5話:安心と信頼の*4
広場が歓声に包まれる。ラージュ姫やオーレウス王子が人々を安心させるように言葉を掛け、人々は安堵の表情を浮かべたり、おっかなびっくり鎧達を眺めたり。
「……どういうことかしらね」
そんな彼らを眺めて、クロアさんはため息を吐く。
「鎧の魔物が元々仕込まれていた、っていうことなら、まあ、分かるのよ。王家の鎧を魔物にすり替えておいたとか、国王がうっかり魔物にした鎧を忘れてそのままにしておいたのを兵士が着ちゃったとか、考えられるもの」
いや、流石にそのうっかりは無いと思う。思いたい。
「けれど、ラオクレスの鎧が、ね?……どう考えても、すり替えることなんてできなかったはずよ。だってこれ、トウゴ君が描いた一点ものなんですもの」
あ、うん。それはそうだ。ラオクレスの鎧は……森の騎士団の中でも唯一、ちょっと格好良く作ってあるんだよ。
目立たない程度なんだけれど、文様が少し多く入ってる。一応、森の騎士団の団長なんだから、いいかな、と思って。
……で、同じく団長のマーセンさんにはまた別の模様が入っている一点ものの鎧を着てもらっているから、ラオクレスの鎧は本当に、正真正銘の一点ものなんだ。
「ということは……この会場で、初めて、彼の鎧は『魔物になった』。そう考えるしかない、のだけれど……」
その先は、クロアさんが言うまでもない。僕ら全員、分かってる。
「……そうだとすると、国王がとんでもない馬鹿じゃない限り……誰か、魔物を呼びだしたり生み出したりする能力を使った誰かが、居るっていう、ことになる、わね……」
……うん。
それは、結構、厄介だと思うよ。
それから、改めて、オーレウス王子から今回の事件についての説明があった。
まず、怪事件はこれで解決した、という宣言。
それから、どうやら王家の兵士達が着ている鎧が、突如として魔物になってしまったらしい、ということ。
そして、薬と包帯があるので、怪我人は申し出るように、ということ。
……何せ、この説明の間にも、動く鎧達が縄でぐるぐる巻きにされて、しゅん、としたり、時々身じろぎしたりしているので、人々の目にははっきりと『鎧のせいで王家の兵士が人を襲った』と分かる。
これで、今回の事件が王家の信用を大きく損なわせることはなくなったと思う。……いや、それでも、『何から何まで王家が仕組んだことだったんじゃないか』とか、そういう不信感はあるみたいなんだけれど、それはしょうがない。やれるだけのことはやった。
それに何より、王家の兵士の人達が怪我人の救護に回っていたり、ラージュ姫やオーレウス王子が自ら動いて人々と話して落ち着かせたり広場の被害を確認したりしているのが好印象だったみたいだ。
王様はただおろおろしているだけなのだけれど、王子王女の皆さんの数名はてきぱきと動いていて、それが人々には新鮮に見えたらしい。
……やっぱり、そろそろ、代替わり……かもしれない。
「そして、先程までの発表の続きを、父上に代わってさせてほしい」
それから、オーレウス王子はそう言って、希望に満ちた前向きな笑顔を人々に向けた。
……危機を脱した、っていう希望と、一緒に危機を乗り越える場に居合わせた、っていう連帯感とで、人々の顔も明るくなる。
それを存分に眺めて……オーレウス王子は、言った。
「先程、この国から諸貴族らが独立する、という話をしたが……安心してほしい。我々と彼らとの関係は、非常に良好だ」
「貴族連合が国から独立した後も、我々は友好的にやり取りをすることを約束している。これは、互いに互いが高め合い、認め合うために必要な別れであって……我々の間には、埋められない溝も、越えられない壁も、存在しないのだ」
さっきの王様の言葉を否定するように、オーレウス王子はそう言う。
「無論、領地が狭くなる分、今までのように傲慢な治世ではこの国は立ち行かぬ。それは誰よりも、我々……そして父上が、強く感じておいでだ。だが、だからこそ、これは良い機会であるとも、私は考えている」
ちょっと、王様が何か言いたげな顔をしていた。けれど、王様がオーレウス王子の演説に茶々を入れるより先に、ラージュ姫が王様の口に大福を突っ込む方が早かった。
……王様は、口の中にもちもちした甘いものが突っ込まれると落ち着くようになってしまったらしい。ちょっと渋い顔ながらも、落ち着いた顔をしている。まあ、瞬間的な怒りって6秒すると落ち着く、なんて言われているし、それかもしれない。
