10話:2人の勇者、それから絵描き*3
「……そうなの?」
召喚するだけなら宝石が体内にあっても支障が無い……なんて、考えたこともなかった。
そんなの知らないから聞いてみたら、フェイは首を傾げたし、ラオクレスも首を傾げた。ラージュ姫も「そうなのですか!?」って驚いているし……。
「私、やったことあるわよ。ナイフも毒も持ち込めないような場所に武器を持ち込む手段として、ね」
えええ……そんなのがあるなら、身体検査なんて意味が無いんじゃないだろうか。まあ、その手のプロであるクロアさんだからこそ知っていることなんだろうけれどさ……。
「まあ、多分、ルギュロスの場合は……宝石を飲んでいたんでしょうね。あんな貴族のお坊ちゃまが下からいくとは思えないし……」
……下、とは。
「あ、トウゴ君は気にしなくていいやつよ。まあ……その、業界用語、ってやつかしら。独り言みたいなものだからあまり気にしないでね」
あ、そうなのか。うん……あの、どうしてクロアさん、僕の頭を撫でるんだろうか……。
「まあ、とにかく……この大蜘蛛はきっと、ルギュロスが飲んでいた宝石にしまってあった召喚獣、でしょうね。死んでいる理由も説明が付くわ」
クロアさんは気を取り直したようにそう言うと、僕らに解説してくれた。
「胃酸で傷まない宝石でもない限り、飲んだ後、宝石って絶対に破損しちゃうでしょ?住処の宝石が損なわれてしまったら、召喚獣は還るか死ぬかのどちらかしか選べないのよ」
ああ……そういえば、そういう話は聞いたことがある。ついでに、カーネリアちゃんのフェニックスが入っている宝石。あれが砕けた時、フェニックスはヒヨコに戻っていたし、宝石も元通りになっていたのを思い出した。あれはまあ、フェニックスがフェニックスだからこそのレアケースだと思う。
「召喚獣入りの宝石を飲んでおく、っていうのは、すごく勿体ない方法よね。召喚獣も、召喚獣を入れておけるくらい上等な宝石も、使い捨てにしちゃうんだから。貴族にしかできない方法だわ」
「だなあ……まあ、俺には絶対にできねえけどさ……」
フェイは何か思うところがあるらしくて、耳飾りの宝石にそっと触っていた。多分、『お前らにはそんなことさせねえからな』っていうことだと思う。フェイは宝石以上に、中身の召喚獣を大切にしているから。彼らを傷つけるようなこと、絶対にできない。
そしてもちろん、僕にもできない。……鳳凰や管狐、ふわふわやがしゃどくろやなんかを失うかもしれないこと、絶対にしたくない。なんとなく、袖の中に潜り込んできた管狐を撫でてしまう。管狐はぴょこんと袖から顔を出して僕の顔を見ると、満足げに、こん、と鳴いた。
「……ルギュロスが召喚獣を出した可能性が高い、ということはまあ、いい。地下牢は暗い。大蜘蛛が一匹、布団の中に出た程度なら、見張りの兵士が気づかなくとも不思議は無いだろう」
ラオクレスはそう言って、渋い顔をしている。
そうだね。兵士の人達を責めることはできない。そもそも彼らは大前提として、『ルギュロスさんは召喚獣は勿論、武器の類は何も持っていない』っていう前提に基づいて見張りをしていたわけだし。
「だが、それに何の意味がある?ここで大蜘蛛が死んでいるのが胃液で宝石を損なったからだとして、何故、そうなると分かっていた召喚獣をわざわざ持ち込んだ?」
そう。そこが問題なんだよ。
宝石が胃で駄目になってしまうまでのタイムリミット付きで、いつ出られるかも分からない牢の中、何かをする、ということになると……うーん、何ができるんだろう?
