13話:強欲に、傲慢に*3
ラオクレスへの返答は、保留、ということになった。
それは僕が反対を主張し続けていたからでもあり……マーセンさんとインターリアさんが、反対したからだ。
『結婚するからといって遠慮はいらない、私達も巻き込め』と、2人は主張した。
……けれど、それは、申し訳ないけれど……この場に居る全員が、そっぽを向きたくなってしまう反論だ。
だって、この場に居る全員が、2人の結婚を祝福してる。願わくば、どうか幸せに、と思っている。だから……僕も、マーセンさんとインターリアさんを優先的に逃がす、っていうことには、賛成だ。
まあ、こんな具合に会議の場は混迷を極める状態になってきてしまったので、一度、僕とフェイがレッドガルド家に向かって、フェイのお父さんとローゼスさんとに諸々を報告することにした。
「成程な。ふむ……」
一通り僕らの話を聞いたフェイのお父さんは、渋い顔で唸る。こういう表情、フェイにそっくりだ。
「ゴルダが本当に毒を生産している可能性が高い。それでいて、王家はこの後、こちらに命令を出してくる。歯向かえば毒が来る可能性が高い。歯向かわないとなると森の騎士を少なくともラオクレス君1人は出すことになる……」
「な?親父。頭痛くなるだろ?な?な?」
「なるなあ……これは頭が痛い」
分かる。僕も頭が痛い。
「いつかは戦いになるとは思っていたが、まさか、そこまで大規模な兵器を開発していたとはな。いや、参ったね。調べてはいたが……アージェントが情報を持っていたんだろうな。向こうを味方に引き入れられなかったのが要因か」
ふう、とため息を吐いて、フェイのお父さんはお茶を飲む。一気にカップを空にして、ポットから次のお茶を自分で注ぎ始めた。
「まあ……レッドガルド領への被害やそこに関わる人命を考えると、騎士団を供出するのが安全策ではあるか」
そしてフェイのお父さんはそう言う。その表情はなんとも苦くて渋くて、嫌々言っているっていうのは、すごく分かる。
「ラオクレス君の良心と罪悪感につけこむ卑劣な策にわざわざ乗ってやる、というのも癪ではあるが……」
……うん。
今回、ラオクレスが、自分の身を差し出すような事を言っているのって……多分、『ゴルダ領民の証言』っていうのがあるからだと、思うんだ。
ラオクレスが人を殺してしまったことがある、っていうことについて証言できる人が居るとすれば、それは……きっと、殺されてしまった人の、親族、とか、そういう……。
……考えれば考える程、ものすごくいたたまれない。
ラオクレスが今まで考えてきたこと、僕はあんまり分かってなかった。
僕から見える彼のことしか考えていなかった、というか……いや、僕から見えない彼の内面を探ることだって失礼だと思うし、それでよかったとは思うのだけれど……。
……やっぱり、何もかも忘れてここに居て欲しい、っていうのは、僕の我儘なんだよなあ、と、思う。
罪は罪で、ずっとラオクレスを離してはくれなくて、だから……だから彼は、罰が欲しい、んだろうな、と思い当たってしまった。
……でも、それと同時に……僕に言ってくれたこと、嘘じゃないって、思ってる。
僕らの為に罪悪感を捨てるって言ってくれた彼の気持ちだって、きっと、本物だって、信じてる。
「……なあ、トウゴ。分かるだろ?今この状況で安全な策って、ほとんどねえんだよ。相手は毒を持ってるらしい。どうしてそんなに誰にも気づかれずに大量に生産できてるのかは分かんねえけど……とりあえず、最悪の事態を想定するんだったら、森の騎士団……ラオクレスに行ってもらった方が、傷が深くならない」
それは、分かる。分かるけれど、やっぱり納得できない。けれど納得できないと主張したら、きっとフェイ達は困る。ラオクレスだって困ってる。それも、分かってる。
