10話:琥珀の池*2
……そうして。
インターリアさんから細かな位置を聞いた僕らは、しっかり眠って、翌日、旧ジオレン領に向けて出発した。
「何があるか分かんねえもんだなあ……」
「ね。まさか、ジオレン領にそういう場所があると思ってなかった」
「俺も聞いたことなかったぜ。ま、とりあえずこれで2つ目の封印を見つけられそうだよな!」
うん。何はともあれ、これで大きく一歩前進だ。
あとは……カチカチ放火王が復活するより先に、ジオレン領の封印をどうにかする方法を見つけるだけだ。
「ちょっぴり懐かしいわ!」
「そうですね。最後に琥珀の池に行ったのはいつだったか……ああ、出奔の旅の途中で一度、立ち寄りましたね」
ちなみに、今回はインターリアさんとカーネリアちゃんも一緒だ。彼女達に道案内を頼んでいる。……理由は単純。もしかしたら、その『琥珀の池』に精霊様が居て、その人がやってくる人をえり好みしているかもしれないから。
フェイ曰く、そういう例はままあるそうだ。
その土地の精霊や妖精、時には魔物なんかが幻覚の魔法やそれに近いものを使って、自分達の土地に特定の人しか入れないようにしてしまうことがあるらしい。つまり、精霊に気に入られた人しか精霊の森に入れない、とか、そういう。
言われてみれば確かに、ゴルダの山の精霊様も僕が呼びかけたから道を作って通してくれたわけで、声をかけなかったらずっと会えなかったかもしれないのか。そっか。成程。そういうかんじか……。
……ちなみにレッドガルドの森も、そうだって言われていた、らしい。その……『下手に精霊の森に踏み入ると殺されてしまう』とか言われていたんだそうだ。それって半分ぐらいは森を守るために代々のレッドガルドの子達が吐いた嘘だと思うんだけれど……うん。
「まあ……カーネリアちゃんを気に入る精霊は、居そうだよな。なんとなくそういう気配があるっつーかさ」
分かる分かる。彼女、ちょっと妖精とかそういうものに近しい雰囲気がある。だから、彼女を気に入る精霊は多いんじゃないかと思うよ。
「まあ、そうじゃなくても精霊同士なんだし、お前が頼んだら入れてもらえそうな気がするけどな。相手が精霊なら」
……うん。
まあ、問題は、相手が精霊じゃなかった場合、なんだけれど……まあ何とかなると思いたい。
「うーん……ここだったと思うのだが」
やがて、僕らは天馬に乗ったインターリアさんの案内で、『琥珀の池』上空と思しき場所に着いた、のだけれど……何も無い。
山に囲まれたすり鉢状の土地の中、乾いた池跡地みたいなものは見えるんだけれど……琥珀は一欠片も見当たらないし、池の水も無い。
「まさか、既に池が枯れてしまった、ということか……?」
「あー……うん。じゃあ、地上から行ってみるか」
けれど、フェイは慌てない。焦るインターリアさんを制して、一時着陸を提案した。
「多分ここ、『そういう』場所だぜ」
「両側を崖に囲まれてるのね、ここ」
「ああ。この間を抜けていくと、琥珀の池があったのだが……」
やがて、僕らは山の手前に降り立った。いつもインターリアさんとカーネリアちゃんが来ていた時の道、ということなのだけれど、両側が高い崖に挟まれていて、なんだか圧迫感がある。
「ここから先はレッドドラゴンじゃ進めねえな。道が狭い。馬一頭でギリギリかあ……歩くか?」
「そうだな。すでにここが落ちた後だというのなら、すぐにでも戦えた方がいい」