「貴族連合と手を取り合い、より良い国、より良い世界を創っていきたい。そうだ。手を取り合い、互いに高め合っていくのだ。足を引っ張り合うのではなく」
オーレウス王子の話を聞いて、フェイのお父さんは嬉しそうな顔をする。
……そうだよね。多分、オーレウス王子が今言っていたことって、貴族連合の悲願だったんだよ。
『足を引っ張り合うのではなく、手を取り合って互いに高め合っていく』。
足を引っ張ることに費やすエネルギーがあるなら、そのエネルギーはその分、発展のために使った方がいい。そうした方が、たくさんのものを生み出せるから。
「そのためにも、王家はより良い治世を約束しよう。……では、今後とも……いや、今まで以上に。この国が、豊かで平穏なものであるように」
……最後にそう挨拶して、オーレウス王子は降壇した。
広場の中には、盛大な拍手が、ずっと響いていた。
……いや、本当によく響くんだよ。拍手。
何せ、この広場……漆喰のドームで、覆われてしまっているので!
それから僕らは、王家の兵士の人達が『全く、ドームを作って我々を閉じ込めるなんて、敵も随分と酷いことをする』とかなんとか言いながら、ドームを壊すのを見守った。
……僕はこういうの、一方的に作る側なのであまり感じたことが無かったのだけれど、うっかり漆喰の壁なんて出してしまうと、取り壊すのがとても大変だ。
僕が描いて消してしまえばそれまでなんだけれど、さっきまでの戦闘のごたごたがあった時ならまだしも、人々の目がいくらでもある所で絵を描いて現実に反映させるのはちょっと、ということで、王家の兵士の人達に頑張ってもらっている。ありがとうございます。
ちなみに、フェイのお父さんとお兄さんは、それぞれにオーレウス王子と王様と一緒に何か話しているらしかった。多分、『アージェント家の勇者が襲いに来た』っていう話を急遽伏せたことに対するあれこれだと思う。
まあ……この場で『ところでアージェント家が王様を殺そうとしていたんです』なんて話をしたら、あんまりにも、こう、できすぎ、というか……そういうかんじはするかもしれないし、不安から解放されて安心と希望に満たされた人々を、わざわざまた不安にするのもどうかな、っていうのは分かる。
ただ、一切アージェント家について何も人々に知らせないっていうのも、それはそれで危険なので、どういうタイミングでどういう方法の情報伝達をするか、慎重に検討、っていうところなんじゃないかな。
「それにしてもなあ……アージェントの野郎共がやったんだろうけど、結構、とんでもねえことしやがるな、あいつら」
壊されていく漆喰の壁を見ながら、フェイは渋い顔をしている。
「アージェントの奴ら、無関係の人を巻き込んで傷つけることに躊躇がねえってことだろ」
フェイは怒っている。いつもの笑顔じゃなくて渋い顔で、声にも棘があって、少し怖い。……けれどこの、はっきりしていて真っ直ぐな、正義を守るための怒り。これも、フェイの持ち味の1つなので。
「これ、本当にアージェントがやったことだったのかしらねえ……」
その一方、クロアさんは訝し気な顔だ。
「これをアージェントがやったんだとしたら、アージェントの誰かが、鎧を魔物にしたっていうことになるわよ」
うん。僕もそう思った。
……今回の事件、王様がやったなら、納得がいくんだよ。
王様は、魔物を生み出したり呼び出したりできるらしい。王家の鎧を鎧の魔物にすることもできるし、何もないところからドラゴンを呼び出すこともできるみたいだし。
けれど、今回、犯人はアージェント家の人達じゃないか、っていう予想な訳で、そうなると、どうしてアージェント家の人達が、鎧を魔物にできたんだろうか、っていう話になってくる。
「魔物とて、王家だけに力を渡していたとは限らん。王家にもアージェントにも魔物を生み出す力を授けた、とも考えられる」
「そうねえ、むしろ、妥当な気がするわ……。それで適当に同士討ちさせるのが目的、なんて言われても、納得しちゃうもの」
うん……。もしかすると、そう、なのかもしれない。
アージェント家もまた、王様と同じように、魔物を生み出したり呼び出したりする力を貰っているのかもしれない。
だとすると、ルギュロスさんが牢屋の中でも余裕綽々なのって、魔物を呼び出して逃げられるから、ということ、なんだろうか……?
