18話:何度でも楽園を*2
……それから、フェイのお父さんやラージュ姫、オーレウス王子や王様達とも協議しつつ……ソレイラの『なかよし魔物ふれあい広場』が開催された。
ソレイラの北の会場では、多くの魔物達が人懐っこくお客さんを出迎えて、触れ合いを楽しんでいる。
……そしてそれに伴って、ソレイラではお祭りが開催されている。
「……何故、お祭りまで一緒に……」
「お前が何かしようと意気込んでいるのを見て、町の者達もお前を応援したかったんだろう」
「まあ、お陰で元気いっぱいだけれどさ……」
ソレイラのお祭りって、つまり、森の精霊……僕や鳥を祀るものだから、祀られている僕としては、なんだか妙に元気が出てきてしまって、ちょっと変なかんじなんだよ。昨日あたりから鳥も様子が変だ。具体的には、やたらと羽毛の艶がいい。あといつも以上にうるさい。
「ところで、妙な気配は無いか?」
「うん……今のところ、無い、と思うよ」
そしてそんなお祭りの中、僕とラオクレスは一緒にぶらぶら歩きつつ、町の警備を行っている。
ラオクレスは森の騎士団団長として、町の様子に気を配る。僕は森の精霊兼ソレイラ町長として、森の結界近辺の様子に気を配る。それぞれの警備をしつつ、町をぶらぶらしているというわけだ。
「結界に魔物が近づいたら、結界が反応する。だから、魔物の軍勢がやってきても大丈夫だよ」
「いつぞやのゾンビのように、地中から来るということは無いだろうな」
「対策済み。もう結界は元気になったから、そういうことも無いと思う」
アージェントさん達が魔物の軍勢を使って襲いに来るかもしれないから、警備には力を入れてる。
森の結界は万全の働きをしているから、許可の無い魔物の侵入を許さない。たとえ、誰かの召喚獣であっても。
……ソレイラの人々の祈りは僕の力になっていて、その力は森の結界を強固にすることに注がれている。『なかよし魔物ふれあい広場』は、森の皆の祈りに支えられているんだ。
「結界が元気、か。……道理で昨日から、いつにも増して森の空気が凛としているわけだ」
「……それ、どういう感覚?」
ラオクレスが変なことを言うものだから聞いてみたら、ラオクレスはくつくつ笑う。
「トウゴが真面目に頑張っているな、という感覚だ」
……ええと、それ、本当にどういう感覚?
町の警備をぐるりと一周終えたら、次は北の会場の方を見回る。
「トウゴー!」
僕らが会場に向かうと、会場近くのカフェスペースに居たカーネリアちゃんが元気に手を振ってくれた。僕も手を振り返しつつ、彼女達に近づいてみる。
「トウゴ!私達、立派に働いてるわよ!」
「うん。偉い」
今日は、カーネリアちゃん達は大忙しだ。
何せ、妖精カフェ出張店を、子供達と妖精達、そして彼らの召喚獣達だけで回しているのだから。
……妖精達も、今日は裏方だけじゃなくて、給仕さんをやっている。妖精がお冷の入ったコップを抱えて飛んでいたり、お客さんに運ばれたケーキの上に飴細工を運んでいって乗せたり、お客さんのケーキの上から木苺をそっと盗んでいって勝手におやつにしたり、元気に働いているみたいだ。
けれど、妖精達よりも目立つ給仕さんは、やっぱり鸞と氷の小鳥達とフェニックスだろう。
青い鳥2羽とオレンジの鳥1羽は、それぞれのご主人様と一緒に元気に給仕をやっている。伝票を持って飛んでいったり、ケーキを背中に乗せて運んだり。あと、それぞれにパフォーマンスもする。
フェニックスはお客さん達の目の前でぽふん、と火を吐いてはプリンタルトの表面に掛けられた砂糖をぱりぱりの飴にしているし、氷の小鳥達は氷の魔法でお客さんの飲み物に氷を浮かべてみせたり、グラスに注がれる果汁を凍らせてシャーベットにしてみせたりしている。
鸞は2羽で息の揃ったパフォーマンスをしている。1羽が空からお茶を注いで、もう1羽がそれをカップで受け止めたり。空中で果物をカットしてお皿で受け止めたり。ものすごく器用だ……。
魔物の特技が分かるパフォーマンスは、お客さん達に大好評だ。この調子で、森の魔物達についてちょっと知ってもらえたら嬉しい。
「困った客は来ていないか?」
一方、ラオクレスは少し心配みたいで、すこし身を屈めてリアンにそう聞く。するとリアンはちょっと困った顔をしつつ、答えた。
「まあ、居ないわけじゃない、っつうか……フェニックスや鸞の羽を毟っていこうとする奴は何人か居たよ」
う、うわ、やっぱりそういう人、居るのか!二度と森に入れない!
