3話:半分取材旅行*2
「……魔王の使い?人間を、辞めた?……馬鹿馬鹿しい!一体、何を根拠に?」
アージェントさんはそう、声を荒げる。多分、この場に机があったら机をバン、と叩いているんだろうな。
「そうね……そう仰るなら、そちらのブローチ、見せて頂いてもよろしいかしら」
声を荒げたアージェントさんの言葉に、するり、とクロアさんの言葉が滑り込む。
滑らかでいて切れ味の鋭い言葉は、はっきりと、アージェントさんを青ざめさせた。
「ねえ、アージェント様。そちらには、『人間じゃないもの』が入っているんじゃありませんこと?」
いっそ蠱惑的な笑みを浮かべるクロアさんだけれど、細められた目が、笑っていない。切れ味の鋭いナイフみたいだ。
「まあ、これ以上の意地悪は言わないでおきましょうか。あなたの召喚獣も怖がっているみたいだし」
クロアさんはそう言いつつ、アージェントさんの反応で十分に答え合わせができた、と言わんばかりの笑顔だ。
……それと同時に、アージェントさんにとっても、答え合わせになる。
クロアさんの言葉……ルギュロスさんが召喚獣として宝石の中に入っていることを疑う言葉は、つまり、ルギュロスさんの脱獄の方法も、その後の子蜘蛛騒ぎについても、全部分かっている、ということを開示しているようなものだから。
「……で。そっちの目的はなんですか?」
黙ってしまったアージェントさんに、フェイが嫌そうに声を掛けた。
「魔王……じゃねえや、カチカチ放火王の側についてたはずのあんた達がカチカチ放火王を討伐したいって理屈はまあ、分かるんですよ。元々、倒す為にあれを復活させたんだろうしな。で、『勇者』としての地位を確立させようって寸法だよな」
フェイがそう言うのを聞いて、アージェントさんはじっと、フェイを観察するように目を動かす。何も言葉は発しない。どうやら、この次に何を言うべきか、何を言えばいいかを必死に考えているらしい。
「なのに、あんたはわざわざ俺達に声を掛けてきた。それは何故だ?黙ってカチカチ放火王を倒してりゃよかったじゃねえか。……それとも、まさか、『復活させたはいいけれど倒す算段がついていない』なんて話じゃねえよな?」
……フェイがそう言うと、アージェントさんはじっとフェイを見つめて……そして、ついに、発する言葉を見つけたらしい。
「ふむ……いくつか君の推測には誤りがある」
アージェントさんは指を組んで、その指をせわしなく動かしながら、冷静に言葉を発した。
「まず、魔王を」
「カチカチ放火王だっつってんだろうが」
そして早速、冷静な言葉の腰を折られた。
「……カチカチ放火王の封印を解いたのは、我々ではない。そもそも、封印を解いた証拠があるとでも?」
……こう言うって事は、証拠が残らないようなやり方をしたんだろうなあ、と思う。
ここがばれてしまうのはアージェントさんにとって致命傷だから、ここだけはものすごく一生懸命隠すように頑張ってると思うよ。
「それ以外については……そうだな、我々が人間ではなくなった、というのであれば、そうなのだろう。勇者とは神の使い。人間とは一線を画す生き物だ。人間よりは精霊や……時には、魔物に近しい、とも言える」
「へーそうかよ」
フェイは、ちら、と僕を見てから、アージェントさんをぎろりと睨んだ。『魔物ならともかく精霊と一緒にされちゃ困る』みたいな顔だ。
「そもそも、一体どうして、我々が魔王……いや、カチカチ放火王と手を組んでいるなどという発想に至った?全ては君達の推測に他ならないのではないかな?」
成程。アージェントさんはどうやら、こういう方針に決めたらしい。要は、しらばっくれる、っていうことなんだろう。
「そうかよ。この期に及んでしらばっくれるっつうんならもう知らねえ。勝手にやれ」
そこでフェイは当然、そういう反応をする。
「……勘違いしてもらっては困るな。今はお前と商談しているわけではない。これはトウゴ・ウエソラとの商談だ。お前には何の権限もないんだぞ」
「いや、僕ももう知らないので勝手にやってください」
……僕も揃って同じ反応をしてみたところ、アージェントさんは少し顔を顰めた。僕ら仲良しでごめんね。
「……そして、仮に。もし、仮に……我々が魔の手のものと手を組んだ、ということがあったとしたら、だ」
僕らを前に非常にやりづらそうなアージェントさんは、慎重に、言葉を選ぶように話す。
「恐らくは、我々と同じように、王家もまた、そういった手段をとっている、ということになるぞ」
……つまり、『自分達が魔物になったことをばらすつもりなら、王様が魔物と手を組んでいたこともばらすぞ』っていうことなんだろう。
「はい。王様、魔物になってましたよ」
なので、僕、もう言ってしまう。
