19話:地の底からこんにちは*5
僕らだけなら、どこかに隠れてやり過ごすことも考えただろう。
けれどこっちには、金色に光輝く花がある。この地の精霊様は地面に生えているから逃げも隠れもできないし、光っているからよく目立つ。
そして、そんな精霊を残して逃げ隠れする訳にはいかない僕らは、ただ、その時を待って……。
ひゅ、と、矢が空気を切り裂く音が響く。それから一瞬遅れて、ガキン、と、金属同士がぶつかる激しい音。ラオクレスが矢を盾で防いだ音だ、というのはなんとなく分かった。
居たぞ、と叫ぶ知らない声。『小奇麗なガキ』であるところのリアンが身を固くするのが分かって、僕はそっと、リアンを花の方へと押しやった。
……そして、わらわらと、人が入ってくる。
「誰だか知らねえが、この山に居るということはそれ相応の覚悟はあるんだろうな!?」
「ありゃあ、なんだ?黄金でできた花か……?」
「ほら!ガキがいるでしょう!青い鳥も!ありゃあ精霊か妖精か、そういう奴らですよ!」
入ってきた人達は皆バラバラに、それぞれがそれぞれの興味の向くところを見ている。
僕ら全員を見て『殺さねえと』と息巻く人も、精霊を見て『高く売れそうだ』と笑う人も、僕とリアンを見て『捕まえて売り飛ばそう』とよく分からないことを言う人も居る。
彼らは、格好がばらばらだ。鎧兜の騎士らしい姿の人は2名。他に農民か山賊か、みたいな恰好の人達が5人くらい居るけれど……彼ら、同じ組織の人達には見えない。
……ただ、彼ら全員の共通点として、それぞれに武器は持っていた。
騎士らしい人達は剣を手にしていて、農民らしい人達はこん棒みたいなものや斧なんかを持っている。
状況はよく分からない。彼らの事情もよく分からないけれど……とりあえず、穏便に済みそうにない、ということだけは、確実だ。
最初に動いたのは騎士らしい恰好をした2人だった。彼らは2人揃ってラオクレスへ襲い掛かる。
けれど多分、ラオクレスはそれを予想していたんだと思う。
「来い!」
盾を構えて、相手の剣を防ぐ構えのように見せながら、ラオクレスは盾の宝石からアリコーンを呼び出した。
ラオクレスの盾を避けて剣を繰り出そうとしていた相手は、突如として目の前に現れたアリコーンに驚いて、咄嗟にその場で動けなくなる。
そして、相手がどう動くかなんてお構いなしのアリコーンは、ラオクレスの盾から飛び出してそのまままっすぐ、騎士らしい恰好の人へと突進していった。
ひぃ、と悲鳴が聞こえる。アリコーンの角に盾を貫かれて、そのまま前脚の蹄で胸の辺りを蹴られて倒された騎士らしい人は、アリコーンにそのまま脚で押さえ込まれて動けなくなる。
……そしてそれと同時に、ラオクレスはもう1人の騎士らしい人と戦っていた。
こちらは不意打ちで戦う訳ではないから、アリコーンの方みたいに一瞬で片が付かない。
ただ、相手の剣を剣で受け止めて、そのまま強引に腕力で払って、そして一歩踏み込んで、相手の首筋ギリギリを剣で突いて……と戦うラオクレスは、その動きの一瞬一瞬が絵画みたいに見える。人体の美しさっていうものがすごく表れていて、すごく描きたくなる。
そんな美しい戦いぶりを見せてくれるラオクレスに、騎士らしい人以外の人達が襲い掛かる。
こん棒や斧、それに弓矢なんかを携えた人々は、騎士らしい人と1対1で戦っているラオクレスに、遠慮なく攻撃を浴びせようとして……。
「鳳凰!」
僕はすかさず、鳳凰に出てきてもらった。
鳳凰はまっすぐ飛んでいって、農民だか山賊だかよく分からない人達からラオクレスを守る。
急に目の前にカラフルな鳥が飛んできた彼らは、それでも攻撃の手を緩めない。ラオクレスへ振り下ろそうとしていたこん棒をそのまま鳳凰に向けて振り下ろそうとするし、弓矢の狙いはしっかりと鳳凰へ向く。
「俺だって……!」
けれど、鳳凰への攻撃は達成されなかった。何故なら、僕の隣でリアンが氷の魔法を使って、彼らの顔面を凍り付かせていたから。
……リアンの氷の魔法をじっくり見るのは初めてだ。
リアンは、確かに不意打ちや一回きりの攻撃、相手を驚かせるためだけの攻撃なんかを得意としているんだろう。スリの天才であるリアンとしては、相手を驚かせて一瞬怯ませて、その隙に物を盗ったり逃げたりすることができれば十分だったはずだし、それだけに、その一撃はものすごく的確に研ぎ澄まされている。
武器を持つ手や武器自体じゃなくて、相手の顔面を狙う。そこにリアンの今まで生きてきた境遇や何かが見えて、ああ、すごいな、と思う。……うん。描きたい。
