15話:踊る魔物*6
僕が出した宝石に、魔物が寄り付かない……?
ものすごく頑張ったのだけれど、どうやら僕が出した宝石は魔物達には不評だったらしい!うわ、どうしよう、少し自信が無くなってきた!
「ごめん、ええと、じゃあ、今、魔物達を入れて帰ってきた宝石は……」
「ああ、王城の宝物庫や服飾室、ラージュ姫の私室なんかにあった宝石ね。要は現地調達した奴よ」
成程、僕が出した宝石が至らなかったばっかりに、2人には宝探しを余計にさせることになってしまったのか……。クロアさんの『手間取った』はそういうことだったんだろう。本当に申し訳ない……。
「本当にごめん。何が足りなかったんだろう……」
しょんぼりしたってしょうがないんだぞ、と思いながらもしょんぼりしてしまいつつ、クロアさんに聞いてみる。さっきの口ぶりからすると、クロアさんは原因が分かっているようだし……。
……と、思ったら。
「いえ、多分、逆なのよ」
クロアさんはちょっと呆れたような顔をしつつ、言った。
「トウゴ君が全力で描いた宝石って、すごすぎて、魔物が住みたがらないの」
……すごすぎて、住みたがらない?ええと、どうしよう、理解が追いついてない。ええと……。
「トウゴ君。あなた、狭いところ、好きよね」
「え、あ、うん」
唐突にクロアさんの話が始まったので、頷く。そうだね。僕、狭いところ、好きだよ。部屋の隅の角のところとかが好きだし、大きな木のうろになっている部分にすっぽり収まるのも好きだし……。
「あなたのお家も、そんなに大きくないものね。私達が夕食を食べにくるとぎゅうぎゅうになっちゃうくらいには」
あ、うん。まあ、家はこれくらいのサイズが丁度いいと思う……あ。
「そんなあなたの前に、豪邸があって、ここに住んでいいよ、って言われても、ちょっと尻込みしちゃうでしょう?」
……成程。ちょっと分かってきた。アルハンブラ宮殿やベルサイユ宮殿など、優れた建築物は沢山あるけれど、そこに住みたいかは別だ。
或いは、ルーブル美術館に住みたいかと言われると、確かにちょっと、尻込みしてしまう……。
「多分、そういうことなのよ。だから、自分が住んでもよさそうな手頃な宝石の方が、魔物達にはいいみたいね」
成程……。確かに僕、『姫路城か姫路城の傍の2LDK、好きな方に住んでいいよ』と言われたら2LDKを選ぶ。
そうか、僕の頑張り方、ちょっと独りよがりだったな。住む魔物のこと、考えてなかった。反省……。
「まあ、トウゴ君の宝石も、役に立ったのよ?それはそれはもう」
僕が反省していたら、クロアさんはそう言って、ふに、と僕の頬をつついた。『元気出してね』っていうメッセージを感じるから、元気出します。
「あの宝石、全部ラージュ姫に持っていてもらったのよ」
うん。
まあ、そこは別に不思議ではない。荷物を2等分しなきゃいけないっていうことはないし……。
「そうしたら、まあ、魔物の感覚としては、『お城をいくつも持って堂々としている人物』なわけでしょう?」
う、うん。あ、そうか。
そうだね。そうか、ラージュ姫は、アルハンブラ宮殿とベルサイユ宮殿と姫路城とノイシュヴァンシュタイン城とエディンバラ城を抱えてやってきた、みたいなかんじに見えたのかもしれない……。
「……それでどうやらラージュ姫、国王よりも偉い人だと思われたらしいわ」
……うん。
まあ、お城を大量に抱えて持ってきた人が居たら、魔物からは、そう、なってしまうのかもしれない……。
「或いは、宝石から溢れる魔力だけで国王の支配が揺らいじゃったのかも。まあとにかく、そのおかげで、魔物達の、寝返るのの早いこと早いこと……」
「それはよかった……」
成程、道理で、ラージュ姫が魔物にすっかり慕われているわけだよ。皆、ラージュ姫にはちょっと恭しい態度をとっている。恭しい魔物達というのも中々……。
「それで、どうしましょうか。この子達からある程度話を聞くのは前提として……その後は?やっぱり王城の前でダンスパーティ、やる?」
「う、うーん……」
……僕としては、彼らがダンスパーティするところ、見てみたいんだよ。でも、王都の皆さんがそう思うかはまた別の話だし、王都の真ん中で魔物が踊り出すのはやっぱりまだ早いような気もする……。あとやっぱり、下手に王様を刺激しない方がいいかな、という気もしてきた。
でもダンスパーティ、楽しそうだし、魔物が案外面白いやつらなんだよ、と王都の人達に伝えるには丁度いい気も……うーん。
「……まあ、ひとまず相手の戦力はこれで相当削れたことになるわ。また王様が新たな魔物を呼んだりしていたら話は別だけれど、その時はラージュ姫がトウゴ君の宝石で身を飾りながら魔物達に寝返るように言えば済んじゃいそうって分かっちゃったし、このままこっそり王城に突撃しちゃってもいいかもね」
「うん」
元々の僕らの目的は、それなんだ。
森が攻撃されるのは困るし、かといって表面の問題だけ何とかしようとしても無理があるだろうから、王様や更にその奥に居る誰かごとなんとかしてしまいたい、っていう、ただそれだけだったわけで……それでできれば、誰も傷つかずにそれができればいいよね、っていう、そういう、ことで……。
「……どうしたらいいか、考える。ええと、一緒に、考えてほしい」
……でも、まだ、何が正解か、どうやったら上手くいくか、よく分からないから。
「ええ。勿論。私だけじゃなくて皆、一緒に考えてくれるわ」
にっこり微笑んで頼もしくもそう答えてくれるクロアさんや森の皆に助けてもらって、いい答えが見つかればいいな、と、思う。
