27話:鈍色の商談
……それから。
2日の内に、森は元の調子を取り戻した。
避難した動物たちは新しくできた森の中で、早速新しい住処を見つけて落ち着いたらしいし、食料の備蓄も燃えてしまったから、そこはちょっと僕が描いて出して埋め合わせた。
新しく描いた森もすっかり馴染んで、僕の中で落ち着いた。羽も僕の背中で落ち着いてしまった。……まあ、レネが喜ぶし、アンジェが喜ぶし、ライラが描いて楽しんでるみたいだから、いいことにしよう。
それから、ソレイラの町。
カチカチ放火王が出てきた時の余波で幾分燃えてしまっているので、その復興も進めている。ある程度手筈が整った、といったところだ。
家を建て直すのは大工さんにやってもらうことになったのだけれど、大工さんを雇うお金は僕らから出した。町の人達は『トウゴさんのせいで燃えたわけでもないのに申し訳ない』って断ろうとしてくれたんだけれど……でも、森の町が燃えたままで悲しいのは、僕も同じだから。ソレイラ全体のために、っていうことで、出させてもらった。
それから、幸いにして、彼らが本当に大切にしていたものは、なんとかなった。
ええと、大事なものは燃え残っていたか、或いは、焦げただけで終わったか、更に或いは、僕が見たことがあるものだけだったので……ちょっと借りて帰って、描いて修復して、返すことができたんだ。
……それについて、僕は色々と言い訳を用意しておいたんだよ。そういう魔法があって、とか、ちょっと磨き直しただけで直ったよ、とか、美術品の修復も勉強しているんだ、とか、焼けた跡をもう一度よく探したら見つかった、とか。
なのに……なのに!彼らは、直った品物を見て、すごく喜んでくれて、そして、僕が言い訳をするより先に『森の精霊様のお力ですね!』と、何故か納得してくれて……ええと、僕としては、ちょっと複雑な気持ちになっている。
あ、でも、お供え物がいつもより更に豪華になったので、それはありがたく頂いてる。鳥も食べてる。というか、鳥が嬉しそう。
……うん、まあ、いいか。
そんな、今日。僕とフェイは、ラージュ姫と妖精カフェで会議中。
「カチカチ放火王についての会見を行うことになりました」
ラージュ姫が、そう、報告してくれた。
……カチカチ放火王が出てから、1週間。王家としても、発表をこれ以上引き延ばすわけにはいかないだろう。
会見をここまで引き延ばしていてくれたのは……1つには、森の調子がある程度戻るのを待っていてくれたからだ。
「アージェント家が動くとすれば、ここであると踏んでいます。私達からの発表を踏まえて、何か、動くつもりなのでしょう」
それと同時に、アージェント家の様子見をしていた、ということでもある。
アージェント家はあれから、全く動きを見せていない、らしい。
ルギュロスさんとアージェントさんが言い争いしていたような様子もあったし、彼らも彼らで方針がまとまらないのかもしれない。それで、カチカチ放火王が出てすぐに動くことができなくて、なら、王家からの発表があるまでは動くのをやめておこう、いうことにしたのかも。
とにかく、彼らが動くとすれば、王家からの反応があった後だろう、ということだったので……これから、王家の発表で、『カチカチ放火王が出ました』とやることになるし、同時に、アージェント家にものすごく警戒を払っておく、っていうことになる。
「森の準備は大丈夫。結界はしっかり張り直した。結界の中で封印を解いて出てくるんでもない限りは、そうそう、結界の中に敵は入れない」
「それは頼もしい限りです」
ラージュ姫はにっこり微笑んで、それから、くるり、と周りを見回す。……妖精カフェの周りの数軒は、今、建て直し中だ。それを見て、ラージュ姫は、またにっこり。何かが取り戻されていく光景っていうのは、悪くないよね。
「それにしても、アージェント家は一体、何をするつもりなんだかなあ。想像がつかねえ」