ということで、ここからは徒歩だ。ラオクレスが先頭。その後ろがインターリアさん。それから僕とカーネリアちゃん、フェイ、ライラ、そして殿がクロアさんだ。
「ちょっぴり久しぶりだから、楽しみにして来たのだけれど……大丈夫かしら。お池、無くなっちゃってないかしら」
カーネリアちゃんは心配そうに、どきどきとした表情でそう言いつつ、一歩ずつ歩いていく。
……もし、僕がここの精霊なら絶対に君を通してあげたくなるから、大丈夫だと思うよ。
「質の低い琥珀ならこの辺りにも落ちてるのね」
少し進んだあたりで、ふとクロアさんがそう言った。
拾い上げた小石は、ほんの少し濁ってはいるものの、確かに琥珀色だ。鈍く通った光が琥珀色に染まって、クロアさんの掌に明るい影を落とす。中々綺麗だ。
「質、低いの?綺麗だけど……」
なのでつい、そう言ってみたところ。
「……駄目だわ。私、トウゴ君の出す宝石を見慣れちゃったのね……」
クロアさんはそう言って、何とも言えない顔をした。
ええと……うん。なんかごめん。
「お。こっちにも落ちてら」
フェイも落ちている琥珀を見つけたらしくて、ちょっと屈んで、ひょい、と琥珀を拾い上げた。こっちはクロアさんのよりも大きいけれど、その分ごつごつして濁りが多いようなかんじだ。
手のひらサイズの琥珀を手の中で弄びながら、フェイはちょっと周りを見て……にやり、と笑う。
「やっぱり、当たりみたいだぜ。この辺りから雰囲気が違う」
どうやら、僕には分からないだけで、何かが変わっているらしい。フェイの話考えると、ここの結界みたいなものを抜けた、っていうことなんだろうけれど。
……そうして歩いていると、突然、ぱっと視界が開けた。
「あっ、よかったわ!残ってたわ!」
カーネリアちゃんが歓声を上げる中、僕も、その景色に圧倒される。
そんなに広くない場所だ。然程大きくない池がある、周囲を山に囲まれた小さな土地。それだけの場所なのだけれど……とても、綺麗だった。
池の水は碧く深く、覗き込んだらいっそ怖いくらいに透き通っている。
そして、その池を囲むように、大きな大きな琥珀の塊があった。
琥珀はただの塊みたいなもの、柱みたいに長いもの、色々な形があるけれど、それらのどれもがラオクレスの身長よりも更に高いようなものばかりだ。
辺り一面、細かくてサラサラした明るい琥珀色の砂で埋め尽くされているけれど、これはきっと砕けた琥珀なんだろう。
……すごい。
すごく、綺麗な場所だ。
「みんなー!こっちよ!お池の水が冷たくて気持ちいいわ!」
そして、琥珀の池の前でこちらを振り返って手を振っているカーネリアちゃんと、彼女に付き従って嬉しそうにしているインターリアさんとを含めて、この景色は完成する。
風で広がった彼女らの髪が陽の光に透けて、強く明るく鮮やかな色を景色に添える。琥珀色だらけの景色の中、碧い池の前に佇むオレンジと琥珀色の2人組は、成程、ここに精霊様が居たら、そりゃあ確かに気に入るだろうな、と思わされる。
……そして、僕も大分、これを気に入ってしまったんだ。
「描きたい!」
「早速来たわね。まあ来ると思ってたわよ。あんたのことだし」
この風景は、描かなきゃだめだ!描くぞ!
「ライラも描く!?」
「まあ、折角だし、描こうかな……。カーネリアちゃんもインターリアさんも、すっごく綺麗なんだもの。ここ、まるで、2人のために作った舞台みたいだわ」
うんうん。僕もそう思う!
