14話:強欲に、傲慢に*4
「防衛戦をしようとしているから分が悪いのよ。ここまで来たらもうしょうがないわ。王家じゃないんだし潰れてもさしたる問題にはならないでしょ?ならこっちからいきましょう」
クロアさんの言葉に、会議室がざわめくより先に静まり返る。
……うん。
防衛戦をしようとしているから、分が悪い。うん。それはそう、だと思う。
どこが狙われるか分からないものを全部守ることができないから、僕らは困ってた。けれど、逆にこちらから攻め込むのなら、そういう問題は無いね。
王家じゃないから潰れても問題ない、っていうのは、まあ……結構な暴論だとおもうけれど、でも、防衛戦で消耗していくよりは、攻め込んでしまった方がいい、っていうのは、分かる……。
「それは……いいのか?名目が何も無いが」
「あら。正義は我らにあり、よ。勝った方が正義だわ。その辺りは領主様に上手くやって頂きましょう」
「はっはっは。クロアさんは我々の扱いが上手いなあ」
上手いっていうか、結構雑だと思う……。いや、フェイのお父さんとしては、雑に扱われるの、嬉しいみたいだけれどさ。
「私達が守りたい人達を誰も失わないためには、こちらから攻撃するのが一番だわ。レッドガルド領を戦場にしないことが第一じゃないかしら」
「うわー、クロアさんの意見、滅茶苦茶雑なのに、正論なんだよなあー!」
フェイが嬉しそうに頭を抱え始めた。うん。嬉しそうに。いや、見えてるよ、笑顔。悩むふりしたって駄目だよ。もうフェイが大喜びなの、見えてるんだからな。
「そうは言っても、名目が無い、っていうのは本当でしょ?いくら領主様達だって、流石に他所の領を理由もなく荒らしたら問題になるんじゃないの?それこそ、今後の貴族連合の運営に支障が出てきたり、するんじゃない?」
一方、ライラは慎重派だ。……周りがフェイとかクロアさんとかそういうタイプばっかりだから、バランスをとるために慎重派で居てくれてるんだろうな、ということは何となく分かってる。
「そりゃそうだけどよ。でも、今更、名分如きにこだわってられねえ、とも思うぜ。な、親父」
ほら見ろ。フェイはこういうタイプだ!気持ちは分かるけれど!
「まあ……できれば隠密に、とは思うがね」
一方、フェイのお父さんは、ふむ、と考えて……クロアさんの方を向いた。
「クロアさん」
「はい。何かしら、領主様?」
呼びかけられたクロアさんは、嬉しそうに……夜のパーティ会場の笑顔を浮かべている。つまり、密偵としてのクロアさんの顔、だ。
「もう何を頼むか、察されているような気もするが……そうだな。1つ、依頼をお願いしたい」
フェイのお父さんは、言った。
「秘密裏に、ゴルダ領に潜入し、毒物を使えない状態にしてほしい」
『毒物を使えない状態にする』。
それはつまり、表立った戦争をするんじゃなくて、あくまでも秘密裏に、非公式に……ゴルダ領に潜入して、そこで、人を傷つけるのではなく、ただ、毒物だけを処理してしまう。
ゴルダ領の鉱山の中に毒物の準備があるというのなら、それをどうにかしてしまえばいい。落盤を引き起こして埋めてしまうのでもいいし、絵に描いて別の物質に変えてしまってもいいし。とりあえず、毒を使えない状態にしてしまえればオーケーだ。そうすればもう、レッドガルド領を攻撃する手段が無い!多分!
