14話:琥珀の池*6
「トウゴ!すぐ、封印の強化してくれ!」
「分かった!」
僕はすぐ動く。封印の宝石に向かって、魔力を注ぐ。
……宝石、というか、宝石に嵌った輪に向けて、という方が近いかもしれない。宝石自体にカチカチ放火王が封印されていて、輪っかはそれを封印し続けるためのものだってフェイが言っていたから、そういうイメージで封印に向かう。
封印へ触れてみると、まるで、沸騰した鍋の蓋みたいだった。ぼこぼこぐらぐら揺れていて、今にも中から何かが溢れ出してしまいそうな、そんなかんじ。
慌てて魔力を注いでみるけれど、焼け石に水、というような具合に感じた。それでも、やらないよりはマシだろうから続ける。
「くそ、どうしたってんだ、急に……こんなにいきなり出てくるもんなのかよ」
封印の宝石が、ぐらり、と動く。
そして、そこに嵌っていた輪が外れそうになったのを、なんとか手で押さえて無理矢理戻す……のだけれど。
「っ、う」
輪が、熱い。輪を押さえる指先が焼けるような感覚がある。
……途端、僕の脳裏に、森が焼けた時のことが思い出される。
封印が解けて、木々が焼けて、どんどん燃え広がっていって、熱くて、痛くて、苦しかった。絶対に、忘れられない記憶だ。その記憶が、僕の指先から、僕の中に注ぎ込まれてくるみたいに広がっていく。
「お、おい、トウゴ!離せ!」
「やだ、離さない……」
どんどん僕の指先が駄目になっていく。指に力が入らなくて、手の平で輪を押さえたら、手の平も焼ける。焼けて、燃え広がって……でも、ここで離したら、封印がまた1つ、解けてしまう!
それは駄目なんだ。森の生き物だけじゃなくて、誰かが傷つくのは嫌なんだ。だったら、僕が焼けてしまったって、この手を、離すわけには、いかなくて……。
「いやいやいや。こういうのはなあ……得意なやつに、任せろ、っつってんだ!」
けれど、フェイは無理矢理僕の手を引きはがすと、それと同時、上手に手を滑り込ませて、僕の代わりに輪を押さえ始めた。
「っとと。結構熱いなあ、これ」
「フェイ、駄目だよ、フェイが焼けちゃうって」
「いやいや。まー、よく見てみろって」
……見てみると、フェイの指先は、焼けていない。……あっ。
「ま。これっくらいは、な。俺が使える数少ない魔法の1つだぜ!」
そうか。フェイは……火とは仲良しなんだった!
フェイが頼もしい。ぐいぐいと輪を押して戻していく姿を見ていたら、僕はなんだか気が抜けたというか、落ち着いてしまって、そうすると途端に、指先が酷く傷みだす。
「おーい、フェニックス!鳳凰!トウゴの怪我、すぐ治してやってくれ!」
そんな僕に気づいたフェイが、鳥達を呼ぶ。呼ばれてきたフェニックスと飛び出してきた鳳凰が、僕の手を見て泣き出した。両腕に一羽ずつ、鳥が寄り添って涙を落として火傷を癒してくれる。うーん、両手に鳥。
僕の手は彼らの涙ですっかり癒されて、ついでにそのまま、2羽はすりすりと手に擦りついてきて、羽でふわふわと手を包み込んでしまう。ちょっとくすぐったい。
手が治ったら、早速僕も自分の仕事を始める。
ゴルダでそうやっていたように、封印の上に魔力を注いで少しでも封印を落ち着かせるように努力してみる。
「あーくそ、これ……どうしたもんかなあ!」
けれど、フェイが手に込めている力はそれほど変わっていないようだし、あまり効果が無いのかもしれない。少なくとも、目に見えるような劇的な変化があるっていうわけではない。
「こんな急に、異変らしい異変も無しに、急に解けちまうのかよ、この封印って……」
僕は僕にできる精一杯を続けながら……ソレイラの時のことを思い出す。
……あの時の、カチカチ放火王の復活も、突然だった。でも、あの突然さは、ルギュロスさんが何かしたからなんだと思っていた。
けれど今、誰かが何かしたわけじゃないだろうに、急に、封印の様子が変わってしまった。こういうものなのか、封印って。
……いや。
「ねえ、フェイ。この封印を解く方法って、輪っかを外す以外にも、あるよね」
魔力を注ぎながら、フェイにそう、聞いてみる。
「森の中にルギュロスさんが入れたはずはない。だから森の中にあった封印の輪っかを外すことはできない。だったら、森の外から、遠隔操作で封印に干渉する手段があった、ってことじゃないかな」
フェイはすぐに、さっと周囲へ視線を巡らせた。……そして。
「てめえか!」
そう叫ぶや否や……封印の宝石を持って、池に向かって走っていって……池の中へ宝石を、浸けこんだ!