フェイはそう言って、椅子の背もたれにぐってりと倒れ込む。フェイは僕が寝ている間もずっと働きづめだったらしいから、疲れてるんだろう。お疲れ様です。
「そうですね……トウゴ様のお話ですと、ルギュロス・ゼイル・アージェントはアージェント家当主と何やらもめている、ということでしたが」
うん。そうなんだよ。方針が違うのかな、と思った。なんとなくそういうかんじだった。
「ってことは、カチカチ放火王を復活させたのは、ルギュロスの独断で……アージェント本人は、それを望んでいなかったか、望んでいたにせよ、まだその時じゃなかったか……そういうことだったのかもな」
「ルギュロス・ゼイル・アージェントは、少々発想が過激です。社交界でもそう言われていました。ですから、今回も……そうだったのかもしれませんね」
そっか。ルギュロスさん、ちょっとせっかちなのか。
成程なあ……だとしたら、余計に、心配だ。
王家の発表の後、アージェント家はどう動くだろう。
そうして、王家は『明日の昼、会見を行う』という旨を王都中へ通達した。これでアージェントさんが動くだろう、という予想の元、僕らは警戒態勢。
……アージェントさんが何かしてくるとしたら、ソレイラじゃなくて王都だと思うんだよ。もう、彼らの目的であったカチカチ放火王は復活したわけだし、なら、ソレイラには用が無いと思う。
ということで、僕らは、会見の日の朝から王都に居たわけなんだけれど……。
王都の広場には、既に講演台が設けられていた。お昼にここで王家からの発表があるわけで、既に人が少し集まっている。会見が無くてもここは王都の憩いの場だから、あちこちに人が見えるのだけれど……。
……そんな中。
「あ」
僕らは、見つけた。
講演台に向かって真っすぐ歩いていく、ルギュロスさんの姿を!
「聞け!」
僕らが反応するより先に、ルギュロスさんはそう言って、人々の視線を集めた。
王家の発表を待っていた人達は、突然現れたルギュロスさんにびっくりしている。
……ここに居る人達は皆、ルギュロスさんが魔物になっているっていうことを知らないし、何なら、カチカチ放火王の復活を望んでいたらしいということも知らない。
王都の人達にとって、ルギュロスさんは変わらず『勇者』なんだ。
「諸君らも知っているであろう。今、この世界には『魔王』が居る!」
僕の腕の中で、魔王が、まおーん!と鳴いた。いや、多分、君のことじゃないんだけれどね……。
「不安に思う者も多いであろう。魔王によって、再びこの世界は暗黒の淵へと叩き落されようとしているのだ!」
また、魔王が、まおーん!と元気に鳴く。……王都の人達がルギュロスさんの演説を聞きつつ、こっちをちらちら見ている。すみません、うちの魔王が騒がしくて……。
「今、魔王はレッドガルド領ソレイラに居る。ソレイラは魔王によって壊滅的な被害を受けたと聞くが……」
いや、そこまでの被害じゃなかったし、もうほとんど復興できたけれど。
「傷ついた者も多く、正に、魔王の力は知らしめられた。ああ、そうだ。魔王の力は大きい。魔王は間違いなく、人間の世を滅ぼすつもりなのだ。あの凶悪な宣戦布告を耳にしたものも多いだろう!」
いやいや、傷ついた人はほとんど治ったし、そもそも、魔王の力は知られていない。
……そうなんだよ。宣戦布告は、人間達の耳に届いていなかったんだよ、ルギュロスさん!
ルギュロスさんの演説は、ざわめきつつ首を傾げる人々に受け止められたんだか、受け流されたんだか。聞いている人達は『何のことだかさっぱり』みたいな、そういう顔をしている。
何なら、僕らの隣の人達は、「いや、今朝もソレイラからの農産物が運ばれてきたところだしなあ……」「催しに出かけていたうちの甥っ子も無事に帰ってきたが」「そもそも宣戦布告?って、なんだ?」……なんて話をしているところだ。
……ルギュロスさんの話の信憑性が、どんどん落ちていく!
