3話:成長期*2
結婚式会場で解散して、とりあえずフェイに相談するより先に眠ることにしよう、っていうことになって、その日の夜。
「お。おせーぞトウゴー」
「……なんで居るの?」
フェイが、僕の家に居た!
「いや、結構遅くなっちまったからさ。今から屋敷に戻るのもめんどくせえなあ、って思って、じゃあ、トウゴの家に泊めてもらおうと思って」
いや……まあ、いいけどさ。うん。嫌じゃないけど、びっくりはした。
「ねえ、フェイ。ここにゾンビが来たりはしなかった?」
「は?ゾンビ?なんで?」
あ、来てないらしい。そっか。こっちには来てないか。それならよかった……。
……ということで、寝る前のところ申し訳ないけれど、フェイに報告と相談をさせてもらうことにする。
結婚式場でゾンビが出たこと。ゾンビはすぐ倒されて被害は特に出ていないということ。クロアさんが町の様子も見てくれて、そこでも被害はないということ。
そして……僕の結界が弱いから、ゾンビが結婚式場にまで、出てきちゃったんじゃないか、ということ。
「成程なあ……」
僕の話を一通り聞いたフェイは、腕組みしてソファに凭れて、唸る。
「けどよぉ、それ、結構無理がある話じゃねえか?」
そして、フェイはソファの背もたれに凭れていた体勢から一転、ちょっと前屈みになって、僕の顔を覗き込む。
「だって、その結界って、森を守るもんだろ?森の周りの町にまで結界を広げるってのが、そもそも、無理してるんだよな」
あ……そうか。
結界は、森の中心にある遺跡みたいなところに精霊が力を注いで、それで生まれているものだ。多少、形を変えたり広げたりすることはできるし、僕が注ぐ力を増やせば、耐久力も上がる、みたいなんだけれど……フェイの言う通り、『森の』結界、なんだ。
だから、森の外、ドーナツ状に広がるソレイラにまで結界を伸ばすっていうことは……無理、なのかもしれない。
「困ったなあ……」
結局、そうすると僕は、森しか守れないことになってしまう。森の外側、ソレイラにこそ多くの人が住んでいるのだけれど、彼らを守る結界を作るには、僕の力が足りないらしい。
「ねえ、フェイ。これって僕が鍛えたらなんとかなるかな」
「き、鍛える?お前が?」
「うん」
筋肉を鍛えればいい、っていう問題じゃないのは分かる。けれど、何を鍛えればいいのか分からないから、こういう漠然とした聞き方になってしまう。でも、どこをどう鍛えるのだって、僕、やるよ。確かに範囲としては、ソレイラは森の外だ。でも、そこに住まう者達は皆、森の子達だ。
僕、森の子を守るためなら、頑張れる。
「……鍛える、かあ」
……けれど、フェイの表情は、浮かない。
「鍛えて、どうにかなる、のかあ?これ」
「どうにかならない?」
「いや、だってよぉ、普通に考えりゃ、お前の魔力が結界の強度、ってことになるじゃねえか。で、お前の魔力、相当増えてるだろ?」
そう、なのかな。僕、あまりそこのところの自覚が無くて、よく分からないんだよな。魔力、というものが自分の体の中に流れているのは何となく自覚できるようになったし、それを抑えたり流したりする方法もある程度は身に着けられたけれど……増えているかどうか、って、結構分かりづらいんだよ。
「それに、鍛える、っつったってなあ……」
「筋肉とか」
「筋肉は関係ねえと思うぞ?」
そう……。なんとなく、僕もラオクレスぐらいの肉体美があれば全てを守れるような気がしたんだけれど……。
「……僕、ラオクレスぐらい大きかったらよかったな、って思う」
「お前がぁ?やめとけやめとけ、似合わねえから。似合わねえから!」
そ、そんなに言わなくったっていいだろ。……いや、でも、確かに似合わないかもしれない。
「憧れる気持ちは分かるけどな?うん。俺だってちょっとすげえなって思いながら森の騎士団、見てるし」
うんうん。だよね。あれはすごい。ちょっと憧れる。
「僕、ちびだから、守ろうにも手が届かなくて……」
森の騎士団への憧れって、多分、僕がちびだからだと思うんだよな。フェイくらいの身長は欲しいし、ラオクレスぐらいあったら見える世界が違うんだろうし、もっと体が大きければ守れるものも増えて、手を伸ばせる範囲が増えて、森の子を皆、僕の腕の内側に入れて守っておけるのになあ……。
「……おーい、トウゴー」
あ、いけない。ちょっとぼーっとしていた。
そんな僕を見て、フェイはぽり、と頬を掻きつつ、提案してきた。
「なら、明日の朝。結界の遺跡、見せてくれよ。俺が見ても分かんねえかもしれねえけど、ちょっとは分かること、ありそうだし。それから対策、考えようぜ。もしかしたら結界を強化する外付けの魔法とか、作れるかもしれねえしさ」
「ありがとう。頼りにしてる」
……とりあえず、まずは分析、解析だよね。僕は自分で自分のこともよく分からない状態だから……まずは、現状確認。オーケー。
そして、翌日。
僕とフェイは一緒に朝ご飯を食べて、窓から顔を突っ込んできた鳥にもパンを分けてやって、それから、一緒に森の遺跡へやってきた。
「久しぶりー」
僕が声を掛けると、遺跡の近くの木々でキョンキョン鳴いていた鳥達が、より騒がしくキョンキョン鳴いて、僕を歓迎してくれた。……歓迎、だよね?
