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今日も絵に描いた餅が美味い  作者: もちもち物質
第十四章:森でおやすみなさい
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15話:琥珀の池*7

 勢いをつけて水に飛び込んだことなんて、今まで無かった。

 じゃぶん、と音が耳元を通り過ぎていって、体が沈む。

 けれどそんなに重くない僕は、途中でさっさと体が浮上に転じ始めてしまって、それを見つけたらしいラオクレスの腕が僕を捕まえて、そのまま水の底の方へと僕を連れていく。


 ……そして。

 ばっ、と、頭上から光が降り注いだ。水の中で目を開けるのは苦手なのだけれど、それでもなんとか、目を開けて周りの様子を見る。

 ……見上げてみれば、水面が、強いオレンジの光に揺れていた。

 それと同時、水の中にまで、熱がじんわりと伝わってくる。それでも、ああ、あったかいな、ぐらいの温度で済んでいるのは……ここが水の中だからだ。

 水の外の様子は分からない。分からないけれど、今すぐに、浮き上がるわけにはいかないっていうことは分かってる。ぐるぐると水が対流しているのは、一気に水面が熱せられた影響なんだろう。

 今、水の外ではカチカチ放火王が放火しているところなんだろうから。だから僕は、息が続く限界ギリギリまで水の中に居なきゃいけなくて……。

 ……とは言っても、僕、そんなに長く息が続く方じゃない。結局、ラオクレスが涼しい顔をして潜っている(というより彼は水中で何もしないでいると沈んでいくらしい)のを眺めつつ、フェイがちょっと苦しそうにしているのを横目に、水面に向かっていくことになって……。

「ぷは」

 そして、水面に顔を出した僕が掻き分けた水は温かくて、吸い込んだ空気は、熱かった。

 喉が焼けるような感覚を味わって咳き込みながらも、でも肺に酸素を取り込んで、それで僕は、改めて周りを見回す。

「……えーと、こりゃ、どう、だったんだろうな」

 僕が周りを見ていると、フェイも浮き上がってきて周りを眺め始める。

「宝石を割ったことで被害の規模は抑えられた……ようにも見えんな」

 更に、ラオクレスがじゃばじゃばと立ち泳ぎしながら浮き上がってきて、同じように周りを見る。

 ……池の周りは、相当に焼けていた。

 琥珀は全て焼けて灰になるか黒っぽい塊になるかしてしまっていて、更に、池の水位がちょっと下がっていた。どうやら、池の表面が焼けて、その分は蒸発してしまったらしい。……よく僕ら、無事だったな。

 この辺りが琥珀と池と岩ぐらいしかない場所だったからか、燃え広がったり二次的被害が起きたりはしていない、っていうのが幸いか。森の時は……やめよう。思いだすと苦しくなってきてしまう。

「な、何……?これ、何よ……」

 水の女の子は1人、何が何だか、という顔でおろおろしながら水面に顔を出している。僕らを池の底へ引きずり込むどころじゃなかったらしい。まあ、そうだろうなと思っていたけれど、実際そうなってくれてよかった。ケルピー、と呼ばれた馬はぷるぷる鳴きながら怯えている。でもこれ、君のご主人様が引き起こしたようなもんだからな。


