16話:琥珀の池*8
『おのれ……おのれ……』
僕らがぽかんとしている中、カチカチ放火王が消えていく。鳥はキョンキョン鳴いている。
『待っていろ、精霊。必ずや、全ての封印を解き、貴様らを殺してやる……』
「なんだ!?何て言ってる!?」
「えーと、『おのれ、おのれ、待っていろ精霊。すべての封印を必ず解いて貴様らを殺してやる……』だって」
「なんだと!?うるせーばーかばーか!死ぬのはお前だ!ばーか!」
フェイがなんともコメントに困る言葉を言い返す中、カチカチ放火王は姿を薄れさせて……そしてそのまま、どろん、と、消えてしまった。
「……消えた、か」
「とりあえず勝負はお預け、ってことか。やれやれだなあ……」
ラオクレスとフェイはそれぞれにため息を吐きながら、その場に腰を下ろす。僕も一緒に座る。地面はなんだかほかほかしていて火傷の体には優しくなかったのだけれど、でも、それにしたって座りたくなってしまう程度には疲れた。
「それにしても、今回も鳥に全部持ってかれたなあ」
「うん」
僕らとは逆に元気な鳥は、ぱたぱたと僕の傍までやってきて、そして、僕をつんつんつついた。やめてやめて。
いや、多分、光の筆を勝手に持って行くな、ってことだとは思うんだけれど。何せこの鳥、光の筆が光るのを大層気に入っているみたいで……自分のもの、ってことにしているみたいだから。だから、今回、僕が光の筆を借りて来ちゃったことについて、ちょっと怒っているのかもしれない。
「完全な奇襲だったからな。戦略としては非常に有効だったと言えるだろうが……」
「俺達に対しても奇襲だもんなあ、この鳥……」
こいつめ、と、フェイが鳥を小突く。勿論、小突かれた鳥は、もすん、と羽毛の中にフェイの手を包み込んでしまうので、まるでダメージを受けていない。どこ吹く風でキョキョン。
「トウゴー!大丈夫ー!?」
「あ、うん!でも早めに鳳凰とフェニックスの助けが欲しい!」
そうしている間に、上空から声がやってくる。それは、天馬に乗ったライラの声だ。
続いて、インターリアさんとカーネリアちゃん、クロアさんもそれぞれに空からやってきた。……あれ、空から来られるようになったのか。まあいいや。今は只々ありがたいだけなので。
そうして僕らは、鳳凰とフェニックスのお世話になった。
けれど、僕とフェイは後回しだ。僕は2人に庇ってもらったし、フェイは火と仲良しだからそんなに酷い傷は負っていないらしい。
ただ……ラオクレスは、そうもいかない。
「全く……よくもまあ、ここまでやったものね」
「フェニックスと鳳凰が居ることは分かっていたからな。多少の無茶はできると踏んだ」
クロアさんはラオクレスの火傷が癒されていく様子を見ながら、呆れたようにため息を吐く。
……ラオクレスが一番、火傷が酷い。金属の鎧の中で蒸し焼きにされてしまったようなものだから、全身が酷い状態で……でもそれも、鳳凰とフェニックスが大泣きしたらどんどん治っていく。ありがとう。
「大した騎士だこと」
「まあな」
傷が治ったラオクレスを見てクロアさんがほっ、と安堵の息を吐く。ラオクレスも余裕綽々の表情で冗談めかした返事をするくらいには元気、と。よし。
そして次は、僕とフェイ。僕の傷を鳳凰が治して、フェイの傷をフェニックスが治す。……2羽が泣いているのを見ると、その、ちょっと心が痛む。君達の涙をアテにして大怪我してごめんね。
「……痛そうね」
「まあ、痛いのは痛いよ」
僕の傷が治っていくのを見ながら、ライラが暗い顔をする。
「でも、治っちゃえば痛くないし。ほら、動かすのも問題ない」
「まあ、分かっちゃいるけどさ」
ライラは変わらず暗い顔で、きゅ、と、僕の手を握る。さっきまで火傷していたけれど、今はすっかり治った手だ。
「……ま、いいわ。暗い顔してるのはやめる。あんただって困っちゃうよね」
けれど、ライラはそう言って顔を上げた。納得しきれてはいないけれど、多少は割り切れた。そういう笑顔だ。
「うん。ライラには小突かれるくらいがちょうどいい」
「なによそれ。じゃあお望み通りにしてあげましょうか?このっこのっ」
「あはは。やめてやめて」
更に、ライラは元気になって僕をつんつんつついてきた。更に、それを見た鳥がまたやってきて、つんつんつつき始めた。やめてやめて。君は呼んでないよ!
