10話:踊る魔物*1
「あ、始まった」
僕の感覚の中……要は、森の中で、戦いの気配が感じ取れた。そこを注意して見てみれば、北西側の一角で、森の騎士達と骨の騎士達が魔物をひたすらやっつけているところだった。
どうやら、結界は無事に作動しているらしい。魔物達は森を守る結界の中に踏み入ることができずに、結界の傍に出てきては、結界の周りをおろおろと移動している。そこを、騎士達が結界の内側からやっつけていく、というやり方のようだ。
結界は正常に作用している。魔物達……今回はゾンビが大半で、ちょっと蝙蝠みたいなのが混ざっていたり動く鎧みたいなのが混ざっていたり、という程度なのだけれど、そういった魔物達の攻撃を受けても、ちょっとつつかれているくらいの感覚でしかない。
意識を集中させて様子を見ていると、時々、動く鎧が斧を振り上げて結界に振り下ろしたりしているのだけれど、それにしても、結界はびくともしない。なんだか、ちょっと変なかんじだ……。
結界がすこぶる好調なのは森のおかげだ。ええと、僕のおかげ、っていう意味じゃなくて、新しく広がった森。その部分が結界を作るのに大いに協力してくれているのが分かる。
魔力の流れも問題なし。町に植林した甲斐があったらしくて、僕はちょっと力を貸すくらいで済んでいる。それでも十分な強度の結界が生まれているらしい。
よかった。これで、邪なるものが森に入り込むことはない。僕は安心して、魔物を追い払う方に注力できる。
森と骨の騎士団が魔物と戦ってくれているけれど、魔物の方もかなり数が多い。最初の頃はゾンビが多かったのだけれど、徐々に、動く鎧が多くなってくる。そして、動く鎧は鎧だから、森の騎士達も対処に苦労しているらしい。特に、骨の騎士達は森の騎士達よりも力が弱いみたいで、鎧をやっつけるのに大分苦労していた。
……そんな中で文字通り輝いているのは、ラオクレスの剣だ。
ラオクレスの剣はばちばちと弾ける雷を纏って、動く鎧達をバターか何かのように斬り裂いている。どういう仕組みなのかは分からないけれど、とりあえず、すごい。
……ただ、ラオクレスもちょっと疲れ始めているように見えた。森の騎士達はタフだけれど魔物の数はまだまだ多い。先が見えない戦いは人の精神を疲弊させるって先生が言っていた。
なので、僕も助太刀させてもらうことにする。
具体的には……鎧を、柔らかくするということで。
「トウゴ。どうした」
「ちょっと助太刀に来た」
森から出て町を抜けて更に進んで、新しくできた方の森へ。
その森の端っこ、結界の最前線で、森の騎士達は魔物をひたすらやっつけている。その中に居たラオクレスは早速僕の姿を見つけて、不思議そうな顔をする。
「助太刀?……何を描く気だ」
「そこの鎧みたいなやつ。今、こいつが多いように見えるから、ちょっとまとめて柔らかくしてみようかと思って……」
魔物は次々に現れてはやっつけられていくから、特定の一体だけを描く、っていうことは難しい。
けれど、動く鎧なら……鎧が規格化されているのか、皆揃って同じ格好をしている鎧達なら、きっと、まとめて描いてどうこうすることができるはずだ。
「……柔らかく?」
「うん……というか、脆く、というか」
あんまり柔らかいと、却ってやっつけにくくなるだろう。柔らかいっていうことは柔軟っていうことで、つまり壊れにくいっていうことだ。だから、柔らかくする、というよりは、脆くする、という方がいい。
……そうして僕は、魔法画で鎧を描いていく。
今ある鎧の姿をなんとか目視で確かめて、見えない部分は森の感覚に頼って、頭の中で鎧の形をしっかり組み立てる。
今度はそれを、紙の上に落とし込んでいくだけだ。魔法画だから、僕が意識できさえすれば、絵はそこに生まれる。つまり、如何に僕がイメージできるかが大切だ。
それから、今回は鎧の材質を変えることで鎧を脆くしようとしている訳だから、『分かりやすさ』も大切だ。
