4話:森のお祭り*3
あの2人ってああいう関係だったのか、とか、なんか見ちゃって申し訳ないな、とか、人が愛し合うのはいいことだよな、とか、何故だか嬉しいような面白いような申し訳ないような恥ずかしいような複雑な気持ちだな、とか、なんか色々考えながら、僕は戻る。
ゴミ箱は見つからなかったけれど、考えながらゴミを抱えて歩いていたら、親切な屋台の人が『こっちで処分しときますよ!』って引き受けてくれた。ありがとうございます。
それから更に考えながら歩いていたら、店じまいする屋台の人が『売れ残りでよかったらどうぞ!』とお菓子やご飯を分けてくれた。ありがとうございます。
そのまま更に歩いていたら、どんどんどんどん、僕の荷物は増えていって……。
「……遅かったな」
「ちょっと道に迷ったというか、行き過ぎてしまって戻ってきたというか、色々な人に捕まっていたというか……」
「まあ、事情は見ればわかるが」
ラオクレスは僕の両手いっぱいになってしまった食べ物や飲み物の山を少しずつ受け取って助けてくれた。よかった。これで両手が空いた……。
「こんなに大量に、食うのか」
「まあ、ある程度は食べて、食べきれない分は鳥にお土産に持って帰ろうと思う」
鳥はこういう時こそ目立ちに来るのかと思ったら、今日は森から出ないことにしたらしくて、特に町で目立ったりはしていない。だからお祭りの食べ物を食べているでもないはずなので、お土産を持って行ってやってもいいと思って。
「そうか。まあ、お前が町中に愛されているようで何よりだ」
うん。そうだね。愛されて……。
……ふと、さっきの光景を、思いだしてしまう。その、マーセンさんが、インターリアさんに……。
「どうした。……ん?顔が赤いな。まさか、酒を」
「な、なんでもないよ!」
思いだしてしまった光景を慌てて振り払う。なんとなく、なんとなくだけれど、ラオクレスには言いたくない、というか……いや、誰にも言いたくない!言いたいけれど言いたくない!
「そんなに酒が飲みたかったのか、お前は」
「ち、違うってば」
かと思えば、ラオクレスは何故か、僕に対して妙な勘違いをしているらしい。違うよ!飲酒はしていないよ!顔が赤いのは、ええと、その、ちょっと暑いからだよ!
飲んだ飲んでないの攻防を終えて、僕らは貰ってきた食べ物を食べる。さっきの果物のから揚げみたいなやつがまた入っていたので、美味しくいただく。これ、好きだなあ。
「……ラオクレスー」
「なんだ」
そして、ふとまたマーセンさんとインターリアさんのことを思って、なんとなく寂しくなって、ちょっと、呼んでみる。
「特に用事は無い」
「そうか」
「うん」
……なんだか変なことになってしまった。寂しい、っていう感覚よりも何をやっているんだ僕は、っていう感覚に近い。うーん、ああいうの、初めて見たから、ちょっと、その、動揺しているらしい……。自己分析終了。
まあ、別に、いいんだよ。人の子が愛し合って幸せになれるなら、それは素晴らしい事だ。うん。分かってるよ。ええと、なので、きっとラオクレスの知らないであろう間に、マーセンさんとインターリアさんが一足お先、っていうのは、その、なんだか、ラオクレスにとっては寂しい事なんじゃないだろうか、と、勝手に、そう、思って……。
「ラオクレスには……その、是非、幸せになってほしい……」
「……十分、幸せだと思っているが」
うん……。
いや、なんか、その、さっきから言葉の選び方を悉く間違えている気がする。うん。僕は動揺している。どうよう。どうしよう。
……悩んでいたら、ふと、ラオクレスが僕の顔を覗き込んできて……言った。
「……飲むか?」
「の、飲まないよ!」
「そうか」
ラオクレスはなんだかよく分からないことを言いつつ、また僕の頭を撫で始めた。あの、あの……。
……もしかしてこのラオクレス、酔っぱらっているのではないだろうか?いや、間違いなく酔ってるよね。なんか、いつの間にか、陶器のカップが3つぐらい空になって並んでるし。さっきからずっと、僕の頭を撫で続けているし……。
人って、お酒を飲むと誰かの頭を撫でたくなるものなんだろうか……。うーん……。
お腹いっぱいになったところで、僕らは森に帰ることにした。けれどその前に、妖精洋菓子店に寄っていこうかな、ということになって、そちらへ向かう。
「お腹いっぱいになった」
「まあ、あれだけ食べればそうだろうな」
うん。予想以上にたくさん食べることになってしまった。貰いものの力はすごい。
「あと、何故か、ちょっと元気が出てきてしまって」
それから、なんだか随分と体が軽いというか、眠くならないというか、元気というか。なんだろうな。スピーチの緊張から解放された反動だろうか。
……そう、思っていたら。
「だろうな。何せ、この祭りで祭られているのはお前だ」
……えっ。
あ、そ、そういう……?あの、僕、精霊として、祭られてる、から、それが力になって、僕、今、元気……?