「成程な!バレなきゃ名目も何も必要ねえな!で、相手の武器だけ奪っちまう、っていうことで……それなら無用な死者は出ねえ!」
「そうだろうそうだろう。よし。ということで、クロアさん。頼まれてくれるかな?」
「ええ、勿論。はじめからそのつもりだったわ、領主様」
クロアさんはウインクを1つ飛ばして、フェイのお父さんの『お願い』を快諾。流石は現役の密偵だ……。
「そういうわけで、トウゴ君。しばらくモデル業はお休みするけれど、いいかしら」
「うーん……」
クロアさんはそう、僕に確認してきた。
僕としては、断る理由は、無い……というか、流石にこれ以上の案は出せないから、ここで飲むしかないかな、と思う、というか。
でも……。
「クロアさんを1人で行かせてしまうと、その、危なくないかな」
「え?」
「ラオクレスをそのままクロアさんに挿げ替えたようなことに、なってない?」
僕がそう聞くと、クロアさんは目をぱちぱちと瞬かせて、その横でラオクレスが鷹揚に頷いている。その通り、みたいな顔だ。うん。そうだね。ラオクレスを犠牲にしたくない、っていうことはつまり、クロアさんも危険な目に遭わせたくない、っていうことになる。
「まあ……そうねえ」
クロアさんはそう言って、ちら、と僕らを見て……そして、ちょっと唸ってから、言った。
「じゃあ、ちょっと段取りを考えるから、待っててくれる?」
詳細はクロアさんにしか決められないっていうことで、とりあえず会議はそこで終了。僕らの動向については……『考え中』とのことだった。
もしかするとクロアさん1人で行くより、僕らが付いていった方が上手くいくかもしれない。でも、クロアさん1人でやった方がむしろ安全かもしれないから……考え中、とのことだ。
どちらにせよ、時間はもう、ほとんど無い。ゴルダに行ってどうこうするなら、明日が最後のチャンスだ。だから移動を今日中に何とかしなきゃいけなくて、そう考えると、ほとんど時間は無い。
……その時間を少しでも無駄にしたくなくて、僕は、ゴルダ領についてちょっと調べることにした。
フェイの家の図書室の写しが森の図書館にもある程度あるので、そこで少し記録を調べる。
……ゴルダ領、というのは、レッドガルド領から結構離れた位置にある領地だ。王都を挟んでほとんど反対側。アージェント領とはお隣さんにあたる。
ゴルダ領には大きな鉱山があって、そこで鉱石や宝石なんかが採れるから、そんなに大きくない領地ながら、そこそこ儲かっている土地らしい。
特産品は金。金を使った工芸品が有名で、宝石職人や金細工の職人なんかはゴルダ領に沢山いるらしい。高級品が特産品だから、基本的に商売相手は貴族達。だから貴族との交流は他の領よりも多くなりがち。
他にも、鉄が少し採れるからそれで鍛冶をやったり、鉱石を材料にした魔法の研究なんかも進んでいる、と……なんというか、資源があるところって強いなあ、という印象を受ける記述がたくさんあった。
ただ、食料品についてはあんまり採れないらしい。鉱山があるっていうことはまあ、平地が少ないってことだろうし、そうなったら耕作面積が減るから当然か。
……そんな記述を一通り読んだ後には、レッドガルド家の人がちょっとまとめたらしい、ゴルダ領の歴史がある。
そして……そこには、ゴルダ領の領主が5年以内に2人交代した時のことが書いてあった。
ゴルダ領は長らく、ゴルダさんが治めていた、らしい。
このゴルダさんという人は元々鉱山で働いていた人のリーダーだった人の家系で、そこらへんの事情もあって、領主でありながら鉱山の労働者に親しまれていたらしい。それで、善政だった、と。当時のレッドガルド家の領主……フェイのおじいさんにあたる人が、『ゴルダの領主とは是非、仲良くなりたい』とメモしているのも見つけた。
……そして、今から10年前くらい。ゴルダさんが突然、お亡くなりになった。
亡くなったのは本当に突然のことで、そのせいで、後継者が指名されているでもなく、周りの人達もてんやわんやで……そうしている間に、ゴルダさんの弟が、次の領主になった。
その人はどんどん、ゴルダ領からお金を搾り取るようになっていった、らしい。代替わりしてフェイのお父さんが治めるようになったレッドガルド領の記録には、『あそことはもう手を組まん方がいい』みたいなことがメモしてあった。このメモはコピーしちゃ駄目だったやつだろうなあ、と思ったので、そっと、僕はそのメモを消しておいた。