「そもそもどうして王様は、森を攻撃しようとしているんだろうか」
相手の気持ちを考えるところから、まずは始めてみよう。
「まあ……そりゃあな?国王も、ほら、アレだろ。もう……手段問わず、ってところなんだろ。うん。単にレッドガルド憎しでソレイラを攻撃してるんじゃねえかな。それで、武力を持つために、魔物と手を組んだ、っつうか……」
うん。僕もそう思うよ。王様は背景をあまり考えずに魔物と手を組んでると思う。
「武力が欲しい理由は簡単だな。勝ちたいからだ。……武力があれば、他でどう足掻いても勝てないものに勝ててしまう。……自分より賢い者も、自分より美しい者も、殺せばそれまでだ」
「そうね。逆に言えば、武力以外で勝てないから、国王は武力を求めて……他に手段が無いから、魔物と手を組むことになったんでしょうね」
これも分かる。王様は魔物が好きで魔物と手を組んだわけじゃないと思う。
『どうしようもなかったから』なんだろうな、ということくらいは、察しが付く。
「……で、残酷なようだけどさ。それ、どうしようもないのよね。能力が無い奴が人の上に立って一等賞で思うがままに生きる、なんてことはできないわけだしさ」
……うん。ライラの意見も、分かる。
残酷なようだけれど……どんな世界でも、全員がそれぞれの望むように居ることはできない。同じ場所に『一等賞になりたい人』が2人以上居たら、誰かは負けて、一等賞ではなくなってしまう。そしてそれは、決して、悪いことだとは言えない。全員が等しく一等賞、っていうのはつまらないと思う。だから一等賞は、能力の差異で掴むものになってしまう。これはしょうがない。
「……ねえ。王様は、自分の領地を失って貴族じゃなくなるのが怖いのかしら。私は貴族じゃなくなること、別に何とも思わなかったわ」
「何を大切に思うかは人によって違うわ。国王にとっては王という肩書が大切なのかもしれないし、自分が頂点に居ることが大切なのかもしれないし……或いは、今までずっとあったものが失われて変化してしまうのが怖いのかもしれないわね」
カーネリアちゃんが不思議そうに首を傾げる。……何かを失う怖さや変化を恐れる気持ちとは、カーネリアちゃんは無縁なのかもしれない。それはそれでいいと思うよ。
……僕は何となく、王様の気持ちが分からないでもない、と、思う。
今ある立場を失うのが怖くて、その原因である森や僕やレッドガルドが憎くて、どうにかして僕らを打ち負かしたい。そのためなら多少、よくない手段に頼ってもいい。そういうことなのは、分かる。
王様の理想が、全員が自分の国の中に大人しく収まっている状態だっていうことも、分かる。貴族連合に反発するのも、結局は失うのが怖いからだと思う。
……それでいて、武力以外の方法で国民を率いる能力が無くて、理想に能力が追い付いていなくて……ままならない。そういう状態だ。
「王様との間に、壁を築くしかない。分かり合えないなら、そうやって住み分けるしかない。でも王様は、そもそも貴族連合が独立して出ていくことにすら反対なわけで、壁ができたら壁を壊しに来るだろうし、でも、それで戦うとなると、誰かが傷つく……」
ソレイラを攻撃させないための一番簡単な答えは、もう分かってる。王様を倒してしまうことだ。
王城に乗り込んで、王城を攻め落とす。骨の騎士団も森の騎士団も居るし、召喚獣達も居るから、正面から向かって行ってもなんとかなるかもしれない。何なら、王城に森を描いて王城を森にしてしまうとか、そういう方法もある。
……けれどそれだと、みんな傷つく。
怪我をするだろうし、嫌な思いをするだろうし、もっと取り返しのつかないことが起きて後悔することになるかもしれない。
……それを回避するためには、圧倒的な力で押してしまうか、はたまた、相手に全面降伏してもらうか、はたまた、相手が気づかない内に何かが始まって、気づかない内に平和になっている、っていう状態にするか。
今の王様は、全面降伏はしてくれないと思う。少なくとも、真っ向から向かって行って全面降伏を勧告しても、聞き入れないんじゃないかな。だからこそ、魔物と手を組むようなことになっているのだろうし。
そして、圧倒的な力で押してしまうっていうことは、結構難しい。王様がどういう魔物を生み出すか分からないのだから、あまり思い切ったことはできない……。
「……父が賢ければ、よかったのに」
皆で悩む中、ラージュ姫がそう、言った。
「賢ければ、このような状況にならないでしょう。何の利も生まない状況を生み出すことはなかったはずです。父がもっと、王として、人として、優秀な人であれば、このようなことには……」
……今一番苦しいのはラージュ姫だろうなあ、と、思う。
王様のこと、一番よく知っていて、だからどうしようもないことを分かっていて、それでいて、どうにかしたいとも思っているはずだ。
「父もきっと、そう望んでいたでしょう。賢く、強い王でありたい、と。けれど、そうではなかったから……」
……ラージュ姫はこの中の誰よりも近くで王様を見てきて、それで、王様が苦しんでいるのを見て、ラージュ姫も苦しんできた。そして今、ラージュ姫は王様に苦しめられている。
「トウゴ様。トウゴ様のお力で、あの愚王を賢くすることはできませんか?……なんて。ふふ」
ラージュ姫はちょっと疲れた顔でそんな冗談を言って笑う。その表情がすごく辛そうで、見ている僕も辛くなってきて……。
「じゃあ、その、僕……王様の肖像画、描いて、みる?その、賢そうな具合に」
「……え?」
賢そうに描いたら、王様、本当に賢くなったり、しないだろうか。
僕はそう、思ってしまった。