10話:強欲に、傲慢に*1
王家が交戦を覚悟した、ということなら、きっとそのきっかけがあったんだと思う。フェイの言う通り、まるきり勝算の無い戦を起こそうとはしないだろう。だからこそ今まで、王家はずっと、何もしてきていなかった訳だし……。
「そうですね。父は愚かですが、流石にこの戦力差は理解していると思います。国の兵力とはいえ、所詮は人の力です。それに比べて、レッドガルドのソレイラにあるのは精霊様のご加護。精霊様の御業は既に見ているのですから、それを打ち破れるとは思わないはずです」
「だよなあ。龍に手伝ってもらったり、トウゴに派手にやってもらったりして、王家にはこっちの力はしっかり見せつけてるもんなあ……」
うん。やったやった。脅かして、それで下手に手を出されないように牽制した。
……けれど、自信は無い。何せ僕は、この世界のこと、まだよく知らないんだ。僕が精いっぱいやったことって、周囲から見たらどの程度のものなんだろうか。
「あの、僕がやってたことって、王家が全力を注げば突破できるぐらいだったり、しない?」
不安になって聞いてみたら、ラージュ姫はちょっと考えて……頷いた。
「そうですね。兵力の全てをレッドガルド領、それもソレイラに限定してつぎ込めば、もしかすると、多少はソレイラに傷をつけられるかもしれませんね」
う、うわ、やっぱり!
そうだよな。王家って、レッドガルド家よりもずっと規模が大きいわけだし、そこの兵力って、一領地よりもずっとずっと多いはずで……。
「もちろん、あり得ない話ですが」
……ん?
あれ、と思っていると、ラージュ姫はちょっと笑って解説してくれる。
「そんなことをすれば次は王家がやられる番です。貴族連合はレッドガルドだけではないということは父も知っています。何なら、アージェント家に後ろから刺されることだってあり得ます。ですから、兵力全てをレッドガルドへ注ぎ込むようなことはできないはずです。何せ父は小心者ですから」
あ、そうか。うん。そうだね。王家が戦う相手は僕らだけじゃない。だから、一点突破は、考えにくい、か……。
うーん。そうなると、いよいよ王家の考えが分からない。
「えーと、つまり、王家が何を考えてるのか、ラージュ姫にも情報が入ってこない、ってことだよな」
「そうですね。……申し訳ありません。力及ばず」
「いや、いいって!この情報持ってきてくれただけでも助かる!それに……まあ、ラージュ姫にすら話されない内容がある、ってことだろ?そりゃいよいよやべえ、ってことじゃねえか」
ラージュ姫はしょんぼりした表情だ。いや、いいんだよいいんだよ。あなたの力が足りないって訳じゃないよ。
「うーん……いよいよ分からないわね。まさか、勇者であるラージュ姫を戦力として期待してるって訳でもないんでしょう?」
「そうですね。私を戦力に数えているということはないと思います。もしそうなら、何かの話が私にあるでしょうし……」
だよなあ。武力にせよ権威にせよ、勇者の力を当てにしているなら、ラージュ姫が何も知らないのはおかしい。
「となると、アージェントか?アージェント家が王家と手を組むことにした?いや、だが、そうならアージェントが一度離反した意味が分からねえ……何か状況が変わったか?だがそんな兆候は見られてねえんだよなあ……」
「私もアージェント家は重点的に調べていたわ。でもアージェントが王家と手を組む理由は見当たらないわね。……まあ、私の目を掻い潜って何かしているっていう可能性も否定できないのが嫌なところだけれど」
いや、クロアさんが重点的に調べて何もなかったっていうのならなら、本当に何もなかったんだと思うよ。『何も無い』を証明するのは悪魔の証明と言われているわけだけれど、でも、クロアさんに限っては、しっかり調べて全く何の情報の欠片も手に入れていない、って、あり得ないんじゃないだろうか……。
「それにしても今更よね。これ、王家が動くの、1年遅いんじゃないの?」
うん。それもその通りだ。
ここらへん、僕の寝ている間に起きていてもおかしくなかったんだよな。アージェント家のことでごたごたして、ここまで延びてくれた、ってことなのかもしれないけれど……。
「まあ……何かのきっかけはあったと思うわよ。それも、『今更』レッドガルド家や森の精霊様と武力でやり合おうと思うような、決定的なきっかけが」
「それだと、トウゴが起きたこと?それともソレイラって名前がこの町についたこと?それぐらいしか思い当たらないのよね……うーん、何かあった?」
いや、何も。もしかしたら僕が寝ている間に何かがあったのかもしれないけれど、でも、少なくとも起きてからは……ソレイラの名前が決まってパーティがあった、っていうくらいしかないんじゃないかな。そして、それが王家の思い切りのきっかけになったとは思い難い……。
僕らは悩む。何かあるけれど何があるのかよく分からない。そんな状況だ。これは沈黙せざるを得ない。
「……2つ、考えられるわね」
けれど沈黙を破ったクロアさんが、指を宙でふらふらさせつつ、ちょっと難しい顔で話し始めた。
「1つは、この命令を元に、レッドガルドを動かすこと自体が目的、っていう場合。レッドガルド領に防衛戦の為の武力を集中させておいて他の領地を狙う、とか……だとすると狙われるのはオースカイアあたりだと思うけれど、それって見せしめ程度にしかならないのよね。旨味が少ないわ」