「ついでに言うと、ラオクレスは後で救出できる可能性が残る。けれど、毒にやられた領民を助けるのは、難しい」
それを言うなら、ラオクレスが殺されてしまう可能性だって、あるはずだ。行かせてしまったが最後、もう、取り戻せないかもしれない。
……分かってはいるんだよ。安全策が無い以上、一番安全に渡り切る道を選ぶ方が賢い、っていうことは。
小を切り捨てて大を救うっていう発想だって理解はできる。功利主義の考え方は、決して悪じゃない。
ただ……切り捨てられる小が、自分にとって大切なものだから、だから僕は、こんなにも納得がいかないわけであって、それって単なる僕の我儘かもしれなくて、何ならラオクレスの気持ちすら無視しているものかもしれなくて、でも、確かに僕は……納得が、できないんだよ。
「フェイ。それでも、僕、納得できない」
フェイ達を困らせてしまうことも、なんなら呆れられたり、失望されたりするかもしれないことも分かっていても、それでも僕はそう主張することにした。
どうしても、嫌だった。ラオクレスを犠牲にするのは嫌だ。
これが僕の我儘だったとしても、それでも、嫌なものは嫌だ。ここで行動できなかったら……いや、行動できなかったとしても、主張すら諦めてしまったら……きっと僕は、一生後悔する。
「ラオクレスを犠牲にするようなこと、したくない。もっと、他の道を、探せないだろうか。だって、こんなの……やっぱり、納得できないよ」
欲しいものは欲しいと言えなきゃいけない。自分が思うことは主張しなきゃいけない。
だから僕は、自らの信条と感情に従って、そう、主張して……。
……すると。
「……だよなあ」
フェイはそう言って、深々と、頷いて……。
「俺もだよ!」
わしわしわしわし、と僕の頭を撫で始めた!
「そうだよなあ!俺も納得いかねえー!ラオクレスが納得してたって俺は納得いかねえー!」
やめてやめて。そんなに勢い良く撫でないで!
「いやー、そうだよなあ、納得いかないよなあ!トウゴ君!私もだ!」
「うん!そうだな!納得がいかないよな!ああよかった!全員納得がいっていなかったようだな!」
フェイだけじゃなくてローゼスさんとお父さんまで、僕の頭を撫でに来た。やめてやめてやめて!あーあーあーあー!
僕の頭はぼさぼさになった。完膚なきまでにぼさぼさになった。鳥の巣みたいだ。頭の中で鳥が『キョキョン』と鳴いている気がする……。
そして一方、フェイ達はさっきまでの様子とは一転、明るくてちょっと怒ってて、それでいて前向きな、いつもの様子に戻っていた。
そうだよね、やっぱりこの人達だって、そう思うんだ。……なんだかすごく、安心した。
「いや、俺もよぉ、一応、レッドガルド家の人間……いや、人間じゃねえかもしれねえけど……いや、それでもレッドガルド家だ!うん、で、つまり……ここの領民に対して、義務がある」
「うん」
フェイは真剣な表情でそう言う。そう言うフェイを、僕も、お父さんもローゼスさんも、真剣に見守っている。
「俺は何があっても、自分が死んでも、領民の安全を優先しなきゃいけねえ。小を切り捨てることで大を救えるなら、そっちを選ぶ」
「……うん」
「でもよぉー……やっぱ、小も大も救う欲張りな解決方法があれば、そっちがいいよなあ!」
「うん!」
そして真剣な表情のまま、前向きに明るく、そしてどこかちょっとタガが外れたみたいに大声で言うフェイにつられて、僕も元気が出てきた!
「……ってことで、ちょっと考えてみるか?何とかして、ラオクレスも渡さねえし、領民も、他の領地にも、被害が出ないような、そういう案を、さ」
元気になったついでに、このまま何かいい案が出てくる気がする。よし!考えよう!