……うーん。
「……俺が魔物なら、本命はアージェントだな」
そんな中、フェイがそう言った。
「王家は元から、潰す気だったように見えるんだよ。『ソレイラを滅ぼさないと契約違反で首を切られる』なんて、どう考えたって王家に圧倒的に不利な条件だろ?むしろ、国王がソレイラを滅ぼせなくて契約違反するのを期待していたんじゃねえかとも思える」
「そうね。私もそう思うわ。どう考えてもあの王様にソレイラ陥落は無理だったもの」
……王様が散々な言われようだ!けれど、すごい説得力でもある!
確かに、あの王様が、あの状況で、ソレイラを滅ぼせたか、っていうと……怪しい。
だって、実際に一度、魔物の軍勢を送り込んできている訳だけれど、それは無傷で防衛しているし、むしろ、鎧達が騎士団入りしてくれたおかげでこちらの軍備とモデルが潤ったし……。
「で、そんな魔物が同時に力を与えていた奴が居たとしたら……そっちが本命だ。俺が魔物なら、そっちと手を組むぜ」
フェイの言うことは分かる。
今回の事件がアージェント家によるものなら、アージェント家が魔物から力を与えられていることになる。だから、魔物は王家とアージェント家で二股をかけていたことになる……のかな?
そして、その場合はまず間違いなく、アージェント家の方が、本命、なんだろうなあ……。
「しかし、そうなるとアージェントは魔物と共に魔王復活を目指している、ということになるが」
「うーん……いや、もしかしたら途中で裏切るつもりなのかもな。組んでた相手を途中で裏切るのはアージェントの十八番だし……」
あ、そうなんだ。まあ、貴族界っていう場所がそういうところだっていうことは、なんとなく僕も分かってきてるよ。貴族連合みたいな人達の方がよっぽど珍しいんだ。それは知ってる。
「うーん……ねえ、今回の事件、アージェント家は全く無関係で、魔物だけが何かやってる、っていう風には考えられない?」
ライラがそう言うので、僕ら、考える。
アージェント家が全く関係なかった場合……うーん。
「その場合は、魔物が王家の信用を損ないたかった、っていうことになると思うよ」
今回の手口のポイントは、『王家の兵士が人々を襲った』っていう印象を付けるものだった、っていうところだと思う。ただ人を傷つけたかっただけなら、単純に魔物を送り込めばいいだけだった。あくまでも、王家の兵士達に人々を襲わせようとしたっていうところに、考えるべき点があると思う。
「だったらまだ、アージェント家がやった、っていう方が、納得がいくんだよ。アージェント家は、王様を襲いに来たわけだし、今回の事件も起こしたなら、確実に王家をやっつけてしまいたいんだな、って思える。あと、ルギュロスさんが王様を襲いに行ったことはアージェント家も知っている訳だから、その発表がある直前に事件を起こして発表自体を有耶無耶にしようとしたのかな、って、思った」
「まあなあ。アージェント家からしたら、ここで『王家からの重大な発表』があるなら、貴族連合との和解じゃなくてルギュロスの国王殺害未遂の方だと思うだろうしなあ……」
うん。そうなんだよ。
多分、アージェント家の人達は、今回の発表が、ルギュロスさんに関するものだと思ったんじゃないかな。少なくとも、王家と貴族連合が仲良しになっている、っていうのは、結構想像しにくいだろうし。
……だから、その発表の前に、王家の信用を落としておきたかった。そういう風に考えることもできると思う。
「成程ね。そう言われてみると、確かに魔物が犯人っていうよりは、アージェント家が犯人って考えた方がそれっぽいわ」
「けどなあ……そうなると確実に、アージェントも魔物と手を組んでるってことになるんだよなあ……」
……フェイが、『頭が痛い!』みたいな顔をしているのだけれど、僕もそういう気分だ。
アージェント家は何がしたいんだろう。王家を滅ぼしたい、とか?王権の奪取、ってことなんだろうか?だから、民意を味方に付けようとしている……?
