21話:地の底からこんにちは*7
「出てきた!」
「何が!?」
「手!」
「手!?」
クロアさんが慌てて僕の方に来てくれる。そこでクロアさんに見せるのは……手、だ。
骨と皮でできた……明らかに、『生きていない』ものの、手。
人間の手のようにも見えるけれど、どちらかと言うと……骨の騎士団とか、そういうものの手に、見える。
つまり……人ならざるものの、手だ。
「こ、これ……魔物、かしら?」
クロアさんはちょっと考えて……すぐ、リアンを運び出した。僕が座っていたところから手が出てきたんだから、隣のリアンとラオクレスと鳥も危ない。
リアンはクロアさんに運ばれる途中で起きて自力で移動し始めたし、ラオクレスは……クロアさんが運ぼうとして、断念して、僕も手伝って運ぼうとして、2人で『これは運べない……』っていう結論に至って、なんとかラオクレスに自力で移動してもらうことにした。
ラオクレスはぼーっとしているだけだから、僕らが手を引いて歩けば、それについて歩いてきてくれるみたいだ。よかった!ラオクレスの巨体を僕らが運搬するのは無理だ!
……さて。
そうして僕らの避難が終わって、僕らが手を観察していると……。
ぼこり、と、石が盛り上がって、その下から、明らかに死んでいる人の頭が出てきた。
「うわ、刺激的な顔だ……」
「トウゴ君!こいつ、ゾンビよ!魔物!魔物だから!」
出てきたのは、どうやら、魔物だったらしい。骨の騎士団といい、こういう、ちょっと人型の魔物って、咄嗟に判断に迷うから、クロアさんみたいに断定してくれる人が隣に居るとすごくありがたい。
「どうしてゾンビがこんな所に……?」
クロアさんは油断なく身構えながら、ゾンビを見て困惑している。
僕も困惑してるし、リアンも困惑している。鳥は羽毛を逆立てて威嚇の体勢だ。いつもの3割増しのサイズになってる。
……けれど、鳥の威嚇空しく、ゾンビは僕らに襲い掛かってきた。向かってくるのは……僕の方!
「まあ、倒す、しかないわよね。トウゴ君に傷でもつけられたらたまったもんじゃないわ」
クロアさんはそんなことを言いながら、ゾンビに鋭い蹴りを食らわせた。ゾンビはゾンビだけあって、クロアさんの蹴りを食らってもまだ動こうとしていたけれど、そこにリアンの氷の魔法が飛んで、いよいよ今度こそ動かなくなる。
……そしてまた、辺りは沈黙する。
「……何だったのかしら」
さあ……。
僕らは皆で、首を傾げることになった。
何故、こんな所にゾンビが。そして、何のために、ゾンビが。
……考えても分からないのだけれど。
「まあ……ゾンビが出てくるなら、早目にここを離れた方がいいかしら。目的は達したわけだし……」
クロアさんはそう言いつつ、『そういうことならこっちの処理しちゃうわね』と言って、捕まえた人達を全員、魅了し始めた。クロアさんが見つめて5秒、彼らは皆、クロアさんの虜になってしまうのだから、つくづく、プロってすごい、というか……。
「……なあ、トウゴ。俺、思ったんだけどさ……」
そんな中、リアンがふと、言う。
「俺達が帰っちまった後、この花、大丈夫かな」
……確かに。
もしかしたら、やってきたゾンビの狙いは、この花なんじゃないだろうか。
或いは……僕を狙ってきたことを考えると、『精霊』を狙って、やってきた?
そんなことを僕が考えていると……不意に、かさかさぱさぱさ、音が響く。何の音かはすぐ分かる。白い蛾達の羽ばたきの音だ。
蛾は皆で花の周りをくるくるぱさぱさ飛び回っていて、そのうちの何匹かは、僕やリアンに何かを伝えようとしているかのように、僕らの手をつついたり、僕らの頭上を周ったりしている。
……もしや。
「あ、あの、もしかして、何か大変なことになってますか?」
花にそう、聞いてみた。すると、花のめしべがすぐに飛んできて……僕の額を、つつく。
その途端、僕には、花が伝えたかった景色が分かるようになる。
……地面の下。花の根っこが伸びるばかりのそこで……ゾンビ達が、花の根っこを、齧っている!
大変だ!花が、このままではやられてしまう!