やがて、ルギュロスさんは、勇者の剣……のレプリカのレプリカを掲げて、高らかに宣言した。
「だが、私は勇者だ!この『勇者』ルギュロス・ゼイル・アージェントが、必ずやあの魔王を倒し、この世界に再びの平和をもたらそうではないか!」
ちょっと控えめに輝く光の剣は美しくて、それを見て『おお』と思う人は多かったみたいだ。勿論、そう思った人についても、『宣戦布告って何?』という顔ではあるけれど。
……そうして、ルギュロスさんの演説は終わった。アージェントさんは少し離れたところからそれを見ていて、『まあ、及第点か』みたいな、ちょっと渋めの顔をしつつも頷いている。
まあ……ええと。
町の人達がざわざわしているのを見つつ、僕らは……。
……『魔王』って、うちの、この、黒くて不定形でふにふにしていてちょっと猫っぽい生き物のこと、なんだよなあ、と、複雑な気持ちになっていた。
ついでに……広場へやってきたラージュ姫を見て、これから始まる王家の会見のことを想像して……ますます、複雑な気持ちになる。
ええと……うん。
ルギュロスさんは、ラージュ姫の会見より先に演説することで、ラージュ姫よりも強く、自分を印象付けようとしたんだと思う。その作戦自体は間違っているとは言えないし、ラージュ姫に対抗するなら、必須の条件だったかもしれない。印象って早い者勝ちだから。同じことを言う人が2人居たら、先に言いだした人の方が支持を得やすいっていうのは、あると思う。
でも、今回は……今回ばかりは、その、ラージュ姫の会見を見てからにした方がよかったんじゃないかな、と、思うよ。
だって、ほら、その……カチカチ放火王、だから……。
ラージュ姫とすれ違いざま、壇上から降りたルギュロスさんは、ラージュ姫を睨んでいった。一方、ラージュ姫は、きょとん、とした顔だ。……演技といえば演技だし、そのままの反応と言えばそうなんだろう。ラージュ姫は、今ここにルギュロスさんが居ることなんて知らなかったから。
「えー……それでは、王家より発表です」
会場で係の人がそう前置きすると、ラージュ姫はちょっと不思議そうにルギュロスさんを見送りつつも、しっかりと壇上に立って、一礼した。
「……皆さん。この度、ソレイラで起きた災害について、第三王女ラージュよりご報告申し上げます」
壇上に、ラージュ姫が立つ。立って、堂々と、話している。
……勇者としてではなく、王家の一員としてラージュ姫がこう表に出てくるのって、結構珍しいことなんじゃないかな。大抵は王様かオーレウス王子かが出てくるものだし……。
「始めにお断りさせていただきますが、ソレイラはレッドガルド領、貴族連合独立区の町ですので、王家には一切の権限がありません。しかし、此度の災害について、王家も全くの無関係というわけには参りません。王都の民の中にも、当日ソレイラに出向いていた方がいらっしゃるでしょうから。その不安を解消すべく、このように会見を開くに至りました」
ラージュ姫はそう前置きしてから……話し始める。
「まず、ソレイラに火災をもたらした者ですが……姿を見た方もいらっしゃることでしょう。燃えるように揺らめく、幻影めいたあの巨体を」
王都の人達がざわめく。
中には、実際に姿を見た人も居るんだろうな。実際、あの時ソレイラではなかよし魔物ふれあい広場をやっていたわけだし、それを目当てに王都から来ている人も沢山居たわけだし。
そんな人々の反応を見ながら、ラージュ姫は続ける。
「あの巨大な魔物が、ソレイラに火を放った張本人です。ソレイラには精霊様の守りの力がありますが、その隙をついて、攻撃を仕掛けたものと思われます。尤も、現在のソレイラは既に魔物の攻撃に対して対策済みということですので、二度目は無いでしょうが……」
うん。二度目は許さない。僕が大きく頷くと、壇上のラージュ姫と目が合った。ラージュ姫は、にこ、と僕に笑いかけると、話を続ける。
