11話:踊る魔物*2
鎧の左胸をそっと撫でてみたら、鎧が身じろぎした。嫌がっている、というよりは、困惑している?或いは、気まずい?そういうように見える。
「ええと……ここ、やっぱり、紋章があったんだよね?」
聞いてみたら、骨が鎧と会話して、それから、骨が頷いてくれた。通訳ありがとう。
「どうした、トウゴ」
「ここ。紋章があったのか、って聞いたら、そうだ、ってさ」
そこに僕の様子を見に来てくれたラオクレスとマーセンさんも加わって、一緒になって考える。
「全員、規格が同じ鎧だったから、どこかでまとめて作られたものなんだろうな、とは思ったんだけれど……」
「……案外、古代の鎧が魔物になったものではないのかもしれんな」
「ふむ。ごく普通の、比較的新しい鎧が魔物になった、と?」
鎧を土偶にするために描いていた時も思ったのだけれど、彼らの左胸の擦り傷は、新しいもののように見えた。擦って生まれた細かい溝の1つ1つにも、錆があるでもなく、真新しい金属の色が見えていたから、紋章を削り落としたのは比較的最近のことなんじゃないかな、と思う。
「……どこの紋章かは、言えるか?」
ラオクレスが聞くと、鎧は、しゅん、とした。どうやら言えないらしい。そういう風に呪いが掛けてある、っていうことなのかな。或いは、単に言いたくないだけかもしれないけれど、それを責めるつもりは無いよ。
「……まあ、あれだけの数の鎧が、皆、揃って同じ意匠だったことを考えれば、それだけの量の鎧を保有していた何者かが関与していることが疑われるが……」
「それはいよいよ……いや、これ以上は考えないでおいた方がいいかな」
わざわざ紋章を削り落としてあることも、この大量の鎧の規格がちゃんと揃っていることも、考えれば考える程嫌な方向に思考が進んでしまうのだけれど……今は考えないでおこう。ラージュ姫の報告待ち、っていうことで。
「ええと……とりあえず、森の紋章を新しく入れてしまってもいいだろうか」
とりあえず、皆揃って左胸に擦り傷がある、という状態が見ていて痛々しいのでそう提案してみたところ、鎧にも骨にもがしゃがしゃカタカタご賛同いただけたので、早速、紋章を描き入れてみた。
ええと……紋章は、骨の騎士団のやつ。骨と剣が交差して、周りに枝葉が飾られたデザインの紋章。……なんだけれど、それだけだとなんとなく鎧が寂しいかな、と思ったので、骨と剣の後ろに盾を描き加える。鎧の守りの力をデザインに入れてみた、ということで……。
鎧達は誇らしげに、左胸に新しく輝くことになった『骨の騎士団の紋章』を見せ合っている。骨達も、そんな鎧を着てご満悦だ。
気に入ってもらえたようで何より!
……それから、フェイに手紙を書いた。
『森の町が鎧と蝙蝠と巨大骨格標本に襲われたけれど無事です。結界はいい調子です。あと鎧が仲間になりました。』というような簡単な内容だったけれど、まあ、フェイならすぐこっちにきてくれるだろうし、報告は『無事です』だけでもいいかな、と思って。
その間に森の騎士団がソレイラの見回りをしてくれた。異変が無いかを念入りにチェックしてもらって、ソレイラの住民に話を聞いて、彼らを安心させてもらって……。
……そして。
「いい眺めだ」
「妙な眺めとも言えるけどね」
夜。
骨と鎧の親睦会が開かれていた。
彼らは森の一角を慎ましやかに使いながら、かがり火を焚いて、その周りに円状に並んでフォークダンスみたいなダンスをしていた。ああ、鎧と骨がペアになって踊っている……。骨と鎧の陰が長く伸びて周囲を彩っている……。なんというか、不思議な光景だ!