そうして僕らがすっかり元気になった頃。
「……なー、トウゴ。服、出せるか?」
フェイから情けない声が聞こえたので、改めてそっちを見て……。
「え?あ、うん……っふふ」
「笑うなよお……」
いや……これ、笑うなっていう方が無理だよ。
フェイの服、袖が燃えて半袖になってるし、お腹のあたりから焼け焦げて、胸から下が無い。ベルトが焼き切れちゃったらしくて、落ちかけてるズボンを手で押さえながらの申告なんだから、これはもう、なんだかちょっと可笑しくて、思わず笑ってしまう!
更に、分かっているのかいないのか、鳥がフェイのズボンを咥えて引っ張ろうとするものだから、フェイが慌てている。やめてあげてやめてあげて。
「その恰好もちょっとワイルドでいいと思うよ……ふふふ」
「んだとー!ならトウゴ!お前の服もお揃いにしようぜ!」
「うわうわやめてやめて!引っ張らないでって!出すから!すぐ出すから!僕のシャツ半袖にしようとしないで!」
今のフェイの恰好とお揃いにされちゃあたまらないから、僕は急いで服を描いて出すことにする。
……折角だから、思いっきり派手なシャツでも出してやろうかな。そうしたら更にもうちょっと、帰路が明るくなるかも。
「なんでフリルたっぷりのシャツにしやがったんだよー」
「今の僕らに必要なものがそういうシャツには詰まっていると思ったから」
ということで、フェイのシャツは上等な絹の、フリルたっぷりのシャツになった。いや、ちゃんと男性ものだよ。フリルたっぷりのドレスシャツだけれど。
「素っ裸よりはマシだけど落ち着かねー……あ、でもこのベルト結構いいなあ」
「うん」
折角だからベルトはプレゼントの気持ちで描いたよ。深い深い飴色の革でできた上等なやつ。バックルにはちゃんとレッドドラゴンの紋章も入れた。
「……でもやっぱヒラッヒラで落ち着かねえなこれ!」
「うん」
まあ、落ち着かないフェイを見ていると僕らは落ち着いてくるから、丁度いいってことで。駄目?
「さーてと。じゃあ、今回の振り返りだな」
やがて、僕らはそれぞれに座ってフェイの話を聞く。僕とカーネリアちゃんはそれぞれに、泣き疲れた鳳凰とフェニックスを膝の上に乗せて撫でながらの反省会だ。お疲れ様。いつもありがとう。最近はすっかり働かせてるなあ、彼ら……。
「まあ、今回は失敗に終わったわけだが……とりあえずいくつか分かったこともあるからな」
フェイは、へにゃ、とした顔でそう言って、話し始めた。
「まず、封印には魔力を与えるとカチカチ放火王の復活が早まっちまう」
うん。……今回については、あの水でできた女の子がやっちゃったせいで、封印が急に解けてしまった、っていうことなんだろう。
「それから、封印にはカチカチ放火王の魔力が封じてある、らしい。……多分容量がでかすぎて、7つに分けざるを得なかったんだろうなあ。そんなかんじしてきたぜ」
成程。小分けにしないとしまっておけないくらいに、カチカチ放火王は大きい。
それはそうか。7分の1、それも、封印解けたてほやほやの状態ですら、この池周辺一帯を焼き払ってしまえるくらいの力があるんだもんな。はあ……。
「で……封印の輪。あれが外れちまうと封印が解けるって訳なんだろうな。それも今回分かった。ついでに、その輪は割と物理的な力である程度までは留めておけるみてえだからな。これも一考の価値はある」
そうだね。今回はフェイが大分頑張っていた。そのフェイは「明日は筋肉痛だな、こりゃ」なんて言いながら、手や腕を揉んでいるけれど。……フェニックスの涙って、筋肉痛には効かないのかな。
「ってことで、今後の対策、考えねえとなあ……次はゴルダだろ?もう失敗できねー」
それからフェイは、そう言って真剣な表情をする。
「ゴルダの山には精霊が居るし、鉱山がカチカチ放火王に燃やされたらゴルダの民の暮らしに関わる。どう考えても、あそこを燃やさせるわけにはいかねえ」
うん。僕もそう思う。ゴルダの精霊様にはお世話になってるし、傷ついてほしくない。
「だから、何としても、山と精霊を守るための対策を……」
フェイは考え始めて……そして。
「……ん?」
ふと、思いだしたような顔をして……周りを見回しながら、言った。
「……そういや、ここに居た、水でできた馬と女の子は?」
……あっ。
わ、忘れてた!