「……まあ、とりあえず、ここからが勝負か」

 そして僕らは、池の外へ出ながらカチカチ放火王を見上げる。

 カチカチ放火王は、ソレイラで見た時より幾分大きな体で、そこに立っていた。




『精霊か』

 カチカチ放火王は、僕を見て、そう言った。

『丁度いいところにいたものだ。わざわざ殺されに出向いてくるとはな!』

 ……蜃気楼のように揺らめく姿に、あるか無いか分からないような顔。それが僕へ向けられる。

「な、なによこいつ!」

「これがさっきの宝石に封印されてたんだよ。それに君が魔力を貸しちゃったからこうなった」

「そんなの聞いてないわ!」

 説明したんだけどな。まあ、しょうがない。説明しても理解できるかはまた別の話……。

「どうしてくれるの!お前達のせいで私の庭が焼けちゃったじゃない!」

「……俺達が来なかったとしても、そう遠くなく焼けていただろうが」

 水でできた女の子はラオクレスをぽこぽこ殴っているのだけれど、ラオクレスの鋼の肉体はびくともしていない。まあ、水でできた手で殴られてもそうだろうなあ。

「ここから離れて大人しくしていろ。死にたくないなら、な」

「ついでにお前の家、ちょっと借りるぜ。借りた後はトウゴが直して返すからよ」

「あ、ごめん。事後承諾になってしまったけれど、すでに水深を改造してしまった」

 更に僕らがそう言うと、女の子は『まるで意味が分からない』みたいな顔をして、ぽかん、とする。

 ……けれど、賢いケルピーがぷるぷる鳴きながらご主人様を乗っけて、そのまま避難し始めたので僕らも安心。




『さて……殺される準備はできたか?』

 僕らのやりとりを待っていてくれたらしいカチカチ放火王は、余裕たっぷり、威厳たっぷりの声でそう言う。

 の、だけれど……。

「あ、あの」

 僕は、カチカチ放火王に、どうしても伝えなきゃならないことがある。

「その言葉、人間には届かないみたいなんだけれど……違う喋り方、できない?」

 僕がそう言うと、カチカチ放火王は怪訝な顔をする。そして。

「おい、トウゴ!あいつ何か喋ってんのか!?通訳してくれ、通訳!」

「……さっぱり聞こえん。あれは本当に声を発しているのか?」

 フェイとラオクレスの様子を見て、カチカチ放火王は……何事か、悟ったらしい。


 ……うん。そうなんだよ。

 君の宣戦布告、ほとんどの人間に、届いて、ないんだよ……。




『……随分と余裕があるらしいな、精霊よ』

 さて。それから少しして、カチカチ放火王はそう言った。どうやら、開き直ってこのままいくことにしたらしい。

「何だ?何て言ってるんだ、トウゴ」

「『随分と余裕があるらしいな、精霊よ』だって」

「そっか!分かった!」

 けれど僕としては、そうなると通訳に回ることになるわけだ。

『一々訳すな』

「今度は何だ!?」

「『一々訳すな』だってさ。どうする?」

「ええー……いや、訳してくれよ。分かんねえもん」

「うん。分かった。……ごめんなさい、やっぱり訳します」

 カチカチ放火王としては、僕が通訳しているのは嫌らしいのだけれど、でも、しょうがない。さもないと、フェイとラオクレスが置いてけぼりになってしまうよ。

『ふざけた真似を……』

「『ふざけた真似を……』って言ってる」

「そっか。まあ、俺達からすりゃ、そっちこそふざけてるんだけどな、名前からして」

 名前のことはカチカチ放火王本人の責任ではないので、そこは許してあげてほしい。


「……ま、いいや。封印が解けるのを間近で見て、分かったことがある」

 フェイは改めて、カチカチ放火王に向かい合って立つ。

「テメエの力は、間違いなくあの宝石に封印されてる、ってことだ。宝石自体が入れ物で、そこにくっついてる輪が封印。台座はそれらの安定装置であり、他の台座へ情報を伝えるための装置でもある、と。そういうことだよな」

 カチカチ放火王の言葉はフェイ達には届かないらしいけれど、フェイの言葉はカチカチ放火王に届くらしい。一方通行のコミュニケーションだ。

「ってことは……宝石をお前だと思って扱えばいいんだよな。封印されてるんだから、砕いてやりゃあ出てきちまう。だが、普通に出てくるのとは、ちょっとばっかし勝手が違っただろ?」

 フェイはにやりと笑う。……カチカチ放火王の揺らめく体には、傷のようなものがある。いや、傷からは血が流れるわけでもなく、ただ、そこにぽっかりと切れ目がある、みたいな、そういう具合なのだけれど。

「宝石を砕かれた時にちょいとお前自身も傷ついた、ってわけだ」

 カチカチ放火王は、黙ってフェイの話を聞いていた。けれど……。

『……目障りだな。まずは貴様から殺すとしよう』

 そう言って……フェイ目がけて、燃え上がる腕を振り下ろした!




 もう1つ太陽ができたら、こんなかんじかもしれない。

 そう思わされる程に明るく熱く、炎が燃える。大分離れた位置に居るはずの僕らでさえ、焼け焦げてしまうような熱。それが、僕らに向けられている。

 カチカチ放火王の腕は、今、僕らをまとめて焼き焦がさんとばかりに炎を纏って、僕らに迫っていた。

 ……それでもフェイは、怯まずに立ち向かう。

「よし、来てくれ!」

 フェイの呼びかけに応えて飛び出した、火の精達と、レッドドラゴン。火の精達は集まって、炎の壁となる。すると、僕らへ注いでいた熱が大分和らいだ。そしてレッドドラゴンは……ぎゃう、と鳴くと……勢いよく、炎を吐いた!

『何だ、こいつは』

 カチカチ放火王は少し焦ったようだった。実際、レッドドラゴンが吐き出した炎は、カチカチ放火王の手を押し返している。

 やっぱりレッドドラゴンって、強い。緋色の瞳をぎらりと光らせて、炎を吐く姿は神話の1ページのように美しかった。

 炎を吐き終わり際、レッドドラゴンは身をひるがえして、その尻尾でバシリ、とカチカチ放火王の手を打ち払う。結局、カチカチ放火王は僕らへ向けた手を引っ込めることになった。