「彼らの交流方法は中々興味深いね」
「そうねー。骨が動いてるのもびっくりしたけど、鎧が動いてるのもびっくりだわ」
僕とライラは骨と鎧のダンスを描きながら、正直な感想を漏らす。いや、だって、びっくりだよ。なんで鎧が自立して動いているんだ。しかも着られたら着られたで嬉しいみたいだし……うーん、よく分からない。異文化交流の難しさを感じる。
「なんていうか……魔物もこうしてみるとちょっと愛嬌あるのよね」
「うん」
大いにある。大いに愛嬌たっぷりだ。骨の騎士団も鎧達も、なんとなく愛嬌のある仕草をしてくれるから、こちらとしても馴染みやすい。顔も何もない彼らともある程度意思の疎通ができるのは、彼らの諸々の仕草のおかげなんだよ。
「やっぱり影の具合がいいよね。骨の肋骨の繊細さが、地面に落ちてる影からよく分かる、っていうか……」
「そうね、すごく勉強になるし、そうでなくても結構綺麗よね。肋骨の影なんて、そうそう見ないしさ。あと、鎧もいいわね。ラオクレスが着てる時とはまた違うかんじ」
「分かるよ。人が着ていない鎧の動き方っていうのも面白いよね。骨と鎧、どちらも人体の雰囲気を掴むのにすごくいいモチーフだけれど、省略される部分や強調される部分が違って、すごく面白い」
「うんうん。私、やっぱりこの森に来て良かったわ。こういう風に変なものを好きなようにのんびり描けるなんて、昔からは考えられないし」
僕らはそれぞれに絵画談義しつつ、骨と鎧のフォークダンスを眺めては描いて、描いては眺める。
……ちょっと不思議な光景だけれど、こういうのも悪くないね。
「この光景、ソレイラの人達にも見せてあげたい」
多分、骨と鎧のダンスが見られる場所は、世界中探してもここくらいなんじゃないかな。……いや、そうでもないんだろうか?
「あはは。ソレイラの人は大分あんたっぽくなってきたから大丈夫かもしれないけど、でも、やっぱりやめといた方がいいわよ。魔物だっていうだけでもびっくりしちゃう人、多いだろうし」
僕の提案は、ライラに笑って却下されてしまった。そうか、やっぱり魔物って、珍しいのか。
「私、魔物なんてここに来るまでほとんど見たことなかったからさ。結構びっくりしてるのよ、これでも」
僕がこの世界の魔物について考えていたら、ふと、ライラがそう、零した。
「……やっぱり魔物って珍しいの?」
「んー、そりゃあね。普通、人間の町には魔物なんて来ないでしょ」
かがり火の光と、その周囲で踊る骨と鎧の影とで斑に彩られながら、ライラがそう、『当然でしょ』という顔で言う。
……そうか。僕は最初にこの森に来てしまった時からして、巨大な鳥だの、角や翼が生えた馬だの、そういうのばっかり見てきてしまっているので……変な生き物を見つけても『こういうものか』で済んでしまうのだけれど、ライラからしてみると骨や鎧は珍しいらしい。
「っていうか、魔物が人間の町を襲う、っていうのがまずありえないことなんだからね?それこそ、魔王の復活がどうたら、っていうの、本気にしちゃいそうなくらいよ」
ライラはちょっと呆れたような顔でそう言う。そうか、僕は『こういうこともあるんだなあ』と思って魔物の襲撃を見ていたけれど、これは珍しいどころか、『あり得ない』ことなのか……。
「……ああいう生き物って、普通はどこに居るの?」
「さあ……人が居なくなった廃墟とか、元々人が居ない山奥とか?魔物狩りする人はそういうの詳しいかもね」
「狩るの?」
「召喚獣を捕まえてくる、っていうのは聞いたことあるわ。或いは……例えば、ドラゴンの革は高級品だしさ。そういう需要だってあるでしょ」