……ルギュロスさんの自信満々ぶりは、多分、アージェントさんが助けに来ると分かっていたからこその余裕から生まれていたんだと思うんだよ。いや、まだ、ルギュロスさんが消えたこととアージェントさんが本当に関係しているのかは何の証拠も無いし、分からないのだけれど……。
「ルギュロスさんは、牢に入ることを目的としていたようにも、見えた。いくつか作戦が決めてあって、投獄された場合についても考えてあって、今回はそれを実践したんじゃないかと思うんだけれど……」
「そうだな」
言ってみたら、ラオクレスが重々しく頷いてくれた。
「玉座の間で抜刀した時は、人が近づくことを望んでいたように見えた。あれの真意は分からんが……牢に入れられる時、ほとんど抵抗しなかったことを考えると、牢に入ることも想定していたように思えるな」
「となると……ルギュロスは、牢の中でなんかやってたってことかぁ?でも、大蜘蛛を出せたんだったら、鉄格子の隙間から抜け出させて、兵士を不意打ちでやって、鍵を奪って脱獄、ってことだってできたかもしれねえんだよな。なのに、大蜘蛛は特に外に出ることなく、ここで死んでる、っていうのは……うーん?」
そう。何が一番よく分からないかって、大蜘蛛がここで死んでいることなんだよ。
大蜘蛛は召喚獣だったんだから、宝石が損なわれたって、死なずに還ることもできた。なのにここで死んでる。
そしてルギュロスさんも、大蜘蛛を隠しっぱなしにせず、鉄格子の隙間から外に出して何かするとか、そういうこともできたはずなのに、そういうことをしなかった。
だとしたら、やっぱり、この牢で何かすることがあった、としか、思えないのだけれど……。
「……ねえ」
そこでライラが、ふと、言った。
「この蜘蛛、さ。もしかしたら……雌の蜘蛛?」
……ん?
雄雌って、何か関係があるだろうか。少し不思議に思いつつ、ライラがベッドの蜘蛛やその周りを確認するのを眺めて……。
「もし、この蜘蛛が雌だったとして、さ」
「……宝石関係なく死んだ、って、考えられない?その……例えば、出産で、体力を使い果たした、とか、さ」
……僕らが固まっている最中。
つつつ、と、天井から何かが降りてくる。
「きゃ」
ラージュ姫の眼前に降りてきたそれは……手のひらサイズの蜘蛛だった!
「蜘蛛って何匹ぐらい出産するんだろうなあ……」
「100匹ぐらいかしら」
とりあえず、手のひらサイズの蜘蛛をやっつけて、僕らは改めて、事の重大さを知る。
「……その100匹の蜘蛛が、この牢の中には今居ない、となると」
「既に、城内に、子蜘蛛達が……?」
うん……。子蜘蛛が居ることが確認されてしまった以上、これは、死んだ大蜘蛛が出産したとしか思えない。ルギュロスさんは出産間際の大蜘蛛を宝石に入れて、その宝石を飲んでいたんだろうなあ。
「……ってことは、これがルギュロスの狙いだった、ってことか」
「城内を蜘蛛まみれにすることが目的だった、って……みみっちい野郎ね」
まあ、蜘蛛まみれになったら皆、何となく嫌だと思うよ。逆に言うと、嫌な気持ちになるくらいでしかないように思うのだけれど……ん?
「あの蜘蛛、毒を持っていたりとか……」
「それは無いわね。この種類だと、毒は一切無いわ。ただ、ちょっと頑丈な肉食の蜘蛛、っていうだけ。だから、まあ、そこまで気をつけることはないと思うのだけれどね」
あ、そうなのか。じゃあ本当に、ただちょっと嫌な気持ちになるぐらいしか効力が無い。
「しかし、毒が無いとはいえども、ルギュロス・ゼイル・アージェントの何らかの思惑があることは間違いありませんね」
ラージュ姫はそう言って……勇ましくも、ドレスの裾の中にしまってあったらしい光の剣を抜いた。いや、光の剣っぽく描いて出したやつだから、あれは本物じゃないんだけれどさ……。
「となれば、城総出を上げて、蜘蛛退治です!」
……ちょっと、気になったので、聞いてみる。
「あの、ラージュ姫」
「はい。何でしょう、トウゴ様」
聞いたら悪いかなあ、と思いつつも、でも、やっぱり聞いておいた方がいいよなあ、と思って、聞く。
「もしかして、蜘蛛、苦手?」
聞いてみると、ラージュ姫は、ぴしり、と音がしそうなくらいに固まって……やがて、しおしおと、頷いた。
「……はい。お恥ずかしながら」
あ、うん。そうか。そんな気はしたんだよ。
……蜘蛛が苦手なラージュ姫に蜘蛛退治をさせるのは可哀相だったので、僕らと城の兵士の人達とで、蜘蛛退治することになった。
とは言っても、蜘蛛が全部で何匹居るかも分からないし、どこに居るのかも分からない。そんな状況だから、蜘蛛退治は中々難しい。
