4話:安心と信頼の*3
僕はすぐ、広場を封鎖した。
やることは簡単。広場をすっぽり、漆喰のドームで覆ってしまった。
……広場だし、ガラス張りのドームとか、ぐるりと並んだ柱とその屋根とか、そういう装飾的なかんじにしたかったのだけれど、描いている時間が無いので、ただ、のぺっとした真白いドーム。
広場の出入り口を兵士達が見張っていたのが幸いして、まだそんなに人は外に出ていないようだったし、このドームで人の流れは抑制できるだろう。
「じゃあ、次は民衆の救助だな!」
続いて、フェイが勢いよく駆け出していった。召喚獣達はその炎でドームの中を眩しく暖かく照らしながら、人々にぎこちなく襲い掛かろうとする兵士達を止めに行く。
同時に、ラージュ姫も大いに活躍しているらしかった。率先して、王家の兵士達を召喚獣で取り押さえていく。
……けれど、いつの間にやら、王家の兵士の人達は皆、どんどん人々に襲い掛かっていく。中には、血が飛び散る様子もあった。誰かが怪我をしているんだ。
これじゃあキリが無い。かといって、ラージュ姫だって、あんまりたくさんの召喚獣を出したら、きっとここの人々を驚かせてしまうだろうし……。
「そういう、魔法……かしら?魅了の魔法の亜種?けれど、だとしたら、兵士達に意識があるのはおかしいわね……」
クロアさんは冷静に周囲を観察しながら、原因を探っている。
僕も一緒に兵士の人達を観察してみると、確かに……兵士の人達の様子は、おかしい。
どうも彼らは、人々に襲い掛かることを望んでいないように見えた。だから、口々に『逃げろ』と言っているし、動きもぎこちない。
……そう。動きが、おかしいんだ。まるで、勝手に動く体に、必死に抵抗しているみたいに見える。
「操られてる?」
僕がそう呟くと、クロアさんは、ちら、と僕を見て、頷いた。
「……そうね。多分、そうだわ。兵士達の体を操る類の魔法が使われているように見える」
クロアさんの目が、すぅっ、と細められる。……多分、魔法を感じ取ろうとしているんだと思う。
「けれど……意識がある兵士をこれだけの数、操れるかしら?術者の魔力よりも、術者の技術が足りなくなるわよね……」
……確かに。1人で複数の兵士の動きを操ろうとしたら、それって、操り人形を同時に複数体動かそうとしているのと大体同じじゃないかな。つまり、頭がこんがらがる。
「大体、そんなに強い魔力は感じられないわ。強いて言うなら、ドームの外、かしら……?でも、だとしたら余計に変ね。ドームの内側が分からないのに人を襲わせるように兵士を操れる?」
「じゃあ、犯人は中に居る?」
「かもね。だとしたら、今、こうして閉じ込められちゃって予想外、ってところかしら」
クロアさんの言葉を聞いて、僕はドームの中を見回してみる。……けれど、『予想外!』っていう具合の人は、いなかった。混乱して、パニックに陥っている人達が、フェイやラージュ姫、その他の人達の出す召喚獣に守られながら、只々怯えているだけだ。
「……それとも、術者が複数いるのかしら?でも、だとしたら、王都の民の中に紛れ込んでるって訳だし、そんなに不審な奴が何人も居たら、きっと分かると思うんだけれど……」
僕の目には、不審な人の姿は見当たらない。クロアさんの目にも見当たらないなら、居ないんじゃないかな。
「だとすると……」
クロアさんは必死に推理している。僕は魔法の知識が無いからあまり多くのことは分からないけれど、何か役に立つものを見つけられないかな、と思って、辺りを見回す。
……剣を振り上げる王家の兵士の人を見ていると、ふと、既視感を覚えた。
あれ、と思う。別に、兵士の人に見覚えがある訳じゃない。けれど、何となく、動きのぎこちなさの中に、何か、見覚えがある気がする。
何だろうな、と思いつつ、目を凝らす。何だろうな。これに似た動きを、どこかで見たことがある……?
僕がより一層、王家の兵士の人達を観察していた時。
「トウゴ!俺から離れろ!」
突如、僕の後ろから声が聞こえる。聞き慣れた、ラオクレスの声だ。
「ラオクレス?」
僕は振り返って……ぎょっとする。
ラオクレスは……ガタガタと震えながら、剣を抜こうとしている!
「体が、勝手に、動く……!トウゴ!離れろ!」
……どうやら、ラオクレスも、らしい。
ラオクレスは、勝手に動く体に、必死に抵抗しているらしかった。だからまだ、剣を抜いてもいないし、僕を傷つけてもいない。でも、時間の問題のようにも見える。
「トウゴ!こっちよ!」
「いや、でも、ラオクレスが……」
「つっても、王家の兵士もまだ残ってる!あいつらはもう剣、振り回してるんだぞ!」
ライラとフェイに引っ張られて、僕はラオクレスから距離を取る。
けれど、どうしよう。このままじゃ、ラオクレスが……。
「……いや、違う!」
僕らが迷う中、ラオクレスは何かに気づいたように、叫んだ。
「鎧だ!トウゴ!俺の鎧を描き変えろ!」
……ん?
ラオクレスがそう言った途端、ラオクレスの鎧が、ぴゃっ、と、驚いた。
……鎧が、驚いた。
「……これは、うちの騎士団の、ご同輩、だろうか……」
「恐らくそうだ!鎧を破壊すれば事足りる!」
成程。これで謎が解けた!
