8話:剣と宝石*3
それから僕らは町に出かけた。
……心配だったので、ガーネットとトルコ石と紫水晶をそれぞれ1粒ずつ持って出かけることにした。お金が足りないと困るから、ガーネットとトルコ石は3㎝くらいの大きさのやつ。紫水晶は僕の手の大きさくらいの大ぶりな結晶を1本。
それをフェイに貰った柔らかい布の袋に入れてからポケットに突っ込んで、僕は天馬、フェイとラオクレスは炎の狼に乗って、街中まで出る。
フェイの家は、町の外れにある。少し小高い丘の上。そこから町まで、歩いても十分に行けるんだけれど……まあ、速い方がいい、というか、急がないと店が閉まる、ということだったので。
うん。僕が夢中になって宝石を描いていたからだ。ごめんなさい。
街中に着いたら、天馬にはフェイの家に帰っていてもらう。後で迎えに来てもらおう。……いや、だって、やっぱり羽が生えている馬は珍しいらしくて、どうにも町の人達の視線が気になったから……。
「よし。じゃあまずは宝石屋だな。行こうぜ」
フェイはにやりと笑って僕を引っ張っていく。
「あ、ラオクレス。もし町の中でほしいものを見つけたら言ってね」
僕はラオクレスを引っ張っていきつつ、そう言っておく。僕はこの世界での暮らしに疎いし、フェイはフェイで貴族だからラオクレスの感覚とは違う感覚をもっていそうだ。だから、ラオクレスが必要なものは彼に言ってもらうしかない。
「……分かった」
ラオクレスは困惑気味にも見えたけれど、僕も町でのまともな買い物は初めてだ。困ってる同士、仲良くやろう。
フェイが懇意にしているという宝石屋に入る。何かマークが描いてある看板が掛かっていた。フェイに意味を聞いてみたら、『貴族御用達』のマークだそうだ。そっか。つまりフェイ御用達の店か。なら安心だ。僕らは中に入る。
「おや、フェイ坊ちゃん。どうなさいましたか?何かお探しで?」
「いやいや。今日は買取の方で頼むぜ。ついでに俺から、じゃなくて、俺の親友からだな」
フェイが店の人と話して、それから僕を手招きした。
「よし、トウゴ。1個出せ。1個な」
僕はフェイの横に進んで、それから、ちょっと迷って、トルコ石を袋から出した。ロビンズエッグ・ブルーの宝石が、店内のランプの光を受けてはつやつや輝く。
「おお、これは……!」
僕が店の人の手に宝石を乗せると、店の人は目を輝かせて……それから、カウンターの向こう側に行って、ルーペを出したり、小さい顕微鏡みたいなので覗いたり、何か色々調べ始めた。
……そして、ほう、とため息を吐く。
「……素晴らしい」
店の人はそう呟くと、真剣な顔で聞いてきた。
「この宝石は、どこで入手されたのですか?」
ええと……描いて出しました、とは、言えない。うん。
「内緒です」
なのでこういう答え方しかできない。こう答える以外に無いよね。でも怪しいものじゃないんです。本当に。
「そ、そうですか……まあ、これほどの宝玉、出所は教えたくないでしょうね。ええ、構いませんよ」
店の人はそう言って、とりあえず宝石の出所については聞かないことにしてくれたらしい。助かる。
「しかし、素晴らしい宝玉だ。これだけのものとなると、ドラゴンだって魅力的に思うでしょうね。無論、大きさは多少、足りないかもしれませんが……ううむ、多少狭くてもいいからこれがいい、という召喚獣は数多、でしょうな……」
うん。実際そうだったね。レッドドラゴンがガーネットの方に一生懸命首を伸ばしていたのは、そういうことだったらしい。
……こういう宝石って、召喚獣にとって物件みたいなものなんだろうか。レッドドラゴンとしても『ちょっと手狭だけれど景色もいいし設備も整ってるし外観も気に入ったからこの家にする』みたいなかんじだったんだろうか。分からないけれど。
「ということで、買取となりますと……こちらでいかがでしょうか」
店の人は、僕に向かって紙を差し出してきた。
……うん。読めない。
「フェイ、どう?」
なのでフェイに聞いてみる。……すると。
「……結構ぽんと値段、出すなあ」
フェイは驚いた顔で固まっていた。
……これ、どういう金額なの?