「クロアさん!大変だ!この花、襲われてる!」
「何ですって!?」
一方、僕らに襲い掛かってきた人達を1人残らずばっちり魅了し終えたクロアさんは、僕らの呼びかけにすぐ応えて来てくれた。
「地面の下で、ゾンビ達が花の根っこを食い荒らしてるみたいなんだ」
「そう……それで、地面にゾンビが、ねえ」
クロアさんは何かを考えている様子だったけれど、首を振ってその考えを中断した。
「……誰が操っているのかはこの際置いておくにしても、ここの精霊様を見殺しにするわけにはいかないわよね」
「勿論だ」
ここの精霊様にはお世話になった。一緒に毒を浄化した仲だ。相手が困っているなら助けたい。
「けれど、地面の中なんて、どうやって戦えばいいのかしら……」
……けれど、この戦いは、分が悪い。
だって……地面の中で起きている戦い、だから。
「私達も地面に潜って戦う、っていう訳にはいかないわよね」
「管狐ならいけるんじゃないかな」
「だとしても、小さな狐さん1匹に任せるのは酷じゃないかしら」
うん……そう、かもしれない。
僕は管狐を信頼しているけれど、でも、確かに、管狐だけにゾンビの大群を任せてしまう、というのは、あんまりだ。
だからせめて、管狐にある程度任せるにしても、サポートしたい。何か、ゾンビをやっつけてしまえるような、そういう……。
「……水のお化けでも描く?」
「まあ、そういう子なら、石と石の隙間を通ってゾンビのところまで行ける、かしら」
うん。そう思って。
管狐だけに任せるのが不安なら、仲間をその分増やせばいいんじゃないかと思ったんだ。
勿論、それでも、僕らの目の届かない所で戦ってもらうことになる、っていう不安は残るのだけれど……。
「なあなあ、クロアさん。その、毒を流す、ってのは?地面の下に居るなら、ここら辺から毒を流していけば、地面の中のゾンビにも届くんじゃねえかな」
「そうねえ……ゾンビってもう死んでいるわけでしょう?感覚も無い訳だし、だから、毒の類ってほとんど効かないのよ。麻痺毒の類なら、多少は効くけれど、それもあくまでも、『多少』よね。一網打尽、っていう訳にはいかないわ」
リアンがいい案を出してくれたのだけれど、クロアさんが却下する。そうか、毒は難しいか……。毒で相手を片付けられるなら、今回の一連の事件の意趣返しっていうことで丁度いいかと思ったんだけれど、中々上手くいかない。
「ゾンビに弱点は無いの?」
「そうねえ……ゾンビの弱点は、強い光。火の光や、もっと贅沢を言えば太陽の光がいいわね。そういったものを浴びたら、ゾンビはひとたまりもないの」
成程。強い光、か……。
「まあ、光が弱点だからといって、光を浴びせる訳にはいかないわよね。地面の中なんだから」
うん。地面の中、石と石の隙間に光を通すっていうのは無理だ。
じゃあ、どうすればいいんだろうか。
花が根っこを齧られる速度は、そんなに早くないように見える。ゾンビ自体、それほど動きの速いものじゃないし、あくまでもじわじわと、この花を虐めて死なせてしまう算段なんだろう。
だから、対策を講じる時間はあって、僕らは何か思いついたら、十分、花を助けることは可能であって……。
そんな時だった。
キョキョン。
……鳥が自慢げに鳴いたなあ、と思ったら……発光していた。
丸っこさも相まって満月さながらに輝く鳥は、いつもの如く、月の光の蜜を体に纏っている、らしい。鳥の羽毛に吸い込まれなかった蜜は、とろとろと地面に落ちて、石の隙間から徐々に、地下へと染み込んでいって……。
……あ!
「これだ!」
そうだ!僕らには、液体の光があった!
「太陽の光の蜜!」
……レネが作っていたあれなら、地中のゾンビなんて、一網打尽にできるはずだ!
少し、迷った。今から急いで森に帰って、鳥を月にして夜の国へ行って、そこで太陽の光の蜜を貰って帰ってきて、この山まで引き返してきて……ってやる余裕はあるだろうか、と。
……まあ、無いだろうな、と、思えた。だって、ゾンビはもう襲いに来ている訳だし。花は今も尚、根っこを齧られて痛い思いをしているんだ。できるだけ、時間を掛けたくない。
だから……僕は急いで、描き始める。
幸い、少し眠ったから元気はあるんだ。少なくとも、太陽の光の蜜を出すくらいのことは、できると思う。
……要領は、ちび太陽のカンテラを出した時と同じだ。ふりゃふりゃして一際眩く輝くものを、球形じゃなくてとろりとした蜜状の形で描けばいい。
僕は急いで、魔法画の絵の具を走らせる。
今回は油彩のような描き方でやる。まずは画面いっぱいにランプ・ブラックを広げて、その中心にじんわりと、琥珀色の滲みを作っていく。
……そしてその中心に、輝く蜜を描いていく。
ふんわり優しいクリーム色や、ちょっと落ち着いた蜂蜜色で蜜を描き上げていって、蜜の透明感を描くために、琥珀色やセピアで透けた蜜の陰を描く。
それでいて、発光している風に描かなきゃいけないから、それは背景で表現する。
何もなかったランプ・ブラックの空間に、ぼんやりと、石を描き込んでいく。……何のために、といえば、石に反射する光を描くことでそこに光があることを表現するために。
背景の一部は、宝石にする。ガラス質の光沢は、強い光を表現するのにもってこいだ。そこにギラリと輝く宝石があれば、そこに光が強く反射している様子が表現できるし、そこに強い光があるっていう証明になる。
……そうして僕が太陽の蜜を描いていると。
ぼこり、と、重い音がして、地面からゾンビが、出てきていた。
えっ、こ、こっちにも出るの!?