とりあえず、もう別れて話し合っている時間がもったいないので、フェイのお父さんもローゼスさんも一緒にソレイラへ帰る。
帰る手段は、僕は鳳凰。フェイは火の狼。フェイのお父さんはこの前に見た火の獅子に乗って、そしてローゼスさんは綺麗な炎の鬣を持つ馬に乗って森まで帰った。皆、あったかい召喚獣ばっかりだなあ……。
そして騎士の詰め所に戻ると、そこでは……騎士達が、ああでもないこうでもないと議論を続けていた。
「ああ、お帰りなさい。良かったわ、帰ってきてくれて」
部屋の入り口で気だるげに壁に寄りかかって立っていたクロアさんは、そう言ってため息を吐きつつ、僕らを出迎えてくれた。
「これでちょっとは明るくなるかしら」
「明るく?」
どういうことかな、と思って聞き返すと……クロアさんは部屋の中、吊り下げられたランプの下で話し合いをしている騎士達の方を示して、言った。
「だって彼ら、誰が犠牲になるかだけ話しているんだもの」
……成程。
責任感の強い騎士達は、そういう話し合いに終始しているらしい。ちょっと聞き耳を立ててみたら、他にも、町の防衛の方法とかも話しているようだけれど、まあ……『安全策』を取ろうとしていることは間違いない。
「ね、トウゴ君。その顔を見る限り、あなた、何かいいこと、思いついたか、或いは、気持ちが何か変わったんでしょう?」
クロアさんは僕を見て、にっこり笑う。
「明るい話、聞きたいわ」
「明るい話っていう程でもないけれど……」
クロアさんを元気にできるような話は何も決まっていない。けれど、僕はこれで元気が出たので……とりあえず、報告。
「小を切り捨てて大を救うのが安全だとしても、それで小の方が納得してたとしても……それでも、小も大もどっちも欲しいね、っていう話をしてきた」
僕がそう伝えると、クロアさんは、嬉しそうに、ちょっと悪戯っぽい笑顔を浮かべて、僕の頬をふにふに撫でる。
「素敵だわ。そうよね。やっぱり素直に、欲張りなままで居なきゃ、ね」
そして……クロアさんは、そっと、僕の背中を押す。
「だからあの、遠慮しがちな騎士さんを、説得してあげて」
部屋の真ん中で話していたラオクレスが、押し出された僕に気づいてこっちを向く。
……よし。
今度、こそ。
「……トウゴ」
「やっぱり僕、納得できない」
ラオクレスは困ったような顔をしている。どうやって僕に諦めてもらうかを考えている顔だ。
でも、僕は諦めない。我儘で、欲張りで、自分勝手でいよう。
うん。そうだ。欲しいものは、欲しいって、言わなきゃいけない。そうしないと……埋もれて、消えてしまうから。
「僕はあなたに居てほしい!絶対に手放したくない!森から出さない!」
「ラオクレスだけの問題じゃないんだ。ここであなたを犠牲にする案を選ぶっていうことは、今後もこういうことがあった時、誰かが犠牲になることを許容するってことになる。こういうことが、今後一切無いとは思えない」
ラオクレスはちょっとだけ、顔を歪めた。その通りだ、と思っているけれど、でも、それを認めたくない、みたいな。自分だけは特別だって思いたいのかな。駄目だよ、そんなのは。犠牲になっていい人はこの森に居ないんだから。
「森の子は誰も、不幸せにしたくないし……僕の我儘を主張させてもらうなら、森の子には森の外に出ていってほしくない……」
「……子?」
「うん。森の子」
ラオクレスがすごく複雑そうな顔をしているけれど、あなたは人の子で森の子だよ。
「それは……俺自身がこの選択に納得していたとしても、か。その上で、安全策を捨ててでも、俺を出さない、と?」
「そうだよ」
断言すると、ラオクレスはちょっとだけ怯んだ、ように見えた。いつも大岩のように動じない彼が、こう動じているっていうのは、なんだか珍しいし……動じるっていうことは、思うところがある、っていうことなんだろう。
「……それに、納得していても、望んでいないように、見える」
僕が続けてそう言ってみると、また、ラオクレスは動揺した。彼自身もその動揺に気づいて自らを努めて律し始める。
でも、意固地になられちゃ困る。ちゃんと……ラオクレスが何を思っているのか、知りたい。
「あなたはどう思っているのか、聞きたい」
伝えてみたら、いよいよ、ラオクレスは口を閉ざした。それが答えのような気もするのだけれど、でも、僕はちゃんと彼の言葉で聞きたい。
