5話:半分取材旅行*4
さて。僕らは今、地図を広げている。
「霊脈のことを考えると、この線なんだよな」
「うん」
そう。カチカチ放火王の封印の場所探しの為だ。
「一応、レッドガルド領の精霊の森は、霊脈にあたるところなんだよな。つーか今や、ここが霊脈の源泉なんだけどな」
うん。龍が頑張ってくれているおかげで、この辺りは土地に魔力が多いらしい。おかげで作物は豊作なんだって、町の人達が言っていた。あと、お供え物もたっぷりだ。……あまり多すぎると精霊様が食べきれないので、って伝えたら、それ以降はちょっと控えめの量になった。まあ、それでも僕と鳥がお腹いっぱいになれるんだけれども。
「レッドガルドの森に魔術的なもんの要があるっつうのは分かるんだよなあ。でも、それだけに、逆に他の場所にあるかって言われちまうと……まるで分からねえ!」
フェイはそう言って、ぐでっ、と机の上に突っ伏した。
「いっそのことダーツを投げて当たったところを探すっていうのでどうかしら」
「……流石にそれはどうかと思うが」
クロアさんもこの手のことは専門外らしく、ちょっと適当なかんじだ。まあ、元々が、あちこちをひたすらぶらぶらして何とかその中で当たりを引けたらいいね、っていう程度のものなので、本当にダーツで行き先を決めてしまってもいいのかも。
「それよりはまだ、既知の場所の中から魔力の多そうな場所を探す方が良い」
ちょっとクロアさんに呆れたような顔をしつつ、ラオクレスはそう言って腕組みした。
「あの、と言うと?」
「ゴルダの鉱山だ」
……ああ、成程!
「確かにあそこ、精霊様が居る!」
「可能性は高いように思う。少なくとも、あても無く探し回るよりはずっといいだろう」
うん。そうだね。
精霊っていうものが何のために居るのか分からないけれど、僕らって、その土地と、その土地の封印を守るために居るのかも。
……或いは、最初にカチカチ放火王を封印した人が、それぞれの場所の精霊にお守りをお願いしていた、とかだろうか。……だとしたら鳥はもうちょっと引継ぎをしてくれなきゃ困るんだけれどな。
「それいいなあ。よし!そういうことで、最初に行くのはゴルダの鉱山!決まりだな!」
けれど、まあ、ひとまず行き先は決まった。
ゴルダの鉱山に、封印、あるといいなあ……。
その日の内に荷造りをして、お絵かき取材旅行も兼ねているからライラも誘って、僕らは翌朝、ゴルダに向けて旅立つ。
「……なんかさ。前も似たようなこと言った気がするけど」
ライラは天馬に乗って移動しつつ、言った。
「私、場違いじゃない?」
「お絵かき取材旅行だから別にいいんじゃないかな」
「馬鹿。カチカチ放火野郎の封印探しが本来の目的でしょ!」
そう言われてもなあ……。それにしたって、ライラが場違いっていうことはないと思うよ。僕が混じっている時点で、こう、緊張感みたいなものが薄れているっていう自覚はあるし。
「……まあ、今回の私の仕事はあんたをキビキビ働かせることだって思うことにするわ」
「うん。よろしくお願いします」
ライラは働き者だしてきぱき動くから、何となく一緒に居て安心なんだよ。是非、僕を存分に働かせてほしい。
……あ、でも、描くものは描きたいのでそれもよろしく……。
ゴルダの町までは、霊脈を辿っていった。
レッドガルドの土地から、魔力の多そうなところを選んでゴルダまで飛んでいく。
「ちょっとこの辺りで降りてみるかあ」
そして、途中途中で降り立っては、そこらへんを探知機片手に歩き回る。まさに、お散歩、っていうかんじだ。
「んで、ぼちぼち昼飯か……あー、これ、本当に見つかんのかあ?」
「まあ、ゴルダの精霊様が何か知っている可能性もあるし」
ちなみに僕は、お昼ご飯を食べながら風景画を描いている。魔法画って、両手がご飯で塞がっていても描けるから便利だ。
「ほら!トウゴ!サンドイッチから具がはみ出してる!気を付けて食べなさいよ!」
そしてライラにこういう注意をしてもらっている。ありがとう。画用紙の上に卵が落ちるところだった……。
そうしてあちこちで降り立っては歩き回ってみた僕らも、夕方にはゴルダの町に到着した。そこで一泊しようと思った、のだけれど……。
「おお!また来てくださったんですね!是非、うちに泊まっていってください!安くしておきますよ!」
「お食事ならぜひうちで!ゴルダの英雄をお招きできるなんて光栄だなあ!沢山食べていってくださいよ!」
……ラオクレスが大人気だった。
「あらあら。人気者ね」
「……揶揄うな」
僕らとしては、ラオクレスが人気者なのは嬉しい。とても嬉しい。なので今日のところはゴルダでお勧めされた宿に泊まることにして、お勧めされたご飯どころで晩御飯にして……その間ずっとラオクレスが町の人達に好意的に接されているのを見て、僕らは全員、満面の笑み。
そうだよ。僕らの石膏像ラオクレスは素晴らしい人なんだよ。
……そして、そういう風にラオクレスが人気者な晩御飯の席。食堂で僕らは美味しいご飯を頂きつつ、集まる人々を描かせてもらいつつ。
ゴルダのご飯はなんとなく素朴で美味しい。根菜がごろごろ入ったシチューとか、鍋に放り込みっぱなして煮込んだ豆とか、焼いただけの肉とか。
そういう食事を頂きながら、ゴルダの人達があれこれ話すのを聞いていたところ。
「そういや、聞いてくださいよ」
ラオクレスを囲むゴルダの町の人の一人が、ふと、言いだした。
「何だか最近、鉱山に魔物が出ちまって。それで、採掘が思うように進まないんです」
……うん。
それって、もしかすると、もしかする?