……悪化していくゴルダ領の内情は王家にも訴えられたらしいのだけれど、それは途中で揉み消されてしまったのか、はたまた、王家が訴えを受け取りながらも何もしなかったのか、特に何かが改善するわけでもなく、新しいゴルダの領主は領民を手に掛けるようになっていって……。
……そして、新しいゴルダの領主は、ラオクレス達に殺された。
「……珍しいな。本を読んでいるとは」
「え」
森の中、干している途中の丸太に腰かけて本を読んでいたら、ラオクレスに唐突に話しかけられて、びっくりする。ついでに、本を隠すべきかそうじゃないか、すごく迷って……でも、僕が何かするより先に、ラオクレスはもう、本のページを数行読んで、何の本を読んでいるかを知ってしまったらしい。
「ああ……成程な」
ラオクレスはちょっと眉を上げて、一瞬だけ、複雑そうな顔をして、それからすぐ苦笑して、僕の頭をぽすぽすと軽く叩くように撫でた。
「何も気にすることはない」
「……うん」
そうだね。気にする方が失礼だったか。
僕はちょっと考えて、それから本を閉じた。
最初から、本なんて読まずに、ラオクレスから色々聞いた方が早かったかな、と思ったので。
「貸してくれ」
けれど、ラオクレスはそう言って、僕に手を差し出す。僕は持っていた本を、ラオクレスの大きな手の上に乗せた。途端、本が小さく見える。……僕の手、もっと大きくならないかなあ。
お隣どうぞ、と僕の隣を軽く叩くと、ラオクレスはちょっと笑って僕の隣に腰かけた。
「成程な……」
ラオクレスは座ってすぐ、ぺらぺらと本のページをめくって、『歴史』のところをざっと読む。そこできっと、自分達がやったことがほんの数行にまとめられているのを読んで、それで、ため息交じりに本を閉じた。
「……歴史書になってしまえば、そこに何があったかは、もう分からずじまいだな。歴史書には……人が傷つけられ、人が死ぬことがどういうことなのかは、記されない」
自分がやったことについて、やっぱり思うところはあるんだろうな、と、思う。ラオクレスが思うことについては、僕がどうこう言う筋合いはないので、それ自体には何も言えない。
「……暴力が良いことだとは思わないけれど、暴力でしかどうにもできないっていう状況があるようには、思う」
けれど、ちょっとだけ、自分の見解を、述べさせてもらった。
……途端、ラオクレスはびっくりしたような顔をする。
「……お前がそういうことを言うとはな」
「僕、皆が思うほどには日和見主義じゃないつもりなんだけれどな」
「まあ、それは、分かるが……」
ラオクレスの驚きようがなんとなく面白くて笑うと、ラオクレスはちょっと複雑そうな顔でちょっとだけ笑って……ふと、尋ねてきた。
「本当にそう思うか」
「え?」
「どうしようもない理由があったなら、暴力は許されるべきか」
ラオクレスの質問の意図を少し考えて……それから僕はすぐ、答えた。
「……うん」
頷いて見せると、ラオクレスは、ほっとしたような、それでいてやるせないような、そんな顔をする。
「許される、べき、っていうのは……分からないけれど。でも、僕は……僕としては許せるものも、ある、と、思う」
「……お前はそういう奴だったな」
ラオクレスはそう言って、僕の頭をもそ、と撫でた。僕、最近撫でられ慣れてきたから、急に撫でられてもあんまりびっくりしなくなってきたな……。
しばらく、僕は、もそ、もそ、と、非常にゆっくりした途切れ途切れのリズムで撫でられていた。……何故撫でられているのかは分からないけれど、ラオクレスは何やら考え中らしい。考える間の場繋ぎに、或いは手慰みに、何となく僕の頭を撫でているらしかった。
仕方がないので僕はラオクレスの隣で、しばらく撫でられ続ける。撫でられながら、ぼんやりと遠くを見ているようなラオクレスの横顔を覗き見て、何を考えているのかな、なんて考えて……。
「……お前を見ていると、羨ましくなる」
唐突にぽつり、とそう言われて、びっくりした。
何が、とか、なんで、とか、聞きたくなったけれどそれすらも上手く言葉にならなくて、ただ、ラオクレスを見上げてぽかんとしていた。
だって、羨ましいって、僕が?僕を見て羨ましくなる?それ、どういうことだ?