「……何にせよ、今後も警戒が必要だな。どこで何が起きるか分からん」
「だなあ。あーくそ、せめて、『何が』起こるかは分からなくても、『どこで』起きるかは分かればいいんだけどよー……」
そうだね。王都が狙われるかもしれないし、ソレイラかもしれない。或いは、もっと別のどこかかも。
そう考えると……うーん、やっぱり、こういうのって、守るよりも壊す方が簡単なんだな、って、思う。
ちょっと、悔しい。
その日も王城でお泊りになった。まあ、夜遅かったし。
王都の宿を取ることも考えたんだけれど、オーレウス王子がフェイのお父さんを掴んで離さなかったので、そのままオマケで僕らもずるずると王城に戻ることになった。今晩もお世話になります。
……お城の門を潜る時、兵士の人達が僕の上着の下の『大きな荷物』を検品しようとするのを毎回ラージュ姫やオーレウス王子、或いはフェイやフェイのお父さんが止めてくれるのがありがたいやら、申し訳ないやら。
この羽、なんとかもうちょっと引っ込められないものだろうか……。
そして、王城でのんびりして、翌朝。
「王城の朝ご飯って豪華よね……」
ライラが、ちょっと慄くようにそう言う。
朝食はそれぞれの部屋に運ばれてきたのだけれど、何故か、クロアさんもライラも、朝食が乗ったカートを押して僕の部屋にまで押しかけて来たんだよ。そうしたらラオクレスも「なんだ騒がしいな」ってカートを押してやってきたので、結局、4人揃ってのご飯になった。フェイ達はレッドガルド一家でご飯を食べているらしいので、そっちはまた別。
「そうねえ。とっても豪華だわ。品数は多いし、一品一品が手の込んだものだし」
クロアさんは朝食を優雅に食べながら、ご満悦の表情だ。
……ここで出るパンは、森のパンとは違って、しっかり精麦された小麦粉で作ったやつだ。ふわふわしていて、バターの香りがして、口に入れるとコクがあって、これはこれで美味しい。
スープは色々な肉や野菜で出汁を取った手の込んだものなのだろうし、果物だって、綺麗に飾り切りしてあったりするものだから……僕も、ちょっと恐れ多く感じてしまう、というか……ライラと大体同じ気分だと思う。
「森のご飯も好きだけれど、やっぱりこういうお食事も好きだわ。血が騒ぐっていうか」
「……物騒なことだ」
ラオクレスも落ち着かなげに食事を摂っている。この中で堂々としているのはクロアさんだけだ。『血が騒ぐ』っていう言葉通り、生き生きとしているというか、なんというか……。やっぱりクロアさんって、夜のパーティの人なんだなあ、と思う。
そんな折、ドアがノックされる。一番ドアに近かったライラがさっと立ち上がって、「はーい」と言いながらドアを開けに行って……慄いた。
「すまない。少し、いいだろうか」
オーレウス王子とラージュ姫、そして王様が、立っていた。……ライラが緊張している!
「あの、フェイでしたら、レッドガルド一家で集まっているみたいで……」
「俺に用ってわけじゃ、ないみたいだぜ?」
フェイに用なのかと思ったら、フェイが、ひょっこり王様の後ろから出てきた。更に、にこにこ顔のローゼスさんとお父さんも続く。仲良しだなあ……。
……フェイに用事じゃないなら、僕に用事かな、と思って、椅子から立ち上がって中腰ぐらいになったところで、オーレウス王子が慌てて手を振って僕を止めた。
「あ、いや、すまない。トウゴ君でもなく……そちらの騎士の彼に、用があって」
……オーレウス王子が、ラオクレスに、用事?一体なんだろう。
僕は不思議に思っているし、ラオクレスはもっと不思議に思っているらしい。なんというか、警戒態勢だ。警戒態勢のラオクレスだ。
「突然のことですまないのだが……」
そんなラオクレスに、オーレウス王子は、言った。
「勲章を、授与したい。受けてもらえるだろうか?」
……ああ!ラオクレスが、混乱している!