ということで、僕はフェイからゴーサインが出たので、その値段で宝石を売った。
そして僕の手には、ずっしりとした袋がある。
……これの中身は、金貨だ。金貨がざくざく入っている。びっくりした。
フェイが売る宝石について、『1つだけな』と言っていたのはこういうことだったのか。もし3つとも売っていたら、もっととんでもない額になっていたんだろう。いや、フェイも『まさかこれほどとは』みたいな顔、してるけれど。
「……これ、どれくらいの価値なの?」
そうして、宝石屋から離れてから、僕は試しにフェイに聞いてみた。僕、未だにこの袋の中身がいくら分なのか、そしてそれがどれくらいの価値なのか、分かっていない。
「まあ……1年は普通に食っていける、んじゃねえの?ラオクレス、どうだ?」
「2年か2年半」
……あ、そうなんだ。うん、人によって、生きていくのに必要なお金は違うからね。
でも、そうか。そんなにあるのか。この袋の中身。
「宝石1粒でそんな値段、ついちゃっていいの?」
「召喚獣が入れられるような質の魔石だからな、これ。もしこれが魔石じゃなかったら、1週間分の食費くらいにしかならねえよ」
うーん……宝石は宝石でも、魔力が含まれる宝石は値段が高い、ということか。うん。分かってきた。
「じゃあ、召喚獣って飼うの、大変だね」
「ああ。だから召喚獣は貴族の武器なんだよ。魔石で金が掛かるからさぁ……俺もそれだけどよ、魔法の才能が無い分、いい魔石用意しといてやらねえと召喚獣も付き合ってくれねえから……」
そういえば確かに、フェイは以前、『金で能力を買ってる』って言っていたけれど、それってこういうことだったのか。成程。分かった。
「……あれ?でもそういえば、レッドドラゴンは魔石が無い内からフェイに懐いていたけれど」
それから少し気になって聞いてみると、フェイは苦笑いを浮かべる。
「あー、うん。あれは多分、色々と特別なんだ。偶々、レッドドラゴンが俺をしこたま気に入ってくれたらしい」
そうか。まあ、気に入るだろうな、と思う。
フェイの人柄が善いのもそうだけれど、色味が。レッドドラゴンそっくりだから。多分、親近感を覚えるんじゃないだろうか。
「僕もドラゴン、描こうかな」
フェイとレッドドラゴンを見ていると、少し羨ましくなってくる。でも、ドラゴンなんて描いて出したら、馬達に怒られるような気もする。
「……次は魔力切れは3日までにしてくれよ?」
……そういえばそういう問題もあったね。うん。善処します。
それから、僕らは食料品店へ向かった。とりあえず買うものは……日持ちしそうなものを、とりあえず一通り。固めに焼き上げられたパンとか、チーズの塊とか。あと、ハム。生ハムっていうのかな、そういう奴。骨付きでとても大きい。凄いな。初めて見た。
「あ、これ美味いぜ」
「うん」
それから、フェイが勧めてくれる食べ物もいくつか。瓶詰めになっているジャムみたいなものとか、ペースト状の何かとか。要は、パンに塗って食べるもの。
「これは食っとかねえと損だな!」
それから、フェイが勧めてくれるお菓子も。美味しいらしいからまあ、いいかな。
「あと服!トウゴ!お前、ずっとそのシャツだろ!着替えろ!」
「これは同じのを何枚も持ってるだけだよ」
「そうだったのか!?」
シャツとズボンに代わり映えは要らない。うん。
……こうしてフェイが先導して町を歩くと、買い物がどんどん増えていく。
ある程度は僕も持つけれど……荷物持ちをしてくれるのは、主にラオクレスだ。
「重くない?」
「ああ」
聞いてみるけれど、彼の返事はこんなかんじだ。まあ、ヘラクレスやラオコーンみたいな筋肉の持ち主なんだ。あんまり心配は要らないかもしれない。
でもちょっと、申し訳ない。パンの塊もチーズの塊も、生ハムの骨付きの塊も、それから瓶詰だってなんだって、全部重いだろうし……。
「あの、もし欲しいものがあったら言ってほしい。買うから」
だからせめて、彼の欲しいものがあったらそれを買おうと思う。お金は何やら、予定以上に潤沢になってしまったし、ラオクレスの欲しいものがもしあるなら、是非、買いたい。
……そんな時だった。
ふと、ラオクレスが足を止めた。
足を止めようとしたのではなく、ただ、意識を奪われて、足が止まってしまった。そんなかんじだった。
