19話:何度でも楽園を*3
僕らがそれぞれの召喚獣で飛んで、森の端の方へと向かうと……そこには、必死に森の中心目指してやってくる、魔物数体の群れがあった。
頭が3つある犬とか、二足歩行の牛みたいなのとか、ラージュ姫の所にも居るハルピュイアとか。そういう魔物達は森を進んでいて、そして、僕らの姿を見つけると、はっとしたように立ち止まる。
「こんにちは」
僕は鳳凰に着陸してもらって魔物達の前に立つ。すると、魔物達はまごまごというか、おろおろというか、そういう反応を見せつつ、そっと僕の反応を窺ってくる。
なんというか……僕を眩しそうに見つめながらも怖がっているようだったり、恐ろしい怪物の前に居るようでありながらうっとりとしているようだったり、ちょっと矛盾した反応を見せてくれているので、僕としても困ってしまう。
「ええと……」
どうすればいいかな、と思って、ちら、と、フェイとラオクレスを振り返る。すると2人とも、『お前の好きなようにしたらいい』とでも言うように頷いてくれるので、僕は思い切って、魔物達に声をかけた。
「森のモデルになりませんか?」
……ということで。
ルギュロスさんのところに居たのであろう魔物達が何匹か、森のモデルになってくれた。
僕のモデル雇用の提案に一も二も無く飛びついてきてくれて、僕としてはちょっとびっくり。
僕が宝石を描いて出したのを並べては、1匹1匹に希望を聞いて、召喚獣になってもらった。
1匹ずつ、僕が差し出した宝石に恭しく頭突きして宝石に入って、見事、召喚獣として働いてくれることになったのだ。
……とても嬉しい!
「戦闘向きの魔物ばかりだな」
そして、早速宝石から出した魔物達に囲まれていたら、ラオクレスがそんなことを言う。
彼らはとても風変わりで美しい容貌をしているのだけれど、戦闘能力も高いのか。成程。……頼もしい!
「戦闘向きの魔物がこれだけ用意されていた、となると、ルギュロスは間違いなく、ソレイラを襲いに来たということだな」
「ああ。同時に、魔物がこっちに寄越されてたっつうんなら他の地域への被害は無さそうだとも考えられるぜ。ま、ある意味朗報だな」
……まあ、戦闘力の高い魔物がソレイラに寄越されていた、っていうことになるから、つまり、ソレイラが襲われた、っていうことなんだよな。綺麗なモデルさん達に喜んでいる場合ではなかったか。
「トウゴ。ルギュロスはどうした?」
「結界に弾かれてからはさっさと諦めてしまったみたいだ。もう結界の傍には居ない」
まあ、一応、防衛成功はした、っていうことなんだと思うよ。相手が諦めて帰ってくれるなら、それに越したことは無い。
「そうか……引き続き、警戒しておこう」
「うん」
でも、王家でもない僕らを襲いに来たくらいなので……多分、また来るんだろうな、という気はする。
ほら、王様も、魔物を使ってソレイラを襲っていたわけだし。ルギュロスさんも同じように、ソレイラを滅ぼすように命令されているのかもしれないし……。
それから僕らは、なかよし魔物ふれあい広場の運営本部へと向かった。
「いらっしゃい……あら、トウゴ君じゃない」
「お疲れ様、クロアさん」
運営本部では、森の騎士団のメンバー数人と、変装して秘書スタイルになったクロアさんとが働いていた。彼彼女らがこの催しの運営をしてくれているんだよ。
「どうしたの?何かいいモデルさんでも居た?」
「うん。頭が3つの犬と2足歩行の牛とハルピュイアが居た」
早速、カウンター越しににこにこと聞いてくるクロアさんに報告する。……すると、クロアさんは途端に、頭痛を堪えるような顔になってしまった。そういう顔も素敵だ。
「ま、待ってね。ええと、その魔物達は、どこから来たのかしら……?」
「ルギュロスさんの所のモデルさん達だったらしい。でも、結界を抜けてやってきて、僕の召喚獣になった」
……ああ、またクロアさんが、頭痛の顔になってしまった!