「あれ、鳥の子か?」
「うん。多分、僕があっためて孵したやつら」
卵を抱いて温めたことは記憶に新しい。そして、自分が温めた卵から生まれた鳥だと思うと、なんとなく、ちょっと可愛く思えてしまうというか……ええと、元気に育ってくれているのが嬉しい、というか。
鳥の子達はばたばたと舞い降りてきて、そして、僕らを囲んだ。鳥の子のサイズって、大きめのクッションみたいだ。僕らの腰から胸くらいの高さ。うん。かわいいかわいい。
……と、思っていたら。
「……寄ってくるなあ」
「寄ってくるねえ」
やたらと、鳥の子達が寄ってくる。僕らはいつの間にやら、すっかり囲まれて……
……そして、押しくらまんじゅうが始まった!
「う、うわ、何?何?」
聞いてみても、キュンキュン、キョンキョン、と鳴き声の合唱が響くだけ。あと、すごくフワフワ。あと、ぬくぬく……。
あ、これ、初夏の気候でやられると只々暑くなってくるやつだ!やめてやめて!
結局、そのまま5分くらいふわふわに揉まれて、やっと僕らは解放された。……羽毛って、熱が籠もるんだなあ。ちょっと汗ばんでしっとりしてしまった。
「お、おお……何だったんだ?今の」
「さあ……」
フェイは僕よりは暑さに耐性があるみたいで、髪が乱れたくらいだ。あと、羽毛まみれ。僕も羽毛まみれ。
「……とりあえず、入るかあ」
「うん」
鳥の子達の歓迎は、まあ、気にしないことにした。いや、だって、鳥の子だし。あいつの子だから……まあ、不思議なことくらい、するよね、っていうか。うん。
「んー……すっげえ古い建物なんだよなあ、これ」
フェイは遺跡の内部をじっくり眺めつつ、歩く。あんまりよそ見しながら歩くと危ないんじゃないかとも思うんだけれど、フェイは真剣だから声をかけにくい。しょうがないから、代わりに僕がフェイの足元に気を付けておくことにした。危なかったら危ないよ、って言う。
「魔力が滅茶苦茶走ってる、んだな。えーと、これは……あー、トウゴっぽいな。トウゴっぽいのが走ってら」
僕っぽい何かが走っている?……言葉だけ聞くとすごく不思議なんだけど。
「んー……?あ、これ、森か?つうか、木?木の根っこ?」
フェイの独り言は、聞いていてなんだかおもしろい。断片的で。
……いや、確かに木の根っこは所々に見えているんだよ。遺跡の石と石の間から、木の根っこの先っぽが顔を出しているみたいだし、そもそもこの遺跡が地下にあるわけだから、この近くに植わっている木の根っこは大体、遺跡に触る位置にあるんじゃないかと思う。
そうして歩き続けた僕らは、遂に、遺跡の最深部へ到着する。
「フェイ。終点だよ」
僕が先頭に立って進むと、そこは例の、ちょっと広い空間。円形の部屋の中央に光る球みたいなものが浮いていて、その台座を中心に、光の線が床や壁に伸びている。
僕は早速、ちょっと久しぶりのメンテナンス。中央の球に触って、様子を見て、僕の力を注ぎ足して……よし、いいかんじ。
いいかんじだよ、と伝えようと思ってフェイを振り返ったら、フェイは……。
「あ、あれ?フェイ?」
フェイは、その場に座り込んでしまっていた。
「どうしたの?疲れた?」
ここまで結構長いから、疲れさせてしまったのかな。でも、フェイって結構体力がある方だと思うんだけれどな。
「ん……いや、大丈夫だ」
フェイは僕に『大丈夫』のジェスチャーとして、手をひらひらさせてみせてくれた。
「ただ、ここ、居るだけでちょっと、酔いそうだな」
そして、理由を教えてくれた、のだけれど……酔う、の?
