11話:剣と宝石*6
目が覚めたらレッドガルド家の客間だった。見知った壁紙で安心した。
そして、体を起こすと、割と普通に体が動いた。つまり、今回は流石に10日寝たきりだったりはしなかったらしい。
……更に嬉しいことに、枕元には青い石……ラピスラズリの塊が置いてある。
どうやら、夢じゃなかったらしい。
これで僕はウルトラマリンブルーを手に入れた。とても嬉しい。ロビンズエッグ・ブルーも綺麗だけれど、やっぱり深い青も欲しかったんだ。
少しうきうきした気持ちで、部屋の外に出る。
そろそろ顔なじみになってきたメイドさん達に挨拶しながらお屋敷の中を歩いていると、中庭でラオクレスが剣を素振りしているのが見えた。
「ラオクレス」
窓から声を掛けると、ラオクレスはびっくりしたように振り返って、それからつかつかと、僕の居る窓の方へ歩いてやってきた。
……そして僕をじっと見て、とんでもないことを言った。
「生きているか」
「生きてるよ」
生きてるよ。……死んだと思われていたんだろうか。
「僕、何日寝てた?」
「3日だ」
そっか。3日。
3日。……あ。つまり。
「ギリギリセーフだ。よかった」
「……何のことだ」
つまり、フェイが言ってた『魔力切れは3日まで』の期限内だったということだよ。よかった。
「魔力切れで倒れた人間を初めて見た」
折角なので、ラオクレスと2人、中庭で喋る。
「……ほとんど死体だな。あれは」
「あ、そうなんだ」
自分が倒れているところは自分だと見られないから、僕は寝ている間どうなっているのか、よく分かっていない。
「呼吸も無い。脈も無い。体は冷たい。……死体だろう」
「うん。それだけ聞くと死体だね」
死体か。僕、ほとんど死体だったのか。一度見てみたい気もするのだけれど、死体みたいな自分を見る時って多分、本当に死んだ時だな。その時は上手く幽体離脱できるといいな。
「魔力が切れた人間は、体の時を止めることがあるらしい。周囲から魔力を吸って、生命維持ができる程度に魔力を回復させるまで」
あ、そうなんだ。知らなかった。ということは僕は……仮死状態?そういう状態だったんだろうか。自分のことなのにまるで知らない。
「知識にはあったが、実際にそうなっている人間を見るとやはり、恐ろしいものがある」
「そっか。ごめん」
怖がらせてしまった。申し訳ない。
……でも、同時に少し嬉しい。
「よく喋るようになったね」
ラオクレスが、よく喋るようになった。前は『ああ』とか『おい』とかだったのが、随分と喋るようになった。それが嬉しい。
「……そうか」
けれど、僕がそう言った途端、ラオクレスは気まずげに口を閉じてしまった。
……言わない方がよかったかもしれない。うん。
「とりあえず、お前が寝てる3日の間で色々片付けたぜ」
それからラオクレスと一緒にフェイを探して、フェイから状況を聞くことにした。いつも僕が寝ている間に色々とお世話になっています。
「まず、あの質屋。違法なブツを売りまくってたみてえだから、適当にしょっぴいといた」
「雑だね」
「おう。余罪は叩けばいくらでも出るんだろうけどな。でも、とりあえずは違法召喚獣の所持だけで十分すぎる罪だしな」
違法召喚獣、か。……あの黒いお化け、だろうか。
「あ、違法召喚獣ってのは今回の、あのでっかい黒い、ぬべーってした奴な」
ぬべー……つまりお化けね。オーケイ。
「あれ、呪いを固めて作った召喚獣だったらしい。ほっといたらやばかったな」
「呪いを固めて……?」
また知らない言葉が出てきた。呪いと言われても、僕の頭の中に浮かぶのは藁人形ぐらいだ。
「ま、要は厳密に言うと召喚獣じゃなくて、呪いの塊……つまり、悪い事しか起こさない魔法の塊、みたいなやつだったってことだ。あのままほっといたら多分、この町潰れてたな」
フェイはそう言って肩を竦めるけれど、それって割と一大事だったっていうことなんじゃないだろうか。いや、未然に防げたのだから、いいけれど……。
「あの、フェイ。僕としては、店を1つ壊してしまったことが気になってるんだけれど」
「そこ気にするかぁ……?まあ、問題ねえよ。違法な連中だったんだし、店はどっちみち潰さなきゃならなかったからな」
そうなんだ。ならよかった。賠償責任とか生じるかと思った。
「それから、フェイ」
「ん?」
「僕、剣とラピスラズリを持ってきてしまったのだけれど……」
結局、『慰謝料ってことでもらっとけ』というフェイの言葉に従うことにした。
ええと……彼らが牢屋から出てきたら、出所祝いってことで少しお支払いしようかな……。
「そういえば、魔力切れで寝てる間のこと、ラオクレスに聞いた」
ふと、その話を出してみる。ラオクレスはさっき、自分が多少取り乱したことを恥ずかしがっているのか、そっぽを向いてしまった。
「あー、そっか。お前、魔力切れってどういうことなのかも知らなかったんだな」
「倒れてる自分の状態は分からない」
「そりゃーそうだな。うん」
