7話:剣と宝石*2
僕は、お医者さんの到着を待つ間、宝石の絵を描く。
複雑なカットのものは難しいから、丸いやつ。カボションカット、というのだっけ。そういうのを描く。正円に近いものや楕円。変化をつけて、一度に10個くらい、一気に描いていく。
まずは、ガーネット。
透き通った半球が光を受けて色付きの影を落としている様子。ビー玉やレンズは練習したことがあるから、これは簡単だった。無事、実体化。
次に、トルコ石。
……大きな鳥の卵の殻の色、そのものの石だ。ただし、不透明なトルコ石は質感を出すのが難しい。だから、フェイの家の大理石の柱を参考に、黒褐色の模様を描き入れる。少し難しかったけれど、無事、これも完成。
次は……紫水晶。これは流石に、六角柱みたいな結晶の形で描く。
森で鳥を追いかけていた時に見つけた、鮮やかな紫色の花びら。あれで作った絵の具が、ここで役に立つ。他の絵の具、ピンクなんかも混ぜながら、透明水彩の本領発揮だ。透き通ったものを描くなら、やっぱり透明水彩は強い。……ということで、これも無事に実体化。
「……綺麗なもんだなー」
フェイが横から覗き込んで、感心したようにため息を吐く。
「じゃあ、あげる」
机の上にざらざら転がっているガーネットを3粒拾って、フェイの手の上に乗せる。僕と彼の血から生まれたレッドドラゴンの鱗で作った緋色の絵の具で描いた宝石だから、まあ、半分くらいは彼のものだ。
「え、いいのかよ」
「うん。また描くから」
次はもっと複雑なカットのものもかいてみたい。どんなのにしようか。あ、でもこれは実物の見本が無いと難しいかな。うーん……。
そんな時だった。
窓がコツコツ、と叩かれる。窓の方を見てみると、そこにはレッドドラゴンがいた。
「お。どうしたどうした」
フェイが窓を開けて手を伸ばすと、レッドドラゴンはフェイの手に首を擦りつけて懐く。ドラゴンとはいえこういう仕草をするから、この子はかわいい。
「……ん?おいおいおい、本当にどうしたんだお前」
フェイが慌てるのも無理はない。レッドドラゴンはより深く窓から首を突っ込んできて、身を乗り出すのだ。ちょっと危ない。主に窓枠が壊れそうという意味で。
一体どうしたんだろう、と思いつつレッドドラゴンを見ていると……レッドドラゴンはきゅうきゅう鳴きながら、首を伸ばして、フェイのもう片方の手をつっつこうとしているらしかった。
……あ。
「もしかして、これかな」
僕は、机の上にまだまだ置いてあるガーネットを1粒とって、レッドドラゴンの前に出す。
するとレッドドラゴンは、そうだ、と言わんばかりに、きゅー、と鳴いた。
「あー……そっか。そうだよなあ。お前もいい加減、魔石の中に入りたいよなあ」
フェイはそう言いつつ、そっと、自分が手に持っていたガーネットを机の上に置いた。
「けど流石にこれは駄目だぜ。お前が入るには小さいって」
フェイがそう言うと、レッドドラゴンはきゅう、と寂しそうに鳴く。……うーん。
「ねえ、フェイ。召喚獣が入る石って、どんなのでもいいの?」
「ん?いやいや、何でもいいって訳にはいかねえよ。ちゃんと魔力の籠った魔石じゃねえと。あと、召喚獣ごとに好みがあるしな」
……そうか。うん。
「ええと、レッドドラゴンは、もしかして、この石、気に入ってくれたの……?」
つまり、そういうことにならないか?
僕が今、描いて出した石。もしかしたら、魔石、という奴じゃありませんか、と。
簡単な実験方法がある、とフェイが教えてくれたので、早速、試してみる。
「これ、魔石ランプだ。魔石の魔力を燃料にして火が着く。……今は屑魔石が入ってるから、全部出すぜ」
フェイは綺麗な手提げランプを持ってきて、その土台の部分についていた蓋を開けた。するとそこからザラザラと、濁った色の小石みたいなものが出てくる。どうやらこれが『屑魔石』らしい。要は、魔力はあるけれど美しくはない石、っていうことなのかな。不純物が多い、っていうことかもしれない。
「ちょっと待ってな。ランプの中に残ってる魔力全部燃やしちまうから」
そしてフェイはランプに火を灯して、しばらく置いておいた。……するとほんの1分もしない内に、ランプの火は消えてしまった。
「うー……もったいねえ気もするけど、本当にいいか?」
「うん。また描くから」
そして僕は、ランプの中に1粒、宝石を入れる。そしてランプの蓋を閉めて……火を着ける。
すると。
「おお」
ぼっ、と音がして、火が着いた。……さっきよりも明るい火が、辺りを照らすようになる。
ランプの覆いに綺麗な細工があるから、それが火の光に透けて輝いて綺麗だ。ランプを置いた机の上に落ちる影もランプの覆いを透かしたものになるから、とても綺麗だ。
火の揺らめきに合わせて光もゆらゆら揺れるのが楽しい。いいなあ。これもいつか描きたい。
「こりゃあ……う、うーん」
一方、フェイは唸っていた。
