5話:生きた石膏像*4
ラオクレスは優秀なモデルだ。僕が動かないでほしいってお願いすれば全然動かないでじっとしていてくれる。30分くらいは平気でじっとしていてくれるし、お願いしたら1時間、ずっと動かずにいてくれた。流石に瞬きくらいはするけれど、それだけだ。……なんて優秀な生きた石膏像なんだろう!
ただ1つ、悔しいこともある。まだ、僕が人物を描き慣れていないから、ラオクレスがじっとしていられる時間の中で描き上げられるのは顔だけだっていうことだ。
けれどまあ、石膏像だって首から上だけのものも多い。だからまずはここから、だろう。
……もっと手早く描けるようになったら、全身を描きたいな。
ただ、やっぱり動かずにいるのってとても疲れるだろうから、ラオクレスを描くのは一日に3枚までと決めた。いや、僕が、じゃなくて、フェイが。
「ラオクレスの体のことも考えてやれよ。あいつ、お前の命令に背かず、ピクリとも動かねえじゃん。見ててこっちが辛いんだよなあ」
そうか。僕は見ていて嬉しいんだけれど、仕方ない。ラオクレスには元気でいてほしいから、一度にたくさんラオクレスの絵を描くのはやめることにした。
できるなら、休憩を挟みながら合計12時間分ぐらい、ラオクレスを描いていたいくらいなんだけれど……まあしょうがない。彼は石膏像みたいだけれど、生きてるんだから。
その日はレッドガルド家にお世話になったけれど、翌日には森に帰った。帰る時、フェイが火の精を貸してくれて、僕とラオクレスはそれに乗って帰る。森に着いたら、火の精2匹はまた帰っていった。賢いなあ。
「……なんだ、ここは」
「ちょっと馬が多い森」
一方、ラオクレスは森の様子にちょっと驚いていた。まあ、馬ばっかりだからね、ここ。
馬を掻き分けながら、僕らは進む。馬はラオクレスに興味津々らしい。僕は、『僕が描く人だよ』というように簡単に馬に説明した。馬はそれで納得したのかな。一角獣の方は絶対にラオクレスに近づかないけれど、天馬の方は近づいてきて、匂いを嗅いだりしている。ラオクレスは嗅がれて困っている。まあ慣れてください。
馬を掻き分けて進んで、やっと家の前まで来た。
「これが僕の家。適当に使ってください。客間があるから、そこに寝泊まりするのがいいかな」
さあどうぞ、と、僕はラオクレスを中へ招き入れる。
彼は身長が高い。僕よりもフェイよりも高いから、ちょっとこの家じゃ狭いかな。
もしかしたらベッドが小さいかもしれない。なら、新しいのを描いて出さなきゃならない。
……と、思っていたら。
「俺はそこでいい」
ラオクレスは、開きっぱなしの玄関から外を示す。
そこにあるのは……僕が馬達の為に作った、雨避けの屋根……の残骸の方だ。
一度、密猟関係者の人達に壊されてしまった屋根だけれど、一応、ちゃんと新しい奴を造ってある。壊れた奴を直すよりも新しく出す方が楽そうだったから。馬達は新しい方に行っている。
……そして、ラオクレスはその、壊れた方の屋根で寝る、と言っている、らしい。
「ええと……外が好きなの?」
「お前は馬鹿か」
試しに聞いてみたら、馬鹿か、と言われてしまった。うん。
「人を殺したことがある奴隷と同じ屋根の下で寝ようとするな」
そう言いながら、ラオクレスはなんというか……複雑そうな顔をしている。
自分を警戒しろ、と言っている、んだけれど……うーん、それって本当に警戒すべきなんだろうか?自分から警戒を呼び掛けてくれる人って、どう考えても悪い人ではない気がする。こういう考え方、駄目だろうか。
「ええと……首輪があるから大丈夫、なのでは」
僕がそう聞いてみると、ラオクレスは黙った。黙って、じっと僕を見ている。
……うーん、彼は退く気は無い、らしい。
フェイも『首輪があるから大丈夫』って言っていたけれど、彼自身は心配しているんだから、まあ、しょうがないか。
「僕は特にあなたを警戒してない。けれど、あなたが気にするなら、いいよ。家は別にしよう」