「……しかし、あの魔物が再び出現する可能性もあります。その時、標的はソレイラではなく王都かもしれません。そのため、取り急ぎ、王家では王都の守りを固めるべく動くとともに……あの魔物が再び現れた時の迅速な対応のため、かの魔物の呼称を決定いたしました」
僕らは、ものすごく、緊張しながら、ラージュ姫が堂々と、それを発表するのを待つ。
人々も皆、ラージュ姫の言葉を待つ。唯一、ちょっと離れた位置で聞いているアージェントさんとルギュロスさんだけは訝しげな顔をしていたのだけれど……。
「精霊様の森を焼いた忌まわしき所業を元に、かの魔物を『カチカチ放火王』と命名します」
……ラージュ姫の発表と共に王都の人達が困惑し、アージェントさんが崩れ落ちるのを見て、なんとなく、謎の達成感に包まれていた。
いや……だって、うん。なんか……なんか、いい。
「何かご質問があれば、どうぞ。可能な限りお答えします」
ラージュ姫は何事もなかったかのように、そう言って広場を見回す。すると早速、挙手があった。
「あの……ソレイラを襲った魔物は、その、魔王、ではないのですか……?」
「はい。あれは『カチカチ放火王』です。そもそも、魔王なら既にソレイラにいらっしゃいますよ。夜の国からいらした、ふにふにとした可愛らしいお方ですね。星模様がお腹にあって、大変、人に友好的です。以前、発表があったかと思いますが……」
ラージュ姫がそう言うと、町の人は『そういえばそうだった』みたいな顔で頷きつつ、着席した。……うちの魔王、王都でもちょっと名の知られた奴らしい。そっか。すごいね……。
「王女様。『カチカチ放火王』とは、一体……」
「私達も詳しいことはよく分かっていません。特に何か声明を出していたわけでもありませんし、すぐに消えてしまいましたし……ただ、また森や町、はたまた王都を焼くつもりかもしれませんから、警戒が必要であると考えています。必要であるならば、私も戦う覚悟です」
次の質問に、ラージュ姫は凛として回答しているけれど……その、違うと思うよ。多分、町の人は『カチカチ放火王』っていうネーミングについて聞きたかったんだと思うよ!
「あ、あの、『カチカチ放火王』という名前は、どのようにして決定されたのでしょうか……」
案の定、『聞きたかったのはそこじゃない!』みたいな、そういう質問がやってきた。だよね、気になるよね、ごめんね……。
「ソレイラの森を燃やした相手であることから、そのように名付けました。カチカチ、というのは、火打石の音ですね」
ああ、町の人が困っている!すごく困っている!
でもしょうがないんだ!これも、うちの魔王の為なんだ!ごめんなさい!
「会見が無事に終わってよかったです」
王城の、中庭。僕らはお茶と軽食を頂きながら、ラージュ姫を労う会を開催していた。
王城のお菓子は美味しいし、王城の軽食も美味しい。僕の膝の上で、魔王は早速、魚とピクルスのサンドイッチを食べて、まおーん!とご機嫌な鳴き声を発している。
「いや、よくやった!すごくよかったぜ、ラージュ姫!」
僕らも美味しく頂きながら寛がせてもらって……その中で、フェイが、満面の笑みでそう言った。
「アージェントはものっすごく困ってたみてえだし、民は納得した……っつうか、納得することにした、っつうか……とにかく、アージェント達の目論見は分かったし、それは封じられたからな!大成功だ!」
ありがとうございます、と、ラージュ姫が笑う。少し疲れた顔をしているけれど、それ以上に、達成感で晴れやかな笑顔だ。
……けれど、僕はさっきのフェイの言葉に引っかかる。
「あの、結局、ルギュロスさん達の狙いって、何だったんだろうか」
……アージェントさん達の目論見。狙い。それが、僕、まだよく分かってないんだよ。
するとフェイは、ちょっと唸ってから……答えてくれた。
「とりあえず……確かに言えることとして、奴らの目論見は『本物の勇者になる』ことだったんだろうと思ってる」
「『本物の勇者』?それって、膨大な魔力を得る、とか、光の剣を使いこなす、とか、そういうこと?」