「……お前、今、封印具着けてる?」
「ううん」
宝石を実体化させたかったから、封印具は外して描いた。その方が速く宝石が仕上がる。
「試しに、封印具着けてやってみな」
「え?うん」
まあ、いいか。フェイに言われた通り、僕は封印具を着け直して、それでまた、宝石を描くことにした。
宝石が描けて、実体化した。するとフェイはそれを拾い上げて、相変わらず窓の外で物欲しそうな顔をしているレッドドラゴンに差し出す。
「ほれ」
けれど、レッドドラゴンはそっぽを向いてしまった。きゅ、という鳴き声が、抗議の声にも聞こえる。
「やっぱりこっちだと嫌か?」
フェイが尋ねると、レッドドラゴンは、きゅー、と鳴いて身を乗り出す。……どうやら、机の上に置きっぱなしの、最初に出した宝石の方が気になるらしい。
「つまりお前は、描く時に実体化させる以上の魔力を注ぎ込んだら、魔石ができちまうってことだ!」
「そうなんだ」
そっか。それは大変だ。
未だに魔石っていうものがよく分かっていないけれど、多分、大変なことなんだろう。フェイが慌ててるから。
「うわ、これ結構大変な……うう、トウゴは王宮の魔術師にもなれるし、世界一の宝石商にもなれる……」
「別になりたくない」
「だろうなあ。お前見てりゃ、それは分かるぜ」
フェイに呆れた顔でそう言われてしまったけれど、しょうがない。僕は別に、王宮の魔術師とやらになりたいとは思わないし、宝石商にも興味はない。
けれどとりあえず、僕が今まで描いて実体化させてきたものは……なんか、こう、ちょっと色々と大変だったかもしれない、ということは、分かった。
宝石が魔石になってしまったんだから、家も魔家とかになってるんだろうか。よく分からないけれど。
フェイが机の上の宝石を見て「これどうするかなあ……」と悩んでいるのを見つつ、僕は窓の外で未だに待機中のレッドドラゴンを見る。
レッドドラゴンは僕が手を伸ばすと、フェイにそうしたように懐いてくれる。かわいい。
……レッドドラゴンはずっと、机の上の石を見つめている。きゅう、と鳴く様子がなんとなく、かわいそうだ。
召喚獣、というものがどんなものなのか、よく分かっていないけれど……家が無いようなものだったら、それってすごく、悲しいことなんじゃないだろうか。
「あの、フェイ」
「ん?どうした?」
なので僕は、申し出ることにした。
「僕がレッドドラゴンの家になる石、描いていい?もっと大きい奴」
するとフェイは、きょとん、とした後……満面の笑みで、答えた。
「俺も今、頼もうと思ってた!」
そうして僕は、大きな宝石を描いた。
長径5㎝くらいの楕円形。色は深い緋色から明るいオレンジまで、色んな色が揺らめくように。……さっき見た、ランプの火で思い出したんだ。レッドドラゴンが初めてこの世界に出てきた時、火を吐いていたのを。あの色、綺麗だったから。だから、できるだけ宝石の中に再現してみたかった。
「すげえなあ……綺麗だ」
中で火が燃えるような石を拾い上げて、光に透かしてみたりして、フェイも目を輝かせる。あ、宝石はちょっと、フェイの目にも似ている。
「なあ、レッドドラゴン!これならお前、気に入るだろ!どうだ?」
そして、フェイがレッドドラゴンに宝石を差し出すと……レッドドラゴンはその瞬間、宝石に向かって……頭突きした。
こつん、と、レッドドラゴンが宝石に頭突きした、その瞬間。
「うわ」
レッドドラゴンの体が、するり、と宝石に吸い込まれて消えてしまった。
……これ、大丈夫なの?
「よし。じゃあ出てきてみろ」
続いてフェイがそう言いつつ宝石を窓の外に向けると、今度はそこからレッドドラゴンがまた出てきた。
……どうやって中に入って、どうやって外に出てきているんだろう?
すごく不思議な眺めだ……。
「トウゴ!こいつもこの魔石、気に入ったってよ!」
レッドドラゴンは宝石に出たり入ったり、窓の外で宙返りしたり。多分、はしゃいでいるんだろう。これは。
「気に入ってもらえたなら何より」
集中して描いたからか、少し気疲れしたけれど、レッドドラゴンの喜びようを見ていたら疲れなんて吹き飛びそうだ。
うん、よかった。
「よし、じゃあ行くか!」
そしてフェイは、レッドドラゴンが中に入った宝石を手に、そう言った。
「え?行くって?」
僕が何のことかな、と思っていると、フェイはけらけら笑いだした。
「町だよ!食料とか、買いに行くんだろ?忘れたのか?」
……あ。
そうだった。そもそも僕が宝石を描き始めたのって、そのためだった。
宝石を売って、お金にして、それで自分の身の回りのものくらいは自分で買おうと思ったんだった。描いてる内に忘れてた。
「ええと、じゃあ出した宝石、適当に包むね」
「あー……そのことなんだが、トウゴ」
僕が小さい袋か何かを描いて出そうかな、と思って鉛筆を握ったところ、フェイに、言われた。
「多分、1粒で足りるぜ」