6話:森のお祭り*5
それから、ラオクレスと一緒に、木の後ろに隠れていたマーセンさんを見つけて捕まえて、そこでマーセンさんがラオクレスの顔を見てちょっと嬉しそうな顔をして……そして。
「何故僕は捕獲された宇宙人みたいになっているのだろう……」
「うちゅうじん、とはなんだ」
僕は両脇から2人の屈強な騎士に持ち上げられて、さながら先生の家の本で見た『捕獲された宇宙人の図』みたいになりながら、運ばれていた。お昼ご飯だから、ということらしいけれど、別にこういう運び方しなくたっていいと思う。
「……まあ、なんだ」
うん。
「負けっぱなしという訳にはいかん」
……うん!?
そういう理由で!?そういう理由で僕はこんな運ばれ方をしているのか!?
「ははは。まあよく分からんが俺はエドの側につく。その方が面白そうだ」
マーセンさんの理由はもっと酷い!遺憾の意を表明したい!
……いや、遺憾の意を表明したい、ところ、だけれど……それ以上に、なんとなくラオクレスがちょっと元気になった気がするので、まあいいか、と思うことにする。うん。まあ、いいよ。これでもっと元気になってくれるなら、宇宙人みたいな運ばれ方くらい、するよ……。
そして、お昼ご飯を食べ終わって、僕は絵を描きにまたラオクレスをつけ回して、たくさん描いて満足した。ラオクレスは快くつけ回されてくれたし、描かれてくれた。そして何より……またちょっと笑うようになった。
少し元気になってくれたらしいラオクレスに、ちょっと安心しながら、僕はその日は早めに『寝ろ』をやられてしまって、寝かしつけられて……。
そして、翌日。
「トウゴ君」
「はいっ!」
マーセンさんに急に声を掛けられてびっくりした。なんだなんだ。
「少し、聞きたいことがあるのだが……」
……こ、これは。
マーセンさんの後ろには、インターリアさんが、ちょっとそわそわわくわくした顔で待っている。こ、これは、まさか……!
「……ど、どうしたんだ、トウゴ君。私は何かしてしまっただろうか」
「い、いや、そういう訳じゃなくて……」
なんて言ったらいいんだろうか。うわ、これ、結構困るな。ええと……。
「昨日、君はエドに何を言って、あんなに元気にしたんだ?参考までに、教えてほしい」
……うん。
早とちりでした!別件でした!びっくりした!
「な、成程……君が、あいつの、頭を、撫で……」
……そうして僕が昨日ラオクレスにやったことをざっと話したら、マーセンさんは半笑いになりながら、笑いを引っ込めようとするようにぷるぷる震え出した。後ろではインターリアさんが俯いて肩を震わせている。
「……よくぞ、やってくれた」
「あ、はい……」
そして、マーセンさんに満面の笑みで両手を握られてしまった。ええと、うん。どうも。
「そうかあ、あいつは頭を撫でられて元気になったか……」
「少し意外だったな。そうか、エドが……いや、トウゴ殿に撫でられてしまえば、確かに元気になりそうだが」
マーセンさんもインターリアさんも、にこにこしながらそう言うので……僕は少し、心配になった。
「あ、あの、ラオクレス……彼は、別に、子供っぽいとか、そういう訳じゃなくて、僕が勝手にやったことで……」
ラオクレスの不名誉になってはいけない。彼を撫でてしまったのは僕だし、大人しく撫でられるように丸め込んでしまったのも僕で、ラオクレスは僕のいうことを聞いただけで、だから、彼が子供っぽいとか、そういうわけでは……。
「大丈夫。分かっているとも」
けれど、マーセンさんはそう言って笑って、嬉しそうに目を細めた。
「……要は、今居る場所を再確認できたんだろうな」
「……今居る場所」
「ああ。今の主に受け入れられて、望まれて、ここに居る。それが確認できたから、急に元気になったんだろう」
なんというか、ちょっと変な気分になる。いいのかな、というか、申し訳ないな、というか、滅相もない、というか。
……過去は変えられないし、過去を掘り返したくないし、そもそも、ラオクレスの過去に言及する権利は、僕には無いと思った。だから、今あること、かつ、僕のことしか僕には言うことができなくて、大した力にもなれずに、頭を撫でるという奇行に走ることになった、のだけれど……。
「自分を憎む者が居て、拭えない罪があって……しかし、背反するように、自分を望む者も居る。自分が居ることが許されている場所がある。それが分かっているなら、案外、人間は強かに生きていけるものさ」
……ちょっとだけ、マーセンさんの言葉も、分かる。
そう、か。世界中のどこでだって生きていくのが苦しくても、その中にほんの一部屋、逃げ込める場所があれば……案外、人は、生きていける。