「よし!行け!」
更にリアンは、氷の小鳥達を一斉に動かす。氷の小鳥達は武器を持った人達の顔面めがけて飛んでいって、彼らの目を眩ます。中には、目元を凍り付かされたことに驚いて、そのまま逃げていってしまう人も居た。
勿論、逃げられてしまうとちょっと困る気がするので、僕は彼らの足元にロープを描いて出して、そこで引っかかって転んでもらった。
そこに、さっきまで寝ていた鳥がキョンキョン鳴きながら飛んでいって、転んで倒れた人の上に、でん、と座る。そして、キョキョン、と、満足げに勝鬨の声を上げた。
そうこうしている内に、邪魔が入ったラオクレスの戦いも決着がつく。
金属同士がぶつかり合う派手な音が響き渡って、一拍遅れてくぐもった悲鳴が聞こえる。
見てみれば、ラオクレスの剣が、相手の盾を大きく凹ませていた。どうやら、盾の下の相手の腕の骨を折ったらしい。
「……少し手間取ったか」
剣をとり落とし、腕を押さえて蹲る相手の首筋に剣を突きつけて、ラオクレスは、ふ、と息を吐き出した。
そこからは簡単だ。僕がロープを描いて出して、リアンが人々を縛り上げていく。その間、縛るのが間に合わない人達は花が根っこで捕まえておいてくれた。人々は花の根っこが自在に動いて自分達を拘束することに恐怖している様子だったけれど、この精霊様、あなた達の住んでいる土地の精霊様だからな……?
「これで全部か」
最後に、鳥が上に乗っていた人を縛り上げたら、これで全員、ぐるぐる巻き。
「全く……品の無いことを宣っていたが。一応、もう一度確認しておくか」
ラオクレスは苦い顔で、ぐるぐる巻きの人々を見回した。
……彼らが僕らを口封じに殺そうとしていたり、花が売れるかどうか考えていたり、僕とリアンを捕まえて売ろうとしていたりしていたのはもう分かっている。
要は……なんだか彼ら、統率がなってない、というか、目的がバラバラ、というか……。
「聞かせてもらおう。お前達は何者だ?何の目的でここへ来た?」
ラオクレスが尋問を始めた。ラオクレスは、『惨い場面を見せることになるかもしれないから』と僕らが同席することを嫌がったのだけれど、でも、ラオクレスだけで事に当たってもらうのも心配なので、やっぱり同席することにした。
……とはいえ、そんなに大変な訳でもなかった。農民だか山賊だかよく分からない人々は、ラオクレスが剣を向ければ簡単に目的を話してくれたから。
「本当だ!本当に、ただ、この山に今、宝石が出てて金になるらしいって聞いて……それで、表は人が山ほど居るから、裏から回った方がまだいいと思って……そうしたらそこのガキと青い鳥を見つけたもんだから、それを、偶々行き会ったそこの騎士様に……」
「宝石?……何の話だ」
「詳しくは知らねえよ!けど、昼頃から、『この山ででかくて質のいい、まるで絵に描いたような宝石が採れた』っつう話で町は持ちきりで!そのおこぼれに与ろうってくらい、いいだろうがよお!」
……絵に描いたような宝石、というのは、本当に絵に描いた宝石なのではないだろうか。
ということは、これ、クロアさんがやったこと、なんだろうなあ。ええと……表に人がたくさん来ている、ということだから、多分、そっちが目的だったんだろうな、クロアさん。
何も知らない領民がたくさん押し掛けてきていれば、領主さんが毒についてあれこれ手を回すのが難しくなる。多分、クロアさんはそれを狙ったんだと思う。その余波でこっちに人が来てしまったのは、まあ、事故。
「成程な……それで、お前達が言っていた品の無い言葉をもう一度聞かせてもらおうか。何を売ると言っていた?」
「ひぃ!い、いや……そ、それは」
「こちらの花と、少年2人、だったか?」
「そ……そりゃあ、宝石があるかもわからねえし、もう表の連中に採り尽くされちまったかもしれねえって時に、目の前に確かなお宝があったらそっちを狙……うわっ!」
ラオクレスは答えていた人の頭の横に勢いよく剣を振り下ろした。髪が数本、すぱり、と斬り飛ばされて、ラオクレスの下で、その人はガクガク震えている。
「……これで勘弁しておこう。二度と、こういったものに手を出そうとするな」
ラオクレスはそう言って、なんともやるせない顔をした。……他人事じゃないんだけれど、でも、こういう表情もいいなあ。描きたいなあ、と、真っ先に思ってしまった。うん。他人事じゃないんだけれどさ……。
「さて。あいつらは喋ってくれたが……貴様らはどうだ?」