それから、もう少し詳しく状況説明した。
結界に触れるものがあったからそっちに意識を集中させてみたら、ルギュロスさん率いる魔物の軍団が居た、ということ。
でも、魔物達の多くは結界に触れて弾かれると、そのまま怯えて逃げてしまった、ということ。
魔物達の中でも大きめだったり強そうだったりした魔物達の一部だけは、何故か結界を通り抜けて入ってきた、ということ。
そして、結界の中で僕らと出会って、無事、森のモデルになってくれた、ということ。
……あと、ルギュロスさんはさっさと逃げてしまったよ、ということも。一通り、説明した。
「そうねえ……逃げてしまった魔物達は小さいやつらだったのかしら」
「大きいのも居たけれど、概ねはそう」
「そう……。なら、やっぱり、ルギュロスの命令に背いて、森の精霊の怒りに立ち向かってでも森の精霊の下に来たかった根性のある魔物達だけがこっちに来た、っていうところでしょうね」
クロアさんはそう言って、膝の上の魔王を撫でる。……魔王は本部でお手伝い中のようだ。お客さんに元気に『まおーん』と挨拶している。
「ということは、相当、ルギュロスのところが居心地の悪い環境なのか、それとも、魔物達にはトウゴ君が魅力的に見えるのか……どっちもかしら」
「だろうな」
クロアさんになんだかとてつもない褒められ方をしてしまった気がするし、ラオクレスにもさらりと褒められてしまった。気恥ずかしいので魔王をつついておく。まおんまおん。
「それにしても、森の結界って、森が好きな奴は外部の魔物でも通り抜けできちまうんだなあ」
「うん。どうやらそうみたいだ」
「それ、結構面白いよな」
僕も少し不思議だったのだけれど、ルギュロスさんのところの魔物達は、結界に弾かれたやつもいれば、結界を通り抜けてやってきて僕の召喚獣になったやつもいた。僕は一律で、外からやってきた魔物を弾くつもりで居たのだけれど……どういうことだろうか。
「結界、ってくらいだからよ、まあ、大方、生き物の魔力に反応して弾く弾かないを決めてるんだと思うんだよな」
ここで、フェイの結界講座だ。こういう話をしている時のフェイは楽しそうなので、聞いている僕も楽しくなってくる。
「人間と魔物だと、魔力の質が全然違うだろ?結界はそれに反応して、特定の魔力は弾いて、特定の魔力は通す、みたいなことをしてる場合が多いんだよな」
そうなのか。なんというか、知らない情報がたくさん出てくる。
まず、人間と魔物とで魔力の質が違う、っていうのは初めて知った。……でも、これは分かる。王様が魔物になった時の雰囲気の変化は、すさまじかった。あの時に感じた雰囲気の違いが、きっと、魔力の質の違いっていうやつなんだろうと思う。
「特定の魔力の質を弾くようにすれば、特定の種族だけ通れない結界とかが作れるんだよな。それで人間だけ通すようにできているのが、普通の魔除けの結界ってことだ」
「へー」
面白いなあ。自分じゃあそういうの、よく分からずにやっているから、理論が分かると面白い。
「……つまり、今回の魔物達については、魔力が変化しちまうくらい頑張った、ってことだな」
「……そういうこと、できるの?」
「ん?まあ、できるだろ。相手を攻撃しようとした時には攻撃的な魔力になる訳だし……要は、魔物達が攻撃する気を失くして、森っぽくなったから通れたんだろ。まあ、今回は……もしかしたら、結界に弾かれた相手の精神に働きかけるような効果があったのかもしれねえけど」
……確かに。
結界に弾かれた魔物達は、こぞって逃げ出したか、或いは、結界を通り抜けてきたか、そのどちらかだった。ルギュロスさんも逃げてしまったし……。
結界に弾かれた相手の変化、か。うーん……。
「そう、だな……精神に働きかける、などという複雑なことではなく、単に、森が如何に強大な相手であるかを理解させた、ということのように思うが」
僕が『弾かれた相手が森っぽくなってしまう結界……』と悩んでいたら、ラオクレスがそんなことを言った。
「結界に弾かれて逃げていった奴らのことは分からんが、結界を通り抜けてきた魔物達については……トウゴに、畏怖と憧れの目を向けていたように見えた。あれは、トウゴが強者であると認識した上での様子だったのだろう」
「あー、そういうことなら分かるなあ。要は、結界の主に対して敵対してくる奴に、結界の主はこんなに強くて恐ろしい奴だぞ、って知らしめたってことだもんな。強さにこだわりのある魔物だったら、そりゃ、トウゴに憧れるし、腹見せて寝っ転がる気にもなるかあ」
……フェイとラオクレスは何故か納得しているのだけれど、僕は、その、ええと、どういう顔をして聞いていたらいいんだろうか、これ。
「要は、魔物達はルギュロスのところで、ルギュロスが強くて怖いからルギュロスに従ってたんだろうな。それが、ルギュロスの命令で森に敵対してみたら、森の方がよっぽど強くて怖かったもんだから、命令なんて放り出して逃げるか寝返るかした、ってことか。成程成程。それなら分かるよな」
「ということは、ルギュロスは今、トウゴ君にビビっちゃってるのね。かわいそうに。トウゴ君って、こうしてみるとただの可愛い男の子なのにね」
……うん。
あの、クロアさん。にこにこくすくすしながら僕を撫でないでほしい。僕、『可愛い男の子』って言われると少し嫌なんだけれどな!