……僕がちょっと混乱していたら、ラオクレスは、ふと、たった今、自分が言葉を発していたことに気づいた、みたいな顔で僕を見て、そして、気まずげにまた、前を向いた。
「夜の国を、誰も傷つけずに救った。竜王やレネ達も、魔王も、まとめて、だ。……王家の攻撃から誰も傷つけずに町を守り、魔物が来ても、防壁や結界を生み出して、人々を救える」
何の話だろう、と思ってラオクレスを見上げていると、やはりラオクレスは前を向いたまま、零すように言う。
「俺には、それができなかった」
……うん。
彼が何を考えているのかは、ちょっと分かるようでいて、よく分からない。分かった気になっちゃいけないな、と、思う。
ただ、ラオクレス同様、僕も前を向く。お互いにお互いを見ない位置関係は、これはこれで居心地がいい。
「俺は、過去にゴルダの領主を殺したことについては、後悔していない」
「うん」
前、そう言ってたの、覚えてる。
「何だかんだ、暴力は手っ取り早い。人を黙らせるなら、殺すのが一番簡単だ。……俺にはそれしかできなかった。他に選択の余地はなかった」
「うん……」
当時の彼らの心境を思って、少し苦しい。『領主殺しについては』納得がいっている、っていうのが、ラオクレスの考え、らしい。ということは……もう1人、殺してしまったことについては、今も、きっと、納得がいっていない。
「だが……そうだな。作るより壊す方が簡単だ。……お前も知っているだろうが」
「うん」
そうだね。前も、ラオクレスが言ってた。
作るより、壊す方が、簡単。
どんなに積み重ねて大切にしていたものがあったとしても、捨ててしまえば、それまで。どんなに時間と労力をかけた絵だって、燃やしてしまえばそれで終わりだ。
「今回のことにも通じるな。守るより攻める方が簡単だ。労力が少ない」
「うん」
そこでふと、ラオクレスが僕の方を見た気配があったので、僕もラオクレスの方を向く。僕がラオクレスの方を見た途端にラオクレスはまた前を向いてしまったけれど。
「……お前の魔法は、美しいな」
そしてそんなことを言われるので、反応に困る。
「ものを生み出す力だ。壊すよりずっと難しく、美しい力で……俺が持っているものとは真逆のものだ」
更に、そんなことを言われるから、さっきとはまた別に困る。
「俺は、暴力は許されるべきではないと、思っている。それ以外に手段が無かったとしても、それによって救われるものがあったとしても……誰かが作り出してきたものをただ壊すことは、許されてはいけない。……だが、俺にはそれしかできない」
成程。ここに帰着するのか。そっか……。
ラオクレスは、自分で自分の行いに納得していて、その上で、『許されるべきじゃない』って、思ってる。そっか……。
……僕が今までやっていたことを見て、ラオクレスは、どう思っていたんだろう。
彼がやったことを否定しているように、思えたんじゃないだろうか。
『羨ましくなる』っていうのは……ある種の憎悪の裏返しなんじゃないだろうか。
僕を見ていたから、彼は……自分で自分の暴力を、許せなくなってしまっているんじゃ、ないだろうか。
「……先程、羨ましくなる、と、言ったが……まあ、羨望よりもっとずっと遠いものだったかもしれない」
僕が焦って何か言おうとした途端、ラオクレスはなんとも気まずげに、そう、言った。
「憧れた、と言った方が、近しいのかもしれないな」
「……へ」
あ、こがれ。
……僕に!?
