26話:何度でも楽園を*10
ということで、僕、羽を生やすことにした。
……もうね、開き直った。開き直りました。
いいじゃないか、羽。人間中退がなんだってんだ。羽は空を飛べて便利だし、飛べれば画廊のトレントのお給料も自力であげられるし、高いところに絵を飾れるし、俯瞰の絵だって描きやすいし、綺麗だってレネが喜ぶし……。
ただ、今度の羽は、ちゃんと折りたたんで邪魔にならないようにできるやつにした!
ぺたん、と折りたためば普通の服を普通に着られるし、外から見て分からないくらいにできる。仰向けに眠ることも可能。
デザインは……ええと、羽の軸になる部分を太く作ってしまうと折りたたみの性能が落ちるので、以前よりもだいぶん細く作った。それで、細くしてしまうとその分強度が落ちる気がするので、金属っぽい素材にする。でも僕は森なので、森っぽく、従来のデザインを踏襲して……。
……具体的には、水晶の小島の木みたいな具合。金と銀と赤銅でできた枝。ああいうかんじ。
生えている葉っぱは、従来と同じ具合。白くて少し透き通っているやつにした。葉っぱも水晶の小島の木と同じような、翡翠やエメラルドみたいな葉っぱにしようか迷ったのだけれど……背中に1枚だけ燃え残った葉っぱをなくしてしまうのは何となく惜しい気がして、そこに継ぎ足していくように枝を生やして、残ったものと同じ、白くて少し透き通った葉っぱを生やしていくことにした。
緑じゃない葉っぱが生えていると何となく違和感があるけれど、でも、この葉っぱはこれはこれで高性能なんだよ。
この葉っぱの何がいいって、トレーシングペーパー代わりに使えるところだ。ちょっとしたものを写したいなら、葉っぱを一枚羽から千切って使えばいい!便利だ!
ということで、葉っぱ1枚1枚のサイズは少し大きくした。手の平いっぱいぐらいの大きさにまで大きくしたので、大分、トレーシングペーパーとして使いやすくなった!
……ただ、軽量化や折りたたみ性能を重視した結果、飛ぶのに少し不安定になってしまった。困ったな、できれば安定して滞空できると、鳥瞰の絵とか描きやすいから、そうしたい。
ということで……。
「おー!中々いいじゃねえか!」
「そりゃよかったよ」
ということで、僕の背中にはまた羽が生えた。……2対。
うん。まあ、折りたたみやすくしてコンパクトにした結果、安定性が損なわれるということなら、もう2枚、羽を追加してしまえ、ということになって……今、僕の背中には、肩甲骨のあたりから1対、ズボンのベルトより少し上ぐらいの位置にもう1対、計2対で4枚の羽が生えていることになった。
……まあ、これでも、収納性は前の羽よりずっといいんだ。全部畳んで引っ込めると、ぺたん、と背中にくっついて、全部シャツの中に隠れる。羽が4枚になったからか、より安定して飛べるようになったしし、全体的に性能が上がった。
あと……。
「……案外、寝るのに丁度よかった」
寝っ転がると、自分の羽が丁度いい具合に敷布団みたいになって、これはこれで、寝心地がよかった。
まあ……これなら、人間中退した甲斐はあった、かな……。
そして、レネの反応もよかった。
「りり、りり、てぃあーめ。おーびゅ、じー……りーけ、じゅえ、えるーら……きれーい……」
うっとりしたようにそう言って、レネはずっと、僕の羽を眺めてにこにこ幸せそうにしている。時々、優しくつついたり撫でたり、楽しそうにやってくれているので僕も特に気にせず触ってもらっている。お好きにどうぞ。
……今、僕は森を描いている。
焼け落ちてしまった、巨木の森だ。
鳥の巣があったあたりで、森の動物の住処でもあった場所だから、ここは早く復旧させたかった。
焦げ臭い、炭と灰ばかりのこの土地一帯を、元々の森より素晴らしいような、そういう森にしたかった。
……けれど、まあ、あんまり焦っちゃいけない。急がなきゃいけないけれど、焦るべきじゃない。
「そうだよね。僕、病み上がりだった。……のんびりやるよ」
僕に休憩を挟ませようと、鳥の子達がやってきて僕を囲むし、兎がぴょこぴょこやってきて僕の前で丸くなって寝てしまうし、鹿がやってきては寝ていくし、馬がやってきては寝ていくし、リスは鳥の子達の羽毛に埋もれて寝ているし……いつの間にか、レネも寝ている!