「……こういう風に盛大に祭られるのは初めてだ」
「ははは、だろうな!」
ラオクレスは随分と楽しそうに笑う。やっぱりこのラオクレス、酔っぱらおくれすになってるんだなあ。いつもより笑い声が大きくて、ちょっと新鮮なかんじだ。というか、ラオクレスがこんなにたくさん笑うのがまず新鮮。
……そうして僕ら、一緒に歩いていたのだけれど、僕は珍しいラオクレスを見ながら歩いたり、はたまたさっきの光景を思い出してしまって恥ずかしくなったりしていたので、その……少々、前方不注意だった、というか。
ふと気づいたら、目の前に金刺繍の立派な服があって、あ、と思った。ぶつかる、と。
「おい、トウゴ!」
「わっ」
けれど、僕はその誰かにぶつかる直前、ひょい、とラオクレスに引っ張られて抱え込まれて、ぶつかることなくその人を避けることができた。よ、よかった……。
「ごめんなさい。不注意で」
僕はすかさず、ぶつかりそうになった相手に謝る。……相手は、明らかに貴族だろうな、という恰好をしていた。金刺繍の立派な服に、金の腕輪に金の指輪。ちょっとごちゃごちゃしてうるさく感じるくらい、金のアクセサリーを沢山身に着けている。うん。どう見ても貴族。
その人は、最初、僕のことを嫌そうに見ていたのだけれど、ほんの数秒で何かに気づいたように表情を変え、にっこりと笑顔を作ってみせた。
「ああ、いえいえ。とんでもない。こちらこそ不注意で町長殿にお怪我をさせるところでした」
ちょ、町長殿……。そう呼ばれてしまうと、なんか、こう、ちょっと、緊張する、というか……うん。
「精霊のいとし子に怪我などさせたとあっては、精霊様のお怒りを買うでしょうからねえ。いや、ご無事でよかったですよ。ええ」
いや、別に、僕、この程度で怒ったりしないけど……まあいいか。
「私、ゴルダ領の領主を務めております。ホニオレ・ゴルダ・オーヌと申します。どうぞよろしく」
「あ、トウゴ・ウエソラです」
自己紹介して、お互いにぺこりぺこりとお辞儀して、そうか、この人がゴルダ領の人か、と納得する。フェイ達から聞いていた話通りだ。金がたくさん採れる領地なんだろうな。それでこれだけ金まみれの恰好をしている、と……。
「いやはや、それにしても素晴らしい祭りですなあ。珍しい食べ物も細工物も、多くのものがここにはある!町長殿のご手腕が見て取れます。町をここまで発展させるのに、大変なご苦労がおありだったのでしょうね?」
「ええと……」
いや、僕は何もしてないんだけれど……。何もやっていないことについて褒められてもちょっと困る。
……そして、ゴルダの領主さんは僕がちょっと困っているのに気づいたのか、慌てて何か話題を変えようとしたらしい。ちょっと辺りを見回して……。
「……その騎士は?」
そう、聞かれた。
ゴルダの領主さんの視線はラオクレスに向いている。つまり、僕の頭上。
そして、僕もラオクレスを見上げてみると……ラオクレスは、酔いが醒めたような顔で、少し緊張気味に、じっと、ゴルダの領主さんを、見下ろしていた。
「彼は僕の護衛で、世話をしてくれる人で、絵のモデルです。ね、ラオクレス」
何か言わなきゃ、と思って、そう、どちらにともなく言ってみる。すると、ラオクレスは、はっとしたように僕を見て、それから、ちょっと硬い表情で笑って、ああそうだな、と、答えてくれた。
「精霊様も彼のことを大変気に入っていて……彼が、何か?」
「ああ、いえ。立派な騎士を連れていらっしゃると思って……」
ゴルダの領主さんは少し口早にそう言って何かを誤魔化した。にこやかな顔を作りながら、ちらちらとラオクレスの方を見ている。
「……トウゴ」
「うん。そろそろ行こうか。ええと、じゃあ、失礼します」
ラオクレスにそっとつつかれて、これは退散した方がいいやつだな、と思ったので、さっさと会話を切り上げさせてもらうことにした。ちょっと不自然な切り方になったけれどしょうがない。
「え、ええ。是非、今後ともよろしくお願いしますね」
ゴルダの領主さんに会釈しつつ、僕らはさっさとその場を離れることにした。
……なんだか、嫌なことになってしまったなあ。
ラオクレスと一緒に黙って歩いて、歩いて……妖精洋菓子店に着く前に、でも、これだけは聞いておいた方がいいよな、と、思って、立ち止まる。
「ねえ、ラオクレス」
「……ああ」
気まずげな、というか、緊張した、というか、そういう表情をしているラオクレスの顔を見上げて、僕は……聞かなくても何となくもう分かっていることを、聞く。
「ゴルダ領、って、ラオクレスの、元の職場、だよね」
……僕の問いに、ラオクレスは黙って、ただ、苦い顔で頷いた。
 




