9話:成長期*8
「あーくそ!面積が足りなかったんじゃねえんだよなあ!位置だ!位置があまりにも、非効率的だった!」
フェイはひたすら、嘆く。嘆きつつ、『あー恥ずかしい!』みたいな顔をしている。なんだなんだ。
「魔力を通す線がねえんだよ。だったら魔力を流すためにお前に負荷がかかるとか、なんかそういう想像、できて良かったんだよなあ。あーくそ、失敗したなあ。どうしてこんな簡単なことに気づけなかったんだよ、俺はー!」
「落ち着いて。落ち着いて、フェイ」
一旦落ち着いたと思ったフェイが、またも騒ぎ出すのを落ち着けて、椅子に座らせて、飲み物を給仕さんから貰って、それをフェイに飲ませて……。
「俺はぁー!落ち着いたぞー!トウゴーっ!」
……この飲み物、お酒だったみたいだ!
こんどこそ水を貰ってフェイに飲ませて、落ち着いてもらう。どうどう。
その頃には皆、フェイの周りに集まっていて、『フェイの話を聞く会』みたいになっていた。
「いや、古代の魔法だからよ、なんかよく分からねえ理論で魔力が流れてるんだろ、ぐらいに考えちまってたんだけどよ……どんな魔法だって、魔法を使うには魔力が必要で、その魔力が流れる必要があるんだよな」
フェイはそう、ちょっと後ろめたそうに言う。本人としては、言い訳がましい、みたいな認識なのかもしれない。
「森から離れた位置に森があると、離れの森の魔力って、中央に集めるの、すごく大変だろ?」
え?ええと……空中を飛ばして、とか?まあ、それ、すごく大変そうだね……。
「まあ……多分、今は水を媒介にしてるんだろうな。新しい森の土の水に、新しい森で生まれた魔力が染み込んで、それが中央の森に届いてるんだ。……けど、それって効率悪いだろ。どう考えても」
う、うん。そう、なのかな?
「あ。もしかしたらトウゴか?トウゴが魔力を運ぶ役割をしてたのか?トウゴに羽……っつうか木が生えちまったのもそれか?」
それ、もしかしたらそうなのかもしれない。僕の羽って、アンテナみたいなもので、これで町の中央の森から町の外の森まで、魔力を飛ばしていたのかも……あ。
「フェイ。僕、羽が生えてから妙にそわそわして、町に行きたくなってしまっていたんだけれど、もしかして、それだろうか」
子供達と一緒に町の方まで出かけた時のアレって、そういうことだった?町って丁度、森と森の中継地点なわけだし。
「あー……そういうことなのかもしれねえなあ。お前自身が魔力の中継地点になってた、っていうことなら、お前の『伸びたい』とかそわそわとかにも納得がいく。新しく生まれた森の魔力が全部お前を通して中央へ運ばれてた、ってことなんだからよ。森化も進むってもんだ」
……成程。それなら、すごく納得がいく。僕の中の『もっと伸びたい!』っていう気持ちにも、僕の背中から生えてきたやつにも、説明が付く!
「まあ、お前が運んでたにしろ水が運んでたにしろ、それって魔力の伝達方法としては中央の森よりずっとずっと効率が悪いはずだ。だって、恐らく、中央の森は……」
フェイはちょっと間を置いて、場の緊張感を高めて……言った!
「……多分、木の根が直接魔力を伝達してるんだからな!」
「要は、新しい森と中央の森が離れちまってるのが悪いんだ。間に木がありゃ、随分とよくなるはずだぜ」
浮き輪かドーナツみたいに離れた森は、町を間に挟んでしまっているから大分離れてしまっていて……僕は、離れた2つを繋ぐっていうことを、全くしていなかった!
