11話:琥珀の池*3
「つまり、男が池に入ると、体が動かなくなっちまう、ってことか。成程なあ……」
「私達は何ともなかったけれどね。ちょっとびっくりだわ」
ということで、全員、水から上がって情報共有。水に入っている女性陣に何かあると困るので。
「困ったなあ、精霊様の仕業だっていうなら、事情を話して通してもらうんだけれど、呼びかけても反応は無いし……」
「となると……私が潜水することになるか」
そして、結論はあっさりと出た。そう。インターリアさんが素潜りに挑戦、ということになる。
「エドよりは軽いが、まあ、私も十分、水に潜れるぐらいの能力はあるだろう。お任せいただきたいが、トウゴ殿。よろしいか?」
「あ、はい。でも、安全第一でお願いします」
インターリアさんはやる気に満ち溢れて勇ましいのだけれど、やっぱり安全第一で。……ということで、ロープを描いて出して、それをインターリアさんの命綱にさせてもらうことにした。引き上げるときには僕らの石膏像、ラオクレスがロープを引っ張ってインターリアさんを引き上げます。
「では、参る!」
「インターリア、頑張ってー!」
……ということで、インターリアさんが水の中に飛び込んでいった。カーネリアちゃんの声援を受けて、どんどん水の中へ。
水はすごく透明だから、インターリアさんがどれぐらいの深さまで潜ったのかも大体見える。インターリアさんは順調に、どんどん潜っていって……そして、封印の宝石と台座を、掴んだ!
「よし、引くぞ!」
そこで早速、ラオクレスがロープを引いて、インターリアさんを引き上げる。
……はずだった。
「……なんだ、これは」
ぎし、とロープが軋む。ロープの端を握るラオクレスの筋肉が動くのが見えた。
「お、おい、どうした?何があったんだよ」
「分からん、が……何か、引きずられている」
ラオクレスの体には、相当な力が入っているらしい。それは、盛り上がった筋肉と、ラオクレスの肌に浮かんだ汗、そして、ピンと張られたロープとを見れば分かる。
……ロープは、真っ直ぐに水の中へ延びて……水に、次第に引き込まれていくようにも見えた。
「な、何か居るっていうの!?」
「分からん……っ、が、相当に、強いぞ、これは……!」
ラオクレスは息を切らしながらも必死に抵抗しているのだけれど、インターリアさんごとロープを引き込もうとする力は変わらず強いらしい。
「ああああ、くそ、よく分からねえけど加勢する!」
そして、ラオクレスが引っ張るロープをフェイも掴んで一緒に綱引き。
「私も!」
ライラもくっついて、一緒に綱引き。
「私……は悪いけれど、あんまり役に立てそうにないわね……」
「わ、私も応援にするわ!がんばれ!がんばれ!」
クロアさんとカーネリアちゃんは応援。まあ、適材適所。
……同じく、僕も綱引きに参戦したところでたかが知れているタイプだ。だから、僕は、僕にしかできないことをやろう。
「……あの、返して」
僕は、水に向かって、話しかけてみる。
ほんの少し、水面が揺らぐ。たっぷりの水が、とぷん、と、底の方からわずかに持ち上がって揺れるような、そういう、ゆったりした動きだ。けれど、このゆっくりの動きを生み出すためには、とんでもない重さの水を動かすとんでもない力が必要なんだ、っていうことは、分かる。
「その人、森の子だから。返して」
けれど僕はここで退くわけにはいかない。インターリアさんは森の子だ。最近結婚したばっかりの、幸せな……これからもずっと幸せでいてほしい森の子だ。
だから、インターリアさんは渡さない。もし、この池がどんなにインターリアさんを欲しがったって僕は絶対に、許さない!
「返してくれないんならこの池に僕が持ってる絵の具全部入れてとんでもない色にするからな!」
僕は、池が嫌がりそうな脅し文句を、言ってみた。
とぷんとぷん、と、池が揺れる。ちょっと慌てたような池の動きを見て、これはいける、と確信。
あとは、脅しじゃないぞ、という決意を見せるべく、僕は絵の具のチューブを取り出して池の上で蓋を開けて……。
……というところで、ラオクレスが勢い余って後ろに転んだ。
どうやら、インターリアさんを池に引き込む力が無くなったらしい。
僕はすかさずラオクレスに駆け寄って、彼と一緒にロープを引っ張る。すると、ロープはするすると簡単に手繰り寄せられて……そして、インターリアさんが水の上に出てきた!
「ぷはあ!……けほ、全く、酷い目に遭った……けほ」
インターリアさんは少し咳き込みながら、岸に上がってくる。その手にはしっかりと、封印の宝石と台座があった。
「インターリア、大丈夫!?」
カーネリアちゃんが駆け寄ると、インターリアさんはたちまち笑顔になって、大丈夫ですよ、とカーネリアちゃんの手を握る。
クロアさんがタオルを持っていってインターリアさんを包んで、とりあえず彼女は大丈夫そうだ。
……ということで。
「そろそろ出てきてくれますか」
僕は改めて、池の水に向かって話しかける。……すると。
にゅっ、と。
池の水が伸び上がって……ふるふる、と震えながら、次第に形を作っていく。
形作られていく水は、どこまでも透明。太陽の光に煌めきながらもなんだか奥行きが分からなくて、まるで現実味の無い光景だ。
そしてそれは、やがて、しっかりとした形をとる。
「……馬だ」
「馬だな」
水は、馬の形になって、水面を歩いて、僕らの方へやってきた!