フェイはうんうん、と頷きながら、ちょっと悩んで……。
「ま、ざっと言うと死体みたいになる」
「うん。聞いた」
……とりあえず、僕は魔力切れになっている時、結構大変な状態に見えるらしい、ということが分かった。
「……ま、そういうことで、あんまり魔力切れにならないでくれよ。結構びっくりするんだからよー」
「うん」
僕としてはただ寝てただけだから全然そういうかんじは無かったんだけれど、ラオクレスの取り乱し方を見てちょっと反省した。
「これからは気を付ける」
「うん……でもまあ、今回はしょうがねえよ。ラオクレスの命が掛かってたんだし。あそこで動けなきゃ男じゃねえな。うん」
「うん」
僕とフェイは頷き合った。見解の一致。握手。
今後は魔力切れに気を付けよう。
そして今後も必要な時には、魔力切れになろう。そうしよう。
「ところで医者、来てるぜ」
「え?」
「ほら、お前の次の封印具用の魔石、貰う予定だったろ?先に呼んどいたからお前の魔力切れの治療が早かったぜ」
……そういえばそうだった。
元々は、魔力の制御ができるようになってきたから一段階封印具を弱くしてまた制御の練習をするつもりで、お医者さんを呼んでいて……お医者さんが来るまでヒマだから宝石を描いて実体化させて売って、そのお金で必要なものを買おう、としてて……。
……そしてそのまま3日寝ることになったんだった。
お医者さんには本当に申し訳ない事をした。うん。
そしてお医者さんが来ている部屋へ移動する途中。
「医者にはお前が魔力切れで倒れてるって言っちまったからさ。ちょっと色々聞かれるかも」
……フェイが、そういうことを言った。
『ちょっと色々聞かれる』って、何……?
……ということで、受診することになった。
部屋の中に、僕と、フェイと、ラオクレスと、あと、フェイのお兄さんとお父さん。そしてお医者さん。
……お医者さんが緊張しているのが分かる。うん。申し訳ない。1対5じゃ、やりづらいよね。
「いや、びっくりしましたよ。魔力切れで倒れられたとか」
「そうみたいです」
お医者さんは開口一番、そう言った。まあ、別件で呼ばれてきたら、見るはずだった人が魔力切れで倒れてた、っていうのは、さぞかしびっくりしただろう。
「こういったことは以前にもありましたか?」
「はい」
魔力切れはしょっちゅう起こるものなので素直に頷く。
「成程……やはり、急に魔力が増えたことで、魔力の制御が上手くいっていないんでしょうね。それで、必要以上の魔力を魔法に注ぎ込んでしまっているのではないかと」
「必要以上の……」
僕の頭の中に、2種類の宝石が思い浮かぶ。僕が封印具を着けて描いたものと、外して描いたもの。見た目は同じでも、レッドドラゴンの反応が全然違った。
封印具なしで描いた方は、多分、必要以上の魔力が入ってしまったんだと思う。だから、レッドドラゴンが欲しがったんだろう。
一方で、封印具ありで描いた方は、実体化に必要な以上の魔力が入っていない。だからレッドドラゴンもそっぽを向いた。
……必要以上に魔力を注ぎ込んでしまう、ということは、悪い事ばかりじゃないんだろう。多分。その、必要以上の魔力のおかげで、すごく価値の高い宝石ができたんだから。
ついでに、僕が必要以上に魔力を注ぎ込むことによって、フェイやラオクレスの怪我を治せた、のかもしれない。分からないけれど、ここを試す気にはなれない。人の怪我が掛かっている時に、『必要以上』も何もない。全部、全力を尽くすべきだし……その都度、魔力切れも已む無し、だ。
ということで、自分の中で整理はついているんだけれど、お医者さんからしてみると、不可解、ではあるらしい。
「ちなみに魔力切れはここ半年でどれくらい起きていますか?」
半年?半年前はまだ元の世界に居たと思う。
だから、この世界に来てからの分を数えて……。
……馬を治してた時の回数が、分からない。
「ええと、多分、10回以上20回未満くらい……」
なので雑な答え方をさせてもらう。でもこうとしか答えられない。そもそも僕、馬を治してた時なんて、魔力切れなのか寝落ちなのか分かってなかったんだし。あ、もしかして寝落ちは魔力切れに含まれますか?
「そ、それは大分、頻度が高いですね……」
あ、そうなんだ。そういえばフェイも、『そもそも魔力切れになるのは難しい』みたいなこと、前に言ってたな。魔力切れになる前に、そもそも魔法の形にならない、んだっけ?
考えながら答えていたら、お医者さんは何かメモを取りながら(多分、カルテみたいなものだと思う)、僕にまた、質問してくる。
「では、ええと……魔力切れの直前、何の魔法を使っていたことが多いですか?」
「え?」
「いえ、あなたほどの魔力の持ち主が魔力切れになったということは、何か、余程大きな魔法でも使われたのではないかと思いましてね」
うん。そうか。『何の魔法を』か。
……どうしようか、これ。
正直に答えた方が、いい?