「手を繋ぐのが大事、なんだね」
「まあ、本当にそれでトウゴの体調が良くなるかは分からねえけど、やってみる価値はあるんじゃねえか?今のトウゴの『伸びたい』ってのはつまり、『もっと効率よく魔力を伝達するための道が欲しい!』ってことなんだと思うからさ」
成程。つまり、僕はこれから上手く、電線みたいに木の蔓でも伸ばして2つの森を繋げば……!
「ってことで、だ!トウゴ!町ん中に森、生やすぞ!」
えっ。
「……町の中に」
「おう。町の中だな」
「森」
「ん。森。……は?まさか、木1本2本立てりゃ済むと思ったのか?」
い、いや、そうは思ってないけど、でも……。
「……人の子達、怒らないかな」
自分達の住処を森に侵食されたら、怒られてしまうのではないだろうか。だって、畑だって家だってある訳だし、それらを避けて森を生やしたって、間が詰まってしまって、不便になることは間違いないし……。
「怒らねえよ」
けれど、フェイはそう言って僕の頭をわしわしやった。
「町の人、皆、お前の……いや、精霊様の心配、してんだ。皆、言ってるぜ?『精霊様のやりやすいようにやって頂くのが一番いい。これだけ良い土地に住まわせてもらって、更にお守り頂けるのなら、本当に何も文句はない』って」
……いい、んだろうか。
「いいんじゃないか。ソレイラは『森の町』なのだろう」
そ、そりゃあ、通称は確かに『森の町』だよ。でもそれって、『森の傍の町』であって、『森に侵食された町』ではないと思うし……。
「もし心配だっつうなら、町の人全員に聞いてみりゃいい。守りを高めるために必要なことで、ついでに、トウゴや精霊様にとって必要なことだ、って言えば、誰も反対なんかしねえよ」
……うん。
「聞いてみる……」
「おう!聞いてみろ。な?」
フェイは僕の背中をばしばしやりながら、楽しそうに笑った。
……背中からフェイの魔力がばしばし伝わってきて、暖かい。嬉しいなあ……。
「それにしても……お前を人間っぽくする!とか言って無駄にパーティなんざ開いた割に、答えはこんなに単純だったんだからなあ、全く……」
それからフェイは、なんとなく恥ずかしそうにそう言って頭を掻いた。
「でも、楽しかったよ」
なので僕は、フェイにちゃんと伝えなければならない。
「すごく楽しかった。暖かくて、幸せなかんじで……うん。パーティ、無駄じゃないよ」
僕がそう伝えた途端、フェイはぱちり、と目を瞬かせて……それから、へらり、と、照れ笑いみたいな笑顔を浮かべた。
「……そうか?」
「うん」
「なら、そういうことでいいか!よし!今回のパーティはこれから人間に戻るトウゴの人間戻り前祝い、ってことで!」
フェイはそう言ってにんまり笑うと、気を取り直したようにまたパーティを再開する。
今日はとことん夜更かしするっていうことなんだろう。フェイの音頭で、また音楽が始まって、皆で話したり、簡単なゲームをやってみたり。
新しく運ばれてきた軽食を頂いたり、給仕さんに『ちょっと触ってみてもいいですか?』と聞かれてOKを出したら皆さん集まってきて皆で僕の羽をつつく会になってしまったり、いつの間にか羽だけでなく僕の頭も撫でられていたり……。
その内子供達が眠くなってきたので彼らを客間に寝かしつけたり、急に窓から飛び込んできた鳥に皆で驚いたり、月の光の蜜で光り輝く鳥を見て、皆で『これが鳥の礼装なんだろうか』とか話してみたり……。
……そんなこんなで、時間はあっという間に過ぎてしまった。一晩があっという間なのって、すごいな。
「ん?トウゴ、どうした?急ににこにこしだして」