「けど、全部鸞が蹴り飛ばすか、フェニックスが火を吹いて追い出した」
……うん。
「そうか。なら俺達の助けは不要か」
「ああ。不要。大丈夫だよ。俺達だって、鳥達だって、自分達で自分達の身は守れるんだから」
リアンは少し誇らしげにそう言った。その向こうでは、彼の鸞が、お客さんに撫でられて気持ちよさそうにきゅるきゅる鳴いているところで、物騒なかんじは全くない。けれど、嫌なことをされたらちゃんと蹴り飛ばすんだよ、あの鸞は。鸞だけじゃなくて、リアンだって、ちゃんと嫌なことをされたら嫌な人を蹴り飛ばせる人だから、安心だ。
「トウゴおにいちゃん!はい、どうぞ!」
「ありがとう」
それから僕とラオクレスはちょっと休憩。カフェスペースの一角、大きな木の下の席で、オレンジの香りのするアイスティーとひんやり冷たいアイスクリームを食べる。今日みたいなちょっと暑い日にはこういうのが美味しい。
「このアイスクリームね、アンジェとお兄ちゃんとで作ったのよ。アンジェが混ぜる係でね、お兄ちゃんが凍らせる係なの」
「それはお疲れ様。とても美味しいよ」
滑らかな舌触りのアイスクリームは、なんともまろやかな味で、暑い日にはちょっとくどいぐらいかもしれない。でも、それがそれで、さっぱりしすぎなくらいのアイスティーとよく合うんだよ。
「なかよしまものふれあいひろば、どう?みんな、なかよし?」
「うん。仲良くやってるみたいだよ。まだ全部は見て回れていないけれど」
アンジェの質問に答えると、アンジェは、よかったぁ、と言ってにこにこする。……アンジェは森の子だからか、この森が魔物だらけな以上、魔物と人間が仲良くできると嬉しい、と思ってくれているらしい。
「ここも賑わってるね。やっぱり鳥達、綺麗だもんね」
「うん。みんな、フェニックスちゃんやらんちゃんや、お兄ちゃんの氷の鳥さんのこと、かわいいね、って言ってくれるのよ」
見渡す限り、ここのお客さん達は皆、鳥達に見惚れているようだ。お客さん達の頭上を優雅に飛び回るフェニックスと鸞と氷の小鳥達。中々見られない光景だろうなあ。
「……中々見られない光景だな、これは」
「森だと毎日のように見ているんだけれど、やっぱりそうなんだよね」
やがて、アンジェがリアンに呼ばれてぱたぱたと走っていった後、改めて、僕とラオクレスはそういう感想に至る。
「お客さんは、妖精カフェ目当てで来たのかもしれないけれど、でも、お菓子以上に鳥達を見ている気がする」
「そうだな。……今や妖精カフェも王都まで名の届く人気店らしいが、それでも、今日この場ではフェニックス達の添え物になっているらしい」
うん。そうだね。ちょっと面白い。
……まあ、偶にはこういうことがあってもいいよね。妖精達もいつも以上に張り切っているみたいだし……。
それから更に会場を進むと……がしゃどくろ達による剣舞ショーのステージに行き当たった。
お客さん達の歓声が上がる中、骨と鎧の騎士団は、戦いの様子を美しく舞うように見せている。それがなんとも現実離れしていて、見ているとなんだか不思議な感覚だ。時間と空気がとろとろゆったりするのに意識だけははっきり細やかに動いている、というか、そういう感覚。
「……人間の動きとは違うからな。見ていて違和感がある」
「その違和感が、『不思議だな』とか『面白いな』とか『綺麗だな』とかに繋がってるようにも思う」
「そうだな。その通りだ」
ラオクレスは骨と鎧の騎士団の剣舞をまじまじと見つめて、成程な、とか、時々呟いている。戦う人として、こういうのを見ると何か勉強になるらしい。僕としても勉強になる。主に、絵の。
骨と鎧の騎士団はとてもフレンドリーだから、お客さん達へのサービスも忘れない。ショーが終わった後、お客さん達に手を振ってみせたり、握手して回ったり、妖精カフェの方へ案内していったり……色々だ。
……そして、そんな色々の中。
くいくい、と、がしゃどくろがラオクレスを引っ張る。
「どうした」
ラオクレスは少し不思議そうに、でも素直に、引っ張られていく。けれど……。
「……待て。そっちはステージだろう」
なんと!ラオクレスが引っ張っていかれた先は、ステージだった!