出発は翌朝の予定だったのだけれど、もう、その夜の内に出発することにした。
鉱山に向けて夜の空を飛んで行く僕らの眼下に広がる景色は、平和そのもののゴルダの領地だ。
「……確かに、最後に訪れた時、鉱山にはゾンビが出ていたが、あれはもしや、封印を解くために魔物達が集まっていた、ということなのか」
「かもしれねえなあ……。うーん、あの時は俺、てっきりトウゴとかゴルダの精霊様とか、精霊達が狙われてるんだと思ってたんだよな。けれどもしかすると、精霊達が守っている土地そのものに、魔物の欲するものがあるかもしれねえ、ってことなんだよなあ……」
一見平和に見える土地にも、もしかすると、カチカチ放火王の封印が眠っているのかもしれない。そして、次にカチカチ放火王が出てくる場所がここかもしれないんだ。
「……鉱山の中でカチカチ放火王が出ようものなら、鉱山、潰れちまうなあ」
「最近は魔物が出るから鉱山に入る者は少ない、とのことだったが、それでも鉱山が潰れたなら、死傷者は出るだろうな。ましてや、鉱山はゴルダの産業の要だ。つぶれたら領民の生活が立ち行かん」
焦燥しているようなラオクレスは、徐々に、アリコーンの速度を上げていく。無意識に飛ばしているらしいラオクレスを見て、僕らも何も言わず、速度を合わせて一緒に飛んでいくことにした。焦る気持ち、分かるから。
そうして鉱山に到着。……したので、ご挨拶から。
「こんばんはー、夜分遅くに失礼しまーす、精霊様、いらっしゃいますかー」
岩戸の前でそう呼びかけてみると、するする、と、岩が動いていった。どうやら精霊様、いらっしゃるらしい。
僕らはありがたく扉を抜けて、そこから先、曲がりくねって複雑な道を、白い蛾の案内で迷わずに歩いて……そして、この間も見た空間に辿り着いた。
「精霊様!お久しぶりです!」
部屋の中央に咲いている巨大な花を見上げて挨拶すると、ゴルダの精霊様は、ぺこん、と花を傾けて、それから、おしべを長く伸ばして僕を掴み上げて、そのまま花弁の上に座らせてくれた。
花弁はしっとりとした手触りで、少しひんやりしていて、極上の絹みたいだ。今日もお綺麗ですね、と言ってみたら、少し照れたようにおしべで僕をちょいちょいつっついてきた。……少し慣れてくれたというか、気安い関係になれたみたいで、嬉しい。
「これ、お土産です。どうぞ」
ということで早速、お土産を出す。水晶の湖から採ってきた木の実を一包みと、それから、月の光の蜜を一瓶。なんとなく喜ばれる気がしたから持ってきたのだけれど、案の定、ゴルダの精霊様は喜んでくれたらしい。早速、白い蛾達がわらわらとやってきて、お土産を嬉しそうに運んでいった。
それから、僕は近況を少し話した。森を増やしました、とか。羽が生えて燃えてもう一回生やしました、とか。あと、カチカチ放火王の封印が解けてしまいました、とか。
……ちなみに、羽はゴルダの精霊様にも好評みたいだ。精霊様はおしべを伸ばして僕の羽をつんつんつついている。白い蛾達も、僕が羽を出したら羽の先に止まったり、周りをひらひら飛び回ったり、ちょっと落ち着かなげなかんじだ。羽が生えているのってなんとなくまだ落ち着かない感覚なのだけれど、でも、褒められると嬉しい。
そうやって僕の方の話を一通り終えたら、今度はゴルダの鉱山の様子を聞く。
「あの、さっきの、カチカチ放火王の封印が解けてしまった、っていう話ですけれど……ここでも最近、魔物が出ているとか」
僕が聞いてみると、ゴルダの精霊様のめしべがこくんと頷く。
「あの、大丈夫でしたか?いや、今こうして無事みたいだから、大丈夫だったんでしょうけれど……」
心配でそう聞いてみたら、ゴルダの精霊様は、ふりふり、とおしべを振って……すると、周りの白い蛾達が、ふわふわと飛び回りながら、ゴルダの精霊様の根元に向かって……そこに何本も咲いているガラス細工みたいな花一輪一輪の上に、それぞれ止まる。
……そして少しすると、ガラス細工の花の、鋭いガラス細工みたいな葉が一斉に伸びて、一斉に動いた。ガラス細工みたいな根が地面から一気に生えてくる。そして、空中に向けて、ガラス細工みたいな種を一気に放出した!