「ああ。そうだな。憧れた。お前に。……ものを創り出して人を救っていく姿に」
僕がびっくりしていたら、ラオクレスは僕の顔を見て、可笑しそうに笑った。
「お前の解決方法は、俺が嫉妬できるものじゃない。嫉妬するには美しすぎる。何なら時折理解できんことすらある。嫉妬の域を超えている」
……ど、どうしたらいいんだろう。こういう時、どういう顔をしたらいいんだ!?
「嫉妬も羨望も飛び越して……最早、憧れくらいしか感じん。後は精々、この美しい力と美しい心を持つ生き物を、どうにか守らねば、と……お前は妙に、自分自身のことには無頓着だから……おい、そんな目で俺を見るな」
「ええー……なんか恥ずかしくて……」
そ、そっか……そういう思いで、ラオクレス、僕のこと、守ってくれてるのか……。
……僕なんかに仕えてていいのかな、とは、思ったことあるけどさ。まさか、まさか、こういうこと考えてたなんて、知らなかったよ。うん……。
「……まあ、なんだ。俺にはできないことをお前がやってのけるのを見るのは、気分がいい。俺にもそれができればよかったんだろうが……まあ、望むのも馬鹿らしいと思える」
なんというか、これは、褒め殺し、というやつ、なのだろうか……?さっきからずっと恥ずかしいんだよ、これ。
……でも、ラオクレスは本心で言っているのだろうし、いや、だからこそ僕はここまで居心地が悪いわけなんだけれども。
ええと、ええと……。
「だから、お前を暴力に触れさせたくない、というように思う。お前が創り出したものを壊されるようなことにしたくない。お前がものを壊す側に回るのも、許し難い。俺の単なる我儘だが、お前は」
「僕は、ラオクレスに憧れてる!」
ならばやり返すしかない!
「強いし。かっこいいし。頼りになるし。僕のことも、皆のことも、守ってくれる」
「……そうか」
ラオクレスは、急に話を遮られて、ちょっとぽかん、としていた。
それから僕の言葉の意味を理解してきたようで、ちょっと渋いような顔になるけれど、多分これは照れている顔だ。僕には分かる。
「それから、僕が僕のことよく分からなくなってる時でも、あなたは僕のこと、分かってくれるし。説明してくれて、教えてくれて……描かせてくれるし、その、強制的に寝かしつけにくるのも、感謝してるし……いや、でもちょっと融通が利くといいとは思ってるけれど……」
「それは許さん」
今後も寝かしつける気満々らしい。そっか。駄目か。じゃあいいや。
「ああ、あと、あなたの力はものを壊す力じゃないよ!ものを守ってくれる力だ!」
とりあえず、僕はラオクレスを褒めちぎる。褒められた分をひたすら褒めたい。
「確かに、僕は物を創るのが得意だと思う。けれど、僕は、暴力に対してあんまり強く出られないから……その……僕も『あの時暴力に走っておくべきだったかな』って、思うことが、ある」
「……そうか」
ちらり、と思いだしたのは、僕の絵や画材だ。
ある日突然ゴミに出されてしまってそれっきりだったあれらを取り戻すために……或いは抗議するために、僕は、その、ちょっとくらい反抗的でいるべきだった……いや、反抗的で、いたかった。
うん。そうだ。
「僕だってあなたに憧れてる。ちゃんと、自分の大切なものを守るために動けるところを、尊敬してる。……僕にはできなかったから」
僕だって、分かってない訳じゃない。
世界から暴力はなくならない。
特に意味も無くものを壊す人は絶対に居るし、自分にとって価値が分からないものを壊そうとする人も沢山居る。何なら、それが正しいと思っている人だって。
だから……そういう人達に対しては、なりふり構ってられなかったんじゃないかな、と、思う。その、自分のことをちょっと思いだしつつ。
不寛容には、不寛容でいなきゃいけない。話をしてくれない人から身を守るために喋ったって意味がない。