「あら、好都合ね!地面の上にわざわざ出てきてくれるなんて、気の利くゾンビ共ですこと!」
けれど、それは暇を持て余していたクロアさんによって、あっという間に倒される。
クロアさんが蹴り倒した一体の他にも、どんどんゾンビが出てくるのだけれど……。
「出てきてくれさえすれば、私達にも倒せるわ!……そうよね、皆?」
……クロアさんにすっかり魅了されてしまった人々が、クロアさんを守るようにしてゾンビと戦い始めた!
「……って、あら、ちょ、ちょっと。あなたも戦うの?」
「……ああ」
そして、まだぼんやりしている様子のラオクレスが、剣を持って身構えている!
「大丈夫?まだ魔法、切れてないと思うけれど……」
「……問題ない」
ラオクレスの応答はちょっとゆっくりで、動きもちょっと緩慢なのだけれど……動きの遅いゾンビ相手なら、ゆるゆるラオクレスでも十分戦えるみたいだ。
ええと、ええと……と、とりあえずもうちょっと時間稼ぎをお願いします!
「……トウゴってさあ、絵、描いてる時、その、精霊様っぽく、見える」
「そう?」
最後の仕上げに入っている中、リアンは僕を見て、そんなことを言う。
「だからゾンビが寄って来てんのかなあ……」
「まあ、そうかもしれない……」
ゾンビの狙いはやっぱり、『精霊』なんだろうな、と思う。僕が絵を描き始めたらその魔力を嗅ぎつけてきたのか、ゾンビがこっちにも出てくるようになってきたし……この山の精霊じゃなくても、とりあえず精霊っぽいものは全部狙っている、のかな。鳥も狙われているし。
「……あの鳥、結構身軽なんだなあ」
「そりゃあね。鳥もあれで精霊様だから」
鳥はゾンビ達に狙われては、ひらりと身を躱している。ぱたぱたと飛び回って、また地面に降りてきてはゾンビに狙われて……と繰り返して、遊んでいるみたいにも見える。うん。実際、面白がっているのかもしれない……。
「なあ、トウゴ。そろそろできそうか?」
「うん……もうちょっと……もう少し、石のエッジを強調して……」
リアンはリアンで、僕の周りに寄ってくるゾンビに氷をぶつけたり氷の小鳥をけしかけたりして時間稼ぎをしてくれている。さっきからちらちら僕を見ているのは、『まだかよ!』っていう催促に他ならない。
リアンをあまり待たせるとゾンビの撃ち漏らしが出てくるかもしれないし、そうなった時、僕だけじゃなくてリアンも怪我をしかねないし……僕は、とにかく、急いで……。
「できた!」
遂に、描き上げた!太陽の蜜がたっぷりと入った壺が倒れて、そこから太陽の蜜がとろとろと石の上に広がっては流れ落ちていく様子!
僕が絵を描き上げた途端、絵がふるふる揺れて、きゅ、と縮こまって……そして、ぽん、と。蜜が溢れる壺が、地面に転がった。
途端、洞窟の中が明るくなる。ふんわり広がった太陽の光は、ゾンビを大いに怯ませた。
「できたのね!」
「うん!」
クロアさんが満面の笑みを浮かべる中、ゾンビ達は、逃げていこうとして……でも、どんどん広がっていく太陽の蜜の光を浴びて、ぐずぐずと、灰になって崩れていってしまう。
……そして、太陽の蜜は、どんどん石の間へ染み込んでいって、地中へと広がっていく。
「どうですか!?地中のゾンビ、やられてますか!?」
花に聞いてみると、花はおしべで僕の頭を撫でながら、めしべで額をつついて、地中の様子を教えてくれる。
……地中では、ゾンビが灰になって消えていくところだった。
危機を脱したことを喜んでか、白い蛾達はくるくると僕の周りを舞っていて、そして、相変わらず花のおしべは僕の頭を撫でている。
ええと……どうやら、僕は、うまくやれた、らしい。
あ、駄目だ。なんだか安心した途端、今度こそ、力が抜けて……。
「トウゴ、寝るのか?」
「うん……」
リアンの呆れたような顔を見ながら、僕はその場で眠らせてもらうことにした。
おやすみなさい!