勿論、フェイが嘘を吐いている訳じゃない、っていうことは分かる。さっきの押しくら鳥まんじゅうでも汗ばまなかったフェイの額に、汗が浮かんでいる。
この空間、空気が濃いというか、なんかそういうかんじで、僕には居心地がいいのだけれど……多分、フェイには居心地、悪いんだろうな。
「ええと、じゃあ、もう出る?」
「いや、もうちょっと見てから。じゃねえと来た意味がねえよ」
フェイはそう言いながら、ちょっとふらふらした足取りで、中央の球に近づいて……そこで、台座や床、球を調べ始めた。
僕にできることはないので、僕はただ、フェイが色々調べているのを応援しつつ、結果が出るのを待って……。
「よし!何となく分あった!あと俺がもう限界だ!戻るぞぉ、トウゴー!」
なんだかすっかり酔っぱらったみたいになってるフェイがヤケクソみたいにそう叫ぶのを聞いて、慌ててフェイの手を引いて元来た道を引き返すことになった!
最後の方は僕が肩を貸して、ふらふらするフェイを引きずるようにして戻ることになった。そうして僕らがなんとか遺跡の外に出ると、また、鳥の子達がキョンキョンキュンキュン寄ってきた。
「駄目だよ、フェイは今、暑いんだから。あっためちゃ駄目」
そして早速、おしくら鳥まんじゅうを始めようとしていたので、慌てて止める。すると鳥の子達は、揃って一斉に首を傾げた。あ、なんとなく小憎たらしい仕草だ。蛙の子は蛙、鳥の子は鳥……。
「フェイ、大丈夫?」
「らいじょぶ……」
なんとなく呂律が回っていないフェイを木の根元に寝かせて、それから、水の桶と手ぬぐいを描いて出して、手ぬぐいを冷たい水で絞ってフェイの額に乗せる。そうしてちょっと冷やしてみたら、フェイはその内、ちょっと元気を取り戻してきたらしい。
……すると途端に、また鳥の子達がキョンキョンキュンキュン!駄目だってば!駄目だってば!
「あちい……」
「うちの鳥が申し訳ない……」
そうしてようやく解放されたフェイと僕は、もう、なんか、こう……暑い!暑さに強い方らしいフェイが、タイを緩めて襟を大きく開いて、ぱたぱたと手団扇で仰いでいる始末だ。申し訳ないから、氷たっぷりのジュースを描いて出した。うちの鳥が……うちの鳥が申し訳ない……。
「あー……いや、でもさ。もしかしたらこの鳥達、魔力を分けられにきたのかもな。ほら、知恵熱の時って、魔力が少ない小さい子が来て一緒に居るだろ?それだよ、それ」
あ、そういうようなこと、前、言ってたね。この世界の知恵熱は僕の世界の知恵熱とは違うんだったっけ。
「だから、まあ……俺の魔力を吸って知恵熱を収めてくれたのかもしれねえし、単にトウゴの膨大な魔力のおこぼれに与ろうとして来たのかもしれねえし。ま、分かんねえな」
……鳥の子達は、あの鳥の子なので。だから……何も考えていない気がする!