僕は折れた。その途端、ラオクレスが少しほっとしたような顔をした、ような気がした。いや、ほとんど顔はずっと無表情なんだけれど。うん、彼、本当に石膏像っぽい。
「待っててね。すぐにあなたの家、出すから」
なので僕は、そんな彼の為に、新しい家を出すことにしよう。
「……何を言っているんだ?」
「あ、もし僕が気絶したら、外のハンモックに乗せておいてください。多分、馬が運ぶと思うけれど……」
「……おい」
ラオクレスは馬を見回して、それから画材を取り出した僕を見て、途方に暮れたような顔をしている。
うん、やっぱり家が無いのは不安だよね。そう思う。すぐに彼の家を建てよう。
きっと僕の気絶までの猶予は、もう少し長くなったはずだ。僕の家を出した時よりも色々なものを描くようになったし、レッドドラゴンも出した。今までの経験……主に馬を治した時だったけれど、僕はどうやら、描けば描くほど、気絶するのが遅くなっている……気がする。
ということで、ちょっと挑戦。1日で家を1軒、出してみよう。
彼は馬を見ながら落ち着かない様子だから、僕の家や泉からは少し離れたところに家を建てよう。少し離れていて、それでいて、奴隷の首輪の効果の範囲内。つまり、僕からそこまで遠くない位置、というあたり。
僕は適当に歩いて、いい具合の土地を見つける。よし、ここで決まり。
僕は早速、そこに土台を出す。……うん。やっぱり感覚が前とは違う。前よりもずっと楽だ。まだいける。
「……何が起きた?」
「土台を出した」
ラオクレスは、絵が実体化したことに驚いていたけれど、僕はさっさと次を描く。
……いいや。柱や梁を描いてから壁を描くんじゃなくて、最初から一軒家を出してしまえ。気絶したとしても多分、1日か2日だ。
頭の中でフェイが『本当に気を付けろよ!』と言ってきたけれど、無視させてもらう。また魔力切れで倒れたらごめんなさい。
……そうして、クリーム色の漆喰塗りの壁と濃い灰色の屋根の家が完成した。
僕の家よりも少し小さいかな。でもまあ、天井は高く取ったから許してもらおう。
それにしても僕は成長したのかもしれない。今、こうして家を出しても、まだ気絶していない。
「ええと……他の家具は明日にさせてください。ベッドだけ出してから僕も寝るから」
それから僕は、家の中の一部屋を寝室ということにして、そこに勝手にベッドを出した。彼の大きな体が余裕をもって収まるような大きなベッドだ。布やふかふかの質感は中々上手く表現できたらしい。出てきたベッドはふかふかだった。よし。
「……訳が分からない」
そして、ラオクレスは1人、置いてけぼりだけれど……まあ、丁度いいだろう。
「僕はこういう人です。自己紹介には、なった、だろうか」
僕がそう言うと、彼は……迷うように頷いた。
「……どうやら俺はとんでもない奴に買われたらしい」
ラオクレスは微かに表情を引き攣らせながら、そう言った。
うん。分かってもらえて何よりです。
結局、僕はその日、気絶しなかった。
けれどとても疲れてしまったので、また馬に引っ張っていかれるままに外のハンモックで寝ることになった。
ラオクレスはちゃんと寝ているだろうか。僕が出したベッド、ちゃんと使っているだろうか。
……それも明日ちゃんと聞こう。うん。おやすみ。
おはよう。
僕が起きて外に出たら、泉には巨大な鳥が水浴びに来ていた。ちょっと久しぶり。
鳥と馬に挨拶したら、簡単に水浴びして、それからラオクレスの家に向かう。
……ドアをノックしても全然答えが無かったので、そっと、家の裏から窓を覗かせてもらった。
まだ、カーテンすら付いていない窓は……その部屋の中、ベッドの上で寝ているラオクレスの姿をあっさり見せてくれる。
うん。ラオクレスは、寝ていた。
……ぐっすり寝ているようだ。うん、そうか。疲れていたのかな。あの牢屋みたいな部屋の中じゃ、あんまり寛げなかっただろうし。
あ、あと、僕が昨日、描きすぎたかもしれない。
……うん。
もうしばらく、ゆっくり寝ていてください。おやすみ。