放出された種は、きらきら輝きながら宙を飛んで……そこで、爆発した。
「うわっ!?」
いや、爆発、というか、種の内部に閉じ込められていた魔法が一気に溢れ出た、っていうかんじなのかもしれない。
赤とオレンジが滲むガラス玉みたいな種は炎を一気に巻き起こしたし、アイスブルーに透き通った種は周囲を一気に凍り付かせた。他にも、銀色の風が吹き荒れていったり、強い光が溢れ出したり、色々。
「……すごい」
その光景があまりにも綺麗で、僕が触れれば死ぬほどの威力を持つものだって分かっていても、それでも、手を伸ばしてみたくなってしまう、というか。
「あの、このガラス細工みたいな花、僕が前、描いていったやつですか?」
随分と進化した上に随分と増えた花は、前回、ここで毒の処理をやるために僕が描いて出した花だ、と思う。それがどうしてか、増えているし、強くなっているし……。
多分、白い蛾が1匹ずつ花につくことで、花に指示を出しているんだと思う。けれど、花としてもその指示を受けて動くだけの知能(花の知能ってちょっとおかしいかもしれないけれど、それを言ったらゴルダの精霊様だっておかしいっていうことになってしまうので)があるっていうことになる。
ましてや、こんな風に魔法が詰まった球を発射することなんてできなかったはずなんだけれど……これはやっぱり、ゴルダの精霊様が直々に、育てて下さったからなのかな。なんだか嬉しいなあ。
……あ、あれ?これってもしかして、我が子が立派になって嬉しい親の気持ち、なんだろうか?だとしたら、ガラス細工の花は、僕の子?ええと、ゴルダの精霊様の子……?間の、子……?
う、うわ、なんだかとんでもないことを考えてしまった!違う違う、僕とゴルダの精霊様の子じゃなくって、ええと、これは多分、作者として作品が大切にされて嬉しい気持ちだ!そういうことだ!そうじゃなかったら……その、僕とライラで描いて縮めた魔王が、僕とライラの間に生まれた子っていうことになってしまう!
とんでもないことを考えてしまった頭を横に振って考えを振り払って、もうちょっと真面目に話をしよう。
「ええと、とりあえず、ご無事で何よりです」
以前のゴルダの精霊様は、攻撃手段を持っていなかったというか、やられっぱなしだったというか……そういうお方だったので、心配だったんだよ。でも、今は立派に武力を得て、魔物を返り討ちにできているみたいだから、よかった。こうなったんだから、僕がガラス細工の花を描いて残していったのも、悪くなかった、よね。うん。そういうことにしよう。
「ええと、ゴルダの町の人達が、鉱山に魔物が出ているから鉱山に入れない、っていう話をしていて、それで、慌ててこっちに来たんですけれど……」
それから続けてそういう話を振ってみると、ゴルダの精霊様は、しょんぼり、と、葉っぱと花を萎れさせた。
うん。分かるよ。自分の愛し子達が来てくれなくなるのは悲しいよね。分かる分かる。
「……魔物がこの鉱山に出るようになったのは、その、この辺りにカチカチ放火王……ええと、昔は魔王って呼ばれていたものを、封印しているものがあるから、でしょうか」
更にそう聞いてみると、ゴルダの精霊様は花を傾げる。こてん。
「ええと、じゃあ、精霊様も、カチカチ放火王の封印についてはご存じない、と」
確認すれば、今度はおしべが揃って、こくんこくんと頷く。そっか。ご存じなかったか……。
「おーい、トウゴー」
そんな時、僕らの下からフェイが声をかけてきた。その手には……カチカチ放火王の封印探知機!
「多分、この辺りにあると思うぜ!封印!」
……フェイの手の中で、封印探知機の真ん中の石が、鈍く明滅していた。
ということは……。
「つまり放っておくとゴルダの山が焼ける!?」
「かもしれねえ!」
大変だ!それは何としても、避けなければ!