それから僕らは周囲を探す。黒く溶けて焼け焦げたようになってしまっている琥珀の陰や、すっかり水が少なくなってしまって、しかも湯気すら立てている池の中。そういうところを探して……。
「わ、私はここよ!」
……ふと、そんな声を、聞いた。
おや、と思って、岩の影を見てみたら……。
「……あれ?小さくなった?」
そこには、手乗りサイズになってしまった水の女の子と、元のサイズとさほど変わらないケルピーの姿があった。
「酷いのよ!ケルピーったら、私を盾にしたのよ!許せないわ!無礼よ!お前なんかクビよ!」
……それから女の子の言い分を聞いてみたら、どうやら彼女達、カチカチ放火王の攻撃に巻き込まれていたらしい。ええと、つまり、炎が襲い掛かってきたあれ。あれに巻き込まれて……女の子の方は、大分蒸発してしまったんだとか。
女の子は『ケルピーが私を盾にした』って主張しているのだけれど、ケルピーは首を傾げているだけだ。……多分、だけれど、女の子が勝手にカチカチ放火王に近づいて蒸発してしまっただけじゃないかな……。
「しかも私の庭がこんな風になっちゃうなんて!どうしてくれるの!お前達のせいよ!」
「いやー、でもなー、これ、俺達が来てなかったらもっとヤバいことになってたんだぜ?な?」
女の子はそれはそれはもうお怒りなのだけれど、でも、僕らが居ても居なくてもどのみちここは焼けていたと思うよ。むしろ、僕らが来て、鳥が急に飛んできたからこそ、これだけの被害で済んだ、というか……。
「……むしろ、お前が魔力を貸したからこそ起きた大惨事だが」
ラオクレスがそう言うと、女の子は竦みあがった。……多分、ラオクレスは『雷を落としてくる人』として恐れられている、んだと思う。
「ごめんね。ここらへん、直すよ」
けれど、まあ……この子がきっかけとなってカチカチ放火王が復活してしまったからといって、この辺りをこのままにしておくのは嫌だ。だから、僕は早速、スケッチブックを出す。
……けれど。
「要らないわよ!こんな荒れ地になっちゃったんだったら、もうこんな場所、要らない!私、国に帰るわ!」
「あ、そう……?」
どうやら、女の子はもうここには住みたくないらしいので……まあ、それでも、ここを直すけどさ。
ということで、後始末、後始末。
「えーと、水深を戻して、水を満たして……あと、周りに琥珀をごろごろと」
早速、僕は風景画を描き始める。さっきまで描いていたスケッチが何枚もあるから、それを見ながら記憶と照らし合わせて描いていけば、なんとか元の風景画を描けそうだ。
「トウゴ、ここ、戻るかしら……」
「大丈夫。戻すよ」
カーネリアちゃんが心配そうにしているのを見て、僕はより一層、気合を入れる。ここはカーネリアちゃんとインターリアさんの思い出の場所でもあるんだ。ちゃんと、焼けてしまった分は綺麗に直さなきゃ。
……ということで、僕が絵を描いている、そんな時だった。
ふわ。
ふわふわ。
……なんだか僕の脚元に、かさかさしてフワフワした、何やら変なものが触るなあ、と思って、ふと、足元を、見た。
「……わあ」
すると、そこには……妙な生き物が居た。
草みたいな苔みたいな、そういう植物がカサカサのフワフワに乾燥したものが毬藻みたいになっている。そういう、変な生き物だ。大きさは鶏の2倍ぐらい。
「なんだなんだ?……こいつ、本当に何だ?」
変なものの気配を感じ取ってやってきたフェイは、早速、僕の脚元をふわふわやっていた生き物を見つけて、抱き上げる。
「お。これ、藻か?乾ききってるけど」
あ、成程。藻か。……藻?
「あの……もしかして君は、元々ここに住んでいた、っていう、藻の塊さん?」
フェイに抱き上げられてわたわたしている藻の塊にそう聞いてみると、藻の塊は、こくん、と首らしい部分を傾けて頷いたのだった。