万全の対策をしていれば、武力なんかに頼らなくてもいいのかもしれない。でもそれって現実的じゃないし、効率的でもない。そんなに対策していられない時だってあるだろうし……。
……だから、ラオクレスのことを……正しくはなかったにせよ、間違っていたとは、思わない。そしてちょっぴり、憧れる。
僕も彼のような強さがあったら、色々と違っていたのかな。
絵や画材を捨てられてしまったことを抗議できていたら。進路希望調査に一橋大学じゃなくて、京都芸術大学って、書けていたら。それで、親と大喧嘩になって、一方的に言われるだけじゃなくて、何か言い返すことが、できていたら。何なら、そこで一発ぐらい、ぶん殴れていたら。
……そう、思う。
自分でもちょっと不思議な感覚だ。僕らしくないよな、と思う、というか……でも、憧れは、するんだ。そういうのに。実現できる気はしないけれど……。
「まあ、そういうわけで、僕は、暴力なるものについて、そういう風に思っていて、あなたに憧れていて、それで……」
なんだかよく分からない話になってきてしまったなあ、と自分でも思いながら、ちょっと考えて……あ。
「あ、そうだ。忘れてた。ラオクレスがタルクさんと手合わせしてた時。あの時、すごく、綺麗だった」
まだ褒められるところ、あった。しかも結構大事なやつだ。
「人間が戦うところって、すごく綺麗なんだね。芸術だよ、あれは。……ええと、だから、また見せてくれると嬉しい。描きたい」
描きたいものがあったら、描きたいって言わなければならない。それで描かせてもらえたら、僕はとても幸せだ。
「……トウゴ」
「はい」
「お前は……いや」
「何?」
なんだか妙に言い淀むなあ、と思いながら僕が見上げていたら、ラオクレスはやがて、苦笑いしながら、言った。
「……皆が皆、お前のような奴ならいいんだがな」
……皆が僕みたいな?いや、それはそれでなんか、こう、ちょっと色々と大変そうな気がする……自分が頼りないっていう自覚はあるんだよ。
「そうだな、ゴルダの現領主が、お前のような奴だったなら、きっと何もかもが平和だったのだろうが」
それはそうだ。僕みたいな奴が領主をやっていたら、毒を流すっていう発想に至らない気がする。
「でも、皆が絵を描き始めたら、それはそれで困らない?」
「いや、何も絵を描くという意味でお前のような、と言ったわけではないが……」
あ、そうか。いやまあ、そうだよね。うん……。
僕みたいな人……暴力が苦手で、でも暴力が分からない訳じゃなくて、それでいて、ええと……絵を描く人で、あと、森?
うーん、ゴルダ領には、僕みたいな人、居ないかな。居ないか。居たらこういう事態になってないだろうし……。あ、でもゴルダ領にも森は居るかもしれない……。
……うん?
僕みたいな、森……。
……僕みたいな森が、ゴルダ領に、居たら……。
「……ゴルダ領って、森?」
「……何を言っている?」
あ、うん。妙な言い方になってしまったな。ええと……。
「ゴルダ領には精霊って、居ないのかな」
「急にどうした」
「え、いや、例えば、鉱山には、僕みたいなのは居ないんだろうか、って思って……」
僕がそう説明したら、ラオクレスは理解するまでにしばらくかかったみたいだった。多分これ、僕の説明下手だ。ごめん。
「もし、鉱山に精霊様が居れば、僕、ちょっとお話ししてくるよ。どうにか、毒の生産、止められませんか、って」
だからそう付け加えて説明してみたら……ラオクレスは目を見開いて、しばらく固まって……それから1つ、頷くと。
「クロアの所に行くぞ」
「へ、あ、ちょ、持ち上げないで!持ち上げないで!」
僕をひょい、と担ぎ上げて、ラオクレスは大股に歩きだした!
運ばないで!運ばないで!僕、自力で歩けるよ!
ラオクレスは僕のこと、なんだと思ってるんだ!