「ねえ。ラオクレス。あなたは、どうしたい?何が欲しい?僕、あなたの我儘、聞いてみたい。いつも僕があなたを振り回してばっかりだから、偶にはあなたに振り回されてみたい」
いつだったか、似たようなこと、先生に言われた気がするなあ、と思いだしながら、僕は、ラオクレスの困ったような顔を見上げる。
「僕、喜んで振り回されるよ。迷惑だって大歓迎だ。あなたがそう、思ってくれてたように、僕もそう、思ってる」
見上げる先には朝陽の色の目があった。ちょっと動揺に震えつつ、でも、僕から逸らされることのないその目を見て、どうか振り回してくれませんか、と、強く思う。
「……分かっているのか。お前がやろうとしていることは、お前だけじゃない、この森の……いや、この森だけじゃない、多くの人間を危険に晒すことだぞ」
「分かってるよ」
「それに、俺には罪がある」
「そうかもね。だから、それ、今は忘れてよ」
僕は思いっきり我儘を言って、ラオクレスを困らせる。ラオクレスはびっくりした顔をして、まじまじと僕を見つめていた。
「……罪を償いたいって思うなら、レッドガルド領もソレイラも何も関係無い時にしよう。その時、一緒に考えよう。僕じゃなくても、マーセンさんやインターリアさんとでも、いいから」
ラオクレスは、口を開きかけて、でも、何も言葉を発さなかった。出すべき言葉が何も見つからない、みたいな、そういう顔をしている。
「それで、あなたはどう思ってる?あなたは、この森を出ていきたい?」
追い詰めるようで悪いけれど、そう、改めて問う。本当にこの森を出ていきたいと思っているなら、それはそれ。これでも嘘を吐くなら、それはそれ。でも、もし、彼自身が望まないことをやろうとしているなら……それはどんな我儘だって、僕は振り回されて、引き留めたい。
難しいなあ、と、思う。差し伸べた手はおせっかいかもしれないし、そうじゃなくても、差し伸べた手を握ってくれるかどうかは相手次第だ。
だから……。
「……今更、だが」
ラオクレスが、気まずげにそう言って、視線を足元のあたりに落とす。
「いいのか。俺が、そんな我儘を言っても」
「うん。我儘言ってほしい。振り回してほしい。振り回されたい。どうせ苦しむのなら、あなたを手放すことに苦しむんじゃなくて、あなたを助けることについて、一緒に苦しみたい」
彼の視線の先に潜り込むようにしながらそう言って見上げると、ラオクレスはすごく苦い顔をして……小さく、ため息を吐いた。
「望んでいない」
何を、と、聞くのが怖かった。だからただ、待って、そして……。
「……ここを出ていくことなど」
……そう、小さな声で言ってくれたのが、すごく、すごく……嬉しい!
「ラオクレスの気持ちとしては、引き渡されたくないんだね!?」
「それは……そうだな」
「ずっと森に居てくれる!?」
「……許されるなら」
「分かった!じゃあずっと居て!やった!」
僕が喜んでいると、いつの間にか隣に鳥が来て、キョキョン、と鳴いていた。あと、魔王が来て、まおーん、と鳴いていた。多分、歓迎の意。
「あらあら。ようやく話がついたのね」
そうしてキョンキョンまおまおやっている中に、クロアさんがやってくる。
「それで、ラオクレスは何て?」
「ずっと森に居てくれるらしい!」
「あら、よかったわね」
うん。よかった!とてもよかった!
僕が喜んでいる中、クロアさんは僕を見て、それからラオクレスを見て……ちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「私も嬉しいわ」
「……そうか」
ラオクレスはものすごく渋い顔をしている。多分これは恥ずかしがっている顔だ。僕のラオクレス歴もぼちぼち長くなってきたから、彼が何を考えているかは何となく分かるよ。
「よし。じゃあ、フェイ君達も一緒に、さっさと作戦会議、しちゃいましょ。……きっとさっきより上手くいくわ。だって、皆が同じ方向を見ているんだもの。バラバラの時より上手くいくって、そう、思わない?」
思う。すごく思う。そうだ。僕ら、意見が同じになった時が一番強いんだよ。
……こうして、やっと、作戦会議が始まった。
妖精洋菓子店も閉店して、子供達もこっちに集まって、フェイのお父さんとローゼスさんもしっかり集まって……。
……そこで最初に、クロアさんが笑顔で言った。
「じゃあ、いっそのこと、ゴルダに攻め込みましょう。私にいい考えがあるわ」