そういえば勇者の剣のレプリカのレプリカを盗んでいったよなあ、とか思いだしつつ、そう聞いてみると。
「あー、まあ、要は、魔王を倒すこと、だよな。民衆の不安を煽っておいてから魔王を倒せば、間違いなく支持される。『本物の勇者』として」
……ああ、そういうことか。
そう聞いてしまって……一気に、分かった。
「あの野郎、そのために勇者の剣を盗んだってことだよ。それに、倒すため、自分の支持を広めるために、わざわざ奴を復活させやがった、ってことだよな。その……カチカチ放火王、を……」
フェイはそこで、ふる、と肩を震わせて……そして、そのまま笑いだした。まあ……そういうネーミングだよね、これ。
「カチカチ放火王の素晴らしいネーミングについてはちょっと置いておくこととして……許し難いことだよな、これは」
やがて、笑い終わって真面目な顔に戻ったフェイが、そう言う。
「倒すために奴らの『魔王』を復活させた。そこまでは魔王の使い共との利害も一致するから手を組んだ、って訳だろうな。封印を解く条件は、恐らく、勇者の血筋の奴の血を媒介にして、何かの魔法を使うこと、だったんだと思うぜ。特に今回は、森の中に封印されてたやつを森の外から復活させてる。距離が近い分、相当簡単だっただろうな。結界が無ければ、カチカチ放火王は今も暴れまわってたかもしれねえ」
うん……そう考えると、嫌な気持ちになる。
カチカチ放火王はエネルギー不足だったのか何なのか、一度、撤退してくれた。そのおかげで森は全焼することなく残っていたし、人への被害もほとんど出なかった。
けれど、何か1つでも違っていたら……もっと被害が出ていたかもしれない。
「ルギュロスとしては、もっと被害が出ていてほしかったところだと思うわよ。被害が大きいほど、『魔王』はより恐れられる。皆に強く恐れられる存在を倒してこそ、ルギュロスは勇者としての地位を手に入れることができる、っていうわけだものね」
しかも、何ならルギュロスさんは町や僕にもっと大きな被害が出ることを望んでいた、ということで……嫌だな。すごく嫌だ。
「……何にせよ、利己的かつ短絡的な考えだ。魔王を蘇らせ、蘇らせた魔王に民を襲わせ、被害が大きくなってから勇者として現れて魔王を倒し、勇者としての地位を手に入れよう、だなどとは」
ラオクレスも苦い顔でそう言って、むす、と口を引き結ぶ。彼、怒っているみたいだ。……うん。多分、僕も怒ってる。
そうして僕らがちょっと嫌な気分になっていたところ。
「でも、よかったのでしょうか。……その、カチカチ放火王がいざ現れてしまった時、それを『魔王』だと思うのと、『カチカチ放火王』だと思うのとでは、民衆の心構えも異なるでしょう。諸対応も遅れるかもしれません。私は、民衆の心から必要な警戒まで奪ってしまってはいないかと……」
ラージュ姫が心配そうにそう、言ったのだけれど……。
「あら、いいのよ。どっちみち、それってトウゴ君か鳥さんが頑張るしかないんだから」
ラージュ姫の言葉の終わりを攫うようにして、クロアさんが涼しい顔でそう言った。
……え?僕?と、鳥?
「あいつが魔王でもカチカチ放火王でも、関係ないの。あいつに効くのは『勇者の剣』だけだわ。それは鳥さんが証明してくれたみたいだし……」
クロアさんがそう言いつつ、ちら、と上空を見上げる。鳥が居る気がしたみたいだけれど、流石に王城の中庭にまでは勝手に飛んでこないと思うよ。
「……だとすれば、どのみち、戦うことになるのはトウゴ君か鳥さんよね。勇者の剣を使える者が戦うしかないんだもの。少なくともそれは、偽物の剣しか持っていないルギュロスではないわ」
「う、うん……」
それから改めて、『僕か鳥』を言われてしまったのだけれど……あの、僕、戦うの?あの剣も、僕が持つと剣じゃなくて筆にしかならないけれど……。
「……あの鳥が勇者、か」
でもそれはそれで何か問題がある気がする!ほら!ラオクレスがちょっとふるふるしている!