成程。レッドガルドが防衛に走れば、他のところへ救援に行くのが難しくなる。その間に他の所を襲う……。
……うーん、クロアさんが言う通り、見せしめぐらいにしかならない、と、思う。
だって流石にそういうことが起きたら、僕ら、二度目は許さない。レッドガルドの注意を逸らしている間に他の所を襲う、なんて、成功するのは一度きりだ。それで削れるこちら側の勢力って、そんなに多くはないはずだし……クロアさんの言う通りだ。旨味が少ない。考えにくい。
「もう1つは……本当に何か、凄まじい武力を手に入れてしまった。だから宣戦布告した。今回の命令は、断らせることで出兵の名目を作るためのものでしかない。そういう説だけれど……」
クロアさんは『自分で言っておいて何だけれどあり得ないわね』みたいな顔をしつつそう言って、ため息を吐く。うん。出兵の名目が欲しいっていうのは分かるけれど、出兵する理由がないっていうか、いや、理由じゃなくて、勝算が無い。だから王家が出兵しようと思った理由が分からない……。
「まあ……あの王が知略で勝とうとしているとは思えないし。なら、後者、だと、思う、のよね……うーん、あの王家、何か変なもの、手に入れたのかしら?」
「うー……なあ、ラージュ姫。そっちってなんかあったか?変なもの、最近何か王城に入ってきたとか、そういうの」
「いえ、特には……要は、武力、ですよね?それらしいものを王城で見たことはありません。王城へのものや人の出入りは全て監視しています。ですから、私の知らない所で何かが王城へ入り込んだ、となると、いよいよ、クロアさん並みに手練れの密偵くらい、ということになりますが……」
成程。クロアさんなら分からないけれど、それ以外のものなら何か出入りがあったら分かる、と。うーん……そうなるといよいよ、分からなくなってくる。
「そうよねえ。私の調べでも、そうそう、何かがあったとは思いにくいわ。そして、『武力』を王家が元々持っていたとは思い難い。ラージュ姫も知らない訳だし、そもそもそういう力が元々あるならここまで待っていなかったでしょうし」
うん。そうだ。
王家は、今更、レッドガルドに攻め入ろうとしている。つまり、何か、きっかけが最近あった、っていうことになるはずだ。元々何かがあったなら、僕が寝ている間にレッドガルドと戦おうとしたはずだし……。
「……つまり、レッドガルドの精霊様の力との対抗手段は、外部からもたらされた。そういうことになるのよね。それで……」
クロアさんは唸りつつ……言った。
「……一番最近、王家と接触した貴族って、ゴルダ領主、なんだけれど」
ゴルダ領の人。ああ、うん、そっか。そういえばインターリアさんのドレスとマーセンさんの礼服を買いに行った日、ゴルダ領の人、居たね。
「もし、武力がゴルダ領で用意されているなら、王城に何も入ってこない、っていうのは納得が行くわね」
「確かに……ゴルダ領の領主やゴルダからの使いの者は、最近、多く王城に来ていましたが……」
「とは言っても、ゴルダ家に変なものがあるかって言ったら、そうでもないのよ。精々、金の鉱山に割く労力が一気に増えている、ってぐらいで……それって戦争の資金集めだろうと思うのよね。まあ私も鉱山の中にまでは入っていないから、そこにとんでもない武力が蓄えられているってことも、可能性としては、あるのだけれど……うーん」
……いよいよ色々と分からないな。けれど、状況証拠だけ見ると、ゴルダ領の人が王家に何かアプローチをかけて、それがきっかけになってレッドガルド領との交戦になろうとしている、っていうことで……うーん。
「ねえ、ラオクレス。あそこって何かあった?」
考えあぐねて、クロアさんはラオクレスにそう、聞いた。
「あなた達ってゴルダの出身でしょう?何でもいいの。可能性として、あり得るものは全て潰しておきたいわ」
僕らは揃って、ラオクレスを見る。何か無いですか、という期待を込めて。
「……鉱山に、労力が増えている、と言ったな」
「ええ」
緊張したような表情のラオクレスを見て、クロアさんもじっと、息をひそめるようにして頷く。
「そこに……鉱山に向かう人は、普通の恰好をしていたか」
そして、ラオクレスの質問に、クロアさんはちょっときょとん、として……それから思い出すように視線を天井と壁の境目辺りにふわふわさせて、そして、答える。
「そうね。確かに少し風変わりな格好の人達も混じっていたわ。硬そうな布でできた、袖とか襟とかが窄まった形の服を着ている人達が居たかしら」
「覆面は」
「覆面!?いいえ、流石にそこまで変なのが居たら気づくわよ」
ラオクレスがさっきから変な質問をしているなあ、と思いながら僕らは彼らを眺める。
「……いえ、でも、布切れみたいなものを持っている人が居たわ。あれ、覆面だったのかも」
「そうか」
ラオクレスは頷いて……なんだか嫌そうに、質問を続ける。
「そして、そいつらは奴隷だったな?」
「……そうね。何人かの首には、首輪が見えたわ。それ以外はちょっと分からないけれど」
クロアさんの返答を聞いて、ラオクレスは……俯いた。
なんだなんだ、と僕らが注視する中、ラオクレスは顔を上げて……青ざめながら、ゆっくりと、言った。
「ゴルダには、秘伝の毒がある。……それを鉱山で、作らせているんじゃないか」