「あー、くそ、結界に弾かれるってどういうかんじなのか、気になってきたなあ……なあなあ、トウゴ、お前、俺だけちょっと結界で弾けねえ?やってみたくねえ?」
「やってみたくないです」
フェイの気持ちも分からないでもないけれど、でも、それにしたってフェイは時々、研究にのめり込みすぎだと思うよ!
結界の謎はここらへんにしておいて、僕らはその後もなかよし魔物ふれあい広場の警備を続けた。
ぶらぶら歩いていたらいつぞやのように屋台のお菓子や軽食を貰ってしまって、それでおやつ休憩をすることになったり。
またぶらぶら歩いていたら、僕の肩に止まっていた鳳凰がいつの間にか注目を集めてしまっていて、しょうがないので鳳凰にその辺りを飛び回ってもらってお客さんに楽しんでもらったり。
そしてまたぶらぶらしていたらまた軽食やお菓子や飲み物や何やら、たくさん貰ってしまって、それらは全部、騎士団詰め所に差し入れとして持って行ったり。
……この催し、数日間にわたって開催されるから、騎士達はこれからしばらく毎日気が抜けないんだよ。彼ら、交代しながら不寝番をしてくれるらしい。なんだかありがたいやら申し訳ないやら……。
そして、ラオクレスも、今日の夜の警備をする1人だ。
「ソレイラに宿泊する客も多い。余所者が増えればその分、いざこざも多くなるだろうからな」
「うん。ありがとう、ラオクレス。明日はゆっくり休んでほしい」
「ああ。昼前までゆっくり眠らせてもらう。俺が起きる前に町を周りたいなら、誰かと一緒に居るようにしろ。森の騎士でも骨と鎧の騎士でも、誰でもいい。一目で武力を持った相手だと分かる奴の傍に居れば、そう面倒なことには巻き込まれないだろう」
ラオクレスはこれから夜勤なのに、自分の心配より僕の心配ばかりする。それがちょっと申し訳ないというか、むずむずするというか……なんだか変なかんじなんだよ。
その……心配されるのって、嫌なことじゃなかったんだな、って、この世界に来てから分かった。その、親に心配される時って、大体全部、何かの嫌なこととセットだったし、彼らの心配って、その……なんとなく、ラオクレスの心配とは違う種類のもので、それが、とても、嫌だった。押しつけがましかった、というか……彼らが心配しているのは多分、僕じゃなくて彼ら自身のことなんだろうな、と思った、というか。
だから、今、ラオクレスの簡潔な言葉と純粋な気持ちを受け取って、僕はちょっと、むずむずしている。……心配って、いいなあ。
「分かった。……じゃあ、おやすみなさい。警備、頑張って」
「ああ。おやすみ」
就寝の挨拶をしたら、僕は家に戻ってお風呂に入って、体が乾いたらさっさとベッドに入る。
……ベッドを見たら、何故かベッドがもそもそしていたので毛布を捲ってみた。すると案の定、ベッドの中にはいつの間にやら魔王が入っていて、まおん、と元気に鳴いた。どこから入ったんだろう……。
魔王につられてか、鳳凰と管狐もぽんぽん飛び出してきて、一緒にベッドに入ってしまった。なので僕は苦笑しながら、彼らと一緒に就寝。夏の暑い日だから、部屋の中に大きな氷の柱を描いて出して冷房代わりにして、それから皆で毛布に包まって眠る。
なんだか漫然と幸せで、町を周っていたから程よく疲れていて、今日はよく眠れそうだなあ、と思いながら、気づいたら僕はもう眠っていた。