13話:踊る魔物*4
とりあえず、ラージュ姫が少し元気になったみたいだから、それはよかった。
残る問題は……。
「あの、ラージュ姫。僕のことは、その、今まで通り、トウゴ、って呼んでほしい、のだけれど……」
「大丈夫ですよ。私、あなたが精霊様だなどとは、決して口外致しません」
「口外しなくても町の人達にはある程度気づかれてる気はするんだよなあ……」
……フェイの言葉は聞かなかったことにして、ラージュ姫にはこういうお願いをしておいた。精霊様扱いされると精霊様になってしまいそうで、最近やっと脱・森化した僕としては、それは避けたい!
「じゃあ、トウゴ。お前、なんかいい案、あるか?」
「いや、今持ってる情報だけだと、何とも。……とりあえず、防衛を続ければ、王様は『ソレイラを滅ぼせないから力を手に入れられない』みたいなことになって、問題が自然消滅する気がするけれど」
フェイに聞かれてそう答えると、フェイもラージュ姫も難しい顔をした。
「父にとって、ソレイラを滅ぼすことがとても大切であることは間違いありませんし、となればまず間違いなく、魔物達にとってもソレイラを滅ぼすことは重要なのでしょう。ただ、ソレイラが滅ぼされずに勝ち残った時、父と魔物の間にあるであろう契約が、どう動くか分からないのです」
あ、そうか。契約によっては『国を渡す』みたいなことにもなりかねないのか。まだ、どういう契約がされているのか、或いは本当に契約がされているのか、分かっていないけれど……。
「……よく分からないところでよく分からないことになられるくらいなら、こっちから攻め入るのもアリなんだよなあ」
フェイがいつにもまして過激派だ。うーん。
「でも、王都の人達を傷つけることがあってはいけないし……できることなら、魔物だって、平和で居てほしい」
骨の騎士達の例もあるし、鎧のこともあるけれど……魔物達もよく分からないなりに分かり合えることがたまにあるようなので、そういう魔物まで倒してしまうのは、その、なんというか、ちょっと……。
「だよなあ……あと、攻め込むとなると、いよいよ全面戦争だ。多くの死者が出る。それこそ、魔物も人間も、多くが傷つく。だから、できるなら、全面戦争は避けつつ、でも、なんとか国王の企みを調べて対処してえんだよなあ……」
「難しいですね……。父の行いが明るみに出たならば、この国は崩壊します。父こそが魔王だと謗られかねない。そうなった時、父は最早、誰彼構わず攻撃し始めるでしょう」
「……あの、ラージュ姫」
「はい、なんでしょう」
フェイが悩んでいる横で悪いけれど、僕は僕の気になることを、ちょっと聞かせてもらうことにする。
「王様って、どういう魔物を呼んだり出したりしているんだろうか」
「へ?」
これは、僕にとってとてつもなく、大事なことなんだ。
「……その、珍しい生き物がいたら、是非、描きたいんだけれど……」
フェイに呆れたような半笑いの顔をされた。ラージュ姫にはぽかんとされた。そ、そんな顔しないでほしい!これは僕にとってはとても大事なことなんだよ!
「そ、そう、です、ね……半人半鳥の生き物は、ちらりと見かけました。それが飛んでいるのを見て、父が魔物を呼び出していると確信に至ったもので……」
半人半鳥!?……見てみたい。是非描きたい。それはなんとしても、お近づきになりたい!
「その魔物に会う方法、無いだろうか。あ、もしかしたら、放っておいたらその魔物がこっちを襲いに来てくれるかな?」
「そ、それは私には何とも……」
「じゃあ、王様にお願いしたら魔物を見せてもらえたり……」
「ええ!?い、いえ、そんなことをすれば、父は逆上すると、思われます……。魔物と通じているなどと知れたら、大問題ですから、それを隠蔽しようとするでしょうね」
駄目か。まあ、仕方無いか……。この世界で魔物が嫌われ者なのが悲しい……。
……うん。
「どうしてそんなに魔物と通じていたら駄目なんだろうか」
「え?」
「魔物と手を組んでいたら駄目ということなら、僕はものすごく駄目じゃないだろうか……」
僕の頭の中で、骨と鎧が手を取り合って仲良く踊っている。彼らも魔物なんだよな。
あと、グレーのふわふわを着たり、羽だの角だのが生えた馬に乗ったり転がされたりしている身としては、『魔物と手を組んでいたら駄目』というルールがあるとすごく困ってしまう。
「森の町では骨の騎士団が町の人達に受け入れられているし、必ずしも、魔物が嫌われてる訳ではないと思うんだけれど」
ぽかん、としているラージュ姫とフェイに言ってみると、更にぽかんとされてしまった。
「そりゃ……骨の騎士団はまた別だろ。悪さしねえってお前のお墨付きがある奴らだし、実際、悪さしてねえし」
「いや、してるよ。骨の騎士団は悪さしてる。最初はこの町、襲いに来た」
僕がそう返したら、フェイは『あー』みたいな顔をした。すっかり忘れてただろ。でも骨の騎士団は最初は敵だったんだよ。僕だってもうすっかり忘れてるけれどさ。
「そりゃ、まあ、そう、なんだけどよお……難しいなー」
フェイはがしがしと頭を掻きつつ、すっかり冷めてしまったミルクティーを飲む。一気に飲み干されて空っぽになったフェイのカップに、鍋のミルクティーを温め直して注ぎ足した。お代わりどうぞ。
