔法は珍しいからな。他では見たことが無い。だから、君の心が決まるまでは伏せておいた方がいいかと思ったのだ」
うん。……うん?
「あの、他では、見たことが、無い?」
それは……それは……そうなの?やっぱり?本当に?
「ああ、そうだな。描いたものが実体化するなど、聞いたこともない。珍しいな。……ローゼス。お前は」
「ええ。私もですね。フェイは?」
「ん?俺も見たことねえよ。聞いたこともねえ。だから珍しいなーって思った」
……そっか。
僕、本当に珍しいんだ……。
うん、やっぱりお医者さんに言わなくてよかった。
その日の内に、僕はレッドガルド家から森に帰った。馬が心配する。
……というか、馬に心配されてた。或いは、拗ねられてた。
レッドガルド家の中庭にずっと待たせっぱなしだった天馬は一度乗せた僕を下ろす気が無いらしく、森に着いた後も僕が降りられないようにずっと、てくてくてくてく、足早に歩き続けている。
「あの、降ろしてほしいんだけれど」
控えめに抗議してみたのだけれど、馬は、ひひん、と一声鳴くだけで、やっぱり僕を下ろしてくれないらしい。
……ラオクレスに少し呆れたような顔をされている。うん、あんまり見ないでほしい。
馬が下ろしてくれないので、その間、考え事をする。
考えるのは、魔力と魔力切れと魔法について、だ。お医者さんからは結局聞かないことにしたから、その分、自分で考えなきゃ駄目だろう。
まず、魔力切れ、というものだけれど、僕としても今一つ分かっていない。魔力、というものだって、最近知覚できるようになったばかりだし。
けれどとりあえず、『魔力切れ』は、魔力を一度に使いすぎると起きる、というのは大体合っている、だろう。
……そして魔力の消費について、今の時点でも分かっていることはある。
まず、大きいものを描く方が、魔力の消費は大きい。
最初に家を建てた時にもそうだったけれど、自分よりも大きいようなものは、描いて出すと結構疲れる。
次に、複雑なものの方が、魔力の消費は大きい。
例えば水が湧き出る泉とか。天馬の羽とか。そういうものの方が、同じ大きさの木材とかハムとかよりもずっと疲れる。
それから、描き慣れてるものの方が実体化しやすい。……いや、これ、最近はあんまり関係なくなってきたけれど。
……そして、絵を実体化させるより、絵を現実に反映させるやり方の方が、魔力の消費が大きい……気がする。
ただ、これについては割と納得がいくんだよな。要は、影響を与えなきゃいけない部分が大きいから、で説明が付く。
泉を湧かせるなら、地下水とかにも影響しなきゃいけない。天馬の羽が生まれたら、天馬自体の体調とかにも影響しなきゃいけないだろう。つまり、僕の魔力とやらが関わる範囲、関わる深さが変わってくる、ということだ。
……以上から、大体、僕は何をどう描いたらどれぐらいの日数気絶するのか、をそろそろ割り出せてもいいとは思うんだけれど……ここで状況をさらに複雑にしているのが、僕自身の成長、だと思う。
間違いなく僕は成長している。それがいい事なのか悪い事なのかは分からないけれど……まあ、家を5段階に分けて建てていた頃に比べたら、今は小さい家なら1日で出せてしまうから。やっぱり成長はしているんだろう。
そして、成長の原因は……僕が異世界人だから、でも説明はつくけれど、それ以上に、『気絶した分だけ鍛えられている気がする』のも確かだ。
馬を治しては気絶して、治しては気絶していた頃に大分、鍛えられている。と思う。
……あとは、レッドドラゴンを出した後、だろうか。家の件から凄く単純に考えるなら、最初に家を建てた時の5倍ぐらいに魔力が増えているわけだから……その間にあったことって、馬とレッドドラゴンだし。うん。そこらへんが関わっている気がする。つまり、気絶した回数、気絶している時間、という意味で。
……そう考えると、魔力切れで倒れるって、別にそこまで悪い事ばかりじゃないのかもしれない。死体みたいになるっていうのは聞いていて中々ぞっとさせられる話だけれど、魔力切れで倒れたらその分だけ魔力が増えるなら、むしろ、積極的に倒れていってもいいんじゃないだろうか?
そうすればもっと大きなものも描いて実体化できるようになるということだ。それはちょっと魅力的なので……まあ、これからも3日以内に収まるくらいの魔力切れなら別にいいかな、と僕は思っている。フェイはいい顔しないだろうけれど。でも、理由をちゃんと説明したらフェイも分かってくれる気がする。うん。
……ということで僕は、魔力切れに対して、まあ、そこまで悪い印象は無い。無くなった、というか。
なので……お医者さんに、描いた絵が実体化することを言ってまで、魔力切れの防止に取り組む必要は無いな、と判断している。
お医者さんに『描いたものが実体化する』ということを伝えた方がいいのかどうかは、僕以上にフェイ達が迷っただろう。僕も迷ったけれど。
でも、多分……うーん、知られた方が面倒そうだな、ということは、分かった。
フェイも言っていたけれど、僕を利用しようとする人は沢山いるだろう。だって……まあ、絵に描いた宝石が、割ととんでもない値段で売れるらしいから。
この世界における宝石って、多分、宝飾品でもあって、同時に実用品や武器でもあるんだろう。フェイが言っていた通り、『召喚獣は貴族の武器』だっていうのも、結局は宝石が武器だから、っていうことなんだと思う。
そして、そんな『貴族の武器』を僕は作れてしまうらしいので……まあ、お金稼ぎには使えるよね。
それから、お医者さんにとっても僕は利用価値が高いんじゃないだろうか、という気がする。
だって、怪我はある程度描いて治せる。これって、ものすごく便利……なんじゃないだろうか。
フェイの話を聞く限り、この世界には『消えた指が生えてくる程度の薬』はあるらしいから、そういう意味で僕の常識の中での『医療』とはかなり違うものがこの世界の医療なのだろうけれど、それでも、人を治すという点は変わらないはずだし……何より、僕が描く分には、原価が、ほとんど無い。紙と絵具と筆だけでいい。
……まあ、つまり、僕の能力は、知られたら多分、割と面倒なんだろうな、と。そういうことになる。
そういうところを考えると……いよいよ、フェイが言ってくれた話を真剣に考えなきゃいけない。
『レッドガルド家のお抱え絵師にならないか』という話を。