この会場の惨状は……『鎧』が魔物にされてしまったから起きたことだったんだ!
兵士の人達だって、まさか、自分が着ている鎧が魔物になって独自の意思を持ち始めるなんて思わないだろう。だから、『体が勝手に動く』っていう風に認識していた。
そして、クロアさんが『ここまで多くの人を操っていたら技術が足りない』っていう話をしていたけれど、それも、鎧がおのおの勝手に動いてくれるなら解決だ。
犯人だって、このドームの中を覗けなくてもいい。ドームの中の鎧を全部順番に魔物にしていけば、それで十分だ。
だって、この広場の中に、王家の兵士が着ている以外に鎧なんて、無い。だから、鎧の魔物を生み出していけば、自然と、王家の兵士が着ているものが魔物になる、っていうことなんだろう。
……あ、ラオクレスは除く。うん。犯人にとって、この場にラオクレスが居たことが、何よりの失敗の原因だった気がする……。
さて。
これで分かった。問題なのは、鎧。鎧が魔物になって意思を持って、人を襲おうとしている、っていうこと。
そして、その鎧を王家の兵士の人達が着ているせいで、まるで、王家の兵士の人達が人々を襲おうとしているように見えること。
……これらを解決するには、『人を襲っていたのは鎧です!』って、ちゃんと説明する必要があるだろう。
「ラオクレスを描き慣れていてよかった」
「……そうか」
ということで、まずは、鎧を脱いだラオクレスを描く。鎧も別で描く。……すると、絵がふるふる震えて、きゅ、となって、ふわっと広がっていった先で……ラオクレスが鎧と分離されていた。よし!
「さあ、覚悟しろ!」
そしてラオクレスが鎧に対して剣を向けると、鎧は、ぴゃっ、とまた驚いて、身を竦めるようにして、縮こまって、ぶるぶる震え始めた。
……ちょっと愛嬌がある。
「と、とりあえず、その鎧は置いておきましょう。他の兵士達の鎧をなんとかしなくちゃね」
怯える鎧には『動いちゃ駄目だよ』と話して聞かせておいて、鎧が何度も頷くのを見てまた『愛嬌があるなあ』と思いつつ……王家の鎧達をどうにかしにかかる。
簡単なのは、鎧を破壊してしまうことだろう。前、森の結界のところで戦った時のように、鎧を土偶みたいにしてしまえば、叩けば砕けるようになるわけだから。
けれど、今回はそういうわけにもいかない。何故なら、ちゃんと、『人を襲っていたのは鎧です』と説明する必要があるから。
だから、鎧を脱がせる方向でいく。
……鎧を身に着けていない兵士の人を描いて、その横に鎧を描く。の、だけれど……これが結構、難しい。
何せ、初めて見る人を何人も何人も描かなきゃいけないものだから、結構難しいんだよ。鎧を着ている人を見て、鎧を脱いだところを描く、っていうのは相当難しい。
けれど、なんとか描いている内に、なんとかなってしまった。
というのも、数人分の鎧を脱がせてみたら、後は自由になった兵士達とラオクレスとが数人がかりで鎧を着ている人を押さえつけて力技で無理矢理鎧を脱がせる、っていう戦略に出てくれたからだ。
「鎧だ!鎧を脱がせろ!人を襲っているのは兵士じゃない!鎧だ!」
……そして、鎧を脱いだ後の王家の兵士達を動かしているのは、ラオクレスだ。流石は僕らの石膏像!
「脱がせた鎧はそっちにやれ!捕虜として扱う!」
ラオクレスが指示を出しながら動いていると、広場の人達の心境にも変化が訪れたらしい。つまり、安心感。そう!僕らの石膏像は、その場にいるだけで人々に安心感を与えるんだよ!
更に、ラオクレスのことを知っている人が何人か混ざっていたらしくて……あちこちでは、『あれはゴルダの英雄では?』とか、『ゴルダの広場の黄金像に似ているなあ』とか、『もしや、あの方が勇者様なのでは?』とか、色々言われ始めた。ちょっと面白い。後でラオクレスに教えてみよう。多分恥ずかしがると思う。
ゴルダの英雄が先頭に立って、広場の怪事件を解決していく。
それは人々の目に、大きな安心感をもたらしてくれたらしくて、混乱していた人達も、今やすっかり安心しているようだ。
「怪我をした人はこっちにいらっしゃい!薬も包帯も偶々、たっぷりあるのよ!」
……そして僕らは、応急処置係。
僕が隠れて、ざっと大量の包帯や薬や絆創膏なんかを出して、それを『たまたま持ってた』っていう体で、人々に使う。本当は、僕が一つ一つ描いて治せればいいんだけれど、この人数を描いていたら時間が掛かりすぎるし、知らない人を描くのって結構大変なので、それはナシっていうことで。
……かくして。
「よかった……。これで、平和が訪れましたね」
ラージュ姫が、心の底から安堵した表情を浮かべて、人々もまた、それにつられて安心した顔をする。
広場の真ん中には、縄でぐるぐる巻きにされた鎧達が転がされて、しゅん、としている。
そして、鎧達を見張るために仁王立ちしているのは……僕らの石膏像!安心と信頼のラオクレスだ!
皆さん、僕らの黄金のラオクレスを、どうぞよろしく!