馬ならちょっとは話ができるかな、と思って前に進み出てみると、水でできた馬は僕の前で大人しくしている。
「……インターリアさんもカーネリアちゃんも、彼女達だけじゃなくて、ここに居る全員は森の子なので、あげません」
なので早速、そう宣言する。すると、水の馬は『ぷるぷるぷる……』というような鳴き声を上げる。……え?今の、鳴き声?うがいをするときの音とか、とぷんと小石が池に沈む時の音とか、そういう音に似ている。……鳴き声も変な馬だなあ。
「封印の宝石を勝手に持って行こうとしたのは悪かったけれど、でも、これをどうにかしないと、ここも燃えちゃうみたいだから、これはどうにかしたい。いい?」
続けて封印の宝石についても話すと、水の馬は聞いているのかいないのか、僕の周りをゆったり歩いて、それから、僕の匂いを嗅ぎ始めた。
「あの、聞いてる?」
果たしてこの馬が色々分かっているのかいないのかよく分からないので、僕としては困るしかない。そして、僕のことなんてお構いなしに、水の馬は僕の後ろに回って、ぷるるん、と鳴いた後……じゃば、と変形して、そのまま僕の足元に潜り込んだ!
そこからはあっという間だった。僕の体が水に流されて持ち上げられて浮いて、かと思ったら水の馬は再び馬の姿に戻っていて……。
「……へ?」
僕を背中に乗せた状態になった水の馬は、そのままとことこと、池に戻っていこうとする。
「わ、ちょ、ちょっと!駄目だよ!」
僕は馬から降りようとしたのだけれど、この馬、器用なことに……体の一部を変形させて、がっちりと、僕の両足首を掴んでいる!
更に、僕の脚も、腰も水の中に取り込まれてしまって、動かせなくなってしまった。
水が纏わりついているだけなのに、不思議と抜け出すことができなくて、僕はただ、暴れることしかできない。
「お、おいおいおい!トウゴをどこに連れてく気だ!」
フェイがすかさず火の精達を出して水の馬を攻撃してくれたのだけれど、水の馬は火を浴びても平気な顔でとことこ歩いていってしまう。
「待って!駄目!トウゴを連れてっちゃだめよ!」
カーネリアちゃんのフェニックスが水の馬をものすごい勢いでつつくのだけれど、実体があって無いような水の馬にはあまり効果が無い。
そうして、いよいよ水の馬は池に近づいて……。
「おい、待てと言っているだろうが!」
そこにアリコーンとラオクレスが割り込んできて……馬じゃなくて、馬の目の前、池の方に雷を落とした。
途端、びっくりしたのか、ぷるるるる!と水の馬は悲鳴を上げて、じゃば、と水の形に戻ってしまう。すると僕はその場で投げ出されることになるのだけれど、それはラオクレスがキャッチしてくれた。ありがとう。
水の馬は水に戻ってすぐ、池の中に戻っていってしまった。そして池がしばらく、じゃぼんじゃぼんと波立って、身震いするようにぶるぶる、と震えて……。
「……もう一発、要るか?」
ラオクレスの低い声に対して、ぷるぷるぷる!と、悲鳴のような声を上げたのだった。
……これは精霊、なんだろうか?
いや、何かまた別の生き物のような気がする……。
「あのなあ!俺達は森の子かもしれねえけど!そいつは、森本人だから!だから、俺達は駄目だけどトウゴはいいって理屈にはならねえから!」
フェイが水の馬を叱りつけている。水の馬はなんとなく、フェイの前で座って首をうなだれさせて、お説教されている雰囲気が出ている。
……水の馬は、『よし、話があるからもう一回出てこい!出てこねえとまた雷落とすぞ!ラオクレスとアリコーンが!』とフェイが言った途端にまた池から出てきてくれたので、そのままお説教。なんだかなあ……。
「……で、お前は一体、何なんだよ。精霊か?」
「あの、フェイ。多分こいつ、違うと思うよ」
そして水の馬……というかここの池の正体の話になったので、ちょっと口を挟んでみる。
「精霊っぽくない。多分、同業者じゃないと思う」
「おおー……そ、そっか。ってことは、こいつ、単なる魔物、か?」
「かもしれん。……封印を守りに来た人間を返り討ちにするために用意された番人のようなものか」
「いえ。こいつにそういう知能があるようには見えないわ。多分、単純にずっとここに住んでいる、それなりに力の強い何か、でしょう」
ラオクレスの推理だと結構この池、格好良かったのに、クロアさんにバッサリやられてしまった。そっか、ずっとここに住んでいる、それなりに力の強い、何か……。
「で、でも、前はここに来た時、こんなのじゃなかったわ!インターリアと一緒に水遊びしたこともあったけれど、でも、水の中に引きずり込まれちゃうようなことなんて、なかったもの!」
「……何かの視線を感じることはあったがな。まあ、それもこの辺りの妖精がカーネリア様の愛らしさに見惚れているのだろうと納得していたが……もしや、あの時から既にこの池の魔物が居たというのか?」
うーん、カーネリアちゃん達の話を聞く限り、居はしたけれど、特に襲いはしなかった、っていうことかな。
何だろう。やっぱり封印を持って行かれるのが嫌だった?それとも、単に、深くまでインターリアさんが潜ってきたから、それで、捕まえようと思っちゃった?うーん……。
……考えつつ、考えは纏まらないのでしょうがない、ちょっと周りを見回してみる。他の人達は皆、水の馬を見ているか、池を覗いているかしているのだけれど……何かが動いたような気がして、僕はそっちを見る。
それは、封印の方だった。封印の方できらりと光る何かを見た気がしてよくよく見てみると……。
「あっ、駄目だよ!何してるんだ!」
封印に向けて、そろり、そろり、と、池から水の腕が伸びていた!なので僕は、水の腕を掴む。
……すると。
「なにするの、無礼者!痛いわ!掴まないで!」
水でできた女の子が、ざばり、と、水から出てきた。
……わあ。