「このお城が閉め切れる造りだったらバルサンみたいなので一発だったんだけれどな」
「……バルさんというのは、誰だ」
バルサンは人じゃないよ。ついでに『サン』は敬称っていうわけじゃないと思うよ。
「ま、しょうがねえ。一匹一匹見つけてやっつけるしかねえよ」
「そうね。全部潰せなかったとしても、ある程度数を減らすだけで一定の効果は見込めると思うわ。ルギュロスやアージェントが子蜘蛛を使って何をするつもりなのかは分からないけれど、相手が仕掛けていった罠は可能な限り排除していくべきよ」
「害虫駆除は得意よ。私、貴族の家に雇われてた時、そういうのもやってたから。任せて!」
と、いうことで……僕らは、蜘蛛退治するべく、お城中をうろうろすることになったのだった。
「トウゴー!絵に見惚れてないで蜘蛛探せ!蜘蛛!」
「あ、うん」
……尤も、お城の中は僕の目を引く罠ばかりで、中々、蜘蛛探しは難航した。あ、あそこにも彫像が……。あ、彫像の後ろに子蜘蛛が……。
それから、3時間くらい。
「……何匹ぐらいやった?俺は12匹だ」
「甘いな、フェイ!父は15匹やったぞ!」
「甘いですよ、父上!私は17匹やりました」
「うるせー!俺だってトウゴの分足せば19匹だ!な、トウゴ!お前の分足していいか!?」
「いいよ」
「やった!ってことで俺の勝ち!」
僕らは楽しく戦況報告していた。フェイ一家は仲良しだなあ。
……なんというか、こういう家族はフェイ一家以外に見たことが無かったから、フェイ一家のやりとりを大分見慣れたはずの今でも、まだ新鮮なかんじがする。こういう家族もあるんだなあ、というか。
「私、18匹。害虫駆除は得意なのよ。クロアさんとラオクレスは?」
「私も18匹ね。死体、一応回収してきたけれど、見る?」
「……7匹しか見つからなかった。俺はこの手の作業に向いていないらしい」
そして、ここまでで合計94匹。結構頑張った。
「大丈夫だよ、ラオクレス。僕も7匹だよ」
「お前と同じというわけにはいかないだろう……」
……僕はラオクレスと一緒でもいいと思うのだけれど。なんかちょっとショックだ。
「ま、これで100匹近くは駆除したわけだしな。残ってたとしてもそんなには多くねえだろ。多分」
「そうね……問題は、この蜘蛛で一体何をしようとしていたのか、っていうところなのだけれど……」
……今のところ、蜘蛛がやった仕事は、ラージュ姫に悲鳴を上げさせたことと、僕らに駆除の手間をかけさせたこと、くらいなのだけれど、まだ何かやる気なんだろうか。
「……親蜘蛛は召喚獣だったから指示も出せたでしょうけれど、子蜘蛛達に何か命令できたとは思えないのよね。親蜘蛛へ命令して、親蜘蛛が子蜘蛛に命令する、っていうことは十分にあり得るけれど、でも、その親蜘蛛は死んでいるわけだしね……」
……そう考えると少し心が痛む、というか、なんというか。
僕ら、子蜘蛛達を駆除してしまったわけだけれど、この蜘蛛達にもお母さんがいて、お父さんがいて、兄弟がいて……あ、駄目だ。こういうこと考え始めるとキリが無い。分かってはいるんだよ。だから、後は意識して気持ちを逸らして……。
「……トウゴ、どうした」
僕がそういう顔をしていたからか、ラオクレスが気づいて声を掛けてくれた。ここで何でもないよ、と言ってしまった方が、深く考えなくて済むからいいのだろうけれど……。
「うん……子蜘蛛達って、子供で、それを駆除しちゃったんだなあ、と思って、少し落ち込んでいるところ」
……ラオクレスなら馬鹿にしないでくれるだろうし、『そんなどうしようもないこと考えていないでもっと有意義なことを考えなさい』とは絶対に言わないでくれるだろうから、そう、言ってみた。
「……そうか」
「うん」
案の定、ラオクレスは馬鹿にしなかったし、有意義なアドバイスもしないでくれた。それが嬉しい。
「子蜘蛛達を産んで死んでしまったお母さん蜘蛛が居て、きっとお父さん蜘蛛も居て、兄弟達も居て……彼らはきっと、僕が駆除してしまった子蜘蛛に生きていてほしかったんだろうな、と思うと、とても申し訳ない」
なのでもう少し、話をさせてもらう。蓋をして立ち直るんじゃなくて、話して、中身を整理して、立ち直りたい。そういう気分なんだ。我儘だろうか。
「……そうね。父親も、居る、のよね」
そんな中、クロアさんが、そう言った。
「母蜘蛛を城内に送り込んでおいて、父蜘蛛を使って子蜘蛛を操る。……そういう可能性も、ある、わね」
クロアさんの言葉を全員で咀嚼していた時。
悲鳴が聞こえた。
この声は……ラージュ姫だ!