「……強いて言うなら、歴史のせい、なんだろう、なあ……。今でこそ人間が魔物に襲われることってめっきり無くなったけどよ、俺のひい爺さんの時代にはまだ、魔物が人里を襲うこともあったっていうし」
そっか。
僕の……いや、森の記憶にも、それはある。
魔物に襲われた人が森に逃げ込んできたのを守った事が何回かあるし、そうでなくても、レッドガルドの子達が魔物を人里から追い出す為に兵団を組んで領内を回ったりしていたのも知ってる。
「いや、勿論、だからと言って全ての魔物がそういう訳じゃねえ、ってことは分かるんだけどよ、でも、そう思ってない奴の方が圧倒的に多いっつうか、いや、でも、それ言うと人間だって同じなんだよな。良い奴も居れば悪い奴も居て……うーん」
フェイは唸りながらまたミルクティーを飲んで、今度はさっきの冷めたやつとは違って温かかったからびっくりしたらしい。噎せていた。
「……まあ、分かるよ。姿形が違うし、話が通じないことが多いから、人は魔物を怖がる方が自然だっていうのは、分かる」
僕はフェイが言いたかったであろうことを引き継いで話す。もうちょっと落ち着いて噎せていていいよ。
「でも、勿体ないとも、思う……」
そう。勿体ない。勿体ないんだよ。うん。そうだ。もし、魔物が居ることがそんなに問題じゃなかったなら、全てが解決する気がする。
王様はただちょっと変な生き物を呼び出していただけの人だし、森は愉快なダンスパーティ会場なだけだし、僕は変な生き物を沢山描くことができて嬉しい。多分、ライラも嬉しいと思う……。
……うん。
噎せ終わって改めてミルクティーを吹いて冷ましつつ飲んでいるフェイと、クッキーをさくさくつまんでいるラージュ姫、そしていつの間にかお尻じゃなくて頭の方が玄関から突っ込まれている鳥とミルクティーの鍋に入って全身でミルクティーを飲んでいる魔王とを見て、僕は、提案してみた。
「王様と話すのは難しそうだけれど、王様が呼んだ魔物と話すことって、できないだろうか」
「……ま、魔物と?」
「うん」
「荒唐無稽な話、に聞こえるが……トウゴならできちまいそう、っつーか、もうできてるんだよなあ……」
できてる。骨の騎士団が間に通訳に入ってくれればほぼ確実にやり取りはできる!
「まあ、できるかどうかはおいといて、有効なのは確かだと思うぜ。相手の武器には意思があって、その武器と直接交渉できる、っつーのはどう考えても強い」
フェイは唸りながらそう言って……そして、首を傾げた。
「で、話してどうすんだ?」
……うん。
「親睦ダンスパーティを開く……」
骨と鎧がやってたかんじで。何なら、人間も参加OKってことで。どうだろう。
あ、或いは、写生大会をする。骨も鎧も描き放題。絵描きは皆、大喜び……いや、絵描き以外は大喜びしないから駄目だろうか……。
「……ええと、つまり、こちらを襲わないように相手を取り込んでしまうのが目的、ということ、ですか……?」
ちょっと説明したら、ラージュ姫がまとめてくれた。うんうん、こんなかんじ。
「うん、まあ、そういうところ。あとは、魔物っていうものを皆がそんなに恐れなければ、すごく穏便に事が運ぶ気がするので、陽気な魔物達のプレゼンテーションをしたい」
「成程なあ、確かに魔物を味方につけつつ、国民が魔物を無闇に恐れなくなれば、滅茶苦茶穏便に事が進む、んだよなあ……トウゴのふわふわに浸食された魔物と国民の間で死者が出る気がしねえ」
なんだかすごい悪口を言われた気がするけれど聞かなかった事にしておこう。なんだよ、ふわふわに浸食って。ふわふわに浸食って!
「或いは、父に魔物を呼ぶことを勧めた誰か。その存在に直接探りを入れられれば……」
僕が『ふわふわに浸食』についてじっくり考えさせられていたところで、ラージュ姫がそう言った。
「それ、すごくいいと思う」
「まあな。いずれは、そこも考えなきゃなあ。どう考えても色々とおかしい。国王の裏に誰かが居て、その誰かはソレイラの滅亡を望んでるんだ。国王だけどうこうしてもソレイラへの攻撃は止まないってことだろ?」
フェイはそう言って力強く頷く。
「問題は根本から解決しなきゃいけねえ。それに、そこまで遡っちまえれば、そもそも国王を無闇に刺激することすらなく、問題を根本から解決できるかもしれねえ、ってことだもんな。うまくいきゃあ、無血開城にこぎつけられるかもしれねえし……」
……あと、魔物を呼び出す方法を王様に授けた誰かと話してその方法が分かると、僕が変な生き物を好きなだけ呼び出して沢山描ける……と言おうか迷ったけれど、それはやめておこう。
「まあ、真っ向から国王をぶっ潰しちまいてえ気持ちはあるんだけどよー……」
フェイは、ちら、とラージュ姫を見て、がしがし、と頭を掻く。
「……誰も気づかない内に全てが平和になってる、っていう方が、理想的だよな」
うん。僕もそう思う。
誰かが無駄に傷つく必要は無いよ。戦争になって死ぬ人が増えるのは良くないし、国王とラージュ姫の戦いになったら、彼らは絶対に、心が傷つくわけだし……。
「穏便に、穏便に裏から手を回してだな……」
フェイはそう言うので、僕も、ラージュ姫も同意して頷いて……。
「……つまりクロアさんかな」
僕の頭の中で、クロアさんが微笑んでいる。
「……クロアさんだなあ」
フェイもそう言って頷いた。
そうだね。クロアさんだ……。これ、まずは何はともあれクロアさんの出番だ……。