……ちょっと考えてみたら、綺麗な剣を咥えて、堂々と偉そうにふんぞり返って、丸っこい体を更に丸っこくして威張っている鳥の姿が簡単に想像できた。
いや、似合うけれどさ。でも……ええと……。
……うん。まあ、いいのかもしれない。ふわふわしたでかい鳥にやっつけられるカチカチ放火王、っていうのも……。
「さて。じゃあ、できることはそう多くないわね。町の防衛。それだけよ。……トウゴ君の話だと、カチカチ放火王は、トウゴ君を殺そうとしているんでしょう?なら、狙われるのはトウゴ君。トウゴ君の居る場所の守りを固めておけばいい、っていうことになるわ」
うん。今後の方針は簡単だ。
僕は、僕にできることをする。……つまり、ソレイラの防衛力の強化。徹底的にやろう。もう一度カチカチ放火王が襲ってきても誰も傷つけさせないし、何なら、鳥にやっつけてもらおう。
それから、ルギュロスさんからも、町を守らなきゃいけない。彼は、ソレイラが滅ぶことを望んでいたみたいだから。
……そう思い至った時、ふと、思いだされるのは、ルギュロスさんとアージェントさんが言い争いをしていた様子だ。
「……アージェントさんは、カチカチ放火王復活には反対だったんだろうか」
そう口に出してみると、皆、悩んだ。まあ、他人と他人の言い争いの内容なんて、分かるものでもない。
「……勇者の剣を盗み出したことについては、アージェントの意思も含まれているだろう。奴らの召喚獣のあれこれによって勇者の剣は盗まれたのだからな。ということは、どのみち、最終的には魔王討伐が奴らの目標だったと考えられる」
うん。まあ、そこは確かだと思うよ。
王城で子蜘蛛達がわらわらしていたことについては、間違いなくアージェントさんも関わっているんだと思うし……。
「だがアージェントは、未だその時ではない、と、考えたのか……或いは、お前を傷つけることを良しとしていなかったのかもしれん」
「え?」
けれど、ラオクレスがそんなことを続けたので、僕としてはよく分からない。
僕を傷つけない方が良い、と思う根拠があまり無いのだけれど……。
「多少賢ければ、すぐに分かる。お前を敵に回すべきではない、と。お前は今までにも散々、あれこれやっているからな」
……けれど、ラオクレスは少し呆れたような顔で、そう、言った。
「そうよねー。むしろ、どうして今までも色々やってるソレイラにちょっかい掛けようとしてるんだか。いくらカチカチ放火王封印の現場だからって、そんなに急ぐことも無かったと思うのよね。むしろ、ちゃんと機を見計らってやるべきだったっていうか……」
「それこそ、トウゴ君と交渉して、穏便に魔王復活を行う、とかね。ソレイラ以外の場所に封印し直す、とかそういう話なら、トウゴ君にも利があったわけだし、そういう『商談』を持ち掛けるつもりだったのかもしれないわね」
ライラもクロアさんもそんなことを言う。ライラは苦笑いしながらお茶を飲んで、クロアさんは優雅に微笑んで、お茶菓子のバターケーキを一口食べる。
僕は、そうか、商談かあ、と思いながら、ぼんやりと、アージェントさんのことを思い出す。
僕がアージェントさんに初めて『商談』を持ち掛けられた時にも思ったのだけれど、あの人の『商談』って、結構独りよがりというか、僕にとっての利益が何なのかをアージェントさん自身のものさしだけで測ろうとするから、ちょっと苦手だ。
まあ、アージェントさん達の話はさておき、僕らはちょっとゆっくりお茶とお菓子と軽食を頂いて、それから森へ帰ることにした。
……の、だけれど。
森へ帰って、ゆっくり眠って、翌朝、結界やその他の強化案なんかを挙げてメモしていたところ。
「トウゴ殿!」
インターリアさんが、昼下がりの平和な空気を斬り裂くように、僕の家に駆けこんできた。
「インターリアさん。何かあった?」
僕がそう聞くと、インターリアさんは呼吸を整えて、彼女の騎馬である天馬に『おちついて』とでも言うかのように羽で撫でられて……そして、教えてくれた。
「その、今は壁の兵士達が止めているのだが……」
……うん。
「アージェントが来ている。トウゴ殿に会わせろ、とのことだ」
……成程。アージェントさんが。そっか……。
あの……それ、もしかして、『商談』が始まりますか?