ああ、成程。そういうことか。
……召喚獣が高級品、っていうのは、フェイから聞いたことがあるけれど、中々見ない生き物を高級な宝石に閉じ込めたやつなんだから、そりゃあ、高級品になるよなあ、と納得できてしまう。
「ほんと、何なのかしらね。魔物が襲ってくるんて……やっぱりあんた、狙われてるの?」
「さあ……」
ライラに小突かれつつ、ちょっと困る。
……ゴルダの山の中でゾンビが襲い掛かってきた時のことを考えても、やっぱり、魔物はある程度僕を狙って来ているような気がする。
ただ、それが何故なのかは、分からないんだよなあ。単に精霊というものが嫌いなのか、魔力が多そうな奴を狙ったっていうことなのか、はたまた、精霊というものには何か、僕も知らない秘密があるのか……。
「ま、気を付けなさいよね。結界は上手くいってるみたいだけど、あんたの力が入ってるものが攻撃されるのって辛いでしょ?」
「そうでもないよ」
「だとしてもそろそろ寝た方がいいわ。人間って知らない間に疲れてるもんだしさ」
ライラはそう言って、ぱたん、とスケッチブックを閉じた。僕も絵の方は一段落していたので、素直にライラに従っておくことにする。
2人とも画材を片付けて、よいしょ、と立ち上がると、骨と鎧達が気づいて、僕らに手を振ってくれた。僕らも笑って手を振り返す。フレンドリーな無生物達だなあ。こういうのも中々いいね。
そうして僕とライラが揃って家の方へ帰ろうとしていたら。
「おーい!トウゴー!」
空から、フェイの声が聞こえてくる。……それから。
「トウゴ様!よかった、ご無事ですね!」
ラージュ姫の声も、一緒に聞こえてきた。見上げると、レッドドラゴンに2人乗りしているフェイとラージュ姫が見えた。
……慌ててどうしたのかな。
いや、なんとなく、想像がついてしまう部分も、あるんだけれどさ……。
レッドドラゴンが着陸するとすぐ、フェイもラージュ姫もレッドドラゴンから降りて、僕に駆け寄ってきて……その途中で、こちらの様子を窺う骨と鎧達に気づいたらしい。フェイは「おー、こうなったかー」とのんびりした声を上げて、ラージュ姫は「きゃっ」と小さく悲鳴を上げて硬直した。
骨と鎧達は、それぞれにフェイとラージュ姫を見て……ぺこん、ぺこん、とお辞儀する。礼儀正しいね。
「おうおう、トウゴー。ありゃ一体、どうした?どうしたらああなった?」
「鎧から今回の首謀者について聞き出そうとしていたら骨達が尋問役を買って出てくれて、彼らに任せたら鎧の勧誘に成功してしまった。今は骨と鎧の親睦ダンスパーティをやっていたところ」
「成程なー、色々分かんねえけどまあいいや」
フェイはそう言って曖昧に頷くと……ラージュ姫に向き直った。
「ま、こういう訳だ。この森は魔物に襲われたけど無事。トウゴは見ての通りの余裕っぷりだし、何なら、襲いに来た魔物が仲良くダンスパーティしてるって具合だ。だから、そんな気にしなくていいぜ」
ラージュ姫はフェイの言葉を聞いて、曖昧に頷いて、そして俯いた。
「……何かあったの?」
ラージュ姫のただならぬ様子を見て、心配になる。心配になると同時に、『ああ、やっぱりそういうことなのかな』と思う自分も居て、僕はどういう顔をしていいのか分からなくなるけれど……とりあえず、ラージュ姫が心配なのは、確かなことだから。
「トウゴ様……」
ラージュ姫は大粒の紫水晶みたいな瞳にうっすらと涙の膜を作りながら、じっと、僕を見つめて……そして、意を決したように、それでいてとても申し訳なさそうに、言った。
「父が……魔物と、手を組みました」
……うん、やっぱり?