『目障りな……』

 そうして、フェイの召喚獣達の姿を見て、カチカチ放火王はちょっと嫌そうな顔をする。火の精やレッドドラゴンとは相性が悪いと踏んだのかな。

「こっちだって、簡単にやられる訳にはいかねえんだ!」

 フェイは召喚獣達と一緒にカチカチ放火王を睨み、ラオクレスは剣を手に僕とフェイの前に出て、僕は光の筆を構えて絵を描く。

 そして……。

「覚悟しろよ、カチカチ放火王!」

 フェイが、そう、言った。


 その途端。

『……カチカチ、放火王?』

 カチカチ放火王は、固まってしまった。

 ……あ、そういえば、名前をお伝えするの、これが初めてだったか。

 そうです。あなたは魔王ではなく、カチカチ放火王です。




 カチカチ放火王が固まっていたのは、ほんの数秒のことだった。

 けれど、その数秒があれば、結構いろんなことができてしまう。

 ……例えば。

「よし、ええと、とりあえず……これで」

 ざっと光の筆で描いた鎖が、実体化した。

 じゃらり、と、鎖が動く。生まれたばかりの鎖はぼんやり光りつつ、確実にカチカチ放火王に絡みついて、動きを封じた。

 光の筆で描いたからか、或いはそもそもの鎖自体が働いているのか、カチカチ放火王はその場で動けなくなって僕をぎろりと睨みつけてくる。

「物は試し、だな」

 更にそこへ、ラオクレスが剣を振った。雷を纏った剣がギラリと強く煌めいて、カチカチ放火王の足元をすぱりと斬る。……どうやら、効果はあったらしい。カチカチ放火王の呻き声が僕の耳には聞こえてくる。

「お!別に光の剣の攻撃じゃなくても効くのか!よしよし!もしかして、これ、ここで仕留めちまえるんじゃねえのか!?」

 フェイは早速、召喚獣達と一緒になってカチカチ放火王を攻撃している。僕はそれを見ながら、次の絵を描き進めていって……。

 ……すると。

『舐めるな!』

 カチカチ放火王が、吠えた。

 そして……。


 ばっ、と、炎が僕らを包んだ。




 火の精達が僕らを守る。レッドドラゴンが翼を広げる。それでも、炎は僕らを焼いた。

 ラオクレスがその身を盾にして僕とフェイを庇おうとして、フェイが僕と僕の手元を守ろうとして……。

「……光の筆、って、すごいね」

 僕は、火傷を負う感覚を味わいながら、でも、結構落ち着いていた。二度目だからかな。

「これ、燃えない画材なんだ」

 もしかしたら、光の筆が僕を助けてくれているのかもしれない。

 とにかく僕は落ち着いて……地面に絵を描く。


 使った絵の具は、重い重い藍色。ライラがくれた沈殿藍の絵の具と墨とを混色して作った絵の具だ。

 ……できるだけ、重く実体化したかった。でも、急いで描くから、金属光沢は描けないと思った。だからこその、暗くて重い、深い藍色。

 それで僕は、地面に絵を描く。

 描くのは……大きな錨。

 カチカチ放火王だって沈めてしまえるくらいの、重くて大きな錨だ。


 そうして錨が、実体化する。

 カチカチ放火王を縛り上げる鎖の端に。




 ジャラ、と、重く金属がぶつかり合う音が響く。

『なんだ』

 カチカチ放火王の声が聞こえて、炎が弱まった。……そして。

『なっ、なんだこれは!』

 ジャラジャラジャラ、と、激しく金属の音。そして、カチカチ放火王が放っていた炎は完全に消えてしまって……バシャン、と。

 派手な水飛沫を上げて、カチカチ放火王は、池の底へと沈んだ。




 カチカチ放火王が錨に引かれて池に落ちて、派手に跳ね上がった水が地面に落ちて、じゅう、と水が蒸発する音と、その蒸気とで辺りが満たされて……そうして僕らが池を覗き込むと、果たして、そこにはまだカチカチ放火王が居る。

『妙なことをするものだな、精霊よ……』

 カチカチ放火王は、一気にお風呂の温度まで温かくなってしまった池の縁に手を掛けて、ずるり、とその体を這い上がらせてくる。

 池に落としたことで、カチカチ放火王は大分弱ったように見える。けれど、こっちだって火の精とレッドドラゴン以外は火傷してる。

 どうするかな、と思いながら、僕は光の筆を構えて……。


 そんな僕の手の横を、すごい速さで駆け抜けていくものがあった。

 そしてそれは、キョキョン、と鳴きながら、僕の手から光の筆を奪い取ると、すかさず、筆を剣へと変じさせて……。

 ……カチカチ放火王に向かって突進していた鳥は、ソレイラの時と同様、カチカチ放火王に光の剣を突き刺していた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 鳥も野生動物だけあって、いざとなると殺意高いな・・・
[良い点] 美味しいとこ持って行く鳥さんw [一言] 水の女の子は蒸発させられてれば良かったのになぁ...ケルピーだけ残っててくれれば良いのに。
[一言] キョキョン 美味しいところだけもっていくぜキョン!
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