僕が、先生の家の一室で生きていられたように。
「……僕、そんな大それたこと、できているんだろうか」
ただ、僕が先生と同じような働きをできているかというと、決してそんなことはないと思うし、むしろ、ラオクレスに僕が助けられているような具合で、だから……。
「ああ。勿論」
……そうマーセンさんに言いきられてしまうと、その、嬉しくて、申し訳なくて、どうしたらいいのか分からなくなる。
「トウゴ君。感謝する。私の仲間の居場所になってくれて、本当にありがとう」
いいのだろうか。僕は、先生が僕にしてくれたようなことを、何も、ラオクレスにできていない。なのに、その、ちょっと……ちょっと、思いあがってしまっても、いいのだろうか。
僕は、何故か、ちょっとだけ、彼の支えになれているらしい、と……。
「我らの中で一番不器用な奴だからな。あいつは。……それが、何やらふわふわと不思議な主に恵まれて、気づけば随分と強くなっている」
ふと、インターリアさんが目を細めてそう、誰にともなく呟いた。ところで僕のことを随分な言いようだけれど……もう僕はふわふわの不思議な生き物ってことでいいよ。うん。
「罪が消えないなら、忘れるしかない。我らの罪を覚えていろと望む者はほとんど居ないのだから。……ゴルダの民は皆、我々の事情も知っていた。カーネリア様との旅の途中、かつてのゴルダの民に出会って……そこで、かつて我らが虐げていた民に、そう、言われた。本当に、有難いことだ。私はそれで、随分と救われて……」
少し、インターリアさんの声が震えて細る。彼女はちょっと俯いて、マーセンさんが気づかわし気に、それでいて優しく、彼女の背に手を置く。
それからたっぷり二呼吸して、インターリアさんは顔を上げて、僕に笑いかけてくれる。
「だが、エドを救うのは、そうした声ではないのだろうな。どこまでもどこまでも、自分を責める声ばかり探してしまうような、そういう奴だから……罪を否定する声よりも、何も関係のないふわふわとした言葉の方が、奴を救えるのだろう」
そういうもの、だろうか。本当のところがどうなのかはラオクレスにしか分からないし、僕が推し測るのも失礼な気もするから……やっぱりよく分からないな。
うん。あんまり思い上がりたくは、ない。ラオクレスの内心を勝手に決めてしまうのも躊躇われる。もしかしたらラオクレスは僕が心配しているのを見て無理に元気を出してくれたのかもしれないし、僕の言葉を迷惑に思っているかもしれない。
……でも。
「我々は揃って、いい主の下に来られたものだ」
「ええ。本当に」
こう言ってもらえるのは……嬉しい。
「それから、トウゴ君」
「はい」
僕がラオクレスのことを考えてちょっと注意散漫になっていたら、マーセンさんがまた、声をかけてきた。そりゃ、目の前で急に人が考え事を始めたら不審に思うか。ごめんなさい。
「もう1つ聞きたいことがあってね……」
何だろうなあ、と思いつつ、マーセンさんの言葉の続きを待つと……。
「……その、祭りの後あたりから、君は少々、私に対して、緊張しているように見える、のだが……私は何かしてしまっただろうか」
……こっちもくるのか!
「何かあったなら遠慮なく言ってほしい。私に聞きたいことがあるなら、何でも答えよう」
「何か処罰があるというのなら謹んで受ける。さあ、トウゴ殿」
マーセンさんの後ろで、インターリアさんもちょっと表情を引き締めている。……これ、バレているってバレている時の顔、なのか?或いは、本当に理由が分からなくて困っている時の顔?
いや、どちらにせよ、緊張の面持ちだ。僕の言葉を待って緊張している面持ちだ!
「ええと……その、2人が悪いというわけじゃなくて、ちょっと、気まずい……?恥ずかしい……どきどきしてしまう、というか……」
……なので僕も、覚悟を決めて、言った。すると2人は、『ん?』みたいな顔をした。あ、これ、バレているってバレていなかった……?なら、隠した方がいい?ええと、人にああいうところを見られてたなんて、絶対に気まずいだろうし……。
あ、でもダメだ!僕、ここから上手く誤魔化すやり方が分からない!僕も言い訳のプロフェッショナルだったらよかったのに!
結局、正直にそう言うことにした。もう駄目だ。誤魔化す方法なんて無かったし、これからも誤魔化し続けるのはもっと難しいってことに気づいてしまったから……。
「……ごめんなさい。お祭りの日、路地裏で、2人を見かけてしまいました」
僕がそう言った途端、2人ともちょっと考えて、それから、ものすごく気まずそうな顔をした。あああ、やっぱり!