「ものすごく、魔物と手を組んでいました」
アージェントさんがものすごく驚いた顔をしている。『信じられない、王家がそんなことを!』と言いながらだけれど、多分、僕が喋ったことについて驚いてるんだと思うよ。
「でも、もう王様は人間に戻ってますよ」
……更に、僕の言葉に対して、アージェントさんはぴくり、と反応した。そんな方法があるなら是非知りたい、というような顔だけれど、まあ……ええと、それをやってしまうと人格も変わってしまう恐れがあるので……。
「ついでに、王様が出した魔物達は、みんないい奴です」
「……成程な」
僕が、王家の真っ白さをアピールしてみると、アージェントさんは少し考えながら、お茶を飲む。
「つまり……君達はそんな王家と手を組んでいる訳だ」
「はい」
お茶を飲み終えたアージェントさんにはっきり頷いてそう言えば、アージェントさんは鷹揚に頷いて、言った。
「ならば、我々とも手を組まないか?後ろ暗いところがあるのはお互いさまだろう」
「だからせめて手を組んで何がしてえのかぐらいははっきり言えっての。ついでに、手を組みたいだのなんだの言うんだったら、こっちがお前らと組む利点ぐらいはっきりさせろっての。お前さっきから『情報がある』とは言ってるけどよ、その情報が一体何なのかは全く言わねえよな。ならこっちの対応は決まりだ。『何も持ってねえ奴と手を組む道理はねえ』」
フェイはそう言って、バスケットの中から桜餅もどきを取り出して食べ始めた。……この桜餅もどきは、米粉のもちもちしたタイプの桜餅を、桜じゃなくて月の光の蜜風味で仕上げたやつだ。美味しいお菓子を食べたからか、フェイの表情がちょっと緩む。いいと思うよ。心のゆとりって大事だから。
「そう言われてもな……我々としても、手を組むかどうかも分からない者達に大切な情報を開示する訳にはいかない。こちらの情報を聞いてから判断したいというのなら、それ相応の対価を出してもらいたい」
「あら。それでしたら、あなたにとってとっても価値のあるものをお出しできますわ」
フェイがお餅をもちもちやっているところなので、代わりに、とばかりにクロアさんがにっこり笑って話し始める。
……そして。
「命の保証。……如何かしら?とっても欲しいでしょう?」
とんでもない事を言い出した!
「……笑えん冗談だな」
「あら、そうかしら」
アージェントさんは冷や汗をかいている。クロアさんは目だけが笑っていない。
「そうね……素直に情報を出してくれるなら、拷問は勘弁しておいてあげる、というのもお付けして差し上げましょう」
アージェントさんが、ちらり、と背後を気にし始めた。つまり、逃げようとして逃げられるか、っていうことを気にしているんだと思うんだけれど……。
「ねえ、ラオクレス。あなた、アージェントさんを殺すのに何秒必要かしら?」
「1秒。この間合いなら一歩も動かずに剣が届く」
「あらそう。それは素敵ね。……だそうよ、アージェント様?」
クロアさんの笑顔とラオクレスの不動の表情とを見比べて、アージェントさんはいよいよ、逃げ出そうとしている。腰を浮かせて、ラオクレスの様子を伺いつつ、どう逃げれば助かるかを考えているらしいので……。
「ええと……みんなー、ちょっと助けてー」
僕が森の方に向かって声をかけつつ、森としての声で連絡すると、途端、森の奥から天馬がぱたぱたやってくる。そうしてやってきた天馬達は僕らをぐるりと囲むように降り立った。これでアージェントさんは逃げられない。落ち着いて話ができると思う。
……あっ、天馬達に混じって、鳥の子も居る。天馬は大人しいのに、鳥の子だけキュンキュンうるさい。まあ……賑やかでいいね、っていうことにしておこう……。
すっかり周りを囲まれて、アージェントさんはいよいよ、交渉の場でもそれ以外でも大いに不利だっていうことを理解したらしい。
「いいか?俺は怒ってるんだよ。てめえらの身勝手のせいで、こっちは森が焼けてんだぞ」
フェイは立ち上がって、アージェントさんとの距離を詰めて、もう一度屈んで……アージェントさんの顔を上から覗き込むようにして、言う。
「それを、頭下げに来たんならまだしも、『商談』だあ?どれだけ思い上がってやがる」
「……森が焼けたことについて、アージェント家は一切関与していないが」
アージェントさんはそう言って……それから、もう一度周りを見て、天馬と鳥の子達が羽を広げて威嚇して来ているのを見て……ため息交じりに、言った。
「分かった。仕方がない。話そう。……カチカチ放火王、は、まだ全ての封印から解き放たれた訳ではない。そして、最終的には……封印の地から、目覚めるのだ。その時には恐らく、封印されていた全ての力と共に、な」