ラオクレスが困惑する中、がしゃどくろはにこにこしている。(当社比。いや、最近はなんとなく、彼らの思っていることが分かるようになってきたんだよ。彼らは骨だから表情が変わるわけじゃないんだけれどさ……。)
そして、ステージの上に再び戻ったがしゃどくろと、そしてみんなの石膏像ラオクレスの姿を見たお客さん達は、なんだなんだ、とまたステージの周りに集まってくる。
ラオクレスが困り果てている中……がしゃどくろは、悠々とした動作で……剣を抜いた。
そしてラオクレスに向けて、ちょっと挑発するような、そういうポーズをとってみせる。『かかって来いよ』みたいな。うわ、今のなんだ!かっこいい!
「……成程な」
そしてラオクレスは苦笑交じりにそう言うと……同じく、剣を抜いた。
カタカタ、と、がしゃどくろが体を鳴らす。びしり、としっかり決めたポーズは、勇ましい戦士のそれだ。
それを受けたラオクレスは……。
「森の騎士団のラオクレス!推して参る!」
そう名乗りを上げると、やはり綺麗に剣を相手に向けて……そして。
両者は、ぶつかり合った!
……大盛況だった。すごく、大盛況だった。
森の騎士団の団長と、骨と鎧の騎士団の団長(つまり、僕が最初に仲間にしたがしゃどくろだ)とがぶつかり合う模擬戦は、大いに観客の皆さんの目を楽しませた。
僕の目も楽しませてくれた。何せ、筋肉の塊みたいな名誉石膏像と、筋肉が欠片もない骨と鎧の戦士との戦いだ。動きが違いすぎる。とても面白くて、とても勉強になった。何枚も絵を描いた。僕、とても満足……。
やがて、がしゃどくろから一本とって勝利を収めたラオクレスは、僕の所に戻ってきた。
「……すまなかったな、警備の任を放り出して」
「いやいや、あれも立派なお仕事だよ。それに、すごく格好良かった」
「……そうか」
ラオクレスはなんだか気恥ずかし気にそういって顰め面をした。つまり、照れている。これは照れている時の顔だ!
「おーい!トウゴー!ラオクレスー!」
そこへ、フェイがにこにこ満面の笑みでやってきた。この顔は……ラオクレスのさっきの模擬戦を見ていた顔だな、さては。
「ラオクレス!さっきの見たぜ!迫力あって、見ごたえがあった!いいもん見せてもらった!」
「……そうか」
ラオクレスはフェイに真正面から褒められて、また少し顰め面をする。照れてる照れてる。
「ま、森の騎士団の戦力の証明ってことでも、丁度良かったんじゃねえの。あんな動きしてくる骨と鎧の騎士相手に、あんな力強さで勝利しちまう森の騎士だろ?もう、どっちもとんでもなく強いのが素人目にも分かるからよお、森の防衛力の高さの証明って意味でも丁度良かったと思うぜ」
「そして何より、僕のスケッチブックがまた潤った」
「……ま、そういう意味でも丁度良かったかもな」
うん。本当に良いかんじでした。どうもありがとう、ラオクレスと骨と鎧の騎士団!
僕が骨と鎧の騎士団に手を振ると、全員、揃ってぴしりと敬礼してくれた。ああ、格好いい……うっとり。
それから、フェイも合流して、3人で一緒に馬コーナーを見に行った。
……馬コーナーには、天馬が数頭と、一角獣が数頭居る。
一角獣は来たがらないだろうな、と思っていただけに、なかよし魔物ふれあい広場の話をした時に立候補してきた一角獣が居たのには驚きだった。
ほら、一角獣って男嫌いみたいだから。だから、一角獣はクロアさんやライラ、カーネリアちゃんやアンジェやインターリアさんやラージュ姫なんかにはものすごく優しいし懐っこいのだけれど、ラオクレスやフェイにはちょっと反応がそっけない。僕やリアンはもう少し柔らかい対応なのだけれど、これは僕らが馬に弟分扱いされているから……だよね?僕やリアンがラオクレスやフェイと比べて男らしさに欠けるから、じゃ、ない……と思いたい。
ちなみにレネは未だにどう対応すればいいのか保留中になっているらしくて、馬達はレネが遊びに来ると途端に挙動不審になる。面白い。
……さて。そんな一角獣達、なのだけれど……。
「……楽しそう」
「そうだな」
「すげえなあ、あいつら……見事にえり好みしてるぜ、あれ」
一角獣達は、それはそれは楽しそうに、町の女性達に懐いていた。男性は、一角獣に避けられたり、あからさまにそっぽを向かれたりして、すごすごと引き下がるしかない状況にあった。