「成程……それで、か……」
「その、ごめんなさい……」
ああ、気まずい。すごく気まずい!今すぐにでも逃げ出したいというか、隠れてしまいたいというか……先生が言うところの『穴があったら埋まりたい!』っていうやつだ!
「い、いや。君は何も悪くない。悪いのは、職務時間外だったとはいえ、奴隷の身分で、その上森の騎士を拝命しておきながら、人目に触れる可能性のある場所で、あのような行為に及んだ私で……」
「い、いや、拒まなかった私にも責任がある!トウゴ殿、処罰なら私も」
「処罰!?これって処罰するものなの!?」
何故か話が変な方に行っている!待って待って、これ、そういう話だったの!?
「規定されてはいない事が多いが……私が今までに買われてきた先では、奴隷同士のそういった行動は処罰の対象になっていたな」
「ジオレン家もそうだった。犯罪奴隷が色恋に現を抜かすべきではないからな。当然といえばそうだが」
えええ……そ、そういうものなのか。た、確かに、まあ、人生を差し押さえされる代わりに生活保護を受けられる、みたいなシステムが奴隷制度だとしたら、それはそう、なのかもしれないけれど……。
「で、でも、人の心なんて、縛れませんよね。しょうがないことなんじゃ、ないかと、思う、んだけれど……」
「そ、それは考えが甘いんじゃないか、トウゴ君……」
そ、そう言われても。そう、言われても……。
……僕には、2人が悪いことをしているとは思えないし、そもそも、2人が僕の奴隷だっていう感覚が無い!あくまでも、雇用主と従業員、というか……モデル。石膏像。うう……。
少なくとも、2人は、人であって、意思があって……なら、別に、いいんじゃないか、と、思う。うん。こういうの、人の子の自然な営みだと思うんだよ。
ただ、そういう考え方をしてしまう僕は『甘い奴』らしくて、でも、この考えを変えて2人を処罰するなんて、僕は、正しいことだとは思えなくて……。
……うん。
「あの……」
何だかうまく説明できる気がしないけれど、僕は口を開く。途端、マーセンさんとインターリアさんが緊張した面持ちになって、僕もつられて緊張してしまう。
「甘い、って、言われるかもしれないけれど、でも、それは、僕自身は、しょうがないことだと、思っていて……僕が甘いことで誰かが傷ついたり、嫌な思いをしたりするんじゃない限り、僕は、甘い奴で居ようと、思うのだけれど……駄目だろうか」
目の前の2人が不思議そうな、というか、拍子抜けした、というか、そういう顔をしている。そこにどういう感情があるのかよく分からないのだけれど、でも、僕は……多分、真っ先に言うべきだったことを、言う。
「あの、だから、幸せになってね」
「……いや、参ったな」
マーセンさんはそう言って、首の後ろを掻いた。ゆるり、とインターリアさんに向けられた視線にインターリアさんが応えて、こちらも困惑気味にマーセンさんと顔を見合わせている。
「そう、言われるとは、思っていなかった……」
マーセンさんは只々、困惑というか、ちょっと何かを考えているというか、そういう表情だ。
「ええと、あの、あんまり見えるところでやられると照れてしまうので、できればあんまり見えないところでやってほしい」
なのでちょっとでも考えを整理してもらうべく、僕は僕側の要望をちょっと出させてもらって、それに対して何故か、インターリアさんに頭を撫でられ始める。な、なんでだ!『エドが少年の頭を撫でているのを見て驚いたが、成程、確かにこれは撫でたくなる……』とか言われても困る!
……やがて、マーセンさんは何かを決意したように1つ頷くと、僕に向かって、居住まいを正した。
「……トウゴ・ウエソラ殿」
「は、はい」
改まったマーセンさんを前に、僕も思わず改まる。インターリアさんも僕の頭から手を放して、そっとマーセンさんの横に並んだ。
「貴殿の奴隷でありながら、このようなことをお伝えするのは、誠に申し訳なく、面目ないのだが……」
う、うん。はい。うわ、緊張してきた。スピーチした時ぐらい緊張してきた。心臓がばくばくしている。顔が赤くなっているのが自分でも分かる!
「……私は、インターリアを愛している」
うわ。照れる。別に僕が愛の告白をされている訳ではないのだけれど、でも、こんな、真剣な顔で『愛している』だなんて言う人に真正面から見つめられていたら、その、なんか、なんか、照れる!
「どうか、彼女との結婚を、許しては頂けないだろうか」