続いて、ラオクレスは騎士らしい恰好の2人へ近づいていく。
先に農民だか山賊だかの方から話を聞いているから、彼らについても概ね、分かっている。
要は、この山で宝石が出るっていう噂に振り回された人々から毒を隠すためにてんやわんやの、ゴルダ領の騎士の人達、なのだろう。そんな彼らが2人だけはぐれていて、そこに丁度、やっぱりはぐれた農民だか山賊だかの人達の情報があって……それでこっちに来た、と。
まあ、ここまでは分かっているけれど、その手前の部分は分からない。だから、ラオクレスは『もう大体分かっているんだから諦めて話せ』という調子に、騎士の1人の顔を覗き込んで……。
その時、ギラリ、と、何かが煌めいた。
洞窟の出口の方で、何かが……。
「まだ居る!」
僕がそう叫んで教えるのと同時、洞窟の出口の方に隠れていた人が、矢を、僕らに向けて放った。
幾本もの矢が、真っ直ぐ僕らへ飛んでくる。僕は咄嗟に、リアンを抱えて地面に伏せた。
伏せた僕らの頭上で、矢が飛んでいく音がして……その音に混じって、メキリ、とか、ガツン、とか、そういう音も響いて……。
「……無事か」
僕らの前には、その盾や鎧で僕らを矢から守ってくれた、頼もしい石膏像の姿があった。
……そこからのラオクレスは、それはそれは勇ましかった。
ぎろり、と洞窟の出口の方を睨んだかと思ったら、すごい勢いで駆けていって、そして、出口の方で人の悲鳴やドタバタした音が上がった。
そこに僕とリアンも、召喚獣を派遣して戦ってもらう。
逃げ出そうとした人には氷の小鳥が目の横を啄みに行き、襲い掛かってくる人の武器は管狐がするりと取り上げた。鳳凰と鸞は人々の間を縫うように飛んで、彼らの動きを封じた。
……そうしている間にどんどんラオクレスが相手を倒していって、倒された相手は僕が描いて縛り上げるか、或いはここぞとばかりに飛んできた鳥が上に乗っかることで押さえつけて……そして。
「……終わった、か」
ラオクレスはぜえぜえと荒い息を吐きながら、今度こそ、全員縛り上げられて転がされる人々を見下ろした。
彼らは騎士らしい恰好をしている人が大半だ。ゴルダ領の騎士なんだろうけれど……。
……まあ、ここで戦ってしまった以上はしょうがない。あとはもう、できるだけ急いで毒を浄化するしかないな。
「……う」
僕が意気込んでいたら、不意に、ラオクレスの呻き声が小さく聞こえた。
あれ、と思って見てみたら……がしゃ、と音をさせて、ラオクレスが膝をついていた。
「ラオクレス……?」
どうしたの、と、聞くまでもない。
様子がおかしい。ラオクレスの呼吸は荒くて、兜の隙間から見える頬に、汗が伝うのが見えた。
……どうしよう、と咄嗟に考え始めた、その時だった。
「……くそ!」
ラオクレスが、荒い呼吸のまま、剣を持って立ち上がる。
その視線の先には……また、騎士らしい人の姿がある。
……まだ、居るのか!
僕は緊張する。
ラオクレスはなんだか様子がおかしい。この状態で真っ当に戦えるかは分からない。なら、僕が頑張るしかない。
僕の武器は、絵だ。けれど、戦いの場で、絵をじっくり描くわけにはいかない。魔法画で、瞬間的に描いたものだけが、僕の攻撃手段になり得る。
騎士の数は、3人。僕1人でもなんとかなる……かもしれない。
僕はそう考えて……スケッチブックの上に、魔法画の絵の具を走らせ始めて……。
……けれど。
「間に合った、かしらっ!?」
ひゅ、と風を切る音の後、どす、と、鈍い音が響く。
……見れば、騎士の人達の背後から突然現れて、その内の1人の側頭部に鮮烈な回し蹴りを叩き込む、クロアさんの姿があった!
クロアさんの姿を見て、急にほっとする。一方、相手の騎士の人は、ぞっとしただろう。仲間が1人気絶して倒れる中、とんでもない美女が、ギラリと輝くナイフ片手に躊躇なく兜の隙間を狙いに来ていたんだから。
更に、ラオクレスが吠えながらもう1人の騎士に向かっていって、ほとんど力任せな体当たりで最後の1人の騎士を倒した。そこに鳥が乗る。
……そうして、鳥が、キョキョン、と勝利宣言した時には、クロアさんの方も決着が着いていた。
「ごめんなさいね、遅れちゃって」
蹲る騎士の人の背中を靴のヒールをぐりぐりとやりながら、クロアさんはにっこり笑って、その足元で手早く騎士の人を縛り上げた。
……その、なんというか……プロってすごい。
僕は、キョキョンキョキョンと鳥が勝利宣言を繰り返す中、ぼんやり、そう思った。