一角獣達にもそれぞれ好みがあるらしい、ということは、なんとなく森の女性陣へのそれぞれの馬の対応を見て分かっていたのだけれど……ソレイラに下りてきたら、女性の数も種類も一気に増えるから。その分、一角獣達は、気に入った女性が居たら存分に懐いて、存分に撫でてもらって満足しているらしい。
「それぞれの好みが見えて面白いね」
「だなあ……なんつうか、ユニコーンっつうのは、結構、その、俗物的なとこ、あるよな……」
まあ、それはそう思う。でも、彼らが月夜の森を駆けていたりすると、はっとするほど美しいんだよ。すごく神秘的で、すごくいい。それに、今も、美しい女性達と戯れている一角獣達は、それはそれで神話の1シーンのようにも見えるので、見た目は神秘的なんだ。見た目は。
「ペガサスは結構、誰にでも懐っこいんだな」
「そうみたいだ。僕も、最初に懐いてくれたのは角じゃなくて羽の方の馬だった」
確か、最初に懐いてくれたのは天馬の方だった。怪我をした天馬を治したら、その天馬が一角獣を連れてやってきたんだ。そうそう。あの時から、一角獣よりも天馬の方が社交的というか、穏やかな性格をしているんだな、と思ったけれど……今もそれは変わらないらしい。
「……あ、蹴られてる」
「うおわっ!?お、おーい!大丈夫かー!」
……かと思えば、天馬が自分の羽を一枚引っこ抜こうとした不届きものを、後ろ脚で軽く蹴り飛ばしていたりするので、まあ、穏やかとはいっても、やることはやるやつなんだなあ……。
その後、僕は僕に気づいた馬達に何故か囲まれて、馬にふんふんやられつつ妙に押しくらまんじゅうされて、ちょっと汗ばんでから解放された。何だったんだ、今の……。
「トウゴ、大丈夫か」
「うん……何か、飲み物、欲しい……」
なんというか、馬転がしされなくてよかったけれど、おしくら馬まんじゅうにされるとは思っていなかった。
なんだろう、まさか、馬達は鳥の子達から余計なことを教わっているんじゃないだろうか。心配になってきた……。
そうして、ソレイラの南に戻って屋台で飲み物を買って、それを飲みながらまた会場をぶらぶらしていたところ。
「あ」
ふと、感じるものがあって立ち止まる。
「どうした」
僕が立ち止まって声を上げたから、ラオクレスは一瞬で緊張を高めて、少しだけ早口にそう聞いてくる。
……のだけれど。
「うん……森の外に、魔物の軍勢が来てるんだけれど」
僕が、まるで緊張の欠片もなくそう言うと、ラオクレスは少し訝し気に、それでいて少し緊張が解けたように、ああ、と相槌を打ってくれる。
「魔物の軍勢、森の結界に触った途端……逃げていってしまった」
「……そうか」
うん。そうなんだよ。
森の端っこから、魔物に指示を出しているらしいルギュロスさんの姿が見える。けれど、ルギュロスさんの命令を聞かずに、魔物達は逃げていってしまうか、或いは……。
「あ。結界に触っても逃げないやつもいる」
時々、逃げずに結界の傍に残っている魔物も居る。そういう魔物は、つんつん、と結界をつついては、毒気の抜けた表情で首を傾げたり、きらきらした眼差しで結界と結界の奥の森を見つめていたり。
「なら、向かった方が良いかあ?」
「いや、それは大丈夫、だと、思う……あ、うん。大丈夫だ。結界、越えてきた」
「なんだと?なら至急、騎士団を結界傍へ」
「だから、大丈夫だってば。ええと……」
遂に、魔物の内の1体が、結界をするん、と抜けて森に入ってきた。するとそいつは、ぱたぱたと嬉しそうに、森の中に向かって走ってくる。……ルギュロスさんの命令はまるで無視しているらしい。
魔物を追いかけようとしたルギュロスさん自身は、ばちり、と結界に弾かれて、入ってくることができないでいる。成程……ルギュロスさん、確かに魔物なんだなあ。
「……ええと、入ってきた魔物は、どうやら、森の仲間になりたいみたいだ」
「……ルギュロスを裏切ったのか」
「多分、そうだと思う。だから、害意の無い魔物……森の魔物として結界に認識されて、通れたんじゃないかな」
僕が答えると、ラオクレスは何とも言えない顔で、『まあ、気持ちは分かるが……』と呟いた。魔物の気持ちが分かるんだろうか。やっぱりラオクレスはすごい。
「ええと……お出迎えには、行ってあげた方がいいかな」
「……そうだな」
「なあ、どんな奴?どんな魔物が来てるんだ?」
「描きたくなるやつだよ」
ということで、僕らは結界の方に向かって進み始めた。
新たに森の仲間になる魔物がやってきたみたいだから、歓迎しなくては!そして、描かせてもらわなくては!