「ううん。僕の親友はすごいやつだなあ、って思っただけ」
僕、たくさんフェイに感謝しなくては。フェイのおかげで人間にちょっと戻れそうだし、何より、とても楽しかった。
……フェイはやっぱり、すごいやつなんだよ。
その日はお昼近くまでレッドガルド家の客間でゆっくり眠らせてもらって、朝ご飯と昼ご飯の混ざったやつ……先生の言うところの『あひるご飯』を食べて、それから僕らは、ソレイラに出ていった。
今日も僕は子供達の助けを借りて、コートにリュックのスタイルだ。いや、僕はリュックじゃなくて羽なんだけれどさ……。
「あの、すみません」
そして、道行く人に話しかける。ソレイラの住民であるその人は、僕が声を掛けると笑顔で振り向いて……僕の後ろに子供達だけじゃなくてフェイまで居るのを見て、ちょっと慌てていた。いや、あの、大事といえばそうなのだけれど一大事っていうほどではないです。大丈夫です。
「は、はい、なんでしょうか」
すっかり緊張気味になってしまった町の人に申し訳なく思いながら、僕は、聞いてみる。
「ええと……ソレイラが、ちょっと、森っぽくなってしまっても、いいでしょうか……」
「……は?」
あ、説明不足か。ええと……。
……そうして僕らはソレイラの人達に、片っ端から『町に植林してもいいですか』というようなことを聞いて回った。
町の人達は、すごいね。僕がそういう突拍子もない上に迷惑極まりないことを聞いても、『精霊様がそうされたいんですね?別に構いませんよ?』と快諾してくれた。
フェイの言う通りだった。誰も、町に森が増えてしまうことを迷惑がらなかった。ありがたいなあ。
「な?言ったろ?」
「うん」
フェイの言う通りだったなあ、と思いながら、頷く。
「この町の人達は、良い人だね」
「まあ、元々は俺達と妖精達で選んだ人員だからなあ……」
あ、そうか。この町に住んでいる人の多くは、妖精達の太鼓判があった人なんだった。道理で皆、森と仲良くしてくれるわけだよ。妖精達も、こういうところまで見越して人を選んでいたんだろうなあ……。
「……ってことで、どうする?早速、森、生やすか?」
「うん。でも、やっぱりあんまり量を生やすと、町の人達、困ると思うんだよ。だから、植える本数は最低限にしたい、というか……」
幾ら町の人達が許可してくれたって、『じゃあ遠慮なく』っていう訳にはいかない。ちゃんと生活の邪魔にならないようにしなくては。畑や家の日当たりもあるし、道の都合もあるし……。
「そうだなー……もっと、根っこが広ーく伸びる木って、ねえの?ついでに増える速度もそれなりにあるといいよな。成長速度も高めで……あと、魔力が高いやつ」
そう、だね。そういう木があれば、本数が少なくてもいいのか。根っこをしっかり伸ばして地中で魔力の伝達をしてくれる分には、そんなに邪魔にならないだろうし……。
「あ。そういや竹って」
「駄目」
でも竹は駄目だよ。
「いや、でもあれ、確か滅茶苦茶根っこ伸びるんだろ?」
「家まで突き破っちゃうから駄目」
「でも魔力たっぷりだし、あと、タケノコ美味いじゃねえか」
「駄目!」
駄目!駄目だよ!竹を根っこが自由になる形で植えてしまったら、この森、竹林になってしまうよ!そして僕、森の精霊ではなくて竹林の精霊になってしまう!それでどうせ、ちんちくりんの竹林の精霊とか悪口を言われるんだ!そうに違いない!
「駄目かあ?いいと思ったんだけどよー」
「僕に森だけじゃなくて竹も混ざってしまう!」
町の危機、森の危機でもあるけれど、これ、僕にとってはアイデンティティの危機でもあるんだよ!