例えば、木材には色々ある。木目がはっきり見えるものや、目が詰まってあまり木目が見えないもの。あと、MDFとかも木材に含めていいと思う。
でも、分かりやすい木材って、やっぱり、木目がはっきり見えるものだと思う。僕、MDFと段ボールの描き分けを断面なしにやる自信はあまりない。
……ただ白い四角が豆腐にも餅にも大理石のブロックにもなり得るように、その差異を描き分けたいなら、やっぱり分かりやすさって、大事だと思う。
白い四角に刻んだネギと醤油を掛けたら豆腐になるし、焼き目を付けてぷっくり膨らんだ様子にすれば餅になる。大理石だったら濃淡のグレーで模様を入れた方が分かりやすい。
そういう、記号みたいなものって、ある程度必要だと思う。特に、こういう、急いで描きたい時には。
なので僕は、鎧が鎧だと分かる形で、かつ、材質が脆いものにすり替わってしまった様子を描くにあたって……『分かりやすい』かつ『描きやすい』記号を、頭の中で探し求めた。
「……トウゴ」
絵が描き上がって、動く鎧が一斉に脆くなって、騎士達が魔物をやっつけるスピードが一気に10倍ぐらいになったところで、ラオクレスがちょっと不思議そうな顔をしながら、聞いてきた。
「……どうしてあいつらは急に、焼き物の人形になった?」
「焼き物なら簡単に壊せるかと思って」
「あの模様は何だ?急に浮き出たが」
「ええと……土偶によくあるタイプの模様っぽいのを描いてみたら、焼き物の表現が楽かなと思って……」
「どぐーとは何だ」
……まあ、つまり、鉄の鎧を土にしてしまえば、脆くて壊すのが簡単になるよな、と思ったので。
それで、動く鎧、というか、動く、土偶、に、してしまうのが、分かりやすかったので……。
動く土偶がどんどん片付いていく。砕けて焼き物の欠片になってしまった土偶については、僕が描いて消してもそんなに負担にならなかったから、消していくことにした。そうじゃないと、足元がどんどん悪くなる。
大きな蝙蝠は騎士達に任せて、あと、僕がやることは……。
「あれが親玉かな」
「だろうな」
ゆったりと現れた、巨大な骨格標本。
身長5mぐらいにした骨の騎士みたいな、そいつを……。
「あ、あの、モデルになりませんか!」
勧誘することだ!
「駄目か……」
「……まあ、仕方ない。うちの骨の騎士団の連中が特殊だっただけだ」
勧誘に失敗した。勧誘しても呼び掛けても巨大骨格標本は全く気にせず結界を攻撃し続けていたので、流石にちょっとは僕にも衝撃が届いてきた。この、攻撃されているかんじ、というか……慣れないなあ。
でもやっぱり、前回みたいに酷いことにはならない。前回は大嵐の中でビニール傘をさしているような気分だったのだけれど、今は普通の雨に大きめの傘、っていう気分だ。そんなには疲れない。
「あの、もう一回考えてみてもらえませんか?ぜひうちのモデル団に……」
なので巨大骨格標本をもう一度勧誘する余裕もあるのだけれど、巨大骨格標本はギロリ、と僕を睨んで(いや、目玉は無いんだけれども)、更に結界を攻撃してくる。
それでも諦めないぞ、という気分でいたら、後ろから、ぽん、と肩を叩かれた。……がしゃどくろに。
目の前の巨大骨格標本と比べたら断然小さいがしゃどくろは、それでも僕より少し大きい。ちょっと見下ろすような姿勢で、でも、のんびりと穏やかなかんじに……がしゃどくろは頭蓋骨を横に振った。
あ、勧誘成功の見込みは無いですか……?
結局、巨大骨格標本の勧誘は諦めることにした。サイズは小さいけれど、うちには十分な数の骨の騎士団が居るし……大小さまざまな骨格標本達が一緒に居るところを描いてみたかったのだけれど、仕方ないか。
巨大骨格標本との戦いは、骨の騎士団がものすごく頑張ってくれた。もう、僕の力なんて何も要らなかったみたいで、すごい勢いで相手を骨粉にしてしまっていた。すごい。
……もしかして、骨同士だからこその対抗意識みたいなものがあった?
「……あの、やっぱり君達が一番だよ。ナンバーワン骨だよ」
もしかして浮気性な奴だと思われたかな、と思いつつそう言ってみたら……思いのほか、嬉しそうな反応をカタカタと頂いてしまった。
ちょっと申し訳ない気持ちだ……。
「ところでお前の、モデルに勧誘するかどうかの基準はどこにあるんだ」
「ええと……描きたくなるかどうか」
「……鎧やゾンビはいいのか」
「うん。ゾンビは何となくちょっと……。それに鎧は今までもたくさん描いているし、描きたくなったらラオクレスに鎧を着て動いてもらった方がいいから」
それから僕らは、ええと……尋問、に、入る。
「……人間相手ならある程度の自信があるんだがなあ。私の人生の中で一度たりとも鎧を尋問したことなんて無かったものだから、勝手が分からないね」
「まあ……骨の騎士達が、やってくれる、んじゃないかと思います……」
うん。そうなんだよ。今回の尋問相手は、動く鎧の生き残り。
骨の騎士団が1人1体くらいの数の鎧を連れてきたんだ。それはそれはもう、意気揚々と。『こいつらを尋問して敵の本拠地を割り出すのだ!』みたいな勢いで。
……魔物相手だからなのか、今回、骨の騎士達はすごくやる気に満ち溢れていて、その分、マーセンさんをはじめとする森の騎士団尋問部隊は困惑気味だ。
武器を取り上げられて縄を掛けられて、しゅんとした様子で連行されてくる鎧と、それを意気揚々と連行してくる骨の騎士達を見ていると、その、なんというか……。
「……描きたくなってきた」
「……鎧は俺が居るからいいんじゃなかったのか」
「あれはあれで、なんかいい……」
ラオクレスが着ている鎧は躍動感にあふれる鎧だったり頑健堅牢な鎧だったりするのだけれど、今、僕らの目の前を横切っていく鎧達は、しょんぼりした鎧だから。しょんぼりした鎧なんて、滅多にお目に掛れないから。
こちらに協力的ではない魔物との意思の疎通って僕らにはちょっと難しすぎるので、動く鎧の尋問は、骨の騎士団に任せることになった。
骨の騎士団がそれぞれ1対1で個室に入って、それぞれの尋問をやっている中、僕らはただ待ちぼうけしている。
「親玉が人間だったらよかったのにね」
「まあ……それはそれで厄介だろうがな」
「そうだな。人間が敵だというのは、なんともやりづらいものがある。それならばまだ、魔物と人間の戦いであった方が幾分マシかもしれない」
マーセンさんとラオクレスと一緒に騎士団詰め所のテーブルでお茶を飲みながら、そんな話をする。
「これで裏に王家でも潜んで居ようものなら、厄介どころの話じゃないぞ。マーピンク家に魔物が話を持ち掛けた例もあったんだ。王家に魔物が話を持ち掛けていないとも限らんし……」
「流石にそれは失うものが大きすぎると思うがな。王家といえども、そこまで愚かな選択はしないだろう」
「あくまでも例えの話さ。王家でなくても、アージェントあたりならやるんじゃないか?」
マーセンさんとラオクレスの会話を聞いていると、成程、確かに『人間が敵だというのはなんともやりづらいものがある』というのが分かる。
……魔物がまた襲ってきたの、なんでだろうな。僕が寝ている間には来なかったみたいだから、やっぱり、僕の活動に反応して、やってきている?うーん……。
僕らがそうして待っていると、やがて、ガチャリ、と音がして、ドアが開く。どうやら、骨の騎士団による尋問が終わったらしい。
それぞれの個室から、骨の騎士団員達が出てきて……ぴしり、と整列。そして僕らに向かって、誇らしげに胸を張って見せてくれた。
……彼らは皆、鎧を着ている。
さっきまで尋問相手だったはずの、鎧を着ている。
僕らがぽかん、としていたら、骨達は鎧を親し気に撫でたり、鎧の方もがしゃがしゃちょっと動いて骨に懐いた様子を見せていたり、なんというか、いつの間にか、骨と鎧がすっかりマッチングしているようだ……。
そんな中、代表として、がしゃどくろが僕の前にやってきて、身振り手振りで『鎧と仲良くなったのでこれからもよろしくお願いします』みたいなことを伝えてくれた。
うん。
……もしかしてこれ、尋問じゃなくて勧誘だったの!?
ということで、予期せずして骨の騎士団が動く鎧達の勧誘に成功してしまった。なので僕は僕で、鎧達をがしゃどくろ達と同じように召喚獣にすることにして、諸々の手続きをがんばった。
骨と鎧は魔物同士、そこそこ気が合うらしくて、早速親し気にやり取りしている様子があちこちで見られている。なんだろうなあ、これ、なんだろうなあ……。
「……時間はかかるが、骨の騎士団を間に入れて、鎧から事情を聴くか」
「そうだな」
骨の騎士団はまだ、ジェスチャーが使えるしある程度知能も高いから、他の魔物と比べてやり取りができるんだよ。だから、こうやって骨の騎士団が他の魔物との間に入って通訳をしてくれるなら、多少、魔物からも事情聴取ができる。
その旨を骨の騎士団に伝えてみたら、彼らはぴしり、と敬礼して、それからそれぞれが着ている鎧に向かって何かカタカタ話しかけ始めた。
……カタカタガシャガシャ、大変賑やかだなあ。
骨と鎧のお喋りが始まっている中、僕は鎧を描き変えていく。
いや、だって、骨の騎士団が動く鎧を着るんだったら、鎧が土偶のままっていうのはあんまりだから。
いくつか細かいデザインやら材質やら何やらを一覧にしてカタログみたいなものを作って、それを見せて鎧に選んでもらったら、その通りに鎧を1体1体描き変えていく。
そうして骨の騎士団が着ている鎧達は、ぴかぴかの金属鎧に変貌を遂げた。やっぱり鎧はこうでなくちゃ。
……ただ、その作業中、1つ、気になったことがある。
「元々は、紋章が入ってたのかな」
どの鎧も、左胸のところに擦ったような痕があったんだ。まるで、そこにあったであろう紋章を削り落としたかのように。