けれど、まあ、それでフェイが少し楽になったなら、まあ、よかった、っていうことで……。
ジュースを飲んで休憩していたら、鳥の子達が寄ってきた。君達の分は無いよ!と言ってみたけれど通じないのか気にされていないのか、鳥の子達が僕のジュースのグラスにくちばしをつっこもうとキョンキョンキュンキュンやってくるので、慌てて、鳥用のジュースを出した。大きいタライみたいなのに入れて。
……そうして鳥の子達がジュースを飲み始めたのを見て、ようやく、僕らは落ち着いて話ができるようになった。
「で、この遺跡と森の結界のことだけどよ」
フェイは木の幹に寄りかかるようにしながらジュースを飲んで、タライの周りに鈴なりになって押し合いへし合いしている鳥の子達を眺めて、話し始めた。
「まず……前回見た時より、随分、その……強く、なったな……」
……うん。まあ、うん。それは、察しがついてたよ。だって、前回は何ともなかったフェイが酔っぱらっちゃったんだから。
「お前が精霊になってから、あそこ、随分と元気になったんだな」
あ、それも分かる。最初、僕が精霊になる前、鳥に連れられてここに来た時は、結界装置の中央の球の光が随分と弱弱しかった。それが今は、しっかりたっぷり光っているから、まあ……元気、っていうことなんだろうな。
「で、だ」
フェイはちょっと身を乗り出して、横に座っている僕に顔を向けて、なんだかわくわくした顔で話し始める。
「あの装置だけどよ。古代の結界を生み出す魔法が組み込まれてる、ってのは前、話した通りだ。あれは結界装置。間違いねえ。……で、やっぱりありゃあ、精霊様のためのもんだ!」
フェイって本当にこういうの、好きなんだなあ。顔が輝いている。
「あの装置は、結界を生み出すためのものでもあり……森から魔力を集めて、結界の維持に使っている装置でもあるんだよ!」
フェイは興奮気味に語る。
「完璧な造りだ。いや、ほんと芸術的だぜ、トウゴ。これは本当に、『森』を守るためのものなんだ。森から魔力を集めて、その魔力に精霊の魔力を加えて、『森』を守るための結界を作る。精霊の魔力は零れて染み出した分が森に吸収されて、森が生んだ魔力は精霊の下に集められて、結界に利用されて……見事に魔力が循環してるんだよ」
フェイの話は、何となく、僕が感覚だけで分かっていたものだ。けれどそれがちゃんと言葉で聞いた途端、はっきりした形で理解できるんだから、面白い。
「さながら、徴税して、その税金を領地のために使う、っつう善政そのものなんだよな。いや、ほんとよくできた仕組みだ。これだけ無駄のない魔法の組み方で、これだけ大規模で……すげえなあ」
フェイは満面の笑みを浮かべて……それから、はた、と気づいたように僕へまた顔を向けた。
「つまり、お前がやってたことってのは、森からの税金とお前の私財で、徴税範囲外まで守ってた、ってなもんなんだよ」
「成程」
その例えは分かりやすい。要は、本来、この結界の範囲って森の範囲に限るもので、その範囲を町の方にまで伸ばしちゃったものだから無理が来ている、と。その理由は、徴税ならぬ徴魔力が町からは得られないから。だから僕に負担がかかってしまっているし、その割に、結界が薄いというか、弱いというか。
「つまり、ソレイラも結界で守りてえなら、徴税のやり方を考えなきゃダメなんだと思うぜ」
それから、フェイはちょっと深刻な顔をする。
「じゃねえと、お前にばっかり負担が掛かっちまう。町を守る魔力をお前1人で出すなんて、無茶だ。だからさ、お前、町の人から魔力、吸えねえの?」
フェイは心配そうな顔をして僕を見つめている。……フェイの気持ちは嬉しいし、言っていることも、分かる。分かるんだけどさ。
「うーん……どうすればできるのか分からないし、技術的な問題が無くても、やりたくない」
「……そっか」
ソレイラの住民から魔力を吸ってしまったら、彼らの寿命が縮んだり、子供たちの成長が遅れたり、そういう悪影響を及ぼしかねない。それに……フェイが、魔力が少なくて苦しんでいること、知っているから。だから、僕がソレイラの人々の魔力を減らすようなこと、したくない。
人は自由だ。木々とは違う。どこにだって行けるし、どこか別の場所へ行くことになれば、その時は僕の手から離れることになる。
或いは、僕が彼らを守り切れなくて、僕が滅びる時。その時だって、彼らは僕と運命を共にする必要は無い。森の木々や草花は僕が滅びる時、一緒に滅びるしかないけれど、動物達や、特に人は違う。僕、彼らには自由でいてほしい。だから、僕に縛り付けてしまうようなことは、したくない。
「……じゃあ、しょうがねえ」
僕が悩んでいたら、フェイは重々しく頷いて……言った。
「なら、森を増やすしかねえな!」
……へっ?