ということで描いた。僕は大いに満足した。
今まで沢山作ってきた絵の具だけれど、それでも、この数多ある琥珀色を表現するのに足りなくて、新しくいくらか作り足すことになった。手近な琥珀は悉く僕の絵の具にさせてもらった。その結果、琥珀色がものすごく増えた。まあ、絵の具が増えるのはいいことだよね。
……僕、絵の具は実用品だと思ってるし、実際、ものすごく使っているからそんなには考えたことなかったんだけれど……もしかしたら僕、コレクター気質なのかもしれない。絵の具が増えていくことに喜びを感じるし、絵の具を入れてある箱に絵の具が増えていく度に、なんとなくにんまりしてしまう。
……さて。
「封印、あった?」
絵を描き終わったので、僕らが絵を描いている間に休憩していた他の皆と合流。ちなみに、現在、カーネリアちゃんとインターリアさんは水遊び中。クロアさんは脚だけ浸かって涼んでいるところ。今日の気温はそれほど高くないけれど、日差しが随分温かいから、水遊びも悪くないよね。
そして、フェイとラオクレスは、池を覗き込んで何か話していたので、2人に近づいてみる。
「ああ。見ろ」
そして、カチカチ放火王の封印は……ものすごくあっさり、見つかってしまった。
ラオクレスが指さす池の中を覗き込む。すると、透き通った水の底に、見覚えのある宝石とその台座が見えた。
「……見えてるけど、あれ、どうこうするのは結構な骨だよな」
「うん」
この池、水深、どれくらいなんだろう。少なくとも、僕が素潜りできる深さではない。間違いなく。
「あのー、すみませーん、精霊様、いらっしゃいますかー」
とりあえず、挨拶を忘れていたので声をかけてみる。……も、返事はない。
精霊じゃなくてもいいから誰か居ませんか、というようにも声をかけてみたのだけれど、こっちも反応なし。
……参ったな。ここ、本当に誰も居ないんだろうか。まあ、それならそれで、封印を隠すためにちょっと特殊な結界が張ってあっただけっていうことなんだろうから、いいのだけれど。
でも、そうすると、いよいよ、この池の底まで潜らなきゃならない……。
「……潜るしかないのかなあ」
「潜るしかないだろうな」
ラオクレスは表情一つ変えずにそう言う。そっか、潜るしかないか。参ったな、僕、そんなに泳ぎは得意じゃないし、潜るってなると、初挑戦だ。
「……泳ぎが得意な者が居ないなら、俺が行くが」
と、思っていたら、ラオクレスがさらりと名乗り出てくれた。
なんと、僕だと到底素潜りできないような深さの池でも、ラオクレスにならできるらしい。
「マジか!ラオクレス、この深さ、潜れるのかよ!」
「まあ、この程度なら何とかなる自信がある」
すごいなあ、流石は僕らの石膏像……。
「だが、いいのか。場所を変えても封印には問題が無いといいが」
「おう。池からこっちに引き上げるぐらいの距離なら大丈夫だと思うぜ。ゴルダの封印を見る限りでは、水に浸けとかなきゃいけないモンって訳でもなさそうだしな」
ラオクレスとフェイは少し話して、そんなようなことを確認し合うと……ラオクレスは1つ、気合を入れるかのように静かに息を吐いて、鎧を脱ぎ始めた。
あ、そうか。それはそうだ。ただでさえラオクレスは筋肉の量が多いから沈みがちだろうし、これ以上のおもりは要らないか。水の底に沈んだっきり上がってこれなくなったら大変だ。
ということで、鎧を脱いだラオクレスが潜水に挑戦。よいしょ、と池の水に足から入って……。
「……ん」
ぴく、と、眉を動かした。
「どうしたの?」
ラオクレスが、池に脚だけ入ったところで、動かなくなってしまった。心配になって聞いてみると……。
「……脚が動かん」
えっ?
「え、脚、攣った?」
「いや……」
ラオクレスは訝し気ながら、何かに気づいたような顔をしつつ、上半身の力でなんとか水から上がってきた。
……そして、水遊びしているカーネリアちゃんとインターリアさん、脚だけ水に浸かっているクロアさんと、クロアさんを真似して靴を脱ぎ始めたライラとを見て、言った。
「……もし、ここの精霊とやらが居るとしたら」
うん。
「そいつは間違いなく……女好きか、男嫌いだ」
……うん。成程。それって、うちの馬、みたいな?