……彼の視線の先には、古ぼけた店がある。
そしてその店のショーウィンドウには、古ぼけた道具がいくつも置いてあって……その中に1本の剣が、あった。
剣を見つめるラオクレスの顔には、彼にしては珍しく表情があった。
迷いのような、焦りのような。複雑な表情だった。
「……ラオクレス」
僕が声を掛けると彼は、はっとしたようになって、また足を動かし始める。結局、彼が足を止めていたのはたった数秒だった。けれど、その時間は妙に長く感じられた。
ラオクレスはもう一度、ちらり、とショーウィンドウを見て……それから、彼の目が閉じられる。
……再び彼の目が開いた時には、もう、その目に感情は見当たらなかった。
歩きながら、もう一度声を掛けようかどうか、迷った。
彼が見ていたあの剣は、彼が欲しいものだったんじゃないだろうか。
でもラオクレスは何も言わなかった。何も言わなかったんだから、僕が口を出すべきことじゃないのかもしれない。
……そうは思っても、何か、落ちつかない。気持ちがざわざわするような、そんな感覚が胸を走る。焦りのようで、不安のようで、何より、踏み込んでいいのかという迷いだ。それが全部一緒になって、一瞬で過ぎっていく。
フェイとラオクレスの歩みに合わせて歩いて行く僕の後方、どんどん遠ざかっていくその店は……多分、質屋だ。
あの剣、今買わなかったら、無くなってしまうかもしれない。
そう思ったら、どうしても動きたくなってしまった。
「あ、おい、トウゴ。どこ行くんだ?」
「ちょっとそこまで!」
フェイに声を掛けられたけれど、止まらず走る。
店は大分遠くなっていたけれど、走ればそれほどの距離じゃない。道を曲がって、それから数軒行ったところ。
僕はさっきの店に向かって、走って……そこで、店のドアを、開けた。
店の中は薄暗かった。そして、色々な品物が雑多に並んで、埃をかぶっている。手入れはされていないらしい。整頓もされていないな。
そしてそんな店の中には、人が3人。馴染みの客らしい人2人と、カウンターの向こうの店の人。
店内に居た3人は、それぞれ物珍し気に僕を見た。この店、この様子だとあんまり流行ってなさそうだし、新しい客は珍しいんだろう。
注目されて居心地が悪かったけれど、仕方ない。僕は店の人に声をかける。
「あの、すみません」
「買い物か?それとも質入れ?」
カウンターの前まで進むと、カウンターの所で話していた客2人は少し場所を空けてくれた。なので僕はそこで、店の人と会話することになる。
「ええと、買い物で」
「そうかい。何をお求めだ?そこら辺のは1つ銀貨1枚でいい。そこの机のは銀貨5枚。そっちの棚のは金貨1枚だ」
……この世界のお金の感覚はまるで分からないのだけれど、とりあえず、すごく雑な価格設定なんじゃないだろうか、ということは僕にも分かる。
「店内じゃなくて、外に出てた奴を買いたいんです」
「へえ。どれだ。外に出してる奴は全部高いぜ。払えるのか」
「お金ならあります」
僕が言うと、店の人は僕の手にある袋を見て、納得したような顔をした。
「金さえ払うなら売ってやる。で、どれだ」
あ、よかった。非売品とかではないんだな。
ということで、僕は安心して、買いたいものを伝えることにした。
「あの剣を買いたいんです」
僕がそう言った途端、少し、店内の空気がおかしくなった、ような気がした。
店の人は驚いたような顔をして、僕を見て……それから、訝しむような顔をした。
「……あの剣に何か思い入れでも?」
ええと……どう答えたらいいんだろう、これ。
ラオクレスが目を留めたから?僕が気になってしまったから?でもそれは僕の思い入れじゃないな。
「ええと……僕には、無い、んですけれど……どうしても、買いたくて」
僕には思い入れは無い。けれど、ラオクレスにとってはもしかしたら、思い入れがある何かなのかもしれない。僕には分からないけれど。
なんとなく、ラオクレスのことは言いたくなかった。店の人の反応が少しおかしかったから、かもしれない。
「成程……そうか」
すると店の人はそう言って僕を見て、それから僕の手元を見て……にやり、と笑った。
「ま、分からねえが。ならとりあえず、殺しておくか」