こうも皆に囲まれてお昼寝されてしまったら、僕もお昼寝せざるを得ない。
しょうがないから、僕は、新しい羽根を早速敷布団にしつつ、羽の一枚を伸ばして、レネの分の敷布団も用意しつつ……そのまま、昼寝することにした。
……そうして、3日後。
焼けた森が、戻ってきた。
焼け焦げた大地はふっくら瑞々しい腐葉土に。焼けてしまった下草はもう一度青々と。そして、燃え尽きて倒れた巨木の数々は、より大きく、より逞しく、天へと枝葉を伸ばして。
そういう風に描き換えた森は、早速、鳥達をはじめとした動物達の住処になっている。鳥の子達が早速、新しい巣に入ってキュンキュン騒がしく鳴いているし、木のうろにはリスの一家が引っ越してきたし、下草は早速鹿や馬のご飯になっているし、兎達が巣穴を作っている。賑やかで和やかで、僕は嬉しい。
そして、この森を新しく描き直すにあたって……折角なら、と思って、新しく作ったものがある。
「……なあ、トウゴー」
「うん」
フェイが『それ』を見上げて、ちょっと呆れたような、そんな顔をして、言った。
「お前、世界樹でも描いたのか?」
「え?世界樹って何?」
……あの、僕は、森のシンボルツリーを、描いた、のだけれど……。
「大きな木が欲しかったんだよ。巨木の森のシンボルツリーとして、一際大きい木があるといいかな、と思って。ほら、魔力のアンテナとしてもいい具合なんだ。森の魔力を集めて遺跡に送る、っていう役割を果たす上で、こいつがあるとちょっと楽で……」
僕はシンボルツリーについて、そう説明する。
森から頭一つぴょこんと飛び出すくらいの大きさの木は、真上に来た太陽の光を上手く遮って、優しい木漏れ日を地上に落としてくれる。きっと、雨が降った時にはまた違う景色を見せてくれるのだろうし、雪が積もったらまた一風変わって面白いんじゃないかなと思う。
そして何より、性能がいい。
このシンボルツリーは、森の魔力の中継地点として働いてくれている。森の魔力がこの木に集まって、この木の中でゆっくりと練り上げられて、不純物を落として、増幅されて……それが結界の遺跡や、僕へと送られる。
そういうものだから、この木ができて、森はますます元気になっている。どんとこい、魔王……いや、カチカチ放火王。そういう気分。
「そうかぁ、精霊様が森の魔力を集約するために生み出した木かぁ……そりゃあ、とんでもねえ代物ができるわけだよなあ」
フェイはそんなことを言いつつ、『魔力酔いした』と言って、ぱたぱた手団扇で首筋を扇ぎつつ、その場に座り込む。
「こりゃ、結界も大分強化されたんじゃねえの?」
「うん。何故か強化されたみたいだ。僕、すごく元気」
「だろうなー」
僕は元気だし、森も元気だ。さわさわと風に枝葉を揺らして、元気いっぱい。
……元気いっぱいなのだけれど、木々を見上げてちょっとぼんやり気味に座るフェイを見て、少し不安にもなる。
「どうだろうか、フェイ。燃えてしまった森を、ちょっとは取り戻せたかな」
僕は、失われてしまったものの埋め合わせができただろうか。
理不尽に壊されてしまったものを、少しでも、取り戻せただろうか。
……そう聞いた途端、フェイはにやりと笑って、僕の頭をわしゃわしゃやった。
「ああ、勿論!」
わしゃわしゃやられながら、僕はほっとする。……やっぱり、誰かに肯定してもらえるのって、ほっとするし、嬉しいことだ。
「いい森ができたじゃねえか!魔力たっぷりで!俺が居るだけで魔力酔いするぐらいの!ま、これもアリだろ!精霊様の森なんだしよ!」
フェイがいつにも増して陽気なかんじなのは、酔ってるからなのかな。ちょっと面白い。
「後は……ソレイラの家屋がいくらか燃えちまったのも直すか!んで、その次にはなかよし魔物ふれあい広場をやり直そうぜ!」
「うん!」
……まあ、いいや。
これからどんどん、取り戻していくんだ。燃やされてしまったなら塗り替えていくんだ。
そうやって……ちょっとずつ、悲しかったことを埋め立てていくんだ。