じゅっ、とすごい音がして、水が一気に蒸発する。それと同時に、きゃあ、と悲鳴が上がった。
ごぼごぼ、と水が動いて、中から昨日の女の子が出てくる。そして多分、女の子は何か、フェイに文句を言おうとしたんだと思う。そう、口を開きかけた。……けれど。
「……お前、邪魔しただろ」
フェイが、あまりにも真剣な顔で、怒っているものだから。女の子は何も言えずに、口をぱくぱくさせて……。
「……だ、だって、お前達があんまりにも無礼だから!だから、少し困らせてやろうって、そう思っただけよ!」
……そんなことを言った。
ひとまず、水でできた女の子の前でラオクレスが『それ以上何かするのはやめておけ。雷を落とされたくなかったらな』と言って仁王立ちすることによって、女の子は大人しくしていてくれることになった、らしい。
事の重大さが分かっているようには見えないのだけれど……とりあえず大人しくしていてくれればそれでいい。
「で?お前は一体何をしたって?」
「何、って……ちょっとだけ、魔力を貸してあげただけよ!」
「魔力を?」
ついでに、フェイが封印の輪っかを押さえながら、女の子を事情聴取。
……すると。
「その、ちょっとだけ、あなたが弄ってる宝石に、魔力を貸してやったの。『こいつらをちょっと驚かしてやらないか』って宝石が持ちかけてきたから!」
……なんだかとんでもないことを言われてしまった。
僕らが黙っていると、女の子はちょっと訝し気な顔をしながらも言い募る。
「な、何?それがそんなに悪いこと?それでその宝石、熱くなったんでしょう?火傷でもした?いい気味だわ!」
いや、熱くなっただけで終わってくれるものじゃないから、今、困っているんだけれど。
「それ、止められねえか?」
「え?その宝石の気が済んだら止まると思うけれど。まあ、この私の魔力を貸してやったんだから、結構長い時間になるかもね」
女の子はちょっと得意げなのだけれど、今はそれどころじゃないんだよ。
「……うお、やべ」
フェイの声は静かなのだけれど、そこには確かな焦りがある。
ちり、と音がしたと思ったら、フェイのシャツの袖が、燃え始めていた。
「フェイっ」
「いや、まだ大丈夫だ。まだ、な。……ただ、俺自身は大丈夫なんだけどよ、先に服が耐えられなくなってきちまったみてえだ」
フェイの指も手も腕も火傷らしいことにはなっていないのだけれど、フェイのシャツは袖から燃え落ちていってしまっている。
「んで、更に言うとな……腕力がそろそろ、限界なんだよなあ」
フェイの腕が、細かく震えている。ずっと力を入れ続けているんだから、そりゃあ、疲れもするだろう。人間の体は、ずっと力を入れ続けられるようにはなっていないんだから。
「……トウゴ」
フェイが、じっと僕を見つめる。見つめて、そして。
「悪い。ここの封印、もう駄目だ。……ってことで、駄目元で、実験してみてもいいか?」
そう、言った。
「うん。分かった。やろう」
なので僕はすぐ頷く。
「どのみち、色々調べるのも限界があるよ。封印はこれ以外にもまだ5つある。それらをどうにかするためにも、今はちょっとでも多くの情報を手に入れられるようにすべきだ」
フェイが1日調べても、どうしたらいいのかよく分からなかった代物だ。これ以上のことを知るには、眺めるだけじゃなくて動かしてみないと分からないんじゃないかな。
「……皆も、いい、かな」
けれど当然、リスクの高い行為ではあると思う。失敗が大失敗になってしまう可能性が十分にあるっていうか……。
「まあ……仕方ないだろうな。インターリア。カーネリアを連れて逃げろ」
「……分かった。エドは」
「俺は残る」
ラオクレスはそう言うと……ちょっと顔を顰めて、盾をクロアさんに渡した。
「こいつまで巻き込むわけにはいかん。預ける」
「……私に渡す、ってことは、ついでに私も逃げろ、ってことかしら?」
「……お前は逃げた方が役に立つだろう」
「それもそうね」
クロアさんは肩を竦めて、ラオクレスの盾を受け取ると、アレキサンドライト蝶の羽を広げて、ふわり、と空へ飛び立つ。
「ライラ。僕のもお願い」
それを見て、僕も慌てて、宝石をライラに預ける。
管狐と鳳凰と風の精。あと、がしゃどくろ。彼らも巻き込むわけにはいかないので。というか、何かあった後に駆けつけてほしい面子なので。
それらを渡すと、ライラはものすごく、何か言いたげな顔をして……それから、じっと僕を見つめる。
「……トウゴは?」
「僕は、これを使う役目があるから」
僕は、光の剣を出す。……いや、筆だけど。
けれど、うん。まあ、これを使えるのは、僕か鳥ぐらいなものだし。出てきちゃったカチカチ放火王をどうにかできるのは、僕だけだから。
女性陣が全員避難していく中、僕はざっと絵を描く。
それは、池の水深をものすごく深くする、っていう、ちょっと無理矢理な絵で……雑ながらも一応完成した絵が現実に反映されたところで、フェイが、にやり、と、笑う。
彼の笑顔は、半分強がりで、もう半分は……純粋な好奇心だ。
「ってことで……封印の宝石に取り返しのつかねえことをしたらどうなるか、実験だ!」
半分やけっぱちになって、僕らは、それぞれに身構えて……。
「よっしゃー!飛び込めー!」
「え?な、何!?お前達はどうして私の家へ飛び込もうとして……きゃあー!」
フェイが勢いよく宝石を地面に叩きつけて割ると同時、僕らは揃って、水の女の子が困惑するのもお構いなしに池へと飛び込んだ。