……結局。
普通の木を植えることにした。よかった。僕が竹林になる危機は免れた。
「……なんか可愛いわね、これ」
「うん」
木から木への距離が足りなさそうなところはできるだけ根っこを伸ばして、それでちょっと駄目そうなら、枝から枝へ電線みたいに木の蔓を伸ばす……という方法を取ったのだけれど、ライラにはこの電線風木の蔓がかわいく見えたらしい。
確かに、そのまま木の蔓だとちょっと物足りない気がして、実をつけてしまった。それが『可愛い』らしい。ちなみに生っている実は、僕の握りこぶし大のどんぐりみたいな、ほんのり光るやつ。それが、一定間隔で木の蔓にちょこちょこついている。……いや、街灯代わりにいいかな、と思って。
「で、あんた、調子はどうなのよ」
「すこぶる良い」
そして僕の調子は、ものすごく良くなってしまった。
……本当に、劇的な変化だったんだよ。町の中に木を生やした途端、『あっ、これこれ!』みたいな、そういうしっくりくる感覚があって、それから次々に木を生やしていったら、どんどん体が楽になって、むずむずもそわそわも弱まって、どんどん無くなってきて、今はすっかり調子がいいんだ。
「そう。じゃ、羽は?」
「……まだある」
けれど、羽は消えてくれない。まあ、もう少ししたら消えてくれると思う、んだけれど……ええと、消えるよね?
「よかった。あんたのそれ、結構気に入ってるの。無くなる前にもう一回くらい描きたいんだけれど、いい?」
「まあ、どうぞ……」
……この羽、敏感肌だしかさばるし、ちょっと邪魔なのだけれど……まあ、ライラが喜ぶなら、もうしばらくはあってもいいか。うん。
そうして、ソレイラ中に木を生やして魔力の通りを良くして、数日。
「トウゴー!調子どうだー!?」
「フェイー!すっかり結界の具合、良くなったよー!」
「おおー!そいつはよかった!」
僕の調子はすっかり良くなって、森の結界は強度も範囲もしっかり増して、期待していた通りの結果になった!
遊びに来てくれたフェイも、森や町の様子がちょっと変わったことに気づいたらしい。『すげえなあ』なんて言いながら、にこにこと町の方をを見回している。
「……で、羽は?」
「それはまだ……」
……その一方、僕の羽はまだ残っている。ただ、少しサイズダウンしてくれたというか、畳み方のコツが分かってきたというか、ちょっと柔軟に動くようになったというか。今は畳んでしまっておけば、そこまで不自然じゃないかな、という程度にはなっている。
「そっかー。ま、お前見てて『森っぽい』ってよりは『人間っぽい!』ってかんじになってきたし、一応成功したんだろうなあ」
フェイはそう言って僕の羽をつついて笑う。くすぐったい、くすぐったい。
その時。
「トウゴ!居るか!」
バン、とドアが開いて、僕らはびっくりしてそっちを見る。
駆け込んできたのは、ラオクレスだ。『血相を変えて』という表現がぴったりくるような様子だけれど……。
「魔物の軍勢が確認されている!20分もすれば到着するぞ!」
……成程。それは、大変だ!
「分かった。ラオクレスは他の森の騎士達と一緒に動いてほしい。できれば森の中で戦って。それなら僕も様子が分かるから。ああ、結界があるから町は大丈夫。魔物にだけ集中してほしい」
僕がそうお願いすると、ラオクレスは頷いて……それから、1つ、息を吐き出した。
「……落ち着いているな」
「え、あ、うん」
そ、そっか。落ち着いてるか。……うん。そうだね。今、僕、そこまで慌ててない。
なんでだろう、なんて、考えるまでもない。
「自信、あるんだ。今度は大丈夫、って」
今度は、全員しっかり守ってみせる。それが、今の僕になら、できる。
そう思えるから、僕は落ち着いていられるんだ。
「……そうか」
ラオクレスは、ふ、と嬉しそうに笑う。
「なら、俺達も安心して剣を振るえるというものだな。行ってくる」
「うん。僕も加勢に行くからね」
ラオクレスを見送って、それからフェイと、あと、駆けつけてきてくれたクロアさんとライラとも情報の共有を行って、動きを確認して……そうしたら、僕も動き出す。
大丈夫だ。この森にもここの人達にも、傷1つつけさせない!