20話:何度でも楽園を*4
翌朝。
僕らはそれぞれに目を覚ます。
こういう時、管狐が一番寝起きがいい。僕よりも寝起きのいい管狐は、ベッドの中でまだもぞもぞしている僕の上をちょろちょろ駆け回って、元気にこんこん鳴いている。
その次に寝起きがいいのは魔王だ。ぱっちり目を覚まして、ベッドの中でじっと僕を見つめて、まおーん、と挨拶。
そうしている内に鳳凰も伸びをしながら起きて、それから、僕をくすぐりにかかる。
鳳凰も管狐も、何故か僕をくすぐるのが大好きみたいで、一緒に寝ると、大体翌朝、2匹にくすぐられる羽目になるんだよ。管狐も僕の寝間着の中に潜り込んで、あちこち駆け回ってはくすぐってくるし、鳳凰は顎の下とかうなじのあたりとか、羽でもそもそやってくるし……。
……そうして一頻りくすぐられて管狐と鳳凰が満足したら、僕らは揃って居間に出る。
そこで朝一番、今日は何を描こうかな、なんてことを考えつつ朝食の準備を始める。
……準備とは言っても、パンを切って、ハムとチーズも切って、それらを挟んでできあがりだ。あと、夕食の残りのスープとかがあればそれを付けることもあるけれど、概ね、僕1人の時の朝食はこれだ。何と言っても、僕はこのパンが好き。
朝食を皆で食べることも多いのだけれど、最近はそれぞれに朝食を摂ることになりがちだ。……というのも、カーネリアちゃん達がそろそろ、生活面で自立したいお年頃らしいので。
なので、夕食は全員で一緒に摂って、朝食と昼食は各自で、というのが、最近の森のスタイルになりつつある。僕としてはちょっと寂しいような、でもなんとなく落ち着くような、そういう気分だ。
鳳凰と管狐と魔王と一緒にパンを食べていたら、鳥が窓から顔を突っ込んできたので、鳥にもパンの分け前をやる。すると鳥はキョキョンと満足げに鳴いてパンを食べて……それからまたキョキョンと鳴いて、図々しくもお代わりを要求してくる。しょうがないからもうちょっとあげる。
そうしている内に魔王が器用に洗いものを始める……いや、洗い物……?ええと、パンを切ったナイフとかパンを乗せたお皿とか水のコップとかを体の中に取り込んでしまって、その後で、すっかり汚れが無くなったそれらを、うにょん、と体の外に出すんだよ。どうやら、汚れだけ食べているらしい。これは洗い物なんだろうか。いや、助かるからいいけどさ……。
そうして食器類が綺麗に片付いたら早速外に出て、朝の森の空気を胸いっぱいに吸い込んで……。
そこで、どうしようかな、と考える。
ラオクレスはまだ寝ているだろう。ゆっくり寝かせてあげたい。彼、働きすぎだと思うんだよ。
けれど、僕が1人で居るとラオクレスは心配らしいので、騎士の誰かとは一緒に居た方がいい。
森の騎士達はそれぞれに夜勤明けで寝ていたり、はたまた今日の朝から昼の警備にあたっていたり、はたまた非番で寛いでいたりするのだろうし、骨と鎧の騎士団は今日も大忙しだろう。
となると……誰かと一緒に行くって、結構難しいな。他の人達の仕事を邪魔したくはないし、かといって1人で出歩いていたらそれはそれで迷惑が掛かる。
……ということで。
僕は、今日はラオクレスがゆっくり起き出してくるまで、クロアさんと一緒に居ることにした。
「いらっしゃいませ。案内地図はこちらで配布しています」
「……トウゴ君、こういうの、できるのね」
そうして、クロアさんが居る本部にお邪魔して、そこの手伝いをしていたところ……なんだかとても失礼なことを言われた気がする。
「意外だった?」
「そうね。意外だったわ。接客するのって、どちらかと言えば苦手な方じゃないかしら、あなた」
「まあ、そうなんだけれど……1対1の、業務に関わるやりとりなら、そんなに苦手じゃないみたいだ」
僕は人と話すのがあまり得意ではないけれど、相手に明確な目的……例えば、なかよし魔物ふれあい広場の案内地図が欲しいとか、落とし物をしたとか、そういう目的がある場合、話すことがそんなに苦じゃないらしい。
いや、違うかな。苦手じゃなくなった、のかも。この世界に来てから、僕は大分、積極的になったから。
「それに、お客さんって、結構顔見知りが多いし……」
「それもそうね……」
そして何より、ソレイラの人達は大体みんな顔見知りだから、ここに来る人達、結構な割合で顔見知りなんだよ。
……それに。
「いらっしゃいま……あ!レネ!」
「とうごー!こにににーわ!」
「うん!こんにちは!」
こういうお客さんも来るんだよ!
『お招きいただきありがとうございます。鳥さんに連れてきてもらいました』
レネはこの昼間にどうやって昼の国に来たのかな、と思っていたら、どうやら、鳥が勝手に夜の国に行って、勝手にレネを誘ってきたらしい。よく見ると、本部の窓から巨大な鳥がこっちを見ている……。君、夜の国への扉、自力で開けたのか……。
『トウゴの町はお祭りですか?とても賑やかです』
『はい。お祭りです。ぜひ、楽しんでいってください。魔物がたくさん居るし、妖精カフェは限定メニューを出しているよ』
早速僕らは筆談しながら、ちょっと久しぶりの再会を喜ぶ。
『らおくえすは居ませんか?タルクが会いたがっていました』
……そして、レネの後ろにふんわり控えているタルクさんは、ちょっときょろきょろしていたのだけれど、どうやらラオクレスを探していたらしい。
『彼は昨夜、夜勤だったので、今日はお昼過ぎまで寝ています』
なのでそう伝えてみると、レネがそれを読んで、タルクさんに翻訳して伝えてくれた。するとタルクさんは、『なら仕方ない』みたいなジェスチャーをして見せてくれた。どうやらタルクさんはラオクレスとすっかり仲良しのようだ。分かる分かる。なんとなく似ている2人だからさ。
「とうご、とうご」
それからレネが、僕の袖をついついと引っ張って、本部の外を示す。外に行きたい、っていうことかな。
「ええと……ちょっと駄目なんだ。僕、外出には騎士の誰かと一緒である必要があって……」
なので、ちょっと申し訳なく思いつつ、レネにそう、筆談で伝えてみる。するとレネはちょっと残念そうな顔をして、でも、すぐに気を取り直したように、文字を書いたスケッチブックを見せてくれた。
『なら、ここで一緒にお喋りがしたいです。トウゴのお話を聞かせてください。それとも、ここだと迷惑ですか?』
『奥の方を貸してもらえば大丈夫だと思う。僕もレネとお喋りしたいです!』
嬉しくなってそう書いてレネに見せたら、レネは嬉しそうに声を上げて僕の手を取ってぴょこぴょこ飛び跳ねた。僕もレネの手を上下にぶんぶん振りつつ、早速、本部の奥の方を借りて、レネとお喋りすることにする。その旨を伝えたら、クロアさんや本部担当の森の騎士の人達は、快く、なんとなく温かい笑顔で、僕らに奥の部屋を貸してくれた。どうもありがとう!
それからしばらく、僕とレネは楽しくお喋りしていた。お喋りというか、筆談なのだけれど……それでも僕ら、結構喋るんだよ。
レネはさっきの『こにににーわ!』に始まり、昼の国の言葉をちょこっとだけ覚えてきているから、そういうのをちょこちょこ喋る。結構な割合で間違っていることが多いのだけれど、それはそれでなんとなく微笑ましいんだよ。
それに、通じる通じないはさて置き、それぞれのリアクションは結構、それぞれの言葉でやってしまう。僕らは通じない言葉を気にせず喋って筆談と表情や身振りで補完しているから、声だけ聞いているとまるで内容が分からないと思う。僕も分からない。
レネは相変わらず、忙しく夜の国で働いているらしい。
……夜の国ではすっかり昼の国の存在が知られるようになって、その内、こっちと行き来できるようになるといいね、なんて話も結構本格的にしているらしい。こっちは貴族連合の運営がちゃんと始まって独立国家になってからの整備になりそうだけれど、それが終わったら僕ら、自由に行き来ができるようになると思う。
レネの仕事は青空の木のお世話だった訳だけれど、今は青空の木の世話よりも、昼の世界についての説明役、そして昼の世界への親善大使としての仕事の方が多いらしい。あと、時々昼の国に来ては、そこで光の魔力を仕入れて持って帰って、夜の国で光の魔力が至急必要なところへ運んだりもしているんだとか。
『昼の国のものはなんでもあったかいです!石や花を持ち帰ると、皆とても喜びます!あったかい、って!』
「そっか。ふりゃー?」
「ふりゃふりゃ!」
レネは満面の笑みでふりゃふりゃ言う。それを見ていると僕も嬉しくなってきてしまうし、もっとふりゃふりゃしてほしくなってしまう。お土産、たくさん持って帰ってもらおう。
それからも僕らは楽しくお喋りして、そうこうしている間にクロアさんが『差し入れよ』と、お茶とお菓子を持ってきてくれて、にこにこしながら僕とレネを眺めて帰っていって、それからもう少しするとラオクレスがぶらぶらやってきた。よくここが分かったなあ……。
……ということで、ラオクレスも来てくれたし、タルクさんも居るからレネの護衛も万全だし、僕らは早速、なかよし魔物ふれあい広場を見に行こう、ということになったのだけれど……。
ちょっと、予想外な人と、出会ってしまった。
「あれは……アージェントか」
そう。何故か、本部の近くで、アージェントさんが、うろうろしていた。
放っておくのもなんだかなあ、ということで、僕らはアージェントさんに近づく。するとアージェントさんも僕らに気づいて、はっとした表情になった。
「こんにちは」
「ああ……こんにちは」
アージェントさんはどことなく落ち着きが無いような様子で、僕に挨拶を返してくれる。……なんだろうな。
「今日は、なかよし魔物ふれあい広場を見にいらしたんですか?」
「まあ、そんなところだ。珍しい催しだと聞いたのでな」
アージェントさんがそう言うので、折角だから、と思って、会場の案内地図をプレゼントした。するとアージェントさんは少し上の空な様子でそれを受け取った。
「今日はルギュロスさんは一緒じゃないんですね」
なんだか様子が変だなあ、と思いながらそう聞いてみると……アージェントさんは、微かに、ちょっとだけ、緊張を高めた。
「あれももう成人した男子だ。いつまでも伯父と一緒に居たいとは思わんだろう」
「そうですか」
別に、成人したって家族や親戚と一緒に居ちゃいけないわけではないと思うし、本人がそれを望まないってことも無いとは思うんだけれど……まあいいか。
「では、楽しんでいってください」
これ以上話すことも特に無いな、と思って、僕はそう、話を切り上げた。……すると。
「……妙なことを聞くようだが」
アージェントさんは、歯切れ悪く、そう、言いだした。
「その、不審なものは、無かったか。或いは、荒事は」
……強いて言うなら、今、この状態のアージェントさんが不審なのだけれど、それは置いておくとしよう。
「特には。会場の警備は森の騎士団と骨と鎧の騎士団がやってくれていますから」
「そうか……ならいい。いや、君達の警備を疑うわけではない。だが、これだけ大きな催しだ、何か……何も起こらんとは言えないだろうからな」
うん……まあ、強いて言うなら、ルギュロスさんが昨日、魔物の群れを結界にぶつけてきたよ、っていうのはあったんだけれど、それは内緒にしておいた方が良いかな。
それにしても、アージェントさんは一体どうしたんだろう。何かを探しているような、何かに焦っているような、そんなかんじがするのだけれど